232 見下し、見上げて
「ん!これ美味しい!食べてみて。」
『いただきます。……っ!ほんとうに、華やかな味わいですね。』
「だよな!!これクリームに何が練り込まれてるんだろ。」
一通り挨拶を済ませたら、俺とシルヴィアは隅っこへ逃げた。そして宝石のように並べられた美しい食べ物を、いつも通り食べている。
今日はシルヴィアの方から『あちらに食事が置いてありますよ』って言ってくれたのだ。
シルヴィアの毒味も兼ねて俺が半分を先に食べ、美味しかったらシルヴィアに残りの半分を食べてもらう・・・これを繰り返していた。
『へえーー……』
俺の耳にぎりぎり届く音量で、コルネリウスの声がした。
俺が振り返ると案外近くに立っており、じっとこちらを見ていた。
あ、コルだ。
「コル!久しぶりだな……演習から帰ったんだ……!」
会えて嬉しかった。
コルネリウスは軍部の演習に参加しており、俺は特別区に行ってたから久しぶりの再会だった。
『………ふぅ。天空のお導きにより今日再び会えましたこと感謝いたします。』
コルネリウスは周囲を見渡し、やれやれという顔をしてから俺らに挨拶をした。早口でなんの感情も乗っていない言葉だった。
「あ、あ、そう……だったな。えっと、」
ミスった。
俺が天使の血筋としての態度を取らなかったせいだ。
パーティーでコルネリウスから俺に声をかけることはもうできない。現状、俺の方が身分が高いからだ。貴族のルールでは、身分の高い者が低い者に話す許可を与えて、会話を始める。
俺のせいでシルヴィアも非常識な人間にみられてしまったかもしれない。
どうしよう・・・
『表を上げてください。』
シルヴィアの綺麗な声が響いた。
コルネリウスはシルヴィアの言葉に従って顔を上げた。
『こんばんは。いい夜ですね、コルネリウスさん。』
『えぇそうですね、シルヴィア様。』
シルヴィアとコルネリウスは定型的な会話を続け、パーティーとしての外交を行い始めた。
もう2人の会話の中に俺は混ざれなかった。
でもシルヴィアが俺のミスをカバーしてくれたことはわかった。
少し経って周囲から人がいなくなった時、ようやくコルネリウスが俺の方を見た。
けどその目は・・・俺を見下し、笑っていた。
『……ふぅん、考えましたね。シルヴィア公国に入れば王ですからね。第2の「シャノンシシリー公国」ですか。』
『っ……!!? 今なんと…』
「え?シャノンシシリー??」
コルネリウスが……なんだか訳の分からないことを言った。
けどコルネリウスの言葉で、シルヴィアの芸素がぶわっと勢いよく拡がったのはすぐに伝わった。
この感じは・・・警戒、それと驚き?
感じたことのない芸素だ。
シルヴィアの芸素がこんなに荒れるのは珍しい。よし、ここは俺がカバーしよう!!
「あはははは!俺らはシャノンにはなれないよ〜!なぁ、シルヴィア!」
『………え?あ、え、えぇ。』
『……うん?あはっ、ん~~~~っとぉ?』
コルネリウスは先ほどと同じように、呆れ混じりの笑顔を作って首を傾げた。
たぶん俺が意味不明な返し方をしちゃったのだろう、それは申し訳ない。
けど、俺の知るコルネリウスは、こんな態度を人にみせる人間ではなかった。
「………なぁ、コル……なんで変わっちゃったんだ……?」
『っっ………』
コルネリウスは眉をしかめた。が、すぐに貴族の笑顔に戻った。
『……変わられたのはシュネイ様では? さて、そろそろ失礼いたします。引き続き、良い夜を。』
「あ、おう……。」
『………良い夜を。』
コルネリウスは軽く礼をして、俺らの前から去っていった。
・・・・・
ザク ザク ザク・・・
『……はぁ………ったく。』
『あ〜あ〜あ〜、あ~んなわざとらしく馬鹿にしなくてもいいんじゃな~いのぉ~??』
『えっ……んな!?!?!?!?』
今、パーティー会場を出て一階の庭へ出たとこだ。僕は誰もいない外の空気を吸いにきたのだ。
それなのに、どうしてここに・・・
『………シリウス……さま……』
僕よりも明るい髪色のその人は、アグニと同じ色の瞳を細くし笑顔を見せた。
『やぁ。久しぶりだねぇ、コルネリウス。』
『どうしてあなたがここに……!?』
僕は出来る限り声を潜めて聞いた。それでも驚きすぎて多少、声量が大きかったかもしれない。
シリウス様はへらへらと笑いながら芝生の上に座った。
『それこそ君に会いにきたんだよ。けど意外だったなぁ〜君があんな直接的に何かを言うなんて。もうちょっと貴族的な言い回しをする子だと思ってた。』
『っ……!!』
会場内ではオーケストラが演奏し、大勢が踊り、皆が喋っていた。あの中の、あんなわずかな会話を……この人は聞いていたのか?
『僕ね、ただの人間の中では、けっこう君のこと好きなんだよね。』
この僕が・・・ただの人間?
この人の中では、「天使の血筋か、否か」が重要。
そして僕は「天使の血筋ではないただの人間」と評されるのか。
この髪色も、家柄も、武芸も、性格も、何も関係ない。
ただ一つ、僕とアグニを絶対的に分かつもの。
『っ……そうなんですね。光栄です。』
僕は精一杯、貴族的な笑顔を見せた。
これが僕の持つ最大の武器だから。
『ふぅん?』
シリウス様は楽しそうに僕のことを見て、自分の隣の芝生をポンポンと叩いた。ここに座れということだろう。
僕は素直に従った。この人には素直に従っておいた方がいい。
『……………なんですか?』
『君、なんだか疲れてるでしょ。』
『っ……!!!!』
その表現が……適切かもしれない。
そうか
僕はこの社会に疲れてたんだ
僕はアグニと張り合うことに、疲れたんだ
理想の「貴族」であり続けることに、疲れたんだ
『………そうなのかもしれませんね。』
僕は素直にそう答えた。
穏やかな風が吹き、まるで僕を慰めてくれているようだった。
『うん…………上を見つめ続けると、肩とか頭とか、疲れちゃうもんね。』
『………はい???』
僕は隣を見た。
麗しい御仁は先ほどと打って変わって、蛇のように笑っていた。
それで確信した。
この人は僕を慰めたいんじゃなかった。馬鹿にしていたのだ。
『あなたは………誰が僕よりも上にいると、言ってるんですか??』
見上げる・・・それは僕よりも上に「なにか」がある場合だ。
この人は、僕の上に誰がいると示唆しているのか。
いや、聞かずともわかる。
だが、認めるわけにはいかない。
その発言を許すわけにはいかない。
だから、問い直す。
『くくっ…! ふふふっ……やっぱ君、面白いよね。さてと! 』
あの人は羽のように軽やかに立ち上がった。
『また、うちに遊びにおいで。』
『…………………。』
僕は返事をしなかったが、あの人は構わず歩き、光の入らない庭の奥へと姿を消した。
僕はその姿が見えなくなった後も、
真黒い闇の方をずっと見続けた。




