239 問題ではない
ガチャ・・・
『おかえり〜』
通信後、俺とシルヴィアはシリウスとシーラがいる部屋に戻った。公爵からは怒られることもなく、特に何も言われなかった。
「話し合いはどうだったの?」
「『 ………。」』
シーラの言葉に俺らは何も返せなかった。
『ぷっ!!!あははははは!!!!わかりやすいなぁ〜!!!』
俺とシルヴィアの反応が思い通りだったのだろう。シリウスは腹を抱えてゲラゲラと笑い出した。
『ね?僕の言った通り、なんの問題もなかっただろう?』
シリウスの言う通りだった。
今回の話し合いで問題を片付けるのかと思った。けど実際は違った。今回の問題は、問題ではないっていう共通認識の擦り合わせだったんだ。
『アグニさん、』
「なに?」
シルヴィアは真剣な表情で俺を見ていた。
『明日私は……2人にきちんと謝罪いたします。』
「っ…!」
シルヴィアは今回話し合った『問題じゃない問題』を掘り起こすと言った。それは明らかに四家の意向に反していた。
『シルヴィア家としてではなく一生徒として、一後輩に謝罪いたします。そのため謝罪は公のものではありません。どこか部屋を設けます。』
ただの謝罪なのに、内密に準備して秘密裡に行わなければならない。これが家を背負うということなんだろう。そしてそれは『シュネイ』という看板を背負っている俺も同じだ。
「……俺も、ちゃんと謝りたい。一緒にいていいか?」
シルヴィアの目は優しく微笑んでいた。
『ええ、もちろんです。』
・・・・・
「アデル、グリム……昨日は本当にごめん。」
『私からも謝罪を、本当にごめんなさ・・』
「『 大変申し訳ございませんでした!! 』」
「え、えぇ??」
始業前
グリムとアデルを個室に呼び、俺らはきちんと謝罪した。けれど俺らの言葉に被せるように、なぜか2人も謝罪したのだ。
『あ、あなたたちが謝ることは何もありません…』
シルヴィアもしどろもどろになりながら2人の頭を上げさせようとしている。
けれど2人は頑として頭を上げなかった。
「私たちが弱くなければ…こんなことにはなりませんでした!!」
『大変なご迷惑をおかけしました!!本当に・・』
「アデル!グリム!!」
俺は2人の肩を掴んだ。
俺は自分より少し身長の低い2人に視線を合わせ、まっすぐに目を見た。
「今回は間違いなく、俺の過失だ。2人が謝る必要なんてない。2人はあの時……もの凄く苦しかったし、怖かったはずだ。」
『「 っ…!!」』
2人は息を詰め、少し気まずそうに下を見た。
「…だろ?命の危険を感じたはずだ、そりゃ怖いに決まってる。本当なら俺をぶん殴って、死ぬほど怒って、土下座させてもいいんだ。けど俺がそうしないのは、そして2人が俺にそうさせないのは、四家でそう決めたからだ。」
『「 っ!!!! 」』
2人が目を見開いた。
俺がこんなことを言うとは思わなかったのだろう。
「俺もシルヴィアも、謝れない。謝れば昨日話し合った意味がない。全員の顔に泥を塗る。だから、謝らない。」
俺は2人を抱きしめた。
「だからこの部屋の中でだけ、謝らせてくれ。……ほんとうに、怖かったよな……ごめんな。」
『っ…!!』
「………グスっ。」
アデルは泣いていた。
その様子を見たグリムは驚いて、そして一緒に泣き始めた。
『泣かないでよぉアデルぅ……グスッ』
「……アグニさん……ほんとはね、とても…とっても怖かった……」
アデルは嗚咽を漏らしながら伝えてくれた。
「うん……そうだよな。」
「びっくりして……けど言葉を出せなくなっちゃって…身体中が痛くて…痛すぎて呼吸もできなくて……死ぬんだって…怖くて…」
「うん、そうか……。」
「そしたら隣で…グリムも辛そうで…グリムも…死んじゃうかもって……とても…怖かった…」
『アデルぅぅ……僕もアデルが死んじゃうんじゃないかって……めちゃくちゃ怖かったよぉぉ!!』
「グリム……」
『アデルぅ!!うえへぇ〜〜ん!!』
よかった。
本当の気持ちを教えてくれて。
「……2人とも、本当にごめんな。」
俺は2人の体を離し、もう一度目を見た。
2人はどこかスッキリした顔をしていた。
「本当の気持ちを伝えてくれて、ありがとう。」
・・・
今日からまた平然とブラザーシスターとして一緒に過ごすことになる。
「アグニ……昨日は大丈夫だったのか?」
事情を知る生徒からはそう聞かれたが、俺は「うん、なんとか。」としか答えられない。多くの生徒はそこで察してくれた。
武芸の授業では、まず最初にバノガー先生がこちらへやってきた。
「……2人は、武芸の授業を取るんだな?」
そう問いかけられたグリムとアデルは、綺麗な笑顔で頷いた。
2人は芸でどんなに怖い思いをしても、この1週間は続けなければならない。問題はなかったんだから。
「……よし、わかった。それじゃあシュネイ、シルヴィア殿、2人にはヒントをあげよう!『こう来たら、こう!』だ」
「『 こう来たら、こう?? 』」
「そうだ!汎用できる対処法を教えてやれ!」
ということで、
俺とシルヴィアは2人に『こう来たら、こう!』と色々な方法を教え始めた。
俺とシルヴィアが実践して見せ、その後2人にも同じことをやってもらう。ただ2人とも芸は1日に5発程度しか出せない。
『ちょうど昨日家に帰ったので……芸素回復薬を10本ずつ持ってきました。』
「まじ?!!」
グリムが小声でこそこそと伝えてくれた。
たぶんバノガー先生にバレたらまた死ぬほど怒られる。けどグリムもアデルもいたずらっ子のように笑っていた。
『少なくともこれで50回は芸を出せます…!!』
「ぷっ!あはははははは!!!!!」
俺、この2人好きだなぁ。
『ほ、本当にいいのでしょうか……』
シルヴィアは心配そうにしていたが、もう俺らの中で飲むことは決まっている。
「せっかくなんだ!!飲みまくって、鍛えるぞ!!」
「『 おぉ〜!!!』」
何度も同じ動作を繰り返すことで、少なくともその技に対する反射神経が鍛えられる。そして芸を出すことにも慣れる。
そして最終日・・・
「ギフト!炎球!!」
『ギ、ギフト!水球!!』
俺が解名を出すと、グリムはすぐに解名の水球を炎球にぶつけ、軌道を逸らした。
『ギフト!鎌鼬!!』
「やぁ!!!」
シルヴィアが鎌鼬を出すと、アデルは芸で水の壁を作り、鎌鼬の動きを封じた。動きが止まっているうちにアデルは鎌鼬の軌道から走って逃げる。
威力の強い鎌鼬が水の壁を突破した時にはもうそこにアデルはいない。
今後、解名の『水鏡』をマスターすればより安全だろう。
「おぉ!!2人とも素晴らしいじゃないか!!!」
バノガー先生はグリムとアデルに拍手をしながら近づいた。周りの生徒からも『すげぇ!!』という声がたくさん聞こえた。
「グリムは解名を出せるようになったのか?!」
バノガー先生の質問にグリムは笑顔で答えた。
『僕だけじゃなくて、アデルもです!!』
「なんだと?!驚くべき成長速度だ!!………待て、早すぎるぞ。シルヴィア殿、一体どうやったのだ?!」
『……特に何もしておりません。』
芸素回復薬のことは黙ったままにしとく。これ以上は怒られたくない。
「いやはや…驚いたな。2人は芸のセンスがあるのかもしれない!さて、課題の質問をするぞ。2人にとって、芸とはなんだ?」
『芸とは、完璧がないもの。』
グリムはそう答え、俺の顔をチラリと見た。
『芸と解名は無限にあり、威力も効果も無限です。100点がないんです。自分の限界を突破していって学ぶしかない。そのことをこの1週間で学びました。』
バノガー先生は先ほどよりさらに大きく拍手した。
「いい答えだ!!その通り!練習すればできる芸も解名も多くなり、威力も強くなる!今後も諦めずに精進してくれ!!」
『はい!!』
「いい返事だ!アデルの答えはなんだ?」
アデルは綺麗な笑みを浮かべて言った。
「芸とは、刃物です。」
一瞬、場がざわついた。
「……ほぉ?説明してくれるかな?」
「はい。刃物は危険で、扱い方を間違えれば命を失います。だからこそ慎重に扱わなければなりません。けれども同時に、包丁も刃物です。バターナイフも刃物です。生活や人の為になるものもあるのです。だからこそ、私たちはその扱い方をよく学び、ともに生きていくべきだと思いました。」
……パチ……パチパチパチ……
バノガー先生は呆然としながら拍手していた。
「いやはや驚いたな。素晴らしい……本当に素晴らしい答えだ!!みんなも拍手!!!」
拍手は一斉に広がった。
拍手を一身に受けたアデルは照れたように笑っていた。
か、回答が大人だ…!!
なんでこんなに達観してるんだ!!
自分より何十歳も年が離れた子から答えを教わってしまった。
「さて!!それじゃあこれで全員の成果を見たな!!まだ少し時間があるから……よし、3年生の実力を見せてやろう!それじゃあ……シルヴィア殿、シュネイ、何でもいいから芸を見せてやれ!」
おっとご指名だ。なに見せよかな。
俺とは反対にシルヴィアは特に悩む素振りもなく、スタスタと1年生の前に歩いていった。
そして空に水の芸を放った。
シュワアァァァ!!!!
「『『「「 わぁ~!!! 」」』」』
1年生から歓声が上がる。俺も思わずため息をついてしまった。
「綺麗だな……」
それはまるで噴水のようだった。
ただ噴水よりも水の送出は高度で、いくつもの水の束が回転しながら空へと向かい、そして霧散する。霧になった水は陽の光に反射してキラキラと輝き、そして虹が生まれた。
水量もさることながら芸術点も高い。さすがシルヴィアだ。
「シルヴィア殿、さすがだ!!」
『恐れ入ります。』
バノガー先生の誉め言葉をすんなりと受け取り、シルヴィアは1年生の前から下がった。
こちらに戻る時、シルヴィアはちらりと俺の顔を見てわずかに口角を上げた。それは挑発的な笑みだった。
ー あなたは何ができるの? ー
そう聞かれているようだった。
「……ははっ!シルヴィアもそんな顔するんだな。」
『何がです?さぁ、アグニさんはどのような芸をなさるんですか?』
「これはこれは・・・シルヴィア様の期待を越えなければなりませんな。」
俺は軽口を叩きながら1年の前に出た。
とはいっても……何にしよかな。
しかも解名じゃなくて芸だもんな。
う~ん…………あ、あれだ。
「え~っと、俺は火の芸を出そうと思います。思うんですけど……あの、別に大きいとか威力があるとかじゃなくて……えっとですね……」
俺は自分の上半身くらいの大きさの火の塊を出した。
それを手の上にキープしながら、説明を続けた。
「『「『「 っ………!!!!!! 』」』」」
3年生とバノガー先生の芸素が変化した。驚いているようだ。
ふふん、そうだろう?綺麗だろう??
最近はこれで遊んでたんだもーん!
俺が出したのはたくさんの色が含まれている火の塊だった。
赤、黄、橙、緑、水色、紫、桃色、茶色・・・
多くの色が一部分に現れては消え、また別の箇所に現れる。火の色は一種類ではないんだよということをこの芸で見せたかったのだ。
「『「 わ~!! 」』」
1年生の反応は先ほどよりは悪い。綺麗だと思ってくれた子は拍手してくれたが、首を傾げている子もいる。やはり迫力とかある芸の方がよかったのかもしれない。
「え~っと説明をすると、俺の芸素と温度によって色んな色になってんす。この芸はなんだか自我があるように思えて、というのは……」
説明の途中、チクリと、
俺の首を刺すような芸素を感じた。
俺はほとんど無意識に振り返っていた。
『 ……………。』
そこには無言のまま、憎むように俺のことをじっと見ているコルネリウスがいた。
今日なんか眠くね?!!!
ほら、みんな寝よ寝よ!!




