233 新年度パーティーは第4学院で
卒業パーティーが終わって、7の日
昼過ぎにクィトの建前上の両親と会って挨拶をし、学院で使う道具を第4学院に運びにいった。
とりあえず筆記用具や教科書、日用品、芸石、制服等の衣服を揃えてある。
持ち運ぶ荷物が多いので、俺らは街で馬車を拾って第4学院に向かった。
さすがに公爵家の馬車や、貴族っぽい装飾が付いてる馬車で向かうのはやめておいた。
けど・・・
「…………馬車で来る人、少ないんだな。」
「………だね………。」
第4学院に近づいたから馬車の外を見ていたら、クィトと同じ新入生だと思われる人たちがたくさんいた。
多くの新入生たちは、親が荷馬車を運転していたり大きな手押し車を引いたり、基本的に家族だけで荷物を運んでいた。超でかいリュックを担いで一人でやってくる新入生もいた。
見た限りだと馬車は俺らを含めて4台ほどしかいない。
そのせいか、すでにめちゃくちゃ注目されている。
「……え?わざわざ馬車を借りて荷物を運んでるのか?」
「どこの家の坊ちゃん?」
『………もしかして貴族?』
「気合い入りすぎだろ。」
「「 …………。 」」
大誤算だ。
まさか馬車を使わないなんて。
「………俺らはいつの間にか公爵家の暮らしに慣れてたのか……。」
第1学院の子たちは家紋入り馬車と御者、従者は当たり前にいた。けど第4学院の子たちは馬車を借りることもない。これは認識を改めねばならない。
「けど、僕はこっちの方が好きかも…。」
クィトは目を輝かせて馬車の外を見ていた。
外には下ろしたての制服を身につけて必死に荷物を運ぶ同い年の子たちがたくさんいる。
「……そうか。クィト、これから楽しみだな!」
「…うん!!」
・・・
入学式とパーティーは第4学院内のホールで行う。俺は交流会の時に入ったことがあるが、多くの新入生は目を輝かせて四方八方をキョロキョロと見ていた。クィトもそのうちの一人だ。
入学式とパーティーは滞りなく進んだ。
パーティー序盤にイサックが登壇し新入生に挨拶をした。初めて貴族を見る子も多いのだろう。みんなが緊張した表情で、振る舞い方に迷いながら、必死にイサックの言葉を聞いていた。
大きくも豪華でもないけど、とても温かくていいパーティーだった。
「クィト、お疲れ!イサックに挨拶しとこうぜ。」
「えっ、でも……いいのかな。」
「なんで?いいに決まってるだろ。ほらいくぞ!」
「あ、ちょっと待ってよ…!」
イサックはハストン子爵の息子だ。しかも今年で4年生。
ほとんどの子も親もイサックに喋りかけることができない。
なので一人でぽつんとしていた。
「よっ!イサック!久しぶりだな!!」
「え、え、え!?あ、アグニ!?!?なななんでここに……!」
俺が声をかけると物凄くびっくりされた。
「クィトの入学だからな。こっちの応援にきた!」
「え!?自分の学院は!?」
「今日くらい別にいいだろ、大丈夫!」
「本当に大丈夫なのか!?!?!」
まったく……
イサックは心配症だなぁ
俺はクィトをぐいっとイサックの前に出した。そこでイサックはようやくクィトに目がいったようだ。
「あ、クィト、久しぶりだな。入学おめでとう。」
「あ、ありがとうございます…!!」
イサックにはクィトの勉強を見てもらっていた。準備期間が短かったのにクィトが無事に第4学院に入れたのは間違いなくイサックのおかげだろう。
「イサック、本当にありがとな。クィトの先生をしてくれて。」
「あ、ありがとうございました……!!」
俺がお礼を言いクィトも頭を下げている間、イサックはじっと俺のことを見つめていた。
「え、なに…なんか照れちゃう…!」
「茶化すな。アグニ……本当にアグニ、だよな?だって、たしか、あの血筋に……」
「うん、本当にアグニだよ。もう表立っては別の名前だけどね。」
イサックは戸惑っている様子だった。
「……俺は……この場で、どういう態度をしたらいい?」
「あははっ!このままでいてくれ。今は『アグニ』だからさ。」
今の俺は貴族的な服を着ていない。なのにこの場でイサックが俺に礼をしたら、絶対騒ぎになる。
本当はこの場だけでなく、社交の場でも同じように気楽に接してほしい。けどそれは社会的に難しいということを、もう俺はわかっている。
「わかった……あ、学院長…!」
イサックの近くに一人の中年男性がきた。
先ほど生徒の前で挨拶をしていたから、俺もすぐにこの人が第4学院の学院長だとわかった。
『天空のお導きによりご挨拶申し上げられますこと、恐悦至極でございます。初めまして、第4学院学院長のウィリアム・パーラーと申します。』
天使の血筋への挨拶・・・
この人は俺が何者かわかっている。苗字を名乗ったから貴族だ。
どこかのパーティーで会っていたのかもしれない。
周囲が騒がしくなった。
学院長が俺に頭を下げたのを見られた。
「………初めまして、この場ではアグニとお呼びください。……よく私のことをお分かりになりましたね。」
俺もすかさず頭を下げた。
天使の血筋としてならここで頭を下げてはいけないが、今は騒がれない方が重要だ。俺の隣にはクィトがいる。
『昨年、宰相様から女神の楽園にて行われたパーティーにお誘いいただきました。』
「ああ!あのパーティー!そうなんですね!」
シーラがみんなの前で踊った、昨年最大のパーティーだ。
『そして先日の裁判も拝見しておりました。』
「あれもですか!」
じゃあ俺の顔を知ってるわけだ。
「たしか学院長のご親戚があの裁判の裁判官でいらっしゃったんですよね?」
学院長はイサックの方を向いて頷いた。
『ええ。遠縁ではありますが。』
「へぇ~そうだったんですね!」
すげぇな~頭いいんだろうんなぁ
学院長は周囲を見渡し、小声で質問した。
『………この場にいる者にご自身のことを知られたくない、という認識でよろしいのでしょうか。』
「あ、はい。まぁこの見た目なんで、誰も天使の血筋だなんて考えもつかないでしょうが……。」
新しく天使の血筋が一人増えたということは新聞に載ったが、その者が黒髪だということは載っていない。
『かしこまりました。それでは、礼をせずに下がらせて頂いても?』
「っ! ありがとうございます!」
気遣いができる人だ。さすが学院長。
『とんでもございません。今後ともお慕い申し上げております。では。』
学院長はニコリと微笑んだ。
「はい!では!! ………え???」
学院長は水の流れのように去っていった。
人をかき分けて進むのがあまりにも上手すぎて、最後の言葉について質問し損ねてしまった。
「………どゆこと?」
学院長の言葉に俺もクィトもぽかーんとしていた。
イサックは残念そうな表情で、学院長の去った方向をずっと見ていた。
「噂では……学院長はあの裁判でアグニのファンになったらしい。」
「「へぇ?!!!! 」」
俺とクィトは同時に驚きの声をあげてしまった。
イサックは頭を掻き渋い表情をしながら、更に加えた。
「アグニは『最推し』、というものらしい。」
「「 サイオシ?!!! 」」
・・・
「じゃあな、アグニ。」
「じゃなイサック!また交流会で!」
イサックとは結局パーティーが終わるまでずっと喋ってた。
クィトも、緊張しつつもきちんとイサックと喋れていた。この学院で頼れる先輩を見つけられてよかった。
「じゃあな、クィト。週末にまた会おう。」
俺とクィトの両親役はそろそろ帰らねばならない。
けどクィトは今日から寮で暮らすのでこのまま第4学院に残る。
「うん、わかった……。」
クィトは少し不安そうで、寂しそうだった。
けど同時に芸素からは興奮が伝わってくる。
俺はクィトが学院生活を楽しみにしているのだとわかって、少し安心した。
「大丈夫、学院生活は楽しいよ。」
俺はクィトの頭に手を置いて、ゆっくり髪を撫でた。
「これからこの学院で、たくさん学んで、たくさん遊んで、たくさん楽しい思い出を友達と作ってくれ!な!」
クィトの緑の瞳は輝いている。
それは希望を映す、宝石のような瞳だった。
「…………うん!!」
俺もこの日の夜にカイルと第1学院に戻った。
明日から新年度、3年生だ。
・・・
朝、俺は鍛冶をしに小屋にいった。
カイルに「小屋に行ってきます」と声を掛けると「俺も行く」と寝台から飛び起きて速攻で準備し、付いてきたのだ。
だが今日は付いてきてくれて逆によかった。
カイルは従者だが、いざという時は護衛としても動いてもらいたい。
それなのに武芸の練習はおろか、俺は剣すら渡していなかった。
なので学院内でも持ちやすいサイズの短剣を作って、プレゼントすることにしたのだ。
「カイルって何か芸を出せる?」
「ん~水は出せたけど、他はわからない。農作業とか荷物運びとかは全部体力でカバーしてたな。」
「そうか、じゃあ剣には水の芸コントロール補強用芸石を埋め込もうかな。そんで身体強化、教えてみるか。」
「身体強化??」
「ああ、こいつはマスターするまではきついが、便利だから覚えておいた方がいいぞ。特に体力に自信があるなら効果倍増になる!」
「おおおお!なんかわからんがかっけぇ!!!」
カイルが乗り気になっている。
俺の侍従になってから、カイルは妙に遠慮することを覚えてしまった。
だから俺はこのノリを壊さないように、二ッと口角を上げて告げた。
「今後一緒に街の芸石屋覗いて、一番かっけぇ石見つけてこようぜ!!」
「うおぉ!!よっしゃあ!!!」
アグニ…人として成長してますよね……
成長してるのか……偉いなぁ……
未だにスリッパで天気予想してる自分とは違うなぁ……




