238 四家の話し合い
眠いんじゃが????
『あ~あ、やっちゃったねぇ〜?』
『「 …………。」』
ケラケラと目の前で笑うシリウスはどこまでも楽しそうだった。
そしてそんなシリウスの言葉を俺とシルヴィアはただ黙って聞くしかなかった。
俺らは今、公爵邸にいる。
学院から戻ってきていた。
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バノガー先生はアデルとグリムの様子を見て、そこからの行動は早かった。
「なんで2人はこんなことになったんだ!?」
「あ、俺が2人に芸素を渡して……」
「このばっかやろう!!!!!!」
その剣幕たるや凄まじいものだった。その場にいたシルヴィアも顔が青くなっていた。
「2人を医務室に運ぶ!アグニ手伝え!!シルヴィア殿は先に医務室に行って医官へ説明を!!」
「『 は、はい!!! 』」
2人は意識を朦朧とさせたままずっと「大丈夫です」『すいません』と言っていた。俺とシルヴィアを気遣ってくれたのだろう。
今回の経緯についての説明を学院と四家で話し合うことになり、俺とシルヴィアは一度家に帰されることになった。
しかしシルヴィアの保護者であるシルヴィア大公は帝都にはいないので俺と一緒に公爵家にきている。さすがに今一人でいるのは不安だろうから。
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『まぁ芸素過多だね〜』
シリウスはスコーンを食べながら説明をした。
『ほら、以前ルシウスが芸素溜まって具合悪くなってたでしょ?あれあれ。』
ルシウスと森で出会った頃、ルシウスは定期的に芸素を体外に放出しないと体に熱が籠るようになっていた。
『ま、意識飛んでないから後遺症もないだろうし、全然問題ないんじゃない?』
「そんな簡単なわけないでしょっ!」
シリウスはすでにスコーン1つを平らげ、もう1つにも手を伸ばしていたが、シーラがその皿をシリウスから遠ざけた。
シリウスはバケモノでも見るかのようにシーラに見ている。
「シリウス、ちゃんと伝えなさい。」
シーラはそんな顔を向けられてもなお、真剣な表情でシリウスに向き直った。
そんなシーラを見て、シリウスはスコーンに手を伸ばすのをやめた。
『んん〜、まだ伝える気はなかったんだよなぁ。』
シリウスは席を立ってシーラの後ろへ回った。
そしてシーラの髪を手で弄び始めた。
『ねぇ、そう思わない?』
「……もうこの件については知らない方が危ないと思うわ。」
シーラが緊張していた。
自身の背後に立つシリウスに対して。
そんなシーラの様子が好ましかったのだろう。
シリウスはゆっくりとシーラの手からスコーンのお皿を取った。
・・・いやどんだけ腹減ってんだよ。
『アグニ、シルヴィア、』
「なに?」
『はい?』
シリウスはシーラの首に手をかけ、人間離れした美しい瞳を細めて笑った。
『あの方法で、人は殺せるよ。』
「『 っ…え!? 』」
シーラは動かず、黙ったままだった。シリウスはクスッと笑い、元いた席に戻った。
『風船に空気を送り続けたらやがて破裂するだろう?それと同じさ。無理やり人の身体に芸素を入れ続ければ、やがてその人は芸素過多で死ぬ。』
「『 っっ…!!! 』」
俺らはそんなにも危ないことをしていたのか。
『随分と不思議な死に方だけど、風船みたいに破裂するわけでも血が飛び散るわけでもないから、暗殺によく使われる。』
シリウスは真っ赤な苺のジャムをスコーンに塗りながら言った。
『そして芸素量が多い人じゃないとこの方法で人は殺せない。相手を破裂させる前に、自分の芸素が枯渇して死んじゃうからね。』
「………俺はとんでないことをグリムとアデルにしてたんだな。」
シリウスはスコーンを食べながら軽やかに笑った。
『だからさっきも言ったけど!意識すら飛んでないんだからなんの問題もないって~~』
「『 ………。』」
俺もシルヴィアも、そんなはずはないとわかっている。
コンコンコン・・
侍女が一礼して俺たちに言った。
「公爵様が三の書斎へお呼びでございます。」
この屋敷には書斎はいくつもあるので、番号で呼んでいる。一、二は公爵専用で、三の書斎からはこの家の人以外も使える場所だ。シルヴィアがいるから今日はそこになったのだろう。
シリウスはニコリを笑って俺らに手を振った。
『じゃあ2人とも、いってらっしゃい。』
・・・
話合いは通信用芸石で行われる。
そして俺らが部屋に入った時、クルトが通信用芸石をセットしておりシャルトはその脇でのんびりとコーヒーを飲んでいた。
『随分と災難だったな。』
「災難じゃないよ。俺らが考え無しにやっちゃったことなんだもん……」
『……シャルト公爵様、この度は大変なお手数をおかけしてしまい、誠に申し訳ございません。』
公爵はシルヴィアの謝罪に深く頷き、コーヒーをソーサーの上に置いた。
『先ほどシルヴィア大公とも話をしてね、彼と私で意見が一致した。』
「ど、どんな……?」
公爵の凛とした声は王者の風格を持っていた。
『今回の一件は「授業中の怪我」。大人が口を挟む問題ではない、と。』
「け、怪我って……その怪我を俺らがさせちゃったから問題になってるんじゃないのか?」
公爵はたまに、酷く冷たい目をする。
そしてその目はシリウスとよく似ていた。
『シャルト公爵家とシルヴィア王家を問題にしたら、どちらの首が絞まるかな?』
『「 っ…!!!! 」』
この発言で理解した。
グリムのメテオ伯爵家とアデルのモーエンス侯爵家は、シャルト公爵とシルヴィア王家を敵に回せるレベルではないのだ。
両家とも十分に立派な家柄だ。普通、こんなことが起きたら大問題だけれど・・・
両家のはるか上に、シャルト公爵家とシルヴィア王家はいる。
だから今回の件を、メテオ伯爵家もモーエンス侯爵家も大事にできないんだ。
「だから……授業中の怪我で片付くと……?」
俺の発言に公爵はふっと笑った。
『話し合いが始まる。よく見ていなさい。』
・・・
ブツッーーー
通信が始まった。
通信先の映像は全部で5か所。
俺らがいるシャルト公爵家の映像には公爵と俺とシルヴィアが映り、学院の映像には学院長、モーエンス侯爵家とメテオ伯爵家の映像にはそれぞれ父親と思われる男性が一人ずつ、そしてシルヴィア王家の映像にシルヴィアの父ちゃんは映ってなかった。代わりに知らんおっさんが一人映っていた。
『やぁモーエンス、久しぶりだね。』
公爵はまずモーエンス侯爵に話しかけた。話しかけられたモーエンス侯爵は笑顔のまま、何度も頭を下げていた。
「直接のご挨拶ではなく大変申し訳ございません。天空のお導きに心から感謝申し上げます。宰相様のご活躍は日ごろから拝見しております。」
『そうか、ありがとう。最近の調子はどうだい?』
「はっ、幸い手持ちの会社も上向きでございます。」
『それは喜ばしいことだ。』
公爵は次にメテオ伯爵に顔を向けた。
『そして、メテオ伯爵。』
メテオ伯爵は見るからに緊張した面持ちだった。
「はっ!!天空のお導きにより再び拝顔叶いました事、大変な栄誉でございます。」
『以前、コーヒーハウスで話したことがあるね。あれはとても有意義な時間だった。』
「勿体ないお言葉でございます……!あの時は偶然の出会いではございましたが、大変貴重な機会でございました。」
公爵はゆっくりと頷いて、足を組んだ。
『もう一度きちんと話してみたいと思っていたんだが……このような場になってしまい、とても残念だ。』
公爵の言葉で、モーエンス侯爵とメテオ公爵の表情が一気に強張った。
それは芸素が伝わらずともわかるほどだった。
「こっ、こんかいは…!」
モーエンス侯爵は声を裏返しながら急いで告げた。
「特に子どもに怪我もなく!じゅ、授業中の事故……いえ、事故ではありませんでした。な、何も問題ございません…!!」
公爵は一拍置いて発言した。
『そうか。ではこの問題は子供たちに任せてしまってよいのかな?』
公爵の質問に侯爵も伯爵もひどく安心した様子だった。
「は、はい…そのようにいたしましょう…!!」
「このようなことで宰相様のお時間をいただいてしまい申し訳ない限りでございます……」
なんで……
向こうが謝ってるんだ?
公爵は俺とシルヴァアを一瞥した。
『残念ながらシルヴィア大公は時間が合わなくてこの話し合いには参加できなかったが、先ほど少しだけ話をしてね。この2人は今日中に学院に戻すことにしたんだ。そちらはどうかな?』
「わ、私の娘は明日の始業前に戻します…!!」
「息子はすでに学院の寮におりますのでご安心ください…!」
公爵はわずかに笑顔を見せた。
『そうか。それでは、明日になれば子ども同士で話し合えるようだね。』
「「 はい……!! 」」
なんだ……これ……?
公爵は笑顔を保ったまま足を組み変えた。
『そういえばまだ直接言ってなかったな。このような場にはなってしまったが、婚約おめでとう。両家が正式に結婚した折には、私から何か祝福を贈ろう。』
「「ま、誠にありがたく存じます!!!」」
俺はシルヴィアの方を見た。
シルヴィアは……無表情でこの場の会話を聞いていた。こうなるとわかっていたのだろうか。ただじっと、静かに、座っていた。
公爵は映像に映る学院長をちらりと見た。
『それでは、学院長。』
「ええ。……各家ご当主様、ご当主代理様、本日はお忙しい中お集まりいただき誠にありがとうございました。今後も各家の大事なご子息ご令嬢を預かる者として、誠心誠意努めてまいりますので、またご協力を賜りたく存じます。後ほど当校から各家へ本日のお礼状をお送りいたします。」
第1学院学長であるイルミン・フランツィーン先生は柔らかい雰囲気のまま、さも何事もなかったかのようにさらさらと言葉を紡いでいった。
こうして、通信は終わった。
皆さん夏は楽しみましたか。
やり残したことがあれば………んなもんねぇか。




