255 動物を象る解名
5の日、交流会の最終日。
「シュネイ、大丈夫か?」
カイルが心配そうにそう聞いてきた。
俺の緊張が伝わっているのだろう。
「……うん。いや、ううん。不安。」
今日、俺はコルネリウスと試合をするのだ。
俺は天使の血筋になってから、コルネリウスとの関係はずっと変だった。
嫌われているとは……思いたくない。だってずっと、一緒にいて楽しかったから。
「なんかもし……嫌なことがあったら、俺に言えよ。ちゃんと聞くから。」
カイルが気遣ってくれている。俺はこの優しさが近くにあって、随分と救われていると思う。
「ああ、わかった。……行ってきます!!」
さぁ、今日は交流会最終日。
どんな1日になるかな。
・・・・・
「次!シュネイ、コルネリウス!前へ!!」
試合の時間になり、俺とコルネリウスは前に出た。
審判をしてくれるバノガー先生が俺らに言った。
「ちょっとお前らが本気出しちゃうと先生怖いからなぁ〜。芸を出すのは一回だけにしてくれ!それと重傷を負わせたら失格だからな!!」
今日は最終日ということもあって、武芸の授業に出ていない生徒たちも多く試合を観に来ていた。
「……シュネイとコルネリウス、今のところ2人とも全勝だよな?」
「ああ。しかも2人ともほとんど芸を使ってないんだってさ。」
『まじで!?』
「なんか芸で『身体強化』ができるんだってよあの2人」
『……なんで第1学院のくせにそんな武芸できんだよ…』
「お前知らないのか!?コルネリウスって、帝国軍帝都軍総司令官の息子だぞ!?」
『いやそれは知ってるけど!!』
「でもいくら帝国軍帝都軍総司令官の息子といえど、天使の血筋には敵わないんじゃないか?」
「もし天使の血筋より強かったとしても、お立場的にわざと負けるだろ笑」
『けどあの黒髪の天使の血筋、やっぱ異質なだけあって死ぬほど芸ができるらしいぞ』
「まじで!?!?……はぁ~やっぱ天使の血筋は芸に愛されてるんだなぁ…」
身体強化を全身にしているせいで、遠くに座っている人たちの声まで聞こえた。
俺とコルネリウスのことを話していた。
でも、色んな意見があっても気にならない。だって俺が一番気になる存在は、目の前にいるから。
『シュネイ様、お手柔らかにお願いいたします。』
「あ、ああ!こちらこそ、よろしく頼むな…!」
氷のように冷たい笑顔で定型文を口にするコルネリウス。
やっぱ、コルネリウスが好きな試合の場であっても、態度は変わらないのか。
(「アグニ、聞こえるか?」)
「っ!」
遠くの観覧席に座っているカールの声が聴こえた。
(「コルネリウスの態度がずっとこのままなら」)
カールの方を振り向いた。
カールは自信ありげに笑っていた。
(「あいつの余裕がなくなるまで、追い詰めればいい。」)
「っ…!!!」
そうだ。
コルネリウスの余裕がなくなるほど、俺が攻めればいい。
俺は十分、戦い方を教わってきたはずだ。
できるはずだ。
「・・・・・おう!!」
できる芸は1回。
コルネリウスも俺も身体強化は解いている。つまりコルネリウスは、何か一発逆転の解名を出すつもりなのだろう。
そして俺は、コルネリウスがなんの解名を出すかわからない以上、手札を持っておかねばならない。
『試合、はじめ!!!』
コルネリウスはまっすぐに向かってきた。
俺はそれだけで嬉しかった。
キィィィィン!!!
剣が交わり、弾かれた。
「っ…!!」
強い。
明らかに強くなってる。
コルネリウスは先ほどと変わらぬ笑みを浮かべていた。
今度は俺から攻め込んだ。
以前にシリウスからされて一本取られた方法でコルネリウスに向かっていった。
ガギィィ!!!
「っ!!?」
止められた!!
『なぜ、驚くのですか?』
コルネリウスは笑っていた。
でも芸素は、憤っているようだった。
『なぜ、あなたより下だと思っているのですか?』
剣が交わる。
何度も、何度も。
そして気づいた。
「コルは本当に……俺を憎んでたんだな。」
最近、軍に入って練習していたと聞く。
そのせいか随分と戦い慣れていた。安定感も俺より全然ある。基礎ができてるからだ。
『ギフト、』
「っ…!!」
解名だ。
コルネリウスが何を出すかわからない以上、近くにいるのは危険。俺は出来る限り後ろに飛び退いて次の言葉を待った。
『 氷花鹿 』
「っ……!!!!!」
え、まさか……
その解名を出せるのか?!!
遠くから生徒たちのざわついた声が聞こえた。
「ひょうかが?」
『なにそれ?』
「ギフト!! 氷晶壁!!!!」
俺は急いで自分とコルネリウスの周りを氷の壁で囲んだ。
「うわ~~!おっきい…!!」
『天使の血筋はこのレベルの壁を八方に出せるんだな……』
「すごい綺麗…!!」
何も知らない学生たちは吞気にそんなことを喋っている。
この解名がどんなものかも知らないで。
『僕も、努力してるんですよ。』
コルネリウスが辛そうだ。顔色も悪い。想像以上に芸素を消耗してるんだ。
そりゃあそうだ。
解名で「動物」を出すのは、普通の解名とレベルが違う。
俺も最近知ったのだが、解名の難易度はそれぞれ違い、ランク付けされている。
「炎獄」や「霧刺」は比較的簡単な方だ。各々に得手不得手があるから(水の類が得意、火の類が苦手とか)本来ならば一概にランク付けはできないか、Aランクと呼ばれる。基本的な解名は全てAだ。
その上に「動物」の名前が付く解名、例えば「色鷹」「鎌鼬」などがある。それがBランク。
その上にあるものが、「治癒」や「宵の夢」などの特殊な解名。Cランク。
その上にあるのがDランクで、動物をかたどった解名だ。
たとえば、シリウスが出した「雷蛇」やシーラが出した「風蝶」、シルヴィアが出した「水鯨」など、本当に一部の人間しかできない。
そしてコルネリウスは今、Dランクの解名を出した。
吹雪が景色を濁らす。
「寒い……」
『なんか怖い……』
「く、暗くね………?」
『これが…あの解名の影響なの……?』
学生たちも気づき始めたようだ。
この一帯を操っているのがコルネリウスであることを。
氷の花が咲く。
その間を縫うようにして、氷の牡鹿が歩いてきた。
『なんて……』
「きれいなの………」
「素敵……!」
青白い光を放つその牡鹿は、薄暗く灰色に染まった世界で凛々しく佇んでいた。
その牡鹿から感じる芸素はコルネリウスのもの。
そのコルネリウスの芸素は……
「そうか……コル、お前、」
俺を殺せたらいいなって、思ってるんだな。
牡鹿は氷の芸を操りながら俺に向かってきた。
牡鹿本体に当たったらすぐさま氷漬けにされる。
「っ……!!」
牡鹿の出した氷刺が顔を掠めた。
厄介だな。
「くそっ……!!!」
地面から足が凍り始めた。痛い。牡鹿本体がこっちに走ってきている。
バキィィ!!!
俺は氷を蹴散らし空中へと飛んだ。
氷刺を剣で防ぎながらコルネリウスの方へと飛ぶ。
「コル!!お前……」
『僕の上に立つな!!!!!!!』
牡鹿の角が蔦のように伸びて俺の足を掴んだ。
バァァァン!!!
「うぐぁぁ……!!」
地面に叩きつけられた。背骨が軋む。痛い。呼吸が辛い。
けれども起き上がらないと、地面から氷が伝って身体が凍り始めてしまう。
ああ、もう終わりだ。
『ぐっ……ぐふっ!!!!!』
コルネリウスが吐血した。
よく見るともう焦点すら合っていない。芸素が無くて限界なんだ。
「どうして……」
どうして、そこまでして……
『……どうして?』
コルネリウスは震える口で、力のない目で、笑っていた。
『僕の上に立ったからだ』
「………コル、ごめんな。」
俺は最後の力を振り絞りコルの背後に回った。
コルの反応は驚くほど鈍く、立っているのが精一杯のようだった。
背後から首を絞めてもわずかの抵抗すら見せなかった。
そして、試合は終了した。




