227 三度目のハイセン村
皆さん、春が来るってさ。さっき電話があったんだよね。
『この傾斜ですと棚田にするのがよろしいかと。』
賢者らと議論 → 棚田作り〈決定〉
『灌漑農業なるものを。』
賢者らと議論 → 灌漑作り〈決定〉
『シュネイ様は稲にいくつ品種があるか、ご存知ですかな?』
賢者らと議論 → 栽培品種〈決定〉
『それでは全体のスケジュールを。』
賢者らと議論 → 農業計画〈決定〉
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こんな感じでどんどん話を進めていく。実は田植えまで全然時間がないのだ。
「オンリ、特別区の技術部に連絡を。必要なものがたくさんある。すぐに工事を進めてもらわないとまずい。」
「わっかりましたぁ!!」
オンリは元気よく挨拶し、通信用芸石で連絡を取る準備を始めた。
『アグニ、来たみたいだよ。』
「え?……おお!!」
2つの馬車がこちらに来ていた。
片方の御者はクルトだったので、そちらにはシーラが乗っているのだろう。
そしてもう1つは知らない人が運転している。けどその人の胸元にブラウン商会の紋章があるので、カールの侍従とかだろう。たぶんそちらの中にカールとカイルがいるはずだ。
「意外と着くの早いな。」
『この早さならどこにも泊まらずにずっと移動してきたんだろうね。』
馬車がこちらに来ているのを確認し、俺は大きな声で皆に呼びかけた。
「みんな!少し早いけど、お昼休憩にしよう!」
・・・
「アグニ~!きたわよ~!!」
馬車のドアが開く。手入れされた艶やかな金の髪がふわりと風をまとい、そしてその美しさに負けず劣らずの、青い宝石のような瞳がこちらを捉えた。シーラの姿に賢者たちがめっちゃ驚いてる。
「うぅぅぅぉぉ……こ、腰、腰がァ……」
よろよろと馬車から出てくるカイルと、同じく顔色の悪いカール。クルトはいつもと変わらず笑顔でシーラの荷物を持っている。
「お~い!こっちこっち!」
『ふふっ、にぎやかだねぇ。』
シリウスは手を後ろに組んだまま、柔らかい笑顔を彼らに向けていた。なんかおじいちゃんみたいだ。
賢者たちを紹介し、皆んなで昼食にした。
「あら、じゃあ東と西で育てる植物を変えるのね?」
実は昨日、旧カペー西側の土壌はこことは違う性質であるとの調査結果が出た。そこで、また賢者らと話し合い、西側は野菜類を育てることにしたのだ。
「うん、そうすることにしたんだ。一番重要なのはその土地の土壌的性質だからさ。」
シーラの言葉に頷いて答えると、カールが目を見張っていた。
「………こんな真面目なアグニ、学院では見たことがないぞ?」
「俺はいっっつも真面目ですぅぅ!!」
海沿いには潮風に強い果樹やオリーブの木なんかを植えてみる予定で、そのことも説明した。
「そうか、作物を育てる時は気候と土壌の性質が重要……覚えておこう。」
さすがカールだ。農業の知識はないはずなのに理解が早い。
「もちろん他にも色々考えなきゃだけど、0から始める時はまずそこを考えなきゃだな。」
「なるほどな。………アグニ、やっぱり学院にいる時より今の方が真面目だな。」
「だ~か~ら~!!」
「そういえばアグニ、たしか以前ハイセン村に行ったことがあったよな?数年前に洪水が起こった村だ。」
「ああ、行ったことあるよ。よく覚えてるな!」
「覚えてるよ。アグニが学院に来てすぐハイセン村に行ったと言っていただろう?あれ、普通に嘘だと思ってたからな。」
「え!?そうなの!??」
俺が学院に編入してすぐの週末、シリウスとハイセン村に行ったのだ。以前、洪水にあった村でその時にもシリウスと二人で行っていた。
「その村について、悪い噂を聞いた。」
『へぇ~?どんな?』
シリウスは笑顔でカールに聞いた。完全に面白がっている。
「あ、はい。隣接した村と諍いが生じ、死者も複数名出ているとか……。」
「人が死ぬほどの大喧嘩をしてるってことか!??」
『その村の名前がハイセン村だったのかい?』
「ええ、そうです。絶望的な洪水に巻き込まれたのに奇跡の復活を果たした村が今度は争い・・・と、噂が広がっているようです。」
『ふぅん……?なんだか楽しそうだね、アグニ行ってみようよ。』
シリウスはおもちゃを与えられた子どものように、楽しそうに笑っていた。
「楽しそうではない。けれど、俺も行く。」
・・・
シーラはシモンと面会し特別区の様子を聞きに行き、その間に俺とシリウスとカールでハンセン村へと向かうことにした。カールが俺も一緒に行きたいと言って譲らないので、俺がカールを背負って走ることになった。
クルトとカイルにはシーラと一緒にいてもらうことにした。
学院が始まってすぐ、俺はあの村に行った。2度目だった。
村を出る時、村人全員が跪き、首を垂れ、「永遠の忠誠を誓う」と言った。シリウスは『そんなものはいらない』と返した。
あれから……どうなったんだろう……
それに諍いって…大丈夫なのか……?
わずかな不安を抱えながら俺は村へと向かい・・・唖然とした。
その荒廃ぶりたるや、酷いものだった。
「……シリウス、どうしてだ……?」
『さぁねぇ……』
村に入ってすぐ、呆然とただ座っているだけの、干からびた抜け殻のような者がいた。そこから少し先には、同じように座る痩せこけた子どもがいた。
『とりあえず、村長のとこに行こうか。』
「……あ、ああ。」
焼かれた家の跡。
破かれた服を着る少年。
泥の上に座る老父。
すれ違う村の人たちは、俺たちを見ていた。
その目に映るのは・・・恐れや憎しみ、そして縋るように・・・
「っ……ギフト水鏡!!!」
パリィィィン!!!
「な、なんで来た!!!!消えろ!疫病神!!!!!」
花瓶が投げられたのだ。俺は咄嗟に解名を出してしまった。
投げたのは、村長だった。
「そ、村長…?どうしたんだよ、いや、あの俺……」
「お前が来なければ!!!こんな争いなんぞ起こらなかった!!!!!」
「っ……!!」
パリィィン!!!
また、花瓶が投げられた。
『へ~花瓶って投げるものだったんだ~!』
シリウスはケラケラ笑いながらそう言っていた。
カールも村人の態度に驚いているのだろう、顔色は血の気を失っている。
「あんた、おやめなさいよ!!」
村長の妻・リズさんが走って駆け寄り、村長の手を掴んだ。必死で止めようとしてくれている。
「……リズさん、だよな?」
俺は不安だった。リズさんまで村長と同じような行動を取るかもしれないと思ったのだ。しかしリズさんは本気で困ったような顔をしていた。
「あぁ……天使の血筋様、アグニさん……本当にごめんなさいね……この人、本当はこんなことしないのよ……でも……」
「あ、ああ…わかってる。でもなんで……」
リズさんは酷く疲れているようだった。頬はこけ、目の下のクマが濃く浮き出ている。
そんなリズさんが、頭を下げて俺たちに言った。
「……私たち村の人間は…本当に感謝してるわ。本当よ、本当に。村を救ってくれたこと、私は忘れてない。助けてくれなかったら、私たちはあの時に死んでたんだから……」
今の騒ぎで村の人たちが何名か出てきた。
村人たちはリズさんと同じような様子だった。激昂するわけでもなく、ただ酷く疲れているようで。
『アグニ……久しぶりだな……』
「あ、おっちゃん……」
村人の一人、腰が曲がったお爺さんが近寄ってきた。そのお爺さんもまたひどく疲れてるようで、覇気もなく、申し訳なさそうにこちらを見ていた。。
『事の次第を………説明させてくれ…』
夏が不在着信に載ってた。あっぶね~!!!電話でなくてよかったー!!




