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再創世記 ~その特徴は『天使の血筋』にあてはまらない~  作者: タナカデス
第6章 名はシュネイ
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*10 ただの休日



『アグニ、スキーしに行こうよ』


「スキー?なんだそれ?」


時はわずかに遡り、緑咲く2週間に入る前

水の月8週目の5の日


俺は早々に学院から公爵邸に帰り、シリウスと武芸の練習をしていた。


『両足に細長い板をつけてね、それで雪の上を滑るんだよ。』


「へぇ〜なんで細長い板を付ける必要があるんだ?」


『その方が滑りやすいからだよ』


「そうなのか。」


『軍部には雪山練習ってのもあるくらい重要なんだよ。しかも人によっては身体強化して走るより早い。』


なぜかシリウスがドヤ顔で説明している。


「まじか!!ならもし俺らが身体強化してその板付けたら……」


シリウスは片足をあげ、顔ごと上半身を後ろに仰け反らせた。


『そう、僕たちは風になる!』


「ぎゃはははは!!!なんだそのポーズキモ!!」


『風の……踊り〜!!!』


シリウスは自分の服の裾をびらびらさせながらその力だけで飛ぼうとしている。まだ羽が生えきっていない雛のようだ。


「あっははははは!!!無理無理!それは無理!!!」


シリウスは大概の場合、『正装』をしている。この場合の正装というのは、かつての天空人が着ていたとされる服装のことだ。この屋敷にいる時とかは、金刺繍が入った絹織物を着て、軽やかな手触りのローブを腰で締めている。

まぁ一枚の大きな布を頭から被って、腰で締めてるイメージだ。しかしそれだけじゃあ冬は寒いので、その布の下に長袖を着ている。

俺は正装せず、普通にシャツとズボンでいることが多い。



『アグニ、もっと着込んだ方がいいよ。』


「え?なんで?」


高速移動の際は基本的に自分の身体も風の芸で囲い、直接当たる風を防ぐ。もちろんその他にも泥や小石が当たるのを防ぐ意味もある。

自分を囲む空気の温度を調整し続ければいいので、冬でも特に着込む必要はないのだ。


『スキーの時は風を浴びるよ。』


「そういうもんなのか?」


『その方が楽しい。』


よくわからんが、シリウスがそっちの方が楽しいと言うのならそうしよう。

俺は普段はあまり着ないセーターを着て、マフラーを付けた。

シリウスも普段より厚めの生地のものを下に着込み、長いケープコートを付け、首元に金色のチェーンを付けた。

このチェーンはシリウスが公爵の自室で拾った(んなわけねぇだろと思うが)ものらしいが、ありえないくらい緻密な金細工と飾り芸石の多さから、目眩がする値段なのだろうなぁとは思っている。

そしてシリウスが『金色』を付けたということは、町や村など人のいる場所には一切寄らないということでもある。


「どこに向かうんだ?」


シリウスはニヤリと笑った。この笑顔は信用しちゃいけないやつだ。


『海の上を飛んでいくよ!』


「え、、、え?!!」




・・・






オートヴィル公国とシリアドネ公国の国境部分には大きな山脈がある。

わざわざここを通って国家間を行き来する人はいないし、山が高すぎて雪が年中残っているため、観光地にもならない。


おかげでここはシリウスの恰好の遊び場となっていた。



「ちゃんと見たことなかったけど……実際近くで見ると高っけぇなぁ!!」


俺らは帝都南部の海辺から飛び立ち、海の上を通りオートヴィル公国に入った。そして今やっと山の麓に着いたのだ。


スキーというものは山の上から下に降りてくる遊びらしい。

ということで俺らは山の下で一旦芸素回復薬を飲みつつ休息し、そこから一気に山の上まで飛んで、遊びに入る!


山の麓から見る景色は壮大で、純白の山々が、透き通るほどに綺麗な青空によく映えていた。今日は気持ちのいい晴れだった。


『飲んだ?もういける?』


俺は芸素回復薬を飲んだが、もちろんシリウスは飲んでいない。

帝都からぶっ続けで8時間も飛んだのにまだ遊ぶだけの体力と芸素があるなんて、まじでどんなバケモンだよ。しかも普通に徹夜で遊ぶのかよ。


昨夜、夜ご飯を食べた後にすぐ風呂に入り身支度をし始めた。そして8時間飛び続けたので、今はだいたい朝の5時くらいだ。


空を飛べると、直線距離で目的地に向かえるので効率がいい。もし地上と同じ道で進んでいたら、たぶんここに着いたのは今日の夕方になっているだろう。


「そっか〜シリウスはこうやって色んなところを行き来してるのか……。」


『何?僕が天才って話?』


「うるせぇうるせぇ!」


『じゃあ先に山頂まで飛んだ方が勝ちね。』


「はぁ!?おい、そんなこと聞いてない!ずるいぞ!!!」


俺らは山頂まで一気に飛んだ。


そして俺はあっさりとシリウスに負けた。





・・・






『それでこの板を付けて……』


「………おおおおお!!!なんだこれ?!歩きづらいな!」


『だから歩かないで滑るんだよ』


俺は両足に細長い木の板を付け、歩こうとした。めちゃくちゃ歩きづらかった。


「え、え、え、そんでこれで……山を滑り降りるのか?」


『そう!行くよ!ほい!!』


「うぇぇ?!!」


俺はシリウスに背中を押され、斜面を滑り降りた。


いつもより足に自由がきかない。

シリウスからは事前に、風の芸と身体強化を禁止されている。

そんな状態で慣れていない雪の上を滑るのはとても怖い。


「うわぁぁぁ!?!?!」


俺は体勢をわずかに前のめりにし、足は微塵も動かさずにただ一直線に滑り降りた。けどこれ、ブレーキが効かない。


「シリウス!!シリウス!!!止まりたい!!」


『あははははは!!』


「あははじゃなくて!!!」



そういえばシリウスと最初に出会った時、一緒に滝壺の中に落ちていったな。あの時も今と同じように笑いながら、全然助けてくれなかった。



   く、くそぅ!!!



俺は風の芸を使ってブレーキをかけた。

山の中腹で止まり、俺はとりあえず倒れた。倒れないとまた滑り始めそうだったから。


『あーーー!アグニ風使った〜〜!』


「あったりめぇだよ!このままスピード出続けたらどうすればいいのかわかんないもん!!!」


シリウスは両足を器用に動かして止まった。


「………俺もシリウスみたいに止まれるようになるのか?」


『なるよ。アグニは最近、芸と身体強化に頼りすぎて体の感覚が鈍くなってるようだから、いい練習だね。』


だからシリウスは今日ここに連れてきたのか。

確かに、身体強化と芸を禁止されたスピードに少し恐怖を感じた。これは久しぶりの感覚だった。


「もっかい!!ここから滑る!」


今の俺は立ち上がることにすら苦労している。

けれどこの不自由さが面白い。


『りょーかい。じゃあ僕は先に下に降りてるからね〜』


「はぁ?!!え、ちょっと!待っててよ!!」


シリウスはあっさりと俺を置いて下に滑り降りて行った。


「おいおいまじかよ〜ったく……あっ……」



   空が 綺麗だ



煩いくらいに真っ青で、わずかに存在する雲も白く輝いていた。

眼下の雪も雲に負けず劣らず白く輝いている。



   風が気持ちいい


   これは……滑りたい!



「なるほど、ハマる人の気持ちがわかったぞ。」


俺は板を平行に、身体を前に倒した。少しづつ滑り始め、加速していく。風がくすぐるように通り過ぎていく。


「ああ、これか!この感覚か!!気持ちいい〜〜!!」



俺らは麓まで滑り降り、また飛んで頂上に戻る。そしてまた滑り降りて……と何十回も繰り返した。


今日一日でけっこう上達したと思う。

シリウスと『追いかけっこスキー』をできるくらいにはなった。これはくねくねと曲がる技術も加速も減速も必要な高等な遊びだ。

そんな遊びを2人でキャッキャしてできるくらいには滑り慣れることができた。


『前から思ってたけどさ、アグニは要領がいいよね。』


「まじ?!急にどうした?!」


シリウスが褒めるなんて珍しい。

しかもそんな風に思われてたことも嬉しい。


『まぁ天使の血筋なんだから当たり前か。』


「そ、そんなぁ……」




陽が斜めになってきた。

これから夕方が来ることを感じさせる、冬らしい時間だ。


『そろそろ帰ろうか。アグニは学院に戻らなきゃだもんね。』


「あぁ、まぁそうだな……」


野宿する準備はしてきていない。時間的な余裕を持つなら、そろそろ帰った方がいい。

けどスキーは楽しかったし、学院はつまらない。


シリウスは俺の心情を察したのか、少し笑いながら山頂を見上げた。


『最後に、もう一度滑ろう。次は身体強化と芸ありでね。』


「え?!」


本日初の試みだ。

シリウスは柔らかな笑顔でクスクスと笑った。


『じゃあ、また山頂まで飛んでいくよ』


「おう!!!」



早く上に行きたい。

この山がもっと高ければよかったのに。



もっと上へ 上へ



このまま空の上まで飛んでしまおうか


「あっ……」



   なんだろう…?

   この感覚に既視感がある。



たしかこうやって上に帰って・・・


「あ、……ははっ…!」



   上に()()、か。



地上に降りてた時の、かつての記憶か。


『アグニ〜?』


俺より先を飛ぶシリウスが、不思議そうな顔をして振り返った。



   こいつも、こんな風に思うのだろうか



「………いいや、なんでもない。あぁ〜風が気持ちいいな。」



皆が空を見上げる理由が、少しわかった気がした。





・・・





『よし、じゃあ滑るよ!』


「また追いかけっこな!」


『いいけど、僕負けないよ?』


「俺だってもう負けないぞ?」


『君、僕に一回も勝ってないけどね。』


「んぐぅ……」


軽口を叩きつつ、軽く手首、足首を回しウォーミングアップをする。


『さぁ、行くよ!』


「ああ!!」


俺らは走り出した。

身体は軽く、風は俺らの背中を押す。


白く輝く世界で雪は舞い、空は青く、金の髪がなびく。


シリウスが雪の坂を飛び超え、また白が散る。


俺も負けじと氷の芸を使いながら今までとは違う滑り方を見せる。


『あはははははっ!!!いいねぇそれ!』


「だろ!!?」


俺らはキャッキャ言いながら滑り降り、シリウスは氷の坂を作った。長さはさっき俺が作ったものの5倍はある。



『このまま飛んで帰るよ!!!』


「ああ!!!」



もっと早く

もっと前へ


もっともっと 風のように





・・・





こうして俺らは帝都へ帰った。

着いたのは7の日の昼過ぎだった。


「ただいまぁ〜〜風呂に入りたい〜〜!!!」


『僕が先〜!!』


「はぁ?!おい横入りだ!!」


『お子様は芸素回復薬でも飲んでな!!』


「ぬぐぅぅぅぅぅ……!」


遊んで長距離移動してきた後だ。身体中が汗でべとべとになっている。

けどとても楽しかったから、不快感はそこまでなかった。


「あらあら、いいわねぇ。おかえりなさい。」


「おかえりなさいませ!アグニさん!」


「おかえりー楽しかったか?」


風呂に走っていったシリウスと入れ違いで、シーラとクルト、そしてカイルがやってきた。



この3人を見て、俺は家に帰ってきたことを実感する。

だから今日もとびきりの笑顔で答えるんだ。



「3人とも、ただいま!!」









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