212 関係値
おひさ~
5の日
ガラガラ・・・
「あぁ、シュネイ様……おはようございます、天空のお導きにより出会い、本日もこうして共に歩めますこと、大変光栄でございます。」
俺が教室に入ってすぐ、カールは仰々しく朝の挨拶をした。
周りの生徒も大げさなカールの様子に戸惑いを見せている。しかしカールの態度は良すぎるだけで悪いものではない。ゆえに周りの生徒がカールを咎めることはない。
「あぁカール……!どうかそんなよそよそしい態度はやめてくれ!あぁもう耐えられない!」
俺はわざとらしく嘆いてみせた。もやは茶番だ。そういえば俺は演技が下手だったな。
俺らの臭い演技を見て、クラスメイトは不思議そうな顔をしつつも興味津々な様子だった。皆の芸素からは「不思議」「好奇」「面白い」「驚き」「わずかな怯え」を感じた。
「では我々は!天使の血筋であるシュネイ様と!どのように接すればよいのでしょう!」
カールは一層わざとらしく演技じみた演説を行った。どうやら面白い側に全振りするらしい。では俺もそれに乗ろう。
「いやあ参った参った!これは私一人が決めれるようなものではない!クラスメイト全員の意見が聞きたいなぁ!あ、そういえば今日は「お話合い」の授業があるじゃないか!」
そう、今日は5の日。お話合いの時間が午前中にある。
多くのクラスメイトがはっとした様子で俺のことを見続けていた。
「その時間の本質は『話し合い、互いの理解を深め、同級生と仲良くする』ことにある!そうだ!この時間を使って、皆で議論しようではないか!」
「なななんとシュネイ様!それは名案!シュネイ様とお話させていただける機会に感謝を…!なぁ、みんな!」
カールのわざとらしい演技は続く。しかし皆、薄々わかってきたようだ。
俺が、以前と何も変わっていないと。
クラスメイトの半分がニヤついていた。
「『「『「 もちろんでございます! 」』」』」
・・・・・・・
お話合いの時間で以上のことが決まった。
まず、呼び方は『シュネイ』で統一すること。
ただし放課後は「アグニ」と呼んで構わないこと。
逆に街中では「アグニ」と呼ぶこと。
しかし貴族同士の集まりの場・貴族街などでは『シュネイ』と呼ぶこと。
そして学院内では敬称の「様」や「殿」を外して呼ぶこと。元々、学院は同級生同士では敬称を外すことを推奨している。これに則った形式で通常は過ごす。ただし、学院間交流や園顕祭など、来場者や外部の目がある時は敬称を付ける。
そして、敬語で喋らないこと。以前と同じように喋ること。ただし上記同様、外部者がいる場では敬語を使用する。
最後に、これら全ての決定事項について『シュネイ』は了承したものとし、今後同級生らの態度の一切を不問に付すこと。つまり俺が同級生らに対し「不敬だ!」とエベルのように騒がないこと、という意味だ。
俺らは結構話し合った。全員、必ず1回は意見を言ってもらった。
そして何度も何度も確認と了承、疑問と解消を繰り返し、俺らは商業契約を結ぶことにした。
しかし今日はコルネリウスがいない。全員が学院にいる日に契約を結ぼうということになった。
・・・
「ア…じゃない、シュ、シュネイ!ご、ご、ご機嫌よう…!」
「おう!またな~!あ、今日ありがとな!」
「シュネイさ…シュネイ…!ま、また来週…!」
「おう!パシフィオまた来週な!今日ありがとな!」
全員がぎこちない挨拶をして、学院を去っていく。今日は5の日。各々が家に帰る日だ。
実は先ほどまで、みんなが俺の荷物を現在の寮に運ぶ手伝いをしてくれていたのだ。
昼食時に寮の部屋の話をしていて、俺が「まだ荷物残ってるから早く運ばなきゃなんだよ」と言ったら、「普通そういう時は家から召使いを呼んで、代わりにやってもらうものだ」と言われたのだ。
そしてクラスメイトに笑われた。やはり、シュネイはアグニなんだ、と。
そして皆が荷物を運ぶのを手伝ってくれたのだ。
俺は本当に 本当に嬉しかった。
「シュネイ。」
「…おお、さすがカール。全然ぎこちなくないな。」
呼ばれた方を振り返ると、カールと荷物を持った侍女が立っていた。カールももう家に帰るのだろう。
「なんだ?朝の演技を続けたいのか?」
「いやそうじゃないよ。」
俺はカールに改めて感謝の言葉を伝えた。
「今日、ありがとな。みんなとまた仲良くなれた。」
「……シュネイの性格が変わっていないと示せたのがよかったのだろう。みんな、安心したように笑っていた。」
「ああ、そうだな。あんなにも不安にさせてたんだな。」
「……シュネイ、1つ聞きたいことがある。」
「ん?なんだ??」
カールは真剣な表情をしていた。
「シルヴィア様は、お前にはどう接されている?」
「え、シルヴィア??シルヴィアは別に前と変わらず普通だけど……」
今日の話し合いの時間、シルヴィアは遠くから俺らを見ていた。確実に一線を引いた距離感だった。
しかしそれはいつものことだったし、先ほど寮で会った時も別にいつも通りだった。
「そうか……。シルヴィア様はあの議論に参加されなかった。つまりシルヴィア様は皆と距離を近づけるおつもりはないのだろう。」
たしかに、もしシルヴィアも「敬称・敬語なしがいい」と思っていたら、先ほどの時間に頼むのが絶好の機会だった。しかしシルヴィアは遠くから俺らを見ているだけで、唯一喋ったことは『いいのではないでしょうか?』だった。
「アグニ、シルヴィア様は変化された。これは俺ら…『血筋』以外の者が感じる変化なのだろう。あの戦争後からだ。」
「……え?」
「シルヴィア様は、以前よりも我々と距離を置いている、確実に。」
「え…そ、そうか?」
「ああ。」
カールは断言した。断言するということは、相当確かな理由があるのだろう。
「あの戦争で、シルヴィア様は何か変わられた。」
「………カール、それはお前もだよ。」
「……なに?」
カール、気づいていないのか?
「お前はあの戦争で何を見たんだ? 何を経験した? 何を知った?」
カールは驚いたように目を見開いていた。
「カール……あの時お前は、シリウスと何をしていた?」
「っ……!!」
カールの芸素が 乱れた。
しかし・・・カールの表情は一切崩れなかった。そして逆に、不思議そうな顔をしてみせた。
「なんだ?なんのことだアグニ?疲れているんじゃないか?」
「っ…!!」
そうか、喋ってくれないのか…
「……お前は演技が上手いんだな。」
「アグニ~!」
後ろの方でカイルの声が聞こえた。帰る準備ができたのだろう。
「ほら、カイルが呼んでいる。もう今日は帰れ。またな、シュネイ。」
カールはそう言って、俺に背を向けて去っていった。俺はその背中をじっと見続けることしかできなかった。
・・・・・・
「ただいまー」
「おかえりなさい。」
『おかえり~』
『よく帰ったな、シュネイ。』
本邸に帰宅し、すぐ談話室へ向かった。
俺の帰宅を待っていたようで、シリウスもシーラもシャルト公爵もすでに部屋の中にいた。
『学院、どうだった?』
ソファに横になっているシリウスが学院の様子を聞いてきた。カイルには俺の荷物を部屋まで運んでもらっており、クルトにはお茶の準備をしてもらっている。
「大変だったよ、皆の態度が一変して。」
「あら、それは大変だったわね。大丈夫なの?」
俺は頷きながら一人掛けのソファに座った。
「うん!カールに協力してもらって、今日やっと少しだけ前みたいに戻れたんだ!」
『カールが協力を……一体何をしたんだい?』
公爵の質問に答えるように、俺は今日のことを細かく説明した。説明を終えるとシーラが少しだけ気まずそうな顔をした。
「……なにシーラ?何か……やばいことしちゃってた俺?」
「んん~…悪くはないわ。早急に事を進めたいなら、そうするしかなかったと思うわ。けれどあなた、カールの立場を考えたの?」
「え?うん、考えて……だから極端に丁寧な挨拶をさせて、そんで俺が拒んで…」
『同級生は君たちが共犯であることを見抜いただろう?』
俺は質問してきた公爵に対して頷いた。
「まぁ、たぶん。クラスメイトの半分くらいはニヤついてたし。」
『であれば、カールがコルネリウスよりも先に君と直接コンタクトをとったということがわかる。それはカールの立場を悪くするぞ。』
「え……?」
俺は意味がわからず再度シーラを見た。シーラは優しく、けれども真剣な表情で俺に語りかけた。
「コルネリウスには……彼には産まれた時から熱狂的な信者がいるわ。あの黄金の髪色とルックスのせいで。」
それは俺の知らない過去についてだった。
『天使の血筋ではないのに黄金の髪色を持つ。コルネリウスが初めて公に姿を現した時、それはそれは騒ぎになった。』
皆が欲しがる「金」。しかし天使の血筋以外の者は金色を持つことを禁じられている。
コルネリウスは生まれた瞬間から特例的に金色を持つことが許されている、天使の血筋以外の存在。
全員が、欲しがるんだ。
『コルネリウスは3歳までの間に7回も誘拐されそうになっている。』
「え?!!」
公爵はすぐに言葉を加えた。
『しかし彼は幸いなことに帝都軍総司令官の息子だった。リシュアール家の警備は公爵家に匹敵する。誘拐が成功したことは一度もない。』
「けれど何度か怖い思いをしたことはあるみたいだわ。他にも・・」
『まぁコルネリウスはそれほどまでに皆の心を狂わす存在なんだよ、生まれてから今までずっとね。もうこれで、彼に熱狂的な信者がいることはわかっただろう?』
シリウスがシーラの言葉を遮って笑顔でそう言った。俺は、そんな過去があったなんてなにも知らなかった。
『その信者は同級生の中にもいる。』
公爵の言葉に、ぞっとした。
コルネリウスのことを「絶対」だと思っている人たちからすれば、今日のカールの行動は……アウトだ。
『爵位の上下に厳しい者も多い。そういう人間はコルネリウスの信者でなくともカールの行動に疑問を抱いたはずだ。子爵家が伯爵家の指示に従わなかったのだからな。』
「っ……!!」
だめだ。全然考えが足りてなかった。
注意はしていた。けれども俺は、カールの評判を確実に落とした…!
でもならば・・・
「なんでカールは、了承したんだろう……?」
「……アグニ?」
俺は3人のことを見ながら再度質問した。
「だって、カールはコルネリウスの事情も、周囲の人間のことも俺よりはるかに詳しいはずだ。俺のお願いを聞いたら自分の立場が悪くなることはわかっていたはずだ。なのにどうして…?!」
カールだって貴族社会の中で評判を下げたくないはずだ。
なのにどうして・・・・
『さぁ?なんでだろうねぇ? ふふっ…』
シリウスが 嗤った。
声を上ずらせながら口にした疑問の言葉も、嘘くさかった。
シリウスはカールと刻身の誓いを結んでいる。
刻身の誓いによって、シリウスはいつでもカールを監視し、居場所を特定でき、意志を伝えることができる。
シリウスは、カールを無条件に殺すことができる。
「……シリウス!!!お前か!!!!」
俺は自分自身でも驚くほど怒っていた。
そしてその怒りのまま、最大の力で床を蹴りシリウスの方へと飛んだ。
ダァァァン!!!
「シリウス!!!お前がカールにそう命令したんだな?!!!」
俺はシリウスの首に自分の肘を押し当て、馬乗りになった。思いきり首を床に押し付ける。
けれどもシリウスは少しも苦しそうな表情も、もがくような行動もとらなかった。
「戦争前とカールの様子が違うのも、どんどん性格が変わっていってるのも!!!全部お前のせいなのか?!!」
ゴリ・・ボキ!!
シリウスの骨が大きな音を立てた。
「アグニ!首が…!!!」
「……あっ…。」
シーラの声で俺は我に返り、シリウスの上から降りた。
シリウスは首を異様にだらんと下げたまま、上半身を起こして言った。
『大丈夫。ヒビが入っただけだよ。』
シリウスの伸びきった首を見て俺は焦りや申し訳なさよりもまず先に、「こいつも怪我をするんだ」と思った。初めてだった、シリウスに怪我をさせたのは。
『ギフト 治癒』
すぐに公爵がシリウスに近寄り治癒を行った。シリウスの首回りが明るく光ってゆく。
『ねぇアグニ。』
シリウスの目も光っていた。
それはこちらをじっと静かに見下ろす、陽のようだった。
『君がカールと出会い、生きてきた今日までの期間 』
シリウスの首から光が消えた。治癒が終わったんだ。
なのに金の瞳はずっと光を携えていた。
『僕も、君と同じように生きていたんだよ。』
俺とカールの関係はわかる。
俺とシリウスの関係もわかる。
けれど俺は
シリウスとカールの関係値については何も知らなかった。
なんか今年の梅雨、雨降ってないイメージ。これ夏に水不足とかなるのかな?




