209 寮の移動
花粉ってまだあるのかな……このくしゃみは花粉なのか……?
「シュネイ様、技術構造の授業は…その……これからも参加されますか?天使の血筋の方々には参加義務がございませんが……。」
技術構造の授業は芸石の構造や技術について学ぶ授業だ。俺以外の天使の血筋は芸石を使えない。シルヴィアはこの授業を受けていない。
俺は周りの生徒を見渡し、芸素を読んだ。
みんなからは、期待と失望を感じた。
期待というのは、天使の血筋である俺が、この1時間だけは教室からいなくなってくれるかもしれないという期待。
失望というのは、天使の血筋になった瞬間に俺が、天使の血筋としての態度を取り始めたことに対して、だろう。
難儀だなぁ。
俺はこの場にいてもいなくても、
不満を買うしかないらしい。
なら……
もう俺は好きなようにしよう。
「先生、俺は少し特殊で、芸石も扱えるんです。なので以前と同じようにこの授業を受けさせてください。」
先生は俺が芸石を扱えることを聞いているはずだ。しかしもう一度改めて伝えたおいた。
そして、みんなの前でこの事実を俺の口から直接発することが重要だろうと思ったのだ。
そうだ、ついでに……
「シルヴィア!シルヴィアも一緒に授業を受けてみないか?」
『……はい?』
教室から去ろうとしていたシルヴィアに俺は声をかけた。クラスメイトも少しざわついている。
以前、コルネリウスが教えてくれた。1年の最初の授業で先生がシルヴィアにこの授業を受けるかと聞いたと。その時、この授業はシルヴィアにとって暇になるかもしれないから出なくていいと言われ、シルヴィアは授業を受けないことを選んだ。
けれどシルヴィアは勉強熱心な子だ。それなのにこの授業に出ないということは…きっと今俺が感じていたような空気を、シルヴィアも感じたのかもしれない。自分はこの授業に出席しない方がいいと、遠慮したのかもしれない。
それならば、いっそ全部俺のせいにして一緒に授業を受ければいい。俺に誘われたからと言えばいい。シルヴィアが変に遠慮する必要はないんだ。
「どうせ俺は参加するんだから、シルヴィアも一緒に授業出ようぜ。天使の血筋が1人か2人かはそんな変わらないんだからさ。」
『……………。』
シルヴィアがクラスメイトの方を向いた。皆の顔を確認しているんだ。
天使の血筋の王女様がクラスメイトの顔色を伺って、本当はこんなにも配慮してたんだ。
『………わかりました。授業を受けてみます。』
・・・・・・
1日の授業が終わった。
俺は今日、シルヴィアとしか喋れなかった。
放課後、俺は久しぶりに武芸研究会へと足を運んだ。
『よぉアグニ!じゃなかったな、シュネイ!』
「お、アグニ……じゃなくてシュネイ!」
「シャルル、アルベルト!!」
2学年上の先輩、シャルルとアルベルトが俺に普通に話しかけて来てくれた。2人とも少しにやにやしていた。
「なんだ?泣きそうな顔して。今日はそんな辛かったか。」
『あ~今日は「シュネイ様初めまして~」の日だもんな。まぁ慣れないお前からすればしんどいか!』
この2人は……普通に話しかけてくれるんだ。
「今日は………ほとんどシルヴィアとしか喋れなかった。」
「『 あははは!!そうかそうか!! 」』
2人は暫く笑った後、俺の両脇に立って肩に手をかけた。
「こっからだぞ、お前の人生は。こっからだ。」
『泣くなアグニ。天使の血筋は人の前で泣いてはいけない。負の感情を人々に見せてはいけない。耐えろ。』
俺は泣きそうになっていた。
シャルルにそう告げられ、俺は喉が痛くなりながらも必死に耐えた。泣くのを耐えてる俺を見て、シャルルが優しく笑っていた。
『放課後、しばらくはここに来い。少なくとも俺らはいる。』
「大丈夫だよアグニ。俺らはお前から離れない。」
「………なぁ、俺のこと泣かせようとしてない?」
「『 はははバレたか!! 」』
シャルルとアルベルトが同じ学院にいてくれて、本当によかった。
うん。
本当に、よかったと思う。
『あ、そうだアグニ!じゃなくてシュネイか。ああ~もうシュネイと呼ぶのは公の場でだけにするな。』
シャルルの宣言にアルベルトが「呼び慣れないからねぇ」と笑っていた。
『アグニ、お前の寮の部屋が変わるはずだ。天使の血筋専用の寮に…俺と同じ寮に移るはずだ。』
「え……ああそっか!」
今俺はカールと同じ寮にいる。円柱のレンガ造りで、4階建ての寮だ。しかし天使の血筋しか住めない専用の寮というのもあって、従者をつけることもできる。俺は天使の血筋として認められたため、そちらに移らなければならないだろう。
『あとで学長の室へ行って聞いてこい。たぶん今日中に移ることになるぞ。』
「え、そんなすぐに??」
「当たり前でしょ。君、天使の血筋だよ?他の生徒と同じ寮に入れっぱなしとか、学院側が非常識みたいになっちゃうじゃん。」
「そうか……俺、あの寮好きだったんだけどな……。」
寮母さんも優しくて、近くに友達がいた。夜、カールの部屋に遊びにいくことも多かった。皆で夕ご飯を食べて、朝一緒に登校して………。そんな生活がもうできなくなるのか。
『卒業までは、俺が一緒の寮だ。そんで最低でもアルベルトが週に3度は遊びに来る。シルヴィア殿も一緒の寮だ。意外と人の気配も多いし、つまらん寮じゃないぞ?』
「そっか、シャルルもシルヴィアもいるのか…。アルベルト、そんなに遊びにきてるの?」
俺の質問にアルベルトがにやにやしてシャルルを見た。
「だってな~シャルルが暇だ暇だとうるさいからさ~。構ってあげないとす~ぐ拗ねちゃうしさ~」
『うるさいぞこら!』
2人の仲の良さにこちらも微笑ましくなった。
『ほらアグニ!今からでもとりあえず学長に会ってこい!』
「はいはいわかりましたよ~かまちょ先輩。」
『ゴゥルラァ!!!』
「「 あははははは!!! 」」
・・・・・・
学長に会いにいった。やはり今日中に寮が変わることになった。
けれど俺には従者がいない。まぁそれはおいおい連れてくればいいということになって、とりあえず学長直々に寮を案内してもらうこととなった。
「基本的な入口はこっちね。実は他にもいくつか出入口はあるんだけど、まぁ他は自分で探すといいさ。ただしここ以外の出入り口は寮生しかできないから、従者や友人が一緒の時はこの門を通りなさいね。」
「はーい。」
30代後半くらいの男性、第1学院学長であるイルミン・フランツィーン先生。フランツィーン伯爵家当主の弟で、4年前から学長をしている。新学期が始まる際のパーティーでコルネリウスがそう教えてくれた。
美男だが飄々としており、笑顔の雰囲気は柔らかいがシリウスのように読めないところもある。根っからの「貴族」って雰囲気だ。
たしか公爵と仲が良かったはずだ。公爵が、学長とは旧知の仲で一緒に飲みに行ったりすると以前言っていた。
「ええとね、4階建てで、部屋は各階に一つずつ。1階はダイニングと温室がある。2階は応接室、3階は図書室、4階はなんだっけな……なにかがある。」
学長は記憶を辿るように喋り、最後は諦めた。自分で何があるか探そうと思う。
「シャルルさんは3階を、シルヴィアさんは2階を使っています。アルベルト君がよく4階を使っているらしいから、君には1階を使ってもらおうかなと思っているんだが……構わないかい?」
「あ、はい。どこでもいいです!」
「そうかい、それはよかった。」
アルベルト・・・
そんながっつり部屋使ってるのか
俺は学長の後ろに続いて歩いていった。
巨大なエントランスホール、そして視界の右端にガラス張りの温室が見える。結構巨大だ。後でちゃんと見てみようと思う。
「ああ、水回りは各々の部屋にあるからね。」
「あ、わかりました。」
「うんうん。はい、ここがダイニング。」
芥子色の落ち着いた絨毯が部屋全体に張ってあり、円卓の机が4つ、椅子がそれぞれ2つずつある。綺麗だし明るい部屋なのに重厚感もある。ここで落ち着いて紅茶でも飲みたいな。
「そんでこっち行ったら・・・」
一階の手前側にダイニングがあり、奥へと歩いていく。
「ここが君の部屋。左側に君の従者の部屋がある。」
「ここが……」
学長が俺の部屋の立派なドアを開け、どうぞと先を譲ってくれた。
「うわぁ…!」
深緑をベースにしたシックな色合いの部屋だった。凄い美しい。以前の部屋も十分すぎる広さだったが、こちらは以前の3倍近い。
勉強机とは別に、部屋の中央にはテーブルとソファが置いてある。端には簡易なキッチンも付いている。
そして部屋の奥に窓があり、そこから中庭が見えた。とても贅沢な部屋だ。
「この部屋には3つのドアがあります。」
学長はそう言ってまずは右のドアを指さした。
「こちらがベッドルームに繋がるドアです。」
学長は次に、左奥にあるドアを指さした。
「あちらが水回り、手間のドアは従者の部屋と繋がってます。」
「ほぉ~。」
コンコンコン・・・
「あ、はい!」
俺の部屋のドアが叩かれた。俺はすぐに反応し、ドアを開けた。
「あ、シルヴィア!」
部屋の外に立っていたのはシルヴィアとシルヴィアの従者だった。シルヴィアは目を丸くして驚いていた。
『アグニさん……こちらに移ったのですね。』
「あ、うん今日から!シルヴィア、ここでもよろしくな!」
俺はそう言ってシルヴィアに手を差し出した。
シルヴィアはゆっくりと俺の手を握り返してくれた。
『アグニさん、夕食はお済みですか?』
「あ!そうか、もうそんな時間か。いや、まだだよ。」
『それでは、せっかくですから一緒に頂きましょう。学長もご一緒にいかがです?』
「え、僕もいいのかい?それじゃあ遠慮なく。」
『お!アグニ!!お前の部屋は一階か!』
「うわ!みんな揃ってるじゃん!学長まで!!」
武芸の練習を終えたシャルルとアルベルトもタイミングよく帰ってきたようだ。
「え?今から夕食?3人で?」
『おいおいおいそれはないだろう!俺らも一緒に食べるぞ!』
俺らが夕食を食べるということを聞いた2人はすぐさま同席したいと言い出した。
『………ラン、厨房にお願いしてきてくれるかしら。それとカトラリーのセットも頼むわね。』
「承知いたしましたシルヴィア様。」
ランと呼ばれた中年の女性は綺麗な所作でダイニングの方へ向かっていった。
『ルカ、酒となにか軽くつまめるものを持ってきてくれ。準備が終わるまで温室にいる。』
「承知いたしました。」
シャルルも自分の従者に指示を出した。
『それじゃあ少し温室で時間を潰してからダイニングに向かおうか。』
「皆さん、しっかりしてますねぇ。そういえばシュネイさん、ここのシェフはシリアドネ大公家のシェフでした。彼の料理は一流なんですよ。」
「え、そうなんですか!!すげぇ!!」
学長とそんな会話をしながら、俺ら5人はとりあえず温室へと向かっていった。
寮が移りました。クラスメイトと夜に一緒にいる時間もなくなってきちゃいました……。




