214 大人になるにはまだ少し
更新遅くなりましたー!!!
「おーーいこっちこっち!」
「まだここ入るぞ~!!」
『子どもと親は同じ場所の方がいいだろう。西区画にしよう。』
「老人は一番暖かい南区画を使ってくれ!」
「家族一緒がいい?なら東区画へ行ってくれ。まだそっちにスペースはある。」
「………シュネイ。これは一体どういうことでしょうか?」
「あ!シモン!!」
ブガラン王がかつて住んでいた城内。戦争で無傷だった、ただ一つの場所だ。
俺はその中に大量の人を入れ込んでいた。
「ここは屋根もありますし暖が取れるでしょう?それに支援品もすぐに届けられる!だから家を失った人々に一階のホールを解放することにしたんです!」
王宮の一階は東西南北に4つのホールがあった。せめて一階くらいは市民に貸し出してもいいのではないかと考えたのだ。
「……これはあなたの考えですか?」
シモンの問いに俺は頷いた。
「はい。俺が…こうするのがいいと判断し、実行しました。」
「………。」
昨日シリウスと喋っていて思い出した。
戦争の時、俺が一番に優先した感情は「助けたい」だった。その意思は消えない。そしてその行動に対しては何も後悔していない。
そして思い出した。
俺は伯爵位の天使の血筋『シュネイ』と言われるようになったが、それと同時に苗字すら持たないただの平民「アグニ」なんだ。
両方の視点から見る。見れる。それこそが、俺だけが持つ特色なのかもしれない。
貴族にはできないことをして、一般市民にはできないことをする。
だから、困っている人は平等に……市民も裏町の住民も貴族も関係なく、全員同じ城内のホールに住んでもらう!!!
「………これが、数字以外であなたが得た情報、それを基に考えた政策なのですね。」
シモンはホールに横たわる老人、火の前で眠る人、ようやく笑みを浮かべた子どもの表情を順々に見ながら呟き、再び俺を見た。
「いいでしょう。1階の管理はあなたに任せます。その他に必要なことがあれば、随時相談に応じます。」
「っ……あ、ありがとうございます!!」
・・・
「これで…少なくとも凍死者はでねえ。」
ルグルがホールを見ながら言った。
「それはよかった。」
俺は答えながらホールにいる人数を数えていた。全員分の食料や水、防寒具などを調達せねばならない。
「………国に、頼ってもよかったんだな。」
ルグルはそう呟いた。
裏町の住人は蔑まれすぎた。戦争時には自国の軍に殺された。
良くて「透明人間」、悪ければ「無料の命」として扱われてきた。国に「頼る」ことなんて、とうに忘れていたのだろう。
「助かった……ありがとう。」
ルグルはそう言って俺に頭を下げた。
俺はまだ当たり前のことしかしていないと、そう思っていた。
けれどそれでも、ルグルにとっては大きな変化に繋がったのかもしれない。
「あ、アグ…あ、シュネイ……さま……」
「え、 カミーユ?!!」
たどたどしく俺の名を呼ぶ方を振り返ると、カミーユが立っていた。侍女の制服を着ている。
「ああ……!そういえば特別区で働いてるんだもんな!元気か?」
カミーユはカーテシーをして俺の質問に笑顔で答えた。
「働けるだけで幸せです。あんな罪を犯して…こんな顔なのに…」
カミーユは髪の毛で顔の左半分を隠すようにしていた。けれどそれでも、大きな火傷の跡は見える。
「今はどんなことしてるんだ?」
「今は負傷兵の介護です。旧ブガラン王国軍の病院で働いています。あ、そうそう!実は会わせたい方がいらっしゃるのですが……」
「ん?会わせたい方……?」
・・・
「アグニ……!!!」
「ヴェルマン……!!!!!」
カミーユに案内されたのは、軍の病院内にある野外演習場だった。
以前と変わらない様子に俺は安心し、思わず飛びついてしまった。
「よかった!元気そうだ!!」
「ああ!アグニも……って、違う、たしか……シュネイさま?」
ヴェルマンはにやりと笑って言った。
「おい茶化すなよ~」
「悪い悪い。アグニも…元気そうでよかった。」
ヴェルマンは優しい瞳で俺にそう言い、カミーユを近くに呼んだ。
「すまんカミーユ、俺の部屋にお茶を持ってきてくれないか?」
「はいはーい」
「アグニ、部屋でゆっくり喋ろう。」
・・・
現在、ヴェルマンは負傷兵のトレーニングを手伝っているそうだ。
ヴェルマンは身分による差別が激しい軍部内で、平民から隊長格にまで上り詰めた人だ。貴族の子息の中にもヴェルマンのことを慕っている人が一部いたらしい。平民出身の軍人には憧れの対象だった。
今回の戦争で、ヴェルマンは重大な軍事違反を犯した。しかしその理由は多くの軍人・市民にも理解できるものであったため、ヴェルマンは慕われ続けているらしい。
「戦争で軍人の数が減った。なんとか復帰できる奴には復帰してほしいんだ。」
「そうか、まだ色々と大変なんだな。」
特別区の軍がまだちゃんと機能していないため、最近では負傷兵以外もヴェルマンのところに訪れて練習をつけてもらいにくるらしい。
それと、戦争があったことで一般市民からの入隊希望が増えたらしい。
「ああいうことがあったら入隊希望者数は減るのかと思ったよ。」
「それが実は逆なんだ。意識改革に繋がった、といえば聞こえはいいが…多くの市民が今回のことで自身の無力さを痛感したからかもしれないな。裏町の住人にも入隊試験を受けさせているよ。」
「おお!それはよかった!!」
以前なら、裏町の住人というだけで入隊など夢のまた夢。働けもしないし、家も貸してくれないのが当然だった。戦争後で人員が不足しているからかもしれないが、少なくとも裏町の住人にもチャンスが巡ってきてくれたことが、俺は素直に嬉しかった。
「はい、お茶よ。」
カミーユが俺とヴェルマンにお茶を出してくれた。そんなカミーユを見ながらヴェルマンは愛おしそうに微笑んでいた。
「ありがとうカミーユ。」
「……ふん。」
おおお??
カミーユの芸素が飛び散ってる……
はっ!!!!もしかしてこれは!!!!
「恋じゃないか?!?!?!!」
「「 え??? 」」
「あ、やべぇ。」
俺が急いで口に手を抑えたが、時すでに遅し。
2人は笑いながら言った。
「すごいなアグニ。こんな早くバレるなんて思わなかったよ。」
「ええ、さすがだわ!」
「え……な、なにがでしょう…?」
2人は互いに見つめ合ってから、俺の方を向いた。
「今、俺たちお付き合いをしてるんだ。」
「 え・・ええぇぇぇぇ??!!!」
カミーユもヴェルマンも恥ずかしそうにしていた。2人の芸素も、跳ねるように高揚している。
「え、なんで?!いつから?!」
「裁判の時に知り合って……その後、カミーユも特別区で働くと知って……。」
「私はこっちに友達もいないから、しばらくはヴェルマンさんが色々と教えてくれてて……」
「それは…カミーユが真剣に学ぼうとしている姿が可愛かったからで……」
「えっ……!」
なんか2人の芸素がどんどん飛び散っていく。しんどい。
「おいおいおいおいわかったわかった!!芸素がうるさいぞ!」
俺は徐々に気持ちが高まっていく2人の間に立ち、なんとか落ち着かせた。
「とりあえず、2人ともおめでとう。カミーユも、この国で上手くやっていけててよかった!」
「ええ、ありがとうございます!」
そう言ったカミーユの笑顔は、可愛らしい女の子のものだった。顔の火傷など気にならない。明るい、眩しい、希望の顔だった。
・・・・・・
「シーラが彼を可愛がる理由がわかりましたよ。シュネイは身分を問わず、全員に対して同じように動けるのですね。」
シモンの執務室。そこでシーラとシモンはビジネスの話をしていた。その話が終わり、シモンは書類を棚に片付けながらそう言った。
「……なぁに急に?」
「いえ急な話ではありませんよ。今日の振る舞いを見て、そう思ったんです。」
シーラは手元にあった書類をシモンに渡しながら言った。
「あの子はまだ貴族社会に入ったばかりだから、振る舞い云々に関しては大目に見てあげてちょうだい。」
「ええ、もちろんです。ああ、けれどこの世界では非常に貴重な素質だと思います。平民ならなおさら、我々貴族にもああいった考えはないですからね。」
シーラは手元にあった紅茶をすすって言った。
「私達は…初心を忘れていったわけではない。最初からあの考えを持っていないものね。」
「その通りです。」
シモンは書類を片付けると、再度シーラの前に座った。
「公爵閣下は、シュネイとお嬢様をご結婚させるおつもりなのでしょうか。」
「…………。」
シーラは無言を貫いた。
この世界で、シャルトに娘がいるということを知っている人物は極々わずか。
シモンはそれを知っていた。シャルトがそれだけシモンに信頼を置いているということだろう。
しかしそれでも、シモンはシリウスの存在を知らない。
そう考えるとアグニ…シュネイに気をとらせておいた方がシリウスが自由に動きやすい。ゆえに答えるわけにはいかない。
「………。」
無言で艶やかに微笑むシーラに、シモンは強くは出られない。
「まぁ、皆が知りたがっていることですから、シュネイのことは。」
「ええ、そうよね。」
シモンの言葉に、シーラは安堵していた。
よかったわね、シリウス
あなたはまだ、動けるわよ。
・・・・・・
『へぇ~、カミーユとヴェルマンが。』
「な!俺も驚いちゃったよ!」
俺は裏町のテントにいた。
シリウスはずっとここで過ごすというので、俺もここに帰ってきたのだ。
しかしシモンが心配するので、あとで城に戻らなければならない。
『ちゃっかりしてるな~カミーユは。』
「ちゃっかりって……2人が付き合うのはいいことだろ?」
『カミーユは家柄や地位を重要視する子だったろう?けどあの騒動でもうあの子が貴族と縁談を組む道は断たれた。だから平民の中で最も「英雄」ポジションに近いヴェルマンを選んだ。実際はそんなものじゃない?』
「なっ!!?」
シリウスの言い方に少しカチンときた。
「カミーユの芸素は嬉しそうだったぞ?あれは本当にヴェルマンに対して気持ちがあったはずだ!」
『うんうん、それは否定しないよ。けれど計算していたことを忘れて、「私は本当にこの人が好きなんだ!」ってなる人は少なくないんだよ。ああ、もちろんそれも悪い意味じゃないよ。実に人間らしい。』
「な、なんか引っ掛かるなぁ……」
シリウスは淡々と語っていた。つまり本当に皮肉で言っているわけではないのだろう。
そもそもこの話にそこまでの興味がなさそうだった。
『君ももう少し大人になればわかるよ。』
「そうなのかなぁ……。あ、やべ!帰らなきゃ!!」
もう深夜を回っていた。さすがに帰らないと心配されてしまう。
「じゃなシリウス!寝なくてもいいから、お前もちゃんと身体休ませろよ!」
『ほいほ~い。』
こうして俺は城に戻って行った。
・・・・・・
「今日はどんなもんだ……?」
「あらかたもう盗っちまった。もうこっち側はねぇな。」
「そうか……なら明日からは西側を探せ。」
「「「 おうっ 」」」
『 楽しそうだねぇ~~~ 』
「「「「 っ!!!!! 」」」」
夜、アグニの帰った後。
裏町の住人は動き出す。
『楽しそうだね、ルグル?』
「っち……!!」
瓦礫の下をひっくり返し、焼け落ちた民家に侵入し、壊れかけた家の住人を殺し・・・
瓦礫処理と復興という名のもと、裏町の住人は日々、強盗・殺人を繰り返す。
『戦争が終わった後、街は宝の山になるもんねぇ。貰わないわけないよねぇ?』
「シリウス……さま……」
『ううん、否定はしないよ。これも実に、人間らしい。』
この白金色の髪は汚れることを知らずにいるようで、その実、この世の汚い部分を誰よりも知っていた。
「こ、こうするしか……なかったんだ……。」
『だから、責めてないって。君たちが裏の人間であるという意味を、僕は履き違えてないよ。』
アグニの考えは ぬるい。
ぬるま湯につかっていた人間のものだ。
俺らがどうしてこれほどまでに蔑まれて生きているのかを、今も知らずにいる。
『戦争後から今までの間に、何人殺したんだい?』
「「 っ……… 」」
黄金の瞳にそう問われた者は、息の仕方を忘れたようにただ垂直に立っていた。
「あ、アグニには……内緒に……」
アグニがいなければ…アグニに見捨てられてしまえば俺らはいよいよ終わる。俺らに目を向けてくれる「強者」がいるなら、それを使わない手はない。どうかこのままアグニには知られずに・・・
『もちろん、言わないよ。』
黄金の瞳は憐れむように、慈しむように、狩るように、愉しむように弧を描いた。
そして
そんな瞳で見られた時、やっと我々は自身があまりにも惨めな存在であるという事実に気づくのだ。
『アグニには、希望を語る子どもでいてほしいからね。』




