199 戦争の害心
「シ……シュネイ…だと?!」
「今シュネイと言ったか…?」
『シから始まる名前だと?』
「いや、そんなはずない!!」
「そんな名前聞いたことないぞ…?!」
地上がざわついている。今だけは皆、戦闘の真っ只中であることを忘れていた。
「貴様……!!その名をこんな大勢の前ででっち上げて……後々どうなるのかわかっているのだろうな?!」
ブガランの王が俺にそう叫ぶ。しかしこれは俺が父から継いだ名前だ。俺が何度も視る、記憶の名だ。
「もう一度言っておく。俺は『シュネイ』という名を継ぐ、天使の血筋だ。」
ざわあ……………!!!!
大勢が俺を見ながら騒いでいた。
「っあっはっはっはっは!!!!!!!!!」
大きな声をあげて笑い出したのは、ブガラン王だった。金の鎧でガチャガチャと音を鳴らし俺を指差す。
「貴様……よほどのバカだな?虚言も甚だしい!身近に天使の血筋が多くいるから自分までそれになったと誤解したか?!!滑稽を通り越して哀れだ!!あははははははっ!!!!!」
「あ、あは……あははははは」
『ははっ……そ、そうでございますなぁ……ははは』
「た、たしかにあんな黒髪で……な、何を言っているのやら…あはは…」
『あ、哀れ哀れ……あはははは……』
「…………………。」
指揮官らの顔は硬直していたが、ブガラン王と共に懸命に笑っていた。一方、カペー軍の方はただただ呆然と立っているだけであった。
ブガラン王は俺を指差し、指揮官らに命じた。
「おい!いい加減あの狂人を撃ち落とせ!!!」
「は、はい……」
『はっ…!』
「………か、しこまりました…。」
『……………はい。』
指揮官ら5名のうち、4名は解名を出す用意をした。しかし1人はブガラン王の命令に従わず、居心地悪そうに立っていた。
「………どうしたブラハム。私の言葉が聞こえなかったのか?」
「も、申し訳ありません……」
ブラハムと呼ばれた男は俺をチラリと見て、目が合うとまた逸らした。
「大公陛下……あ、あの者は……昨年の…シド公国の社交界に……おりました………。」
「??」
「ああ?だからなんだというのだ。」
初めてブガラン王と意見が一致した。なぜブラハムが急にそんなことを言い出したのかわからなかった。というかあのおっさん、去年シド家主催の社交場で会ってたのか。
「あ、あの者……は、も、もしかしたら……本当に…て、天使の血筋……かもしれません。」
『……ブラハム、どういうことだ?急にどうしたのだ。』
他の指揮官が不可解な顔持ちでそう尋ねていた。ブラハムは冷や汗をかきながらも恐る恐る言った。
「いや、もし…もし…本当に天使の血筋であれば……」
「ブラハム、貴様はあの者が天使の血筋に見えるというのか?」
ブラハムはもう一度俺のことを見た。そして再度目を大きく開け、逸らす。その様子を面白くなさそうに王は見て、語気を強めて再度尋ねた。
「ブラハム、お前は、あの黒髪で、本当に、天使の血筋だと、思うのかと、聞いている。」
「っ……………。」
ブガラン王の圧のかかった問いにブラハムは沈黙し・・・
「…………申し訳、ありません…。」
謝った。
その謝罪は、ブガラン王の命令を拒絶することを意味していた。ブラハムの答えを聞いて、他の4名の指揮官までもが不安げな様子を見せ始めた。
俺に攻撃する者はもう誰もいなかった。
「ブガラン王、お前は裏町の人間を躊躇いもなく殺してしまえる。その上、彼らを戦争の道具として利用した。軍人でも騎士でも兵士でも警備隊でもない、自国の一般市民を。」
通信用芸石から届いたエッベの悲鳴のような頼み声を思い出す。
「っ……は!!奴らは税を納めることもなく、詐欺恐喝強盗なんでもやる外道な浮浪者どもだ。戦争時くらい役立ってもらわなきゃ困る。」
「それを……王であるあんた自身が言っちゃうんすね……。」
シルヴィアも、シャノン大公も、シュエリー大公も、みんな自国の民を守るために最善を尽くしている。国民を見捨てることはしない。
王の支配下にいる者は王の意向に従う。だから王が国民を見捨ててしまったら、彼らはどんなに頑張っても、絶対に社会の中に入ることはできなくなってしまう。
「カペーに戦争の引き金を引かせるため、カイルらを利用したのもそうだ。お前はあの4人をそのまま処刑台に送って、自分を襲うよう依頼した事実を消すつもりだったろう?」
「っ………ははっ!そうだ事実!!」
王はまるで役者のように両手を広げて語り出した。
「事実、彼らは私を強襲した!その事実は消えない!法に従って判決が下されるのは当たり前のことだろう!!!」
王はこちらの意見に反発を繰り返すばかりだが、とりあえず会話はできる。先ほどよりマシだ。
できれば向こうのボロを出して、カイルらに対する非道を認めさせたい。そのために、ここでもう少し……気を荒げさせよう。
「カイルらが処刑されればお前のやったことも消えると思ったか?でも残念だったな、余計な一言をあの4人が言ったせいで、処刑はされない!それもお前自身の温情でな!!」
とある女がカイルらの牢屋に来て、『ブガラン王に直接謝罪したいと言え』と何度も伝えたらしい。カイルらはその女の指示に従って、結果的に処刑を免れた。
そして今の俺の言葉は、当事者間でしか知らないはずの余計な一言が何かを知っているやつの台詞だった。
ブガラン王は目をひん剥いて俺に怒号を飛ばした。
「そうか……そうか!!貴様があの馬鹿どもに入れ知恵をした張本人か!!!貴様自分が何をしたかわかっているのか?!!」
俺は挑発的に笑ってみせた。
「残念ながら俺じゃないんだなぁ〜。カイル、ベルン、トラント、パークス……あの4名はブガラン軍部の指示通りに王を襲撃したのだから法的に咎められる筋合いはない。だからそのことをきちんと明らかにしようと思ってる。そんであいつらは犯罪者として捕まることなく、自分の家に帰って元の生活に戻るんだ!」
俺の言葉にブガラン王はにやりと嫌な笑みを見せた。
「っ………ははっ! それはどうだかな。」
「??」
なんだ?態度が変わった。
ブガラン王の後ろにいる指揮官の1人も王と同じような笑みを浮かべていた。まるで無知を嘲笑うかのように。
ま、まさか……!!!!
「あの4人の家族に、何かしたのか?!!!」
「 死んでたよ、全員。」
突如聞こえたその声に、一瞬耳を疑った。
「カイル……!!!」
カイルは剣を持っていた。ブガラン軍が持っているものだ。その剣を拾ったのか、奪ったのかは不明だが、カイルの顔からは表情が消えていた。
目はただ一点、ブガラン王を見据えていた。
「殺されてた、家族全員。アグニの言った通りだね。」
「っ……!!!」
俺の嫌な予想が的中してしまった。
そして・・・
家族を失った直後の人間というのは、これほどまでに痛々しい姿なのか。
全身の骨が軋むような、叫んでいるような、そんな芸素がカイルから溢れていた。
「カ、カイル…他の3人はどうした?一緒じゃないのか?」
俺の質問にカイルは大きく目を見開いた。そしてまた、深い絶望の色を浮かべた。
「他の3人は……ここに、いない……?」
「あ、ああ……来てないぞ…。」
「 そっかぁ…………」
カイルは深く息を吸って、そう答えた。なぜかその声は震えていた。
「誰だあの者は。」
『王、あの平民が例のカペーから持ってきた襲撃犯です。』
ブガラン王の質問に先ほど下卑た笑顔を見せていた指揮官が答えた。そしてこちらを挑発するようにまた嫌な笑みを見せた。
『どうやらここまで辿り着けたのはあの者だけのようですね。そういば東門に、戦争のどさくさに紛れて我々に攻撃をしてきたカペー民の遺体が3つあるとか…。』
「あはははははっ!!!!それは傑作だ!!!!」
ドクン・・・
「どういうことだ……!?」
俺の言葉に、カイルは答えない。下を向いているから表情もわからない。けれども相変わらず芸素からは悲鳴をあげているかのような辛さを感じる。
『わからんかね?犯罪者どもの口はもう永遠に開くことがないということだよ。』
心臓が早鐘を鳴らす。
ベルン、トラント、パークスは……すでに死んでいる?
想像 してしまった
砕けた瓦礫、戦火の中、積まれる死体。
その中に知ってる服が、3つ・・・
「ううっ……!!!」
吐き気がする。胃液が逆流する。
嘘だろ…?
いやだって、一昨日まで……
公爵邸にいて……
カイルと5人で喋ってたじゃんかよ
「トラント、ベルン、パークスを殺したのは……誰だ? 俺とあいつらの家族を殺したのは、誰だ?」
カイルの声は落ち着いていた。けれど有無を言わせぬ声だった。
カイルの質問に指揮官がにやにやしながら答えた。
『犯罪者どもを殺した者は知らん。その辺の下級兵士だろう。しかしお主らの家族を殺した者はわかるぞ?まぁすでに最前線に送ってあるから死んでるだろうがな!!!』
「なに…前線……だと?!!」
数日前、ヴェルマンが泣きそうな顔で言っていた。自分の部隊が前線に送られる、と。
「お前…!!!!ヴェルマンの部下にカイルらの家族を殺させたのか?!!!」
俺の言葉にその指揮官が眉を顰めた。
『どうしてお前がヴァルマンを知っている?まぁいい。そうだ!奴の部隊にお主らの家族を殺させ、そのまま前線に立たせた!すでに死亡の報告がきている!』
指揮官の後ろでブガラン王は満足げに笑っていた。
『お主らは一生!復讐なんてものはできんのだ!!!!あっはははは!!!!』
世の中、綺麗なものばかりじゃない
うん、それは知ってたさ。
知ってたよ。
でもさ、
こんなゴミは いちゃだめだろ。
害心を抱いた者が有利になる。優しくて必死な人間ほど人の犠牲になってゆく。
どうして、世の中こうなんだろう
「お前……お前らあああああ!!!!!!」
カイルは涙を流しながら、痛々しいほどの絶叫とともに抜刀した。
「絶対に殺す!!!!!!!!!!!」
「っあ! カイルだめだ!!!」
カイルがブガラン王の元へ走っていく。
俺は自身の足元に風の芸をあてて、今の俺が出せる最高速度でカイルの方へ飛んでいった。
ザシュ・・
「アグニ……!!!」
「だめだ、カイル……」
間一髪、カイルがブガラン王を攻撃するのを止められた。しかし右手でカイルの剣を掴んでしまい、俺の手は裂けて血が噴き出ていた。
カイルは驚愕の色を浮かべ、すぐに剣を離した。
「ど、どうして……!!?」
カイルはくしゃっと表情を崩し、泣きそうな顔をしていた。
家族が死んで、友人が死んで、それでも必死に生きようとして。
死を連想させるものに敏感になっているだろうに、目の前で血を見せてしまって本当に申し訳ないな。
そんな顔しないでくれよ
こっちまで泣きそうになっちゃうよ
手が熱い。尋常じゃなく痛い。
でも、心の方が痛い。涙をこらえているせいで、なんだか喉まで痛い。
でも・・・
「カイル、お前に……死んでほしくないからだよ。」
憎き敵も、一国の王。ここでカイルがブガラン王に怪我をさせてしまえば、今度は本当に処刑されてしまう。
これは俺のエゴだ。
パークスも、ベルンも、トラントも、もういない。それなのに生き残ってくれたカイルまで死ぬことになったら……俺は耐えられないよ。
「ごめんなぁ、カイル。 ごめんなぁ…… 」
お前に、敵を討たせてやれなくて。
グブシャ!!!!
「うぐっ!! あ…? 」
「アグニぃぃ!!!!!」
剣先が、
赤で塗られた剣先が、
俺の腹から出ている。
その剣は・・・俺から出ている?
違う。
後ろから、刺されてる。
「ははははっ!!!!!敵に背中を向けるとは!!!!本当の脳無しだったな!!!!」
俺の腹に剣を突き刺していたのは、ブガラン王本人だった。
「戦争というのは実に面白い。貴様のような人間が現れ、座興を見せるからな。そして戦争は人を優しくする。貴様のような人間を、王自身が相手してやるのだからな。」
「うっ……!!! ゲボ!!!」
ブガラン王は俺の身体に剣を押し込んだ。
急に吐き気がした。
吐き出すように出した咳で、大量の血が口から飛び散った。血が失われるごとに頭が働かなくなっていった。
痛い。ちくしょう。カイルは無事か。痛い。気持ち悪い。熱い。俺の身体。寒い。無事か。なんでだよ。痛い。死ぬ。カイル。吐く。待って。
「あはははははははは!!!」
高笑いが聞こえる。
カーーーン
あぁ、
カーーーン
どうして
カーーーン
どうしてこんな
「はははは……ん?」
怒りが 大気に伝わる。
ブワア・・・!!!
「ん? うわぁぁぁあついぃぃ!!!!!」
俺の身体から芸素とともに高熱の蒸気が溢れ出た。猛烈な温度に王は耐えられず、すぐに剣を離して俺から距離を取ろうとした。
カアァァン・・!
剣が身体から抜け、地面に転がった。転がった瞬間から剣は熱を浴び、落ちた血は赤い蒸気に変わっていった。
「待て。」
「う、うぎゃあああああ?!?!!!」
俺は振り返り、ブガラン王の手首を掴んだ。俺の出す蒸気に当てられた王の右手はすぐに赤く爛れていった。皮膚は弾けるように剥け、見るも無残な火傷を負っていく。
「おおおおおおおお前ええぇぇぇ!!!!!!!こん、こんなことをこの私に・・」
「人の不幸や悲しみを、平気な顔で見続けられる人っているんだな」
王の悲鳴は、もう耳に入らない。
「わからないのか? お前に人の感情が、人の気持ちが。」
この言葉は俺自身にも向けられる。
シーラやシリウスに何度も言われてきた。芸素ではなく人の表情を見て、感情を、気持ちを理解しなさいって。理解しようとしなさいって。
俺ももしかしたらこんなに悲しく、切なく、やるせない気持ちを皆にさせてしまっていたかもしれない。
まるで芸獣だな。
そうか・・・
「王よ、」
「ひぃぃ!!!!!」
掴んでいるブガラン王の手首から軋む音がする。
しかし俺はそれに構わず、もう片方の手で炎の塊を作り出した。
「平気で人を害してしまうお前は、もう芸獣なのかもしれない。」
そうだ。
きっとそうなんだ。
じゃあ、やっぱ
殺しても いいかぁ
「ひぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
俺は作った巨大な炎の塊を、王の頭に押し付けようとし・・
『アグニ!!!!!』
「っ……!」
この声は・・・
目線を上げる。
ああ……本当に泣きそうだ。
どうしてここにいるんだよ。
綺麗な装備のままで、怪我もしていない。顔も、金の髪も汚れてすらいない。
楽しくて安全で平和な、あの学生たちの楽園。
いつもその中心で微笑んでいる、貴族の象徴のような少年。
視界に入ったその人物を見て、自分がひどく安心していることに気がついた。そして同時に、自分に理性が戻るのを感じた。
すごいな。
そうか、これが……
これこそが、『友達』の力だったんだ。
「………コル…!!」
気が付くと、コルネリウスと帝都軍がもうすぐそこまで来ていた。
実は「96 リシュアール伯爵家で武芸練習」でもコルネリウスがアグニに理性を取り戻させてます。
アグニにとっては初めての友達。その威力にやっと気づいたんですね。




