221 お茶会の誘い
12月・・・だと!?
キィィィィ
こっそりと寮の部屋に入り、カイルの部屋をのぞいた。
カイルはもう寝息を立てている。
よ、よかったぁ!
帰ってきたのバレてないぞこれ
明日、平然とカイルより早く起きて「え?あ、昨日帰ってきたのそんな遅い時間じゃなかったぞ?」ってツラをしよう。
「アグニ……?」
「うわっ…お、おう、カイル!」
「今帰ってきたの?」
カイルは目をこすりながら上体を起こし、時計を見た。つまり時間がバレた。
今はもう夜明け2時間前だった。
「お、おう……すまん、あのぉ…つい武芸に熱中してしまい……」
「ここはアグニの寮で、アグニは僕の主なんだから、気にしないで。」
カイルはそう言って再度ベッドの中に潜っていった。
カイルの芸素は……少しトゲトゲしている。
「ごめん、遅くなって……」
「いいよ、別に。」
「だってカイル、なんかちょっと不貞腐れてるじゃん。」
「不貞腐れてないよ。」
「ごめんて〜〜〜………」
カイルは絶対怒っていた。芸素でさすがにわかる。
けどなぜか本人が認めたがらない。そして理由が俺にはわからない。
「………なぁ、カイル。どこが嫌だった?どこを直したらいい?」
俺はカイルの部屋に入り、一旦ドアを閉めた。カイルはベッドに横になっているから、ドアのすぐ前にいる俺からは顔が見えない。でも起きているのはわかる。
「………遅くなるなら遅くなるでいいから、事前に教えてほしい。」
「わかった。次からは絶対にそうする。」
カイルには通信用の蓄芸石を持たせていなかった。同じ寮にいるし値段も高いし、とりあえずはいいかなと思っていたけれど、こう言われたからには買おうと思う。
「カイル、明日の朝は鍛治をしないから始業の30分前に起きるな。」
「わかった。」
「んじゃ、おやすみ。夜なのに起こして悪かったな。」
「ううん……」
俺は再びドアを開け、カイルの部屋から出ようとした。
「アグニ、」
「…ん?なんだ?」
「……おかえり。」
「……おう、ただいま。」
カイルの顔は相変わらず見えなかった。けれど優しい言葉だった。それは芸素を感知せずとも、理解できた。
・・・
さて、また孤独な学院生活だ。
寮にはシャルルもシルヴィアもいるから(アルベルトも)一人じゃないが、教室での立場が難しい。
けどとりあえずコルネリウスとカールと以前のように気軽に喋り合える仲に戻りたい。今週の目標はそれで決定!!
「え?また??」
「は、はい……そう聞いております……」
コルネリウスは軍部の演習に参加するため、しばらく学院を休むそうだ。
そんなこと、先週は言ってなかったのに。
「なぁそれっていつ聞いた?」
俺がクラスメイトの男子にそう質問したら、彼は頭を下げながら申し訳なさそうに言った。
「せ、先週……お話し合いの時間に……」
先週の5の日のお話し合いの時間、俺は帝都共通教会にいた。その時にコルネリウスが皆んなに言ったらしい。
「………なんで教えてくれなかったんだろう。」
お話し合いの時間は貴重な情報共有の場だ。その時間にいなかった俺が悪いのだけれど、でもコルネリウスがしばらく学院を休むのならば教えて欲しかった。
しかし俺の呟きを聞いた大勢から気まずそうな雰囲気を感じた。
ん?
俺は皆んなを見渡すが、皆んな全然目を合わせてくれなかった。
ん??
あれ、あれあれ。
ちょっと待ってくれ。
もしかして、コルネリウスは俺がいない時間にわざと告げたのか?
先週、1つの結論が出そうだった。
けれどそれを封じ込め、俺はできる限り考えないようにしていた。
でも、あの考えが正しいと、いい加減認めなければならない。
コルネリウスは……俺を嫌っている。
・・・
嫌われるようなことをした覚えはない。
だからこそ、よくわからない。自分の何がいけなかったのか。何が嫌われる要素になったのか。
俺は、以前にも同じ経験をしたことがあった。
あれはもう何十年も前だが………
「アグニ、手紙がきたぞ。」
「え、ああ……」
寮の部屋でぼーっとしていたらカイルが手紙を2通持ってきてくれた。
なんだか今日は皆んなと一緒に武芸をする気になれず、早く帰ってきたのだ。
手紙は1つはクルトからだった。しかし字から、これはシリウスが書いたものだとわかった。
「どうしたんだって?」
カイルがもう1つの封筒を開きながら聞いてきた。
「んーなんか帝国西側の芸獣が最近強くなってるってさ。数も増えてるらしい。」
「へぇ〜、それだけ?」
「うん。」
「え?本当にそれだけ??」
「うん。なんなんだろ急に。」
シリウスからの手紙の内容は本当にそれだけだった。なんの報告なのかわからないが、最近西側に行って感じたことを書いたのかもしれない。なら別に、昨日一緒にいる時に伝えればよかったのに……。
もう一つの手紙はセシルからだった。
いつも一緒の教室にはいるが、俺が天使の血筋だと皆んなに知られてからは全然喋っていなかった。
「ん?!せ、セシルが……!セシルがお茶会に誘ってくれたあぁ!!!」
「なに?!!!!」
俺が叫び声をあげるとカイルはすぐ俺に近寄ってきて手紙を覗き込み、ゆっくりと読み始めた。
「えっと…6の日のお昼……バルバラと、アイシャと一緒にランチ……ってことか?!」
カイルはまだ読める単語が少ない。今まであまり字を書いてこなかったらしいので、手紙の内容を全て理解するのはまだ難しいのだろう。現在必死に練習してくれている。
「そう!アイシャはブリッジ帝都子爵家のご令嬢で、第3学院の3年生なんだ。学院間交流で仲良くなったんだよ。バルバラは、」
「お前のクラスメイトのクレルモン帝都男爵家のご令嬢、だろ?」
「え、すごい。もう覚えたのか??」
カイルはどや顔をしていた。この週末で俺のクラスメイトを全員覚えてくれたらしい。
「俺、記録力はあるんだぜ…!文字で覚えない人間だからな!」
「すげぇよカイル!!俺ですら最近やっと覚えたばっかなのに~!!!!よくやった~!すげぇよ!」
「ふふん。」
カイルがどや顔だ。いっそ可愛らしい。
そして実際に誇っていいことだ。カイルは成長している。
そしてその成長が俺のためであるということが、とんでもなく嬉しかった。
・・・・・・
8週目6の日
今週も静かな学院生活だった。俺は昨日のうちに公爵邸に帰っていた。アイシャにカイルを紹介したいので、カイルも公爵邸に戻ってきている。
「おはよ~クルト、カイル。シーラは……まだ寝てるな。シリウスは?」
「おはようございますアグニさん!シリウスさんは数日前から戻られていません。シーラ様はまだ就寝中です。」
「おはようアグニ。」
2人は談話室にいた。クルトから文字を教わっていたらしく、何冊か教科書が置いてあった。
「シリウスは……あ、もしかして芸獣が増えたって言ってた西側に?」
「ええ、そうかと思われます。」
「西って、具体的にどこなの?ロギム?」
「すいません、具体的な場所は伺っておりません…」
「そっか。ありがと。」
クルトはカイルに「この文章を読んでおいてください」と指示を出した後、俺に「朝食、すぐに食べられますか?」と聞いた。
「あーそうだな。あとでセシルんち行ってお昼食べるから、少し早いけど今もう食べちゃおうかな。」
「承知いたしました。こちらで食べられますか?」
「いや、ダイニングに移動するよ。ありがとう。」
「かしこまりました!」
クルトはそう言って部屋から出ていった。俺は伸びをしながらカイルの方を向いた。
「カイル、カイルも一緒にお茶会行くから、ちょっと良い服を着といてくれ」
「ああ、わかった。緊張するな……」
「大丈夫、皆いい子だよ。」
お茶会はハーロー子爵家で行わる。
実は帝都一等地にあるハーロー洋服店にはよく行くが、ハーロー子爵家の中にはそんな入ったことはない。セシルと一緒に学院に通っていた時も、門の中には入っていたが屋敷の前で降ろしていた。
俺はセシルに案内され、庭にあるガゼボに行った。セシルんちのガゼボはその周囲をバラで囲み、目隠しを作っている。春になればきっと美しい景色を作り出すだろう。
「シュネイさま、天と天空の神々のお導きに感謝申し上げます。」
アイシャは俺を視界に入れるやいなやすぐに席から立ち上がりカーテシーをした。アイシャの隣に座るバルバラも同様にすぐ礼をした。
「アイシャ!久しぶりだな!元気だったか?」
俺がそう言って近寄るとアイシャは少し驚いた顔をした。そしてすぐにその綺麗な青い瞳で微笑んだ。
「はい。お気遣いいただきありがとうございます。シュネイ様とまたこうしてお会いできて、とても光栄です。」
「シュネイ…その……」
バルバラが少し気まずそうに話しかけてきた。コルネリウスが学院に戻ってからバルバラとは一度も話せていなかった。
「バルバラも、なんだかんだ久しぶりだな。学院では話しづらくなっちゃったもんな。」
俺がそう言うとバルバラは物凄く安心した顔をし、緊張していた芸素が一気に溢れ出ていた。
「ええ、こうして喋れる場をセシルが作ってくれて、本当によかったわ。」
俺の隣にいたセシルが僅かに微笑んだ。
「ここにいる3人は……みんなアグニのこと……心配、してた。」
「「 ええ。」」
すぐにバルバラとアイシャが同意した。俺はそう言ってくれるだけでとても嬉しかった。
「あの……シュネイ様、後ろの方は…?」
俺の後ろに立っていたカイルにアイシャが目を向けた。
「こちらはカイル。俺の従者であり、友達だ。アイシャにも紹介しようと思って連れてきた。今は学院の寮でも手伝ってくれてるんだ。」
「まぁ…!」
アイシャはすぐにカイルの前に立った。カイルが緊張の極致にいることは先ほどから芸素で伝わっていた。
「ブリッジ子爵が次女、アイシャ・ブリッジです。ごきげんよう。」
「はっ、はっ!!!カ、カイル…と申します。ご、ごきげにょう。」
カイルが盛大に噛んだ。
ごきげにょう、ごきげにょう、ごきげにょう・・・面白いな。
「まぁ…!うふふふっ」
「ぷっ!」
「ふふっ……」
カイルは顔を真っ赤にしているが、アイシャもバルバラもセシルも今日一明るい笑顔だった。
このおかげで場が和んだ。
カイルを連れて来て正解だったな。
俺はカイルを励ましたが、そんな励ましに意味はなく・・・カイルはその後も暫く顔を真っ赤にしていた。




