202 自立
明けましておめでとうございま~~~~す!!
2023年もどうぞよろしくお願いします!
今年度最初の投稿です!
裁判はまたもや中断された。観客席の雑音がうるさくなりすぎたせいだ。
「名・アグニ。あなたの身体検査を行います。同行してください。」
「あ、はい!」
俺は法廷から退出し、裁判所の奥へと案内された。そして通された一室で身体検査をうける。その部屋には裁判官らと騎士、技術師、そして保護者である公爵も一緒にいる。
「名・アグニ。あなたが今持っている芸石を全て出しなさい。」
「あ、今は持ってないです。」
ブガラン公国に行く際に芸石は全て置いてきていた。そこから数日立っていたけどまともに家に帰る時間もなかったし、芸石はずっと外している。
「…………なんですって?そんな訳……」
『…………ベルト、ジャケット、靴、靴下、ネクタイを外し、上はシャツだけ、下はズボンだけの姿になってください。』
「あ、はい。」
俺は言われた通りにシャツとズボン以外の全てを外した。素足になって、ここの床が意外と冷たいことに気づいた。
『騎士にあなたの身体検査を行わせます。よろしいですね?』
「………わかりました。」
同室にいた騎士2名が俺の身体を触り、何も持っていないことを確認した。
「……異常、ありません。」
『わかりました。ではアグニ、この場で何か安全な芸を行えますか。』
「え?」
俺が芸石を持っていない状態であると確認した上で、再度本当に芸ができるのかを確認したいのだろう。
「どうしました?できませんか?」
裁判官の一人が妙に安心した様子でそう言った。
その態度には少し腹が立った。
いくら言葉を尽くしても、俺の言うことは信じられない。信じたくないのだろう。
受け入れ難い事実がなくなるかもしれないと、今、彼らは安心している。
ふーん。やっぱそうなんだ
いや、そうだよな。わかってたよ
なんなら予想より全然ましな対応だ
けど・・・
俺は再び宙に身体を預けた。風を操り、空を飛び、芸素を操れる姿を見せつけてやる。
でも、それだけじゃあ足りない。
俺はシャツの前を開け、自身の腹を見せた。この間、ブガラン王に刺された箇所は傷は塞がっているが、傷跡は鮮明に残っていた。
「ギフト・・・治癒。」
「『「『 っ!!!!!!! 』」」』
その箇所に治癒を施し、傷跡を完全に消した。
「映像ですでに見たと思うけど、今の箇所は俺がブガラン王に刺された部分だ。」
説明をしながら治癒を続けた。
『げ、芸素鑑定装置は……正常!ほ、本当に治癒の解名です!!芸素もアグニさん…様から出ています!』
技術師が手に持っていた何かの装置を見ながらそう声をあげた。その装置のことはよくわからないが、芸の種類識別と、芸の出所を探せる機械なのかもしれない。なにあれ欲しいな。
『ほ、ほんとうに………?』
最高官のぽつりと呟く声が聞こえた。
公爵は何も言わず、俺と彼らの様子を見ているだけだった。
・・・・・・・
『名・アグニ。再度問います。あなたは先ほど、自身が天使の血筋であると発言しました。その言葉に嘘偽りはないと誓えますか。』
裁判が再開された。もう観覧席は満席になっていた。
客席の全員が口をつぐみ、裁判の様子を静かに見学していた。
「はい。俺はシュネイの名を持つ、天使の血筋です。」
『…………先ほど、あなたが一切の芸石を持たずに芸と解名を発動させたことを確認しました。』
ざわ・・・!!!!!!
再び客席が騒ぎ始める。
『静粛に!!』
最高官の言葉で客席の声は収まった。
『しかし、より精密な検査を行う必要があります。あなた自身のこれまでの経歴も調べます。』
「より精密な検査…?」
俺の質問に裁判官の一人が答えた。
「例えば、あなたの体内に芸石が埋め込まれていないかを調べるのです。」
「体内を、調べる…?」
裁判官は気まずそうに俺から目を逸らした。
「………詳しい話は、後ほど致します。」
え、なに。怖いんだけど……
めちゃくちゃ目を逸らされた。
なんか申し訳なさそうだし気まずそう。え、そんな非人道的な検査なの?!
「裁判官の皆さま、失礼します。アグニ、これを。」
「え、カール? これって……」
同じく法廷の場に立っていたカールが俺にリュウの笛を渡してきた。シリウスの持ち物だが、ブガラン公国に行った際に貸してもらっていたのだ。
カールは手を挙げて裁判官に発言の許可をもらった後、俺に一度頷き、観覧席にも聞こえるようなよく通る大きな声で俺に質問を始めた。
「アグニ、お前はブガランの首都に着いてすぐ、何をした?」
「…………え?」
カールの意図が分からず俺は困惑した。しかしカールはじっと俺のことを見ていて、答えを待ち続けている。
「えっと、城壁に降りて、この笛を吹いた。」
「なぜ?」
「芸素を揺らして、その後に行う天変乱楽で、雨を降らせやすくするため…」
『「『「 っ!!!? 」」』」』
裁判官らは遠くからでもわかるほど目を大きく見開いていた。芸素からも心底驚いているのが伝わる。一方、観客席ではわずかに声が上がるのみだった。
「え?天ぺんが……なんだって?」
「雨を降らせるっていった?」
「そんな解名あるの?」
「いやできないでしょう。」
「芸素を揺らす??」
「あの笛なんだ?なんか古くないか?」
ほとんどの人は、リュウが芸素を揺らすためのものだってことを知らない。芸素を揺らせるのは天使の血筋しかいないから知らなくて当然だ。
しかし帝国最高峰の頭脳を誇る裁判官らはリュウの笛が本来持つ役割を知っている。
『……………技師、あの笛の確認を。』
「はい!」
すぐに技術師が俺のところに来てリュウの笛が本物か、芸石が組み込まれていないかの確認を行った。
シリウスの持つリュウの笛は、天使の血筋が持つにはあまりにも無骨で不格好だ。公爵の私物のように金の装飾も入ってなければ宝石も付いていない、鉄さびのような鈍い青緑一色の笛。長く持ち続けているらしく、元々は全然違った色だったと聞いたことがある。
「異常、ありません……。」
技術師は俺に丁寧に笛を返した。
『アグニさん、』
「はい。」
最高官は緊張した面持ちで俺に頼んだ。
『笛を吹いて、あなたに何か変化は起こりますか?』
「変化??」
芸素が揺れることを言っているのなら、ある。けど俺自身では……ないよな?
「えー…………無い、と思います。何か意識的に変わるようなことはありません。」
俺が笛を吹くことで精神状態が乱れるとか、そういうのを気にしているのだろうか。そんな危険なもんじゃないんだけどな……。それとも芸素が揺れることへの心配かな?
最高官は周りの裁判官と一度目を合わせてから俺に告げた。
『では………それを吹いていただけますか。』
「あ、はい。」
俺は自身の口を笛に軽く付け、息を吹きかけた。
数日前にも聴いた伸びやかで光のように鮮明な音が法廷の場に響いた。
この音は好きだ。耳から入る音も気持ちがいい。
リュウを暫く吹き続けていると空気中の芸素を感じられるようになってくる。これが芸素が揺れている合図だ。
………さて、これくらいでいいかな
俺は簡単に一曲弾き終えて、前を向いた。
「え??なんで????」
裁判官は無言で驚愕している。観覧席からも一切声がしない。あと謎に手を合わせて祈ってる人や手で口を押さえて泣く声を抑えている人もいた。
「やはり…お、お、恩恵の…光…だったのだ!!!」
最初の一声は一階の観覧席から上がった。振り返って声の主を確認すると知っている顔だった。
たしかあの場所でブガラン大公の後ろにいたブガラン軍部指揮官の一人だ。ブラハムと呼ばれていた気がする。
『…………名を告げ、ア、アグニ…との関係性と、今の発言の説明をしなさい。』
最高官の言葉で、周りにいた騎士が急いでブラハムの元へ行き身体検査をしてから法廷に上がらせた。
ブラハムの足は震えていた。
しかしその震える足でしたのは、俺への土下座だった。
「ま、ま、誠に、誠に!!…申し訳ございません!!!」
「え?! あ、はい……何がすか?」
そうだ思い出した。この人、俺のことをいち早く天使の血筋じゃないかって言い出した人だ。この人が発言してくれたから俺はあまり攻撃されなかった。
『ゴホン!!』
最高官の咳払いを聞いてブラハムは我に帰ったようで、急いで敬礼をして事情を説明した。
「ブラハム・リンデスバトと申します。我がリンデスバト家はシュエリー公国のスナイプ辺境侯爵家の分家筋にあたり、古くから天空王に仕える神官を多く輩出しております……我が弟妹も天降教会で神にお仕い申し上げております…。」
ブラハムはなんか随分と信仰の厚いお家柄っぽい。けどたしかにシュエリー公国と1番近い国はブガランだから、シュエリー公国から渡ってきた貴族とかはブガランに多いのかもしれないな。
「私はリンデスバト家の当主ですので神に仕えることは叶いませんでしたが、信仰を忘れたことはございません!ブガラン公国の教会への支援も惜しまず行ってまいりました!」
ふーん、随分と熱心なんだな。
んで、何が言いたいんだろう?
ブラハムは緊張した面持ちで説明を始めた。
「………これはあまり知られてはいない事実なのですが、リュウの笛には芸素を揺らす力があります。」
あぁそれね!知ってる知ってる!
「それは天使の血筋しかできないことでございます。」
うんうん聞いた聞いた!知ってる!
「そしてリュウの笛を吹いている時にお姿が変わるのは、天使の血筋であることはもちろん、その中でも選ばれた者のみである、と!!!!」
………ん?姿が変わる?選ばれた者?
最後だけ知らん情報が入ってきた。急になんの話しているんだろう。
なのに周りのざわつきは一層強まった。
「なぁカール、一体なんの話してるんだ?」
俺がこそっとカールに聞くと、カールは何事でもないように淡々と告げた。
「あぁ、アグニの目が光を帯びることだろう。まぁさっきは髪色も……いや、なんでもない。」
「へぇ………え?目が光ってる?! 俺の?!」
え、笛吹いてる時って俺の目って光ってんの?!!なにそれ……めちゃくちゃ怖いんですけど!!?
ブラハムは震える声で叫ぶように言った。
「その身に光を宿せる、選ばれた者……それは天空王から恩恵を受けた者であると考えられており、その……ア、アグニ様が…放つ光は……『恩恵の光』と言われているのです………!!」
なんじゃそりゃ?!!!!
絶対そんなことないと思う。シリウスだってそんなこと言ってなかった。たぶんもっと別の要素があるはずだ。
けれども『不明な論理』と『奇跡』のどちらかであれば、多くの場合、後者が優先される。
信じたいのだ。この世に神はいると。
神なる存在が、我々のいる地上に目を向けていると。
そしてこの『恩恵の光』は、その良い例として使いやすい絶好の代物だった。
俺は本当になんとなく、周りを見渡してしまった。
「っ………!!!」
今まで余裕がなかったから気づかなかった。
何百という目が俺に向いていた。
「賞賛」だけなら気持ちがいいかもしれない。
「侮蔑」だけなら憤れるかもしれない。
けど俺に向けられている目には多くの意味が含まれていた。漠然とした興味、何かを探るような訝しさ、そして次の奇跡を期待する目。
あまりにも居心地が悪かった。
だめだ……!
だめだだめだ!!いやだ!!
この目を俺は一生背負うのか?
いやだ…待ってくれ!!!
「っ……!! シリ………」
その名を口に出して気づいた。
そうだ。シリウス……
シリウスは……ここにいない。
困った時はいつも近くにいたのに。
社会に属さないシリウスを、頼れる機会はこれからどんどん少なくなるだろう。俺がその道を選んでしまったんだ。
俺が一人で、頑張らなければならないんだ。
けど・・・
「なんで……いないんだよ… 」
この孤独感は
俺の感情を一つ殺し、俺を一つ 大人にさせた。
今まではアグニの代わりにシリウスがこの「目」を、引き受けてくれていたんですね。




