198 さぁ、戦争を止めにいこう。
ブガランの首都が下の方に見える。
いつの間にか相当な高さで飛行していたようだ。
首都の中から柱のように、煙が空高くまで昇っていた。
俺はまず街全体を囲う城壁の上に降り立った。
「っ………」
予想以上に火災が発生している。エドウィンは、エッベは、ルグルは、ヴェルマンは無事だろうか。
俺は焦る気持ちを抑えるために一度大きく深呼吸した。そしてシリウスから借りたリュウを取り出す。
「…………頼むよ、きちんと揺れてくれな。」
肺に溜めた息をリュウに注ぎ込む。
ヒュウーーーーーーー
心地よい、澄んだ音が広がった。
風のような、雨のような、葉擦れの音のような。静かに、けど確かに響いている。
うん、よし。
シリウスから教わった曲を1つ演奏した。
芸石は全て公爵邸に置いてきている。
俺の芸石は芸の出力を制限する効果があったから、今はそれを取ったおかげでもの凄く芸がしやすい。
それでも首都全体に雨を降らせられるだろうか……。
「……ああ………芸素、揺れてるな。ありがとう。」
リュウの音に誘われて、芸素が揺れている。それはまるで次に出す指示に期待し、震えているようだった。
「 頼むな、みんな。………ブガランの首都『メンベル』全域にギフトを。天変乱楽。 」
俺の身体から出た芸素は拡がり、空中の芸素に指示を出す。
ポタ・・ポツ・・・
ポツン ・・ ポタ・・
ポタ・・ ピチャ・・・
雨粒が増していく
ザザーーーーーーーー!
すぐに猛烈な量の雨が降り始めた。
雷のような、川のような、波のような音を出して。
「………よかった。ありがとう。」
これならきっと首都全域をカバーできる。
俺から溢れ出た芸素は、そのまま俺の周囲に漂っていた。
手前の方にあった火事が一つ消え、煙だけが上がり始めた。この調子なら大丈夫だろう。
雨で視界は悪い。しかし城は見える。そこに大勢の人間がいることも感じる。
「…………よし。」
さぁ、戦争を止めにいこう。
・・・・・・
「我らの班は首都に着き次第、速攻で城門を占拠して陣を展開させるぞ!!!」
「「『「『 はっっ!!!! 』」」』」
帝都軍はブガランの首都・メンベルの目前まで来ていた。
そしてコルネリウスは最後尾の班、そのまた最後尾の馬車の中にいた。しかしそれでも初めて経験する戦争に緊張していた。
『お、おい!!なんか……なんか飛んできてるぞ!!』
「うわっ……なんだあれ?! 火…?」
「火だ!火の塊が落ちてきている!!!」
馬車の周囲を走る騎馬隊が口々に上を見て騒ぎ始めた。コルネリウスも急いで馬車の幕を開き、皆と同じように上を見た。
小さい、火の塊。いや、あれは火……なのか?
「くっ……位置が高いな……!地上からは直接攻撃できない……!」
『そもそも攻撃が通用するのか?』
「あれは………なんなのだ?」
コルネリウスは再度目を凝らした。
あの塊の一部分……なんだか黒い気がする。
「っ……ひ、人……人です!!!」
「な、なに?!!!」
戦争の記録係として同行した技術部の技師がそう叫び、騎馬隊は一度馬を止めてその塊を観察した。コルネリウスも馬車から飛び出し、空を仰いだ。
『っ…!!』
あれは……
あの黒く見えたものは、人の髪の毛かもしれない。そして尾を引くように漂う金色の光は………もしかして芸素?
つまりあれは、尋常ならざる量の芸素を保有し、空を飛べる、黒髪の人間。
そんなの、そんなの…… 僕は1人しか知らない。
『アグニ………?』
「あ!あの塊……の人!ブガランに降りそうです!!」
「………よし、すぐにブガランへ向かうぞ!!総員、全速力!!」
『「「『「 おう!!!!! 」」』」』
班長の命令で全員が馬を全速疾走させた。一瞬でも早くブガランに辿り着くために。
「あ、おい!!コルネリウス殿!」
首都に着くとコルネリウスはすぐに馬車から飛び降り、城壁を登る階段へ走っていった。
『重症者がいないか、城壁の上を確認してきます!!』
「こらぁ!!君は救護班と一緒にいなさい!!!コルネリウス君!!!」
『お父……総司令官からは街に入るなと言われていますが、城壁に登るなとは言われていません!!失礼します!!』
「そんなこと言ったって……あっこら!!コルネリウス殿〜!!!」
『はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!』
階段を登り続け、城壁の上に着いた。
ビュウウウ!!!!
『っ…!』
壁の上は風が強く、髪の毛が視界を邪魔してくる。コルネリウスは雑に髪をどかして前を向き・・・
ヒュウーーーーーーーー
見事な音色だった。聴き惚れてしまうほどに。
そしてやはり、アグニだった。
音を出すことすら難しい楽器なのに、アグニはなんの苦労もなさそうにリュウを吹いていた。
そして徐々に、
アグニの金の瞳が 光を帯びてゆく
・
・
・
以前、アグニとシリウス様と一緒に海に出たことがある。船上で一泊し、アグニと協力して見たこともない芸獣と何度も戦い、初めて芸獣も食べた。
とても 楽しかった
朝起きるとすでにアグニは布団から出ており、部屋の外からリュウの音色が聞こえていた。
『ん……? 何があった…の………。』
僕は眠たい目を擦りながら甲板に行き、
「おぉ!コル!おはよう!」
自分の目を 疑った。
アグニとシリウス様の瞳が 金色に輝いていた。
それは今まで見たどんな宝石よりも美しかった。
けれど宝石のように簡単に手に入るものではなかった。
「どした?」
アグニは不思議そうに僕のことを見ていた。
僕は何事もなかったように平然を装ったけどさ、
ねぇ、アグニ。
君、 僕に隠し事 してない?
・
・
・
アグニはあの時と同じ瞳をしていた。
「コルネリウス殿!困りますよほん・・・と・・」
「ああ〜いたいた!コルネリウス殿!父君に報告しま・・・す・・・」
「っ…あ……あれは……!!」
軍人たちは僕の後を追って上に来たはずなのに、一瞬でアグニに目を奪われていた。全員がひどく情けない顔でアグニを凝視している。
「 天変乱楽 」
アグニの解名で、天候が変わった
雲は重く空気は湿り、空が雄叫びをあげている。
そして大量の雨が降り始めた。
『っ……!』
手前の方にあった火事が一つ消えた。アグニはこのために雨を降らせたのか。
城壁から見ると、街がすでに悲惨な状態であることは一目でわかった。僕は『ああ、もうこの街は終わったな』と瞬間的に悟った。
しかしアグニは、まだ街を救おうとしている。
「な、なんという………」
「あれは………」
『あの方は……』
「て、天使の血筋……?」
軍人の1人がアグニを天使の血筋だと言った。みんなが呆然と口を開けたまま、アグニの降らす雨をその身に受けていた。
アグニだけが唯一、この灰色の世界で光を纏っていた。
僕は 纏っていなかった。
「…………よし。」
アグニは僕らに気づくことなく、黄金の芸素を蝶の鱗粉のように舞わせながら王城の方へと飛び去っていった。
「「『「 …………………。」』」」
アグニが去った後、誰も言葉を発さなかった。全員がその光から目を逸らすことができずにいた。
『っ……アグニ!』
僕は身体中の芸素を意識しながら両手を街中に向けて発した。
『 ギフト!! 雪崩階段!!』
「あっ!コルネリウス殿!!!!」
「うわっ?!なんだこの解名は!!?」
「す、すごい……!こんなことができるとは……!!」
『あっ!?待ってください!コルネリウス殿!!!』
僕は城壁の上から手前の方にあった家の屋根までの距離に、大量の雪を生成し雪道の階段を作った。本当は高所から落ちてしまった際の対処法として使う解名だが、今はアグニを追いかけるために使う。
城壁から飛び降り、雪の斜面を滑り降りた。
後ろから僕を呼ぶ声が聞こえたけど、
なんでわからないかな。
今、絶対に行かなければならないだろう?
僕が、見なければならないだろう?
アグニだけが進むなんて、おかしいよね?
・・・・・・
人がいる。軍だ。
王城側と街側それぞれに軍が立っているから、それらがブガラン軍とカペー軍であることは一目でわかる。
よかった。
まだ戦ってない。
俺はその2つの軍の間に降りた。
『う、打てぇ~!!!!!!!』
ブガラン軍の方から大きな声が聞こえた。俺に攻撃しようとしている。
「 ギフト・・・色鷹 」
バタ・・・バタバタ バタン・・・
重い金属の音を響かせながらブガラン軍の兵士は前から順番に倒れていった。しかし最も王城に近い場所に立っていた5名ほどは気絶させることなく残した。
その5名は他兵士よりワンランク上の装備を付けていたし、全員に見覚えがあったのだ。
ブガラン公国軍司令長官、リムダ・ルーパー。以前ブガラン公国の軍部を見学した時にコルネリウスに挨拶していた。まぁ向こうは当然俺のことを覚えていないだろう。他の4名はリムダ・ルーパーが自身の執務室で酒盛りをしていた時、同室にいた。一瞬だけ部屋の中を覗いた時、赤い顔をしながら両手に酒瓶を持っているのが見えたのだ。
彼らは所謂エリートで、成り上がりのヴェルマンをバカにしていた連中だ。
胸糞悪い奴らだが、ブガラン公国内でトップの指揮官たちだ。交渉の場にいてもらわないと困る。
「………話し合いがしたい。両者の指揮官は前へ出てくれないか。」
『「『「 っ……………… 』」』」
カペー軍の兵士は呆然と立ち尽くしていた。静かにしてくれるのはありがたいが、リーダーは前に出てきてほしい。
「あぁあ? 炭のようなその黒髪……どこかで見覚えがあるな。」
「っ……ブガラン王…!!!」
城から優雅に現れたのは、金色の装備を全身に身に付けたブガラン王本人であった。
金色・・・それは帝国内では天使の血筋しか使ってはならぬとされている色だ。ブガラン王はもちろんそのことを知っているはずなのに堂々と振舞っていた。
ブガラン王は以前パーティーで見たことがあった。挨拶はしていないが、俺が自分の息子にダル絡みされているのや、公爵やシーラの近くにいたのを見かけたことがあるのかもしれない。
「初めましてブガラン王、ちょうどよかった。この戦争・・・」
「貴様のような黒髪風情が、なんの断りもなくこの私に喋りかけれると思うのか?! おい!殺れ!!」
「『 はっ!! 』」
色鷹で気絶させなかったブガランの指揮官らが王の命令で俺に向かってきた。
「ちょっ!!ブガラン王ちょっと待ってくれ!俺はブガラン公国民でもカペー公国民でもない!第一学院の生徒だ!」
俺の言葉でブガラン王は閃いた顔をし、その後、深く眉間に皺を寄せた。
「………ああ!私の息子にすり寄ってくる卑しい孤児か。ははっ!貴様、公爵家に守られてるからといって自分の身分を誤解しているのではないか?」
「なっ…!!」
カキィィン!!!!
ブガランの軍人が俺に剣を振ってきた。俺も抜刀し対処する。3名は俺の周りを囲み、リムダ・ルーパーは芸を出すタイミングを見計らっていた。
「貴様は!なんの身分のない!貴族ですらない!!この世の底辺の人間だ!!!」
「っ……!」
後ろにいた軍人が攻撃してきた。俺は前の軍人の剣を弾き、急いで後ろの攻撃もかわした。
『 ギフトォ!! 炎球!! 』
炎の球が俺めがけて飛んでくる。
俺はその攻撃を避けるため飛躍し、そのまま宙に留まった。
「『「『 なっ??!?!! 』」』」
「………貴様、どんな小細工だ!」
ブガラン王は憎しみのこもった声で俺にそう尋ねた。周りの軍人らも俺のことを見上げている。
「小細工なんてしてない。 ブガラン王、」
「目障りだ!!!あの羽虫を落とせ!!!!」
『ギフト!炎球!!』
「ギフト!!氷刺!!」
「ギフト!!!鎌鼬ぃ!!!!!」
ブガランの軍人5名は次々と解名を放ち、俺を撃ち落とそうとした。俺は空を飛んでその攻撃を全て避けた。
どんな攻撃も当たるつもりはない。彼らは俺を殺すことなんてできない。
けれど・・・
俺を傷つけようとしていること自体が、やはり悲しかった。
「なぁ、ブガラン王。」
攻撃の手が弱まった。やっと静かに話すことができる。
「裏町に、火を付けさせたな?」
ブガラン王は俺のことを見下すように鼻で笑った。
「…………脳みそが無いのか?気軽に話しかけるなと先ほど言ったことをすでに忘れたか。」
「なぁ、ブガラン王。カイルを、ベルンを、トラントを、パークスを、戦争のだしに使ったよな?」
「ああぁ?誰のことだ?」
軍人の1人がブガラン王に近づいて話した。
『カペーから持ってきた人間のことかと。以前、王の馬車を襲った……』
「あぁ……あの平民らには名前があるのか。それで?あの犯罪者どもと貴様にどういう関わりが?」
「あの4人を……それとこの街に住む自国の民も、殺そうとしたよな?」
ブガラン王は眉をひそめ大声を上げた。
「先ほどから貴様は自分の立場を理解していないようだな。王より上にいることなど許されない!!下に降りてこい!!!」
『お、王……!あの者……芸石を身に着けておりませんぞ…!!!!!』
「な、なに?!?!」
リムダ・ルーパーがそう王に告げているのが聞こえた。
「貴様………何者だ……!?」
ー 何者であるか ー
身分、立場、年齢、性別、見た目、爵位、家族とか。
それがどれだけ重要なことか、今までわからなかった。
しかし
黒髪、平民、孤児・・・立場がどうとか身分がどうとか、そんな言葉を吐いて俺の話を一切聞こうとしない人がいる。
でも、そっか。そうなのか。
俺の名前が、名前だけで、
そういうのを全部、吹っ飛ばせるのか。
「アグニだ。そして・・」
俺は一度深く深呼吸をして、上空から告げた。
「もう一つの名は、シュネイだ。」
ブガランの首都の名前が初めて出ましたね!メンベルです!
そして……コルネリウス……さん?




