230 誰かの痕跡
く、くしゃみが・・・止まらん!!!!
「ルシウスと似てるって……どういうことだ?芸獣になった人間のってこと…?」
シリウスが何を感じ取ったのかはわからない。
けどシリウスはいつになく、真面目な様子だった。
「……あの、隣村の方にも行ってみませんか?相手側の意見も聞きたいです。」
カールがおずおずと手を挙げて発言した。俺とシリウスもそうした方がいいだろうと意見が重なり、3人で隣の『キューユ村』へと向かった。
「ど、どうだシリウス? 何か感じるか?」
残念ながら俺には何も感じなかった。
けれどシリウスは先ほどよりも確信めいた表情で頷いた。
『うん。さっきと同じ芸素がわずかに残ってる。ふ~ん……この人は随分と自分の芸素を隠すのが上手みたいだね。でもたぶん、この村の中で一度芸を出している。』
シリウス曰く、芸素の残り方的に芸もしくは解名をこの村で出したらしい。
「とりあえず、最近の出来事についてこの村で聞き込みしてみよう。」
幸い俺らの顔は隣村の人達には知られていない。シリウスには髪を隠してもらい、俺ら3人は旅行者という設定で村人たちと喋っていった。
「いんや、別に芸とか見てねぇなぁ。」
『解名?解名って、あの解名?いやないない!!ハイセンとの諍いだって芸は使わずに物理的なものだけだったわよ!』
「芸かぁ・・・そもそもこの村で芸ができる人間は3人しかいねぇしよぉ……」
「んふぁ……ふがっ……ふぅ……すー……すー……」
といった具合で誰も芸を見ていなかった。
「うーん、全然みんな知らない様子だな。」
「最後の人は何だったんだ……?」
眠りこけてる老人が一人いたが、まぁそれは置いておこう。
『実際にハイセンと争った人から話を聞きたいな。』
「そうだな。この村には警備隊駐在所がないから……たぶん小屋に軟禁されてるよな。」
『なら、あそこだね。』
シリウスの指さす方向には物置小屋が一つあった。古くて大きくもないが、入り口がよく手入れされている。最近この小屋を使用したのだと一目でわかった。
「中には……4人か。」
『1人は監視要員だろうね。さて、行こうか。』
「ああ。」
コンコンコン・・・ガチャ
「あ、どうも〜突然すいません。」
「んあ?誰だ?!」
・・・あ 。
「 ギフト 色鷹 」
「え、エ?………ふごっ!」
ドサッ・・
「おいおいおいアグニ!?そんな急に…!!」
監査役が地面に倒れるのを見ながらカールは驚いていた。
けれど、仕方なかった。
今回は、俺にも感じられたのだ。
「シリウス、これは……」
『ああ、ビンゴだね。』
隣から興奮が伝わる。
シリウスの瞳孔は開き、口角は蛇のように上がっていた。
『 ねぇ、君たち 』
シリウスの表情を見た村人たちは呼吸を止め、シリウスから目を逸らすこともできずにいる。それはまるで、カゴの中で喰われるのを待つ鼠のようだった。
『 いったい 誰と出会ったんだい? 』
・・・
「それじゃあ、まず当時のことを教えてくれ。」
軟禁されていた3名のうち、全員が芸を見ていないと言った。その言葉に嘘はなさそうだった。
だからとりあえず当時ハイセンと争った時のことを教えてもらうことにした。
そして3人とも、同じことを言った。
--- なぜかその時だけは酷くハイセンの連中が憎くて、絶対に許してはいけないと思った ---
「そ、そういえば…む、息子が……俺の殺された息子が見たと言っていた。」
この人は、最初の諍いでハイセン側に殺された人の父親だった。
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「って……だめ…でも…くそ…だ…ば……」
朝起きたら、息子が居間にいた。
いつもはこっちが起こさなきゃ昼過ぎまで寝てるような息子なのに、変だなと思った。
息子はぶつぶつと何かを喋っていた。
「お?どうしたんだ朝から?昨日から寝てないのか?」
「だから……だめって……はガッ!!!」
ガタンッ!!!!
「うおぉ?!!」
息子は突然大きく息を吐き、立ち上がった。そしてゆっくりと俺の方を向いた。
血色が悪く、目が濁っている。今までの息子とは違う人間のようだった。
「なぁ、俺見たんだよ!!!!」
「え……は……??」
「俺らが貧しくて、ひもじい思いをしてる隣で、向こうは笑顔で!豊かな暮らしをしてるんだ!!そんでそのうち、あいつらがどんどん傲慢になって!貧富の差が激しくなって!俺らを蔑んで!!嘲笑い罵り!!!」
息子はまるで自分自身がその現実を見たかのように語っていた。
目はどこか虚ろなのに、口だけはずっと動いていた。
「最終的には俺らを家畜として扱う!!!」
「…おいおい、どうしたん 」
「だから壊さねばならない!!!!」
「おい!!本当にどうした!?なんだ!?嫌な夢でも見たのか!?」
俺は息子に近づいて両肩に手を置き、息子の顔を覗き込んだ。先ほどから視線が合わないのだ。
変に半開きになった口とギョロっとした目の息子は俺を見ているようで、見ていなかった。
「違う!これは現実になる!!だめだ……だから俺は……その前に…」
どん!!
「うっ…おい!おい!!!」
息子は俺を突き飛ばして家から去り、そのまま風のように姿を消した。
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「そんで……息子がハイセンに行き、殺された。」
『アグニ、君の見解は?』
シリウスは話を聞き終わるとすぐに俺の意見を聞いた。
シリウスの方を向くと、その瞳には自信が宿っていた。俺もその目を見て、確信が持てた。
「………陰の類、『宵の夢』に近い解名だと思う。」
シリウスは天使のように微笑んだ。
『そうだね。………君の息子は幻影をかけられたんだと思うよ。』
「げ、幻影!?そんな……!それじゃあ息子は……意図的に悪い幻想を視せられて・・ハイセンに殴り込みに行ったってことか?!」
『そうかもしれないね。』
「……そんな! くっ…うぅ…!!」
その男は嗚咽を漏らして泣き始めた。自分の息子が誰かに操られていたことがショックなのだろう。
「………息子は、優しい子だった。なのに急に人が変わってしまったようで……そんで次に会った時は、もう死体だった。」
……あれ、操られていたことがショック……ではないのかもしれない。
「息子が…村同士の争いの火付け役になったなんて…ずっと信じられなくて…でも俺が最期に見たあの子なら……そうかもしれないって……。だがずっと、やっぱ不思議でよ……」
あ、そうか……
「俺は…あの子を信じてあげられなかったんだ……!!自分の息子を…俺が一番信じてあげなくちゃいけなかったのに……!!」
この人は、自分の息子が操られていたことがショックなのではない。自分が、自分の息子を信じてあげられなかったことが、ショックなのだ。
「ごめん……キラ……本当にごめんな……信じてやれなくて……守ってやれなくて……うぅ…」
俺は、その涙を愛おしく思った。
そうか。
これが…… 本当の父親なのか。
俺にはどうしても、その涙が羨ましく思えた。
誰ださっきから人の鼻の中で踊ってるのは!!!




