251 本気を出せる相手
シルヴィアとマイア、俺とアイシャで対戦するように向かい合いながら、一人ずつ相手の方に芸を出していく。芸を出す前に何の芸を出すか告知もする。
俺とシルヴィアはよくやる練習方法だが、まぁちょっとだけ危険性が高いから今日は武芸の先生方にも来て見てもらっている。
「まずはどなたから行いましょう?」
アイシャの質問にすぐシルヴィアが答えた。
『例を見せたほうがよろしいかと思いますので、私から行いましょう。その後、アイシャさん、マイアさん、そしてシュネイの順番でいかがでしょうか?』
「問題ない!そうしよう!」
『わかりました。それでは、シュネイとマイアさん双方に向かって火の道を作ります。火がそちらに届く前に、防いでください。』
「わかった。アイシャ、いけるか?」
「……はい。すぐに水を私達の前に出します。いかがでしょう?」
「いいと思う。ただ火が完全に消えるまでずっと出し続けてね。」
「かしこまりました。」
アイシャは水と風と氷の芸を使えるが、解名は習得していない。芸素量的にも、その方法がベストな答えだと思う。
『それでは、参ります。』
シルヴィアは一度アイシャに頷いたのを合図に、両脇に火柱を上げた。その火柱は川の流れのように俺らに流れるように進んできた。速度は普通の人が走るくらいの早さだが、自分への攻撃だと考えれば、十分に恐怖を感じるだろう。
「っ……!!! み、水…!!」
アイシャは怯えていた。けれども対処法はわかっている。アイシャは焦りながらもきちんと俺らの前に水を出し、火の進行を阻止した。
ジュワァ~~!!!!
最初の火の流れは止まったが、まだ消えていない。火は消えていない以上、俺らへと向かってくる。
「アイシャ!もう少しだ!!」
「は、はい!!」
アイシャは再び水を出し、そして火は完全に消えた。
「………はぁ、こ、怖い……ですわね。」
アイシャは火が消えたことに安堵しながらもそう呟いた。
「よくやった!水だと水蒸気が起きて火が見えにくくなるから補助的に風を使って視界を広げるか、いっそ風で火を消す方法でもいいかもしれないな。」
「なるほど…!勉強になりますわ。ありがとうございます。」
『アイシャさん、次、また芸を出せますか?』
シルヴィアの気遣いにアイシャは元気な笑顔で頷いた。
「もちろんですわ。そうですわね…それでは私は風の芸を使って土煙を起こします。」
『わかりました。マイアさん、対処できますか?』
シルヴィアの質問にマイアは驚いた。
「え、でも…私、風の芸しか使えなくて……」
『ええ。風の芸同士だから相殺できます。土煙ごと相手にお返ししなさい。』
おおお~~
シルヴィア様、好戦的~~
「なら、俺は返された土煙を水鏡で防ぐ。そんで次、その水鏡を解名で『鏡変』にする。」
『鏡変』という解名は『水鏡』を変化させることで発動できる2段階解名だ。鏡のような水を日光に反射させ、相手の視界を混乱させる。
シルヴィアはわずかに口角を上げた。
『2度も視界を奪うとは……それでは、視界が奪われる前に私はあなたがたに『火車』を放ちます。』
「ほぉ……そんなもん、俺が『炎門』を出しちゃえば吸収されるだけだけどな!」
『私の出す解名がそんな簡単に吸収される威力だとお思いですか?』
「うふふっ……」
アイシャがくすくすと笑っている。
「お二人とも、本当に仲がよろしいのですね。シルヴィア様がこんなに話される方だなんて、初めて知りましたわ。」
「……そうか?」
シルヴィアとはよく喋るけど、たしかに話す内容は武芸や政治に関連することが多いな。
『ゴホン、まぁ……これも対戦練習に必要な会話です。実際やってみればわかります。アイシャさん、我々に土煙を。』
「かしこまりました。」
アイシャはシルヴィアの意見に従い、風の芸を地面に叩きつけるように出した。土煙が舞い、シルヴィアとマイアの方へと飛んでいく。
『マイアさん』
「は、はい!!」
マイアは流れてきた土煙を風の芸で押し返した。今度はこちらに土煙が向かってくる。
「ギフト、水鏡」
自分達の目の前に張った鏡のように綺麗な水の板が土煙を防ぐ。
「っ…!!」
まずい。土煙が水鏡に入っていってしまう。
吸収されるのはいいことだが、これだと『鏡変』の効果が低くなる。けど先ほど鏡変をすると告げている以上、芸を変更するのはルール違反だ。
『構いませんよ。』
「……え?」
『解名を変えても構いません。』
シルヴィアは自信に満ちた表情で言った。
『全て、対応できますから。』
「っ…! ははっ、言うねぇ~!!」
シルヴィアになら、俺は遠慮なく芸を出せる。
こんな安心感はきっとシルヴィアにしか感じない。
「わかった。それじゃあ……今までに見せたことのない解名でもいいか?」
シルヴィアの芸素が少し緊張した。
『……どうぞ。』
「了解!それじゃあ、ギフト……雷現蛇紋」
バアァァァァーーン!!!!
耳を塞ぎたくなるような轟音が地面に落ちた。
雷はまるでヘビのように見える。
そしてそのヘビは地面に落ちると・・・土の中で暴れ始める。
土の中で暴れたヘビは地面を隆起させ、そして刃物のように鋭利な形へとその姿を変え・・・
「こ、こっちに向かってくる!?!?」
マイアがそう叫んだ。
そう、この解名は雷を用いて土を動かす。
しかもその土はまるでヘビの牙のように鋭い。そんなものが地面から次々を現れ、自分の方へと迫ってくるのだ。
地面が揺れて足場が不安定になるから逃げることも難しい。たとえ上空へ逃げることができたとしても、上から降る落雷の餌食になるだけだ。
「さぁ、どうする?」
『っ…!!!!』
シルヴィアは焦った芸素を見せた。
しかし、それは一瞬だった。
そりゃあそうだ。
あのシルヴィアが、こんな大勢の前で焦る様子を見せるわけない。
第一、シルヴィアは弱くない。
『ギフト!樹根凍伝!!氷晶壁!!!』
シルヴィアは樹の根のような氷を地面に広げ、地表を凍らせた。
そして上空からの落雷を防ぐため、頭上に氷の結晶を出したのだ。
「2つの解名を同時に……しかもその解名、もう身につけたのか!!」
凍った地面からはもう土の中で暴れるヘビの様子は見えなかった。
『ええ。稽古のおかげです。』
「樹根凍伝」は前回の第2学院との交流会6の日、俺がオズムンドと戦った時に使った技だった。
その時にシルヴィアはこの解名を知り、俺と同じようにシリウスから学んだのだろう。
「……すげぇな!!」
氷の中に佇むシルヴィアには、髪が少し乱れていても気品を感じられた。
『……私…』
「い、一周したから終わりいぃぃぃ!!!!」
遠くから先生3人が走ってきて、なんか手を上下にバダバタさせている。どうやら焦っているようだ。
ちぇっ、せっかく次はシルヴィアの攻撃ターンだったのに、つまらないな。
「引き分けかぁ…」
『いいえ。』
シルヴィアの顔はいつもの無表情に戻っていた。
けれども芸素からは『悔しい』という想いが痛いほど飛んできた。
『私の負けです。』
「ん?どうして?」
シルヴィアは氷をパキパキと割りながら俺の方へと歩いてきた。
『私は防御しかできず、すぐ攻撃に転じることができなかった。もしこれが普通の試合であれば、あなたは追撃したでしょう?』
「………。」
たしかに、俺はシルヴィアが防御してるのを普通に見ていた。それは相互に解名を出し合うってルールがあったからだ。
『だから、私の負けです。』
「なら、今回の試合は引き分けでいいんじゃない?」
シルヴィアの目がキッと強くなった。
『情けは不要です。私の悔しさを取らないでください。』
たしかにそうだ。
今の一言は余計だった。
シルヴィアはこの試合に負けて、悔しさをバネにして成長するんだ。
「……わかった。でもいい試合だったな。ありがとうございます。」
『こちらこそ、ありがとうございます。』
パチ……
パチパチパチパチパチ……
徐々に拍手が鳴り始めた。
そしてそれはどうやら俺とシルヴィアに向かって送られているものだった。
「すごいですわ…天使の血筋って本当に私達とレベルが違うのですね!!」
『芸石を使わずにこんな多彩な芸ができるなんて……』
「天か我々に遣わした一族……その意味を心の底から理解することができましたわ!!」
『御二方とも……かっこいいぃぃ……!!』
「天使の血筋同士の御業を拝見できるなんて……!!」
なんか………激褒めされてる。
俺とシルヴィアは互いに目を合わせた。
シルヴィアは表情がほとんどわからない人なのに、少し目がキョトンとしていた。
俺はそれがなんだか可笑しくて、笑ってしまった。
「ははっ!」
『ふふっ…!!』
珍しい。シルヴィアも笑ってる。
「なに?」
『いえ……アグニさんがあまりにも……キョトンとした表情だったので…』
どうやらお互いにキョトン顔を見せあっていたらしい。
それが余計に面白くて、俺は先ほどよりも大きく笑ってしまった。
「ははは!!!!」
『ふふふっ…くくっ…!!』
本気で戦って、本気で笑い合ってる。
そうだ、今が最高に・・・
「あ~~楽しいぃ~~!!さて、もう一回やるぞ~!!!」
「か、解名は無しでお願いしますぅぅぅ~~~!!!!」
先生の泣きそうな声が練習場に響き渡っていた。