201 その特徴は「天使の血筋」に当てはまらない
大晦日!!間に合ったぜい!
2022年、多くの方にこの作品を読んでいただきました。本当にありがとうございました!
『名・アグニ、姓無し。第一学院第2学年に所属。保護者は公爵位・シャルト。自身の情報に間違いありませんね?』
「…………はい。」
法廷の場は立っているだけで緊張した。特にその視線が好ましいものでないとわかると一層体が固くなってしまう。
『まず、どうしてあなたは戦闘時にブガラン公国にいたのか述べなさい。』
俺は通信用芸石で友人から連絡をもらっており当時の悲惨な状況を知っていたことを告げ、彼らを救いたかったと伝えた。
「でたらめを言うな!!我々はそんなことをしていない!火事はカペー軍が起こしたもので市民が死んだのは戦闘に巻き込まれたからだ!!!!」
ブガラン公国の大使がすぐに俺の意見に反対した。
『静かに。死傷者数や現場の様子はこちらで判断します。アグニ、続いての質問です。あなたが戦闘に乱入した理由を述べなさい。』
「っ………戦争を、止めたかったからです。」
自分でこの発言をして少し不思議な感じがした。どうして俺はあの時、あんなにも戦争を止めたかったんだろう。別に戦争を経験したことも見たこともなかったのに、これだけは止めなきゃと強く心が反応した。
まぁこんなことを言っても理解されないだろうが……。
『続いての質問です。あなたはどうやってブガラン公国まで移動したのですか。そしてブガラン公国の首都到着後の移動方法も述べなさい。』
「え。」
これは……素直に答えていいのか?
いや、俺はすでに自分の名前を明らかにした。2つの名前を持って生きていくことを選んだ。その責任もちゃんと取ろうと、俺は覚悟を決めている。
よし、きちんと答えよう。
「走ったり飛んだりしながら移動しました。首都到着後は空を飛んで移動しました。」
『「「『 ………………。 』」」』
静寂が訪れた。
うおおおおお!!!!?
俺の回答、頭悪そうだったな?!!
子どもと同じ語彙力しかない!!どうしよう!めちゃくちゃ嘘っぽいぞ!ほらほらなんか向こうも反応困ってるしぃ!!
「と、飛んだり……走ったり?それはどういうことですか?」
裁判官の1人が挙手して発言した。
「あ、もうほんとそのままの意味で……」
『あなたの言う「飛ぶ」をこの場で見せていただけますか。』
最高官から飛ぶように指示された。本当に飛んでいいのだろうか。
でも、もうここで「やっぱさっきの発言無しで」と言えば虚偽の発言をしたことになって余計立場が悪くなるだろう。もう引き返せない。
「………わかりました。」
俺は体内の芸素と風を意識しながら、もうすでに慣れ親しんだ特殊な感覚を呼び起こした。すぐに自身の身体が3次元的に動けることを感覚的に察する。
走るような感覚で足に僅かにタメを作り、空へとジャンプする。
すると芸素は俺の期待を裏切ることなく、身体をサポートして空へと誘導してくれた。
「…………こんな感じっす。」
「きゃあ!!!!?」
『なっ?!!!』
「どういうことだ?!!」
ざわざわ・・・
裁判官からも観覧席側に座ってる大勢の人たちからも、驚きの声が聞こえてきた。
うーーーーん
やっぱ見せない方がよかったかなぁ
でも嘘だと思われたら嫌だし……
「ど、どうやって……いるんですか……」
呆然として語彙力の低下した裁判官が俺に尋ねた。
「どうやって?…うーん、普通に芸をするのと同じ感じです。」
「…………。」
『・・・・・・・。』
「………………。」
『一旦、中断しましょう。』
ということで、裁判は一度中断された。
・・・・・・
『では、再開いたします。』
数十分後に裁判はまた始まった。観覧席に座る貴族の人数は当初の倍近くまで増えていた。
『名・アグニ、あなたが当初証言したブガラン公国内の知人はこの者ですね。名を答えられますか。』
「はい、ブガラン公国軍のヴェルマン中佐です。」
俺の目の前に連れてこられたのはヴェルマンだった。ヴェルマンも緊張しているのか、顔色がとても悪い。
『名・ヴェルマン。あなたが通信用芸石でアグニに話したことを説明しなさい。』
「あ、は、はい…!」
ヴェルマンはブガラン公国軍部の状況と、戦争に乗じて街に火をつけ裏町の住人を殺すよう命じられたことなどを洗いざらい喋った。
「聞くに堪えん虚言だ!!!!自国をそれほどまでに陥れようとするなぞ・・・」
『ブガランの大使、勝手な発言は控えてください。』
ヴェルマンの言葉に反発したブガラン公国の大使に、最高官がすぐ静止をかけた。
『ヴェルマン、それらを指示されたという証拠はありますか。』
「っ…………ありません。」
「はははは!ないだろう当たり前だ!!ブガラン公国軍はそんなことを指示していない!!」
『大使、発言は控えてください。』
ヴェルマンは証拠をもっていなかった。証拠がない場合、通常身分の高い者の意見が優先される。つまりこの場合は、ブガラン公国大使の「していない」が優先される。
「証拠はありますよ。」
場が一気にざわついた。
一階の観覧席から綺麗に手を挙げていたのはカールだった。
「………カール?」
すぐにカールの近くに騎士が集って身体検査を行う。特に危険なものを持っていないことが確認できたのだろう。カールは法廷の場に立つよう指示され、俺の横に来た。
『……まず名を告げ、その証拠とやらを提示しなさい。』
カールは上品なワインレッドのスーツを着ており、その佇まいからも一目で貴族の子息であることがわかる外見だった。
「カール・ブラウン。この度、アグニと同時期に首都メンベルにおり、首都の様子を映像記録芸石で撮影していました。」
「『 っ?! 」』
カールもブガランの首都にいたのか?!けど一度も俺の前には現れなかった。シリウスが連れてきたのだろうが……どうしてだ??
『その芸石をこちらへ。』
カールは自身の胸ポケットに入れていた小さな箱から芸石を取り出し、それを近くの騎士に渡した。貴族であるカールは、自らが動いて何か物を渡しに行くことはしない。
裁判官たちはカールの映像記録芸石を確認し、それを床に投影した。
―や、やめてくれぇ!!―
―ぎゃああああああああ!!!!―
―なんでなんでなんで俺たちがぁぁ―
―俺たちはブガランの国民だぞ?!!!―
―ままぁぁぁぁ!!!!―
―どうしてブガラン軍が!!!!!―
映し出された映像は、たぶん首都内の裏町の様子だった。市民を殺害し街に火をつける、ブガラン公国の軍服を着た人物が複数映っていた。
悲惨。
この一言が一番端的な説明だった。
「これはむごい……」
『ブガランではこんなことを……』
「もしかして内戦も起きてたのか?」
観覧席から様々な声が聞こえてきた。そしてその声を上回る音量で、映像からは悲鳴や怒号が溢れ出ていた。
『……………。』
最高官も言葉を失うほどの残酷な映像だった。けれどカールはその映像を見てもなお、凛として立っていた。
カールが、変わった…?
カールは映像に微塵も心惑わされることなく、人の死にゆく映像を無表情でじっと見続けていた。以前のカールはほんのちょっとの血でも騒ぐ奴だった。それなのにどうして……?
『……ごほん。この映像を解析します。しかしこの映像がもし本物であったとしても、このような行為をブガラン軍が主導していた証拠にはなりません。このような非人道的な行為をする軍人がいたという証拠のみとなります。』
「なっ…!!?」
そうか……!この映像だけでは軍の指示だという証拠には繋がらない。ただ、この軍人が暴走していただけだと言い逃れできてしまうのだ。
最高官の言葉にカールは小さくため息をついて、また無表情で告げた。
「そうでしょうね。けれどこのような映像をあと30個ほど提示しましたら、どうお考えになりますか?」
「『「「『 なに?!?! 』」」』」
30個?!カールはそんなにも記録を集めていたのか?!
カールは1階の観覧席を振り返り、何か手で合図をした。ブラウン家に仕える執事が一人現れ、その者が大きな箱を裁判官に渡した。
裁判官の一人が箱を開けると、映像はすぐに流れ始めた。きっと蓄芸石を仕込んでいたのだろう。
30もの無惨な映像が天井に投影され、耳を塞ぎたくなるような断末魔が法廷中に響き渡った。
「……こ、これほどまで………。」
その映像にある者は目を逸らし、ある者は涙し、ある者は震え始め、またある者は恐れた。その場の誰も、発言なんてできなかった。
一方カールは、それらの映像を無表情でただじっと見続けていた。人が死ぬ様子を見慣れているかのようだった。
しばらくして、顔を青白くした最高官がようやく言葉を発した。
『…………………再度、裁判を中断します。』
・・・
「カール!!!!」
「あぁ、アグニ。」
裁判の中断している間に俺はカールに話しかけた。
「カール、首都にいたのか?!なんで……危ないじゃんかよ!シリウスは一緒だったのか??」
カールはネクタイを少し緩めながら言った。
「ああ。シリウス様と一緒にカイルらを送りに行って……まぁ、少し別の場所にも行ったが、その後首都に行ったんだ。伝えなくて悪かったな。」
「いやいいんだ。無事でよかったよ。あの映像、カールが撮ったのか?」
「最初のは俺だ。残りの30個はエドウィンやエッベ、他の裏町の人に撮っておいてもらったんだ。」
「そうか……。その……大丈夫か…?」
俺はカールの精神面を心配した。人が大量に殺される場面をたとえ映像だけであっても見ているのは辛い。精神的ダメージが大きいはずだ。けれど・・・
「…? 何がだ?」
カールは、普通だった。しかしそれこそが、異常だった。
本人は気づいていないのだろうか、自身の性格が変わったことに。
人の生き死にに動じなくなってしまっていることに。
そしてこれほどまでにカールを変えてしまったシリウスは、一体何をしたのだろう。
・・・・・・
「あの者……アグニという少年は!我らが王であるメドリル・ブガラン大公を殺害しようとしたのです!!!」
裁判が再開された。最初に発言をしたのはブガラン公国の大使だった。彼は俺を指さしてそう大声で言った。
「その証拠は帝都軍が持っています!!どうぞまた映像記録芸石で確認を!!!!」
「っ……!!」
途中から現れた帝都軍も映像記録芸石を持っていたらしい。
『映像を確認します。』
再び地面に投影された映像には、俺がブガラン大公に火の塊を当てようとしている様子がしっかりと映っていた。
「「「「『 ……………。 』」」」」
裁判官は沈黙し、観覧席はざわついた。
王族に対する殺人未遂、特にカイルらと同じように爵位を持っていない俺の刑罰は最も重い「死刑」になる。
「しかも!この男は自身を天使の血筋だと言いふらしていたとのこと!!帝国基本法に則れば天使の血筋の名を語ることもまた重罪!!裁判官の皆さま!どうか正当なご判断を!!!」
ブガラン大使の発言で一気に風向きが変わった。先ほどとは打って変わり、俺が最悪の立場になった。
「あの………この少年は……本当に……天使の血筋なのでは……ないでしょうか。」
先ほどから法廷の場に黙って立っていたカペー公国の軍人が発言をした。その男の発言に場はまた乱れ、笑い声が聞こえてきた。
『………名を告げ、そう思った根拠を言いなさい。』
「あ、はい……」
軍人の男は敬礼をしてから再度発言した。
「このアグニという少年が来る前からブガラン公国軍と対峙しておりました、首都特攻隊長のウェイブと申します。」
この男の芸素で思い出した。カペー公国軍の先頭にいた人だ。
「あはははは何をいう!!この少年の髪!真っ黒ではないか!!カペー軍人殿はよほどお疲れのようだなぁ!!」
『静粛に。名・ウェイブ、あなたがそう思った根拠はなんですか?』
「だって彼は……空から降りてきました。それに彼はたった一人で、ブガラン公国軍ほぼ全員を気絶させたのです。」
「『「「 っ…………!! 」」』」」
「ちなみに我々帝都軍救護班も、アグニが空を飛ぶ場面を目撃しています。」
帝都軍の軍人が手を挙げて追加でそう発言した。その救護班の中にコルネリウスも座っていた。
ああ……そうか
コルネリウスにも見られたのか…
空を飛べる者は、天使の血筋にすらいない。空を飛べるというだけで芸素量が多いことは証明できた。しかし理由としては不十分すぎる。
観覧席に座る貴族らは裁判の様子をじっと見ていた。次の裁判官の発言を待っているのだろう。
『名・アグニ。あなたは、自身が天使の血筋であるという旨の発言をしましたか。』
ここだ。
ここで俺の、道が変わる。
俺は一度大きく深呼吸し、しっかりと前を向いて告げた。
「はい。俺のもう一つの名は『シュネイ』。俺は、天使の血筋です。」
ぷふっ……
クスクス・・・
「あはははは、あいつ終わったな。」
「なに言ってんの?」
「笑えないんですけど」
「頭いかれた?」
「あーこれで死刑じゃん。」
「死にたかったのかな?」
「やば怖。」
様々な声が聞こえたが、発言全てに蔑みの感情が含まれていた。観覧席を見渡すと、苛立った様子の人や笑っている人が多かった。
あー……
やっぱこんな感じか。
『……あなたの保護者である名・シャルトをこの場に召喚しましょう。一時裁判は中断・・・』
コツ・・・
『私ならここにいる。』
『っ…!!』
シャルト公爵が舞台袖から現れた。灰色と天鵞絨のチェックのスーツを着ており、ネクタイにはエメラルドの宝石が付けられていた。
場はまた一瞬で静まり返った。
帝都の最高権力者。ほとんどの貴族は喋ったことすらない、貴族の中の貴族。それがシャルトの立ち位置だった。
『…………名・シャルト、この少年アグニの保護者として問います。アグニは、天使の血筋ですか?』
物音一つしない静寂。
何百という人間が、シャルトの言葉を待っている。
『わからないのも仕方ない。この事実は受け止めがたいだろう。』
そしてこういう場でこそわかる。公爵はやはり最高位の権力者であり、貴族であり、上に立ってきた者だった。
公爵は物怖じせず、その高貴さを相手に叩きつける強さを持っていた。
『アグニは私と同じ、天使の血筋だ。』
ざわ・・・!!!!!
シャルト公爵の発言に法廷内の芸素が大きく揺れた。大勢の感情が動いたのだろう。公爵の言葉一つでこの話に信憑性が増し、俺に嫌な視線を送る人の数が減った。それでもまだ全体の2割に満たないが。
「え、いやでも髪色が……」
「さすがにあの外見は違うでしょ」
「でも宰相閣下がそう言ってるんだぞ?」
「宰相閣下までおかしくなられたのか…」
「でもあの子さっき空を飛んでたわ」
「気品は……あるようにも見える。」
「え、待て待て。あの髪だぞ?」
「でも、でもさ……目は、誰よりも明るい色をしてる……」
「ほ、ほんとだ」
「あの色の目は見たことないな。」
「え?目がなんだって??」
「それは別に天使の血筋の特徴ではないだろ。」
「髪色が違うんだからさぁ終わりでしょ。」
「いやでも……瞳は金色よ……」
『せ、静粛に!!!』
最高官の言葉で、皆が黙った。
『名・シャルト、その言葉に嘘はないと、あなたの血筋と天空王に向かって誓えますか。』
重い誓いだ。これはつまり、帝国中に自身の言葉が嘘ではないと宣言できるかと聞いている。もし仮に発言が嘘であるとされれば、天使の血筋で公爵位であるシャルトでさえも国家反逆罪で即座逮捕・処刑になるレベルだ。
しかし公爵は俺を横目で見て頷き、不敵に笑ってみせた。
『もちろん。アグニは天使の血筋だ。』
『いや、でも……黒髪……』
最高官は困惑した様子で俺と公爵の顔を何度も何度も見比べていた。
俺の耳に、裁判官の一人が呆然とした声でこう呟くのが聞こえた。
『その特徴は、「天使の血筋」に当てはまらない……。』
サブタイトルの回収がやっとできました。
来年度も書いていきます!
どうぞまた、よろしくお願いします!よいお年を!!




