236 合同練習 初日〜2日目
『……シュネイ、あなたからも言葉をかけなさい。』
「んへぇ?!!!!」
後ろの方で今の様子をニヤニヤしながら眺めていたら、シルヴィアから話をふられた。しまった。死ぬほど油断していた。
一年生全員、『なんでこの人?』って不思議そうな顔で俺のことを見ている。
まさか俺が天使の血筋だとは思っていないのだろう。
けれども学年代表であったグリム・メテオはキラキラした目で俺を見ていた。
あれ?この子は俺のこと知ってる?
だからさっきからチラチラ見てたのか
俺はシルヴィアの横に並び、一年生全員を順番に見ながら、とりあえずにこやかに話した。
「えーーーーーはじめまして!この学年にいるもう一人の天使の血筋、シュネイです!けど学院では皆んな俺のことアグニって呼ぶから、アグニって呼んでくれ!みんなこれからよろしくな!!」
「『「『 …………。 」』」』
一年全員、黙って俺とコルネリウスを見比べている。
みんなコルネリウスがもう一人の天使の血筋だと思ってたようだ。そりゃそうか。
『どうぞよろしくお願いいたします!!!!』
グリムだけは大きな声で挨拶を返してくれた。
が、やはり他の生徒は戸惑った様子だ。冗談だと思っているっぽい。
この様子を見かねたシルヴィアが俺の紹介をしてくれた。
『今年新たに天使の血筋が一人加わったことは皆さんご存知ですね?シュネイは黒髪が故に自身の正体を明かさず、ずっと隠していました。しかし、圧倒的なまでの芸素量や芸力、そして何よりも芸石無しで芸や解名を行えることが証明され、シュエリー公国、帝国共通教会、そして三公会議にて、彼も天使の血筋であると決定されました。』
一年生の顔が変わった。
もう皆んな、俺を尊敬する眼差しになっている。
「あーー…んまぁそんなわけで、皆よろしくな!!」
「『「『 っ!!……よろしくお願いいたします!!! 」』」』
その後、3年生と1年生が順番に挨拶をして、それぞれペアを決めていった。
こうやって上級生と下級生がペアを組む制度は『ブラザーシスター制』とも呼ばれている。
グリムのシスターはシルヴィアになった。学年代表同士だ。
そして俺がブラザーとして面倒を見るのはアデルという女の子だった。
「………アデル・モーエンスといいます。よろしくお願いいたします。」
『……モーエンス?』
たまたま俺の近くにいたシルヴィアがその子の苗字に反応した。
『……あなた、モーエンス侯爵の?』
「え、侯爵??!」
シルヴィアの問いに思わず俺も驚いてしまった。爵位は上から順番に公侯伯子男となる。そして爵位が高いほどその人数は少ない。帝都に最高位の公爵位は3人のみ。侯爵家もガクンと人数が少ない。たしか20家以下だ。
「あれ、どうしてアデルはグリムよりも爵位が高い家柄なのに学年代表じゃないの?」
「……別に、そういうの性に合わないからグリムに任せたんです。」
『ほらぁ〜アデル言ったじゃんか、君がやった方がいいって!』
シルヴィアと一緒にいたグリムがアデルに声をかけ、すぐに彼女の側に寄った。
『実はアデルと僕は4歳の頃から婚約者同士なんです!』
「へぇ?!!!4歳から婚約!!!?」
俺さっきからずっとびっくりしてる。
いやでも4歳って……普通の人の4歳って、俺でいうと1歳だろ?!まだ生まれたてじゃないか!!!
『シュネイ、4歳からの婚約は特に珍しいことではありませんよ。貴族の中には生まれる前から婚約者が決められている場合もあります。』
「ええ?!!本人の意思は?!!!!」
シルヴィアの補足説明にすぐツッコミを入れてしまった。
「本人の意志なんて関係ありませんよ。家同士で必要な繋がり・契約を結婚って形にしてるんですから。私たちは契約に必要な紙と同じです。」
アデルの言葉は辛辣だった。けれどシルヴィアもグリムも否定しなかった。きっと本当にこれが答えなのだろう。
『……そんな悲しいこと言わないでよぉ〜……』
グリムが泣きそうな声と顔でアデルにそう言った。その様子を見たアデルはわずかに驚き、すぐに付け足した。
「まぁ……私はグリムでよかったんですけど、」
グリムの顔がわかりやすく明るくなった。そしてなんの躊躇もなくアデルに抱きついた。
『アデル〜!!』
「きゃ?!ちょっ、離れてよ!」
「うおぅ?!!お前らちょっとハレンチだぞ!!!」
『そそそそうよ!!?!』
2つ下のグリムの行動に、アデルよりも俺とシルヴィアの方がよほど動揺してしまった。
だが、これでもう理解した。
俺も大人になったのだ。
この2人、好き好き同士だ!!!!
・・・・・
夜
天使の血筋の寮の庭で、俺とシルヴィアは珍しく一緒にいた。
ただぼーっと、木の下で寝そべっていた。
ー『アデルが学年代表になりたがらないのは、黒髪を気にしているからなんです。』ー
あの後、アデルが他の生徒と話している時にグリムがこそっと伝えてくれたのだ。
グリムからは悲しそうな芸素が伝わってきた。
ー『侯爵家なのに黒髪であることを、生まれてからずっと気にしているんです。』ー
アデルは…俺と同じくらい暗い髪色をしていた。
前髪は使っておらず、髪を顎あたりまでのショートカットにしていた。綺麗なエメラルドの瞳が印象的な子だった。
ー『僕、たまたまシュネイ……アグニ様のことを知って、最初は凄く驚きました。でも同時に、泣くほど嬉しかったんです。やっと……やっと、アデルに根拠のある理由を言えることができるってわかって。』ー
グリムの声はわずかに震えていた。
グリムはずっと伝えていたらしい。
黒髪だから劣っているとか醜いとか、そんなのは嘘だと。黒髪はとても美しいと。
ただ、アデルはその言葉を受け取らなかった。
アデルにとってその言葉は、一層惨めにさせる慰めでしかなかったからだ。
だからグリムは自分の言葉が正しいという根拠が欲しかった。
そんな中、俺が現れた。
黒髪の天使の血筋の存在を知って、グリムはやっとアデルに言えたんだ。
ほら、髪色なんて気にしなくていいんだよって。
ー『だからアグニ様は、僕の希望です。』ー
グリムの目は潤んでいた。
その瞳からは感謝が伝わった。
天使の血筋の寮には一本の大きな木がある。
その木は時期によって形と葉の色を変える特殊な木だ。帝都でも珍しいらしい。シャルト公爵家にもない木だ。
春は葉の色が桃色になって枝垂れ、夏になるにつれ灼熱のような赤色の葉に変わり、普通の木の形状になる。秋は葉が紫色に、枝は曲がってアフロのようになり、そして冬は葉と枝が落ち、雪と見間違うほどに美しい白色の幹が堂々と佇むのみとなる。
この木は、その特殊性から畏敬の念を持たれ『四季の木』や『芸の木』なんて言われている。
俺とシルヴィアはその木の下でぼーっと横になって、グリムとの会話を思い出していた。
「アデルがこの社会で生きやすくなったら、嬉しいよな」
『……ええ。』
「でも、俺のせいで生きにくくなった人もいるのかな。」
変化が起きたんだ。それに対しての影響は、いいものばかりではないだろう。
けど俺には悪い影響というのが見えていない。それはシャルト公爵をはじめ、俺の周りにいる多くの人たちが、俺に見せまいとしてくれているからだろう。
けれど、帝国共通教会から定期的に来る身体検査の通知や、変わってしまったコルネリウスの態度。その2つだけでも、俺を歓迎していない人がいることはわかる。
芸の木の葉は赤紫色をしており、枝はわずかに枝垂れていた。夏を目前にした色合いだ。
『アグニさん、学院間交流会のパートナーはお決まりですか?』
「え!?もうそんな時期!?!?!」
そうだ、考えてみれば夏にまた学院間交流会がある。しかも参加できるのは2年と3年だけなので、今年が最後だ。
そんで交流会の前後にはパーティーがあった。
「え、シルヴィアは………もう決めてる?」
『……いいえ。』
「よかったぁぁ!!そうだよね?!もうみんな決めてるのかと思って焦ったぁ〜〜!」
まだ何週間も先なのにすでにパートナーを決めてるのかと思ってびっくりした。もちろん、セシルとか婚約者がいる人たちは暗黙の了解でパートナー決定済みだろうが。
『学院間合流ですから、婚約者披露でもありませんし、できれば学院内…もしくは近しい年齢の方とパートナーを組みたいと考えてます。』
「あーーーなるほどね……俺もどうしよっかな…」
『できれば、同じ学院…身分も近い方がいいですね。』
「あーーーーなるほどね……そっかぁ…」
シルヴィアに釣り合う身分で第1学院の生徒となると……
『パートナーを組むのは、いかがでしょう。』
「そうねぇ……え?!!あ、俺と!?」
シルヴィアからのお誘いに驚いてしまった。
『今年は、アグニさんのお披露目の年です。』
俺の反応に、シルヴィアはつんとした表情のまま言った。
『あなたは、多くの天使の血筋から支持されていることを対外的に示さねばなりません。その第一歩が、同級生である私・シルヴィアと良好な関係であると示すことだと、考えております。』
「なるほどね……」
わぁ、俺の問題なのに俺よりもちゃんと考えてくれてる。
けどシルヴィアの言ったことはその通りだった。そしてそれをわかってくれた上で、パートナーをしてくれるってことはつまり、、、、
「俺とシルヴィアの関係って、本当に良好なんだな!嬉しい!!」
『は、はい?!!!!!』
シルヴィアの芸素が途端に跳ねた。表情もできるだけ崩さないようにしているが、目がキョロキョロしている。
ははっ!! おもしろっ!
「なぁシルヴィア。俺たちって、結構仲良いよな!」
『ふぁい?!!!な、なんなんですか急に!』
反応が面白くて、ついからかってしまう。
「なぁ、俺たちって…これはもう友達…いや、親友だよな?」
『し、親友!?!?し、しん、親友……!』
いちいち反応がいい。面白い。
シルヴィアのつんとした表情が崩れ、笑顔が溢れ出た。
その笑顔を見て、俺も一層笑顔になれた。
・・・・・・
この1週間、基本的に3年生のすることは変わらない。
変わるとしたら、その変わらない学院生活を1年生を一緒にするということだ。
・・・なので俺が全然楽器ができないのも、授業中に寝ているのもしっかり1年生にバレてしまっている。
「アグニさん……授業って寝ていいんですか?」
「そんなこと言うなよ~~アデルだってわからない問題だと途端に眠くなるだろ?」
「私はわからない問題ほど目が覚めるタイプです。」
「え、、そんなことある??」
アデルと一緒に昼食を食べながら色々なことを話した。まだ2日目の昼だが、もう既にアデルの利発さは伝わってくる。しかも意外とちゃんと喋る子だった。
「アデルは武芸の授業ってどうするの?あ、パンは手でちぎって食べるんだよ。」
アデルはパンをナイフで切ろうとしていた。自分でパンをちぎって食べるのは初めて(いつもは一口大に切られて渡されていた)らしい。
この1週間はこういうことを教えてあげる場でもあるのかと今理解した。
「え、手で…?ちぎって…食べていいんですね……あ、武と芸、両方の授業を受けるつもりです。」
アデルは慣れない仕草でパンをちぎり、シチューに付けて食べていた。
「あ、両方受けるんだ!俺も俺も!」
「まあそうでしょうね。」
アデルはもう既に俺の扱い方をわかっている。
『お隣、失礼しても?』
「お!シルヴィアとグリム!どうぞどうぞ!」
シルヴィアとグリムが一緒にやってきた。
食堂には天使の血筋専用の机があるが、この1週間は普通の席でグリムと食べるみたいだ。
「てか………お盆カタカタ言い過ぎじゃね?」
第1学院では昼食のお盆を自分で運ぶか、運んできてもらうかを選択できる。
去年まで俺は自分でお盆を運んでいたが、天使の血筋になってからは「あなた様にお盆を運ばせるわけにはまいりません!!」と食堂の人に強く言われてしまい、運んできてもらうようになっていた。
そんな感じなので、シルヴィアもあまり自分でお盆を運んだことはないのだろう。
新入生のグリムも家でお盆を運ぶことはなかっただろうから、この学院に来て初めて運ぶはずだ。
そうして今ここに、視線をお盆から離せずカタカタと不安定な音を鳴らしながら歩く2人が爆誕した。
「大丈夫?机に置けるか?」
『わ、たしは置けます……大丈夫です。グリム、』
「ぼ、ぼくも……もうちょっとで……置けました!!!」
なんとか2人とも机にお盆を置いた。ふぅ…と一仕事終えた後のようなため息を吐いている。
「そんな気を張るくらいなら運んできてもらえばよかったのに~」
俺の言葉にシルヴィアは首を横に振った。
『いいえ、この生活に慣れなければ。ここは自分の身の回りのことを自分で行えるよう、学んでいく場ですから。』
凄い立派なことを言ってる感じだが、今は自分の昼食を運ぶレベルの話をしている。
しかしグリムは目をキラキラさせながらシルヴィアの教えをきちんと聞いていた。
『この甘えられない環境下で自分を高めていく……!僕、頑張ります!!』
「この学院が……甘えられない環境下……?」
俺は森の中で食料を調達し火を起こし料理するような生活ですら豊かだと思っていた。
皆んなとの認識の差を感じながら、俺はアデルがコップから溢れさせた果実水を拭いてあげていた。




