217 また、後退
猫たんは 正義
「「「 ……………お、おはようございます、シ、シュネイ様…」」」
みんなの様子が変だ。
やっと、以前のように戻ったと思ったのに、敬語も敬称もまた付いてしまった。俺に対して緊張しているのが芸素で伝わる。
いや、まて。
……俺以外にも緊張してる?
『 天空のお導きに感謝いたします。』
遠くの席から声が聞こえた。聞き馴染みのある声だった。
『お久しぶりですね、シュネイ様。』
久しぶりに会った仲がいいはずの友人は、とてつもない作り笑顔をしていた。
「コル……。」
……どういうことだ?
どうしてコルがこんな態度を?
俺は周辺に目を向け、カールを探した。遠くの席にいたカールは渋そうな顔で首を横に振った。
以前、カールが言っていた。
この学年の統率役であるコルネリウスが、皆にこう言ったと。
(『アグニはもう、以前の性格とはまるで違うものになってしまった……。』)
(『アグニは冷酷に人を斬ることも、王族を処刑することも簡単にできてしまうんだ。なのに彼は優しいフリをする。』)
(『だからね皆んな、以前と同じような態度を取ってはいけないよ。君自身と、君らの家族のためにもね。』)
コルネリウスは俺のことを誤解している。
あの裁判でコルネリウスの目にはそう見えてしまったのならば、それは仕方がない。しかしそれは俺の本意ではない。
だから、わかってもらいたい。
「ひ、さしぶりだな、コルネリウス!元気だった…か?!」
俺はどう接していただろうか。緊張する。全員が俺とコルネリウスのことを見ていた。
『………寛大なお言葉、痛み入ります。私どものことまで気にかけてくださるなんて…。』
コルネリウスは優しく、少しだけ申し訳なさそうな顔をしてみせた。
しかし芸素の流れでわかる。これは全部、演技だ。
「コ、コルネリウス……あ、あのな、お前が学院にいない時に、皆で話し合ってさ、俺のことは…敬語も敬称も無しでって、ことになったんだ…。」
俺の言葉に、コルネリウスはわざとらしく驚いてみせた。そして丁寧に、本当に丁寧に、まるで公爵位にでも会ったかのように、深々と頭を下げた。
『なんて広いお心をお持ちなのでしょう。お心遣いに感謝申し上げます。しかし……』
コルネリウスは笑顔で周りを見渡し、俺に向き直った。その笑顔は『拒否』の意味だった。
『それで怪我をするのはあなたではなく我々なので、どうぞご容赦ください。』
「っ………。」
なんでだ?どうして……!
コルネリウスは、もう俺と仲良くしたくないのか?
でも俺は・・・
仲良くしたいんだよ
チャイムが鳴った。授業が始まる。
俺はコルネリウスに丁寧に頭を下げられ、その場の会話は終わった。
・・・
技術構造の授業の時、先生が俺に聞いた。
「シュネイ様は天使の血筋ですから、芸石を付けずとも芸を発動できます…わよね?しかし、同時に芸石もご使用できるという特異体質。差支えなければ、今まで学院内で身につけておられた芸石の種類を伺っても?」
「あ、はい!そうですね……芸や身体の力を制御するものです」
俺は現在、両耳と手首に芸石を付けている。
手首のものはスリーター公国の村を出る時に村のおばあちゃんから貰ったお守り的要素が強いもので、両耳のやつは出力する芸素を10分の1に抑える実用的役割を持つ。
『なるほどぉ。シュネイ様がお強い理由は天使の血筋の芸素量に加えて芸石を使用していたからだったのですね。』
「……え?」
急にコルネリウスが話を始めた。驚いたと同時に、少し嬉しかった。まさかコルネリウスから俺に話題を振ってくれるなんて思ってもみなかったから。
『なるほどなるほど、そりゃあ我々が敵うわけないですよね!!』
コルネリウスは大きい声で周りを見渡しながらそう言った。それは何かのデモンストレーションのようだった。
けれど・・・コルネリウスが俺に話題を振ってくれた…!
「あ、でもこれな……」
俺がずっと付けているブレスレットはほとんど効果がないし、ピアスは俺の芸素出力を1割に抑えるものだ。そのことを説明しようとしたが・・・
『なぁ、みんな!そう思うよな?…パシフィオ!』
コルネリウスはもう俺の方を見なかった。
「あ、ああ…軍人志望としては……羨ましい限りです。」
「ええ、そう…ですね…」
「そんな風に芸を出せるなんて…さすがというか、やはり我々とは生まれた時から差があるんですね。」
コルネリウスに同意した他の生徒たちから次々と『賞賛』の声が飛んできた、若干の『嫉妬』を含んで。
・・・え??
コルネリウスは今わざと……他の生徒が俺に敵意を向けるよう、仕向けた?
いや、まさかな……
うん、そんなことないはずだ。
けど、その後の授業はもうあまり集中できなかった。
・・・
放課後の研究会の時間、今日は武芸の練習をしようと外の演習場に行った。
ただ演習場に来ただけなのに、大勢の生徒が俺に頭を下げた。この前までは日当たりがいいところを先輩に譲り、日の当たりが悪く地面が滑りやすい場所を俺ら下級生が使っていたのに、今は上級生が俺のために一番いい場所を開けておくのだ。
それはあまり嬉しくない変化だった。なぜなら同級生に「一緒に練習をしようぜ!」と声を掛けづらくなったからだ。
『 アグニさん、』
清らかで、凛と張る声。王族の声だ。
「シルヴィア……!」
シルヴィアは武芸用のシャツとズボンを着て、剣を持っていた。その姿はいつものことながら格好いい。
『アグニさん、今日は久しぶりに私の相手をしてください。』
シルヴィアはそう言って軽く足首を回した。
「おーおー楽しそうだなぁ。その後は僕ともお願いね。」
『俺とも相手してくれアグニ!』
仲の良い先輩もきてくれた。
「アルベルト、シャルル!!…あっ、」
演習場の入り口にコルネリウスがいた。いつもコルネリウスと俺が一緒に剣を振っていて、そこにシャルルやアルベルト、パシフィオなんかが来ることが多い。
俺は当然のように、コルネリウスもここにくると思っていた。
けれど・・・
『あれ、コルネリウスはあっちに行ったな。』
「だねぇ。」
シャルルとアルベルトがいうように、コルネリウスは陽の光が当たらない端の方に向かっていってしまった。
「っ……俺、ちょっとコルネリウスに声かえてくる!」
「お、おう。」
『わ、わかった…」
俺は3人を置いて、コルネリウスの方に向かった。
「コル!久しぶりに武芸の練習しようぜ!」
俺はできる限り以前と同じように、コルネリウスに声をかけた。周りには同級生も下級生もおり、俺が近づいただけですぐに敬礼をした。
『………これはこれはシュネイ様。今日は武芸を行われるのですね。』
コルネリウスはゆっくりと俺に敬礼した。俺の事を「めんどくさい」と思っているようだった。その態度に胸が締め付けれた。けれど、この感情をなんと表現していいのかわからない。
「コル、一緒に武芸の練習、しようよ…」
俺は段々と自信がなくなってきた。なんだか上手くいかない気がする。
でも、声をかけないなんてことは、考えられなかった。
『……私なんかが恐れ多い。我々では力不足になるでしょう。身分の問題もありますので、どうぞ、あちらの天使の血筋や王族方とご一緒に練習なさってください。』
コルネリウスは、はっきりと俺のことを「拒否」した。そしてコルネリウスは困ったような顔をしてみてた。周りの生徒はそんなコルネリウスを見て、俺がわがままを言って困らせているように思うだろう。
コルネリウス……
俺を、避けてる…のか…?
なぜだか急激に視界が狭くなったように感じる。力が入りづらい。理由を聞くべきだとわかってるのに、聞けない。今みたいにまた困った顔を見せられたらと思うと。怖い。
コルネリウス、
なぁコルネリウス……
お前はもう、俺が嫌いなのか…?
・・・
「……元気ないじゃん、シュネイ。」
「………うん。」
俺はシャルルとシルヴィア、アルベルトとそれぞれ一回ずつ剣を合わせて、早々に寮に戻った。あの場では平気なフリをして笑っていなきゃいけない気がした。でもそんな元気はなかった。
寮に返ってベッドの上で横になっていると、カイルが紅茶を持ってきてくれた。
「どうしたんだよ?なんかあったのか?」
「んー…うん……」
カイルは紅茶をベッドの近くの机に置き、俺の横に腰掛けた。
「なんだよ。話してみろよ。」
「うん……いやでも……」
こんなことをカイルに話していいのだろうか。そもそもカイルはコルネリウスのことをそんな知らない。知らない人の話を聞いても「へーそうですか」って感じだろう。
しかし俺の考えとは裏腹に、カイルははっきりと告げた。
「俺は従者だが、友としても支えたいと思ってる。確かに学院にも地域の学校にも通ったことはねぇから、間違ったことを言っちまうかもしんねぇけどよ、でも話くらいは聞けるし、なんかあれば動けるぜ。」
「……カイル、お前いい奴だな。」
「んだよ急に!!」
カイルから急に芸素が吹き出した。本当に照れてるっぽい。
俺は安心して今日のことを相談した。
「そうか……まぁ貴族なんてもんは得体が知れねぇしな。なんか考えでもあるんだろ。」
カイルは俺の隣に横になった。二人で天井を見上げている状況だ。
「それこそ、この間カールに頼ったみてえに今回も頼ればいいんじゃねぇの?あいつそういうの詳しいんだろ?」
「うん、俺より全然詳しい。」
「なら遠慮なくそいつを使えばいい。そんでそいつが困った時、アグニが同じように助けてやればいい。」
「そう…だな。うん、そうだよね。カイル、カールの寮に行って、呼んできてくれるか?できれば内密に話したいから……そうだな、北の小屋まで連れてきてくれる?」
「了解!任せとけ!」
カイルは簡単に身支度をし、外に出ていった。俺も準備をし、北の小屋に向かった。
・・・
ザク ザク ザク・・・
「……カールは?」
「………寮にいなかったんだ。」
俺は歩いてくる芸素の数で、カイル1人であることがわかっていた。しかしその理由はわからない。カイルは小屋に入ると、入口近くに置いてある椅子に座った。
「コルネリウスってやつが、急にお泊りパーティ―を提案したらしい。2つの寮合同で。そんで、カールはそこに参加してて、いなかった。」
この1年で、一度もお泊りパーティ―はしていない。それなのに急に、今日それを実施することになったらしい。もちろんコルネリウスの誘いに断る者はいない。そのパーティ―は楽しいだろうし、俺も誘われてたら喜んで参加していただろう。
けど…やっぱ、俺は誘われないんだな…
「どんなやつなんだ?コルネリウスって。」
カイルの質問に俺は考え込んだ。金髪碧眼の貴公子、そのルックスとポテンシャル、社交性や紳士さで、老若男女を虜にする。もし天使の血筋が「神々に愛された存在」ならば、コルネリウスは「社会に愛される存在」と言えるだろう。
まぁ、要約すると・・・
「俺は、大好きだよ。」
コルネリウスと一緒の時間はとても楽しい。下らないことを言いあって、たまにはお互いがいいライバルにもなって。でもやっぱ、互いが互いに優しくて。
そんな関係性が、すごく心地よかった。
「ふーん、そうなのか…」
カイルは少し不思議そうな顔をしつつ、立ち上がった。
「まぁいい。帰ろうぜ、一緒に。」
カイルは優しい笑顔でそう言い、ドアを開けた。
一緒に帰れる友がいてよかった。
「……おう!!」




