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再創世記 ~その特徴は『天使の血筋』にあてはまらない~  作者: タナカデス
第5章 年は暮れて また明ける
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195 戦闘

寒い~~~冬やんけ~~~






「ア、アグニ……? どうした?」


心配そうに声をかけるカールに笑顔を返した。


気づいたんだ。

結局のところ俺自身が動かない限り、俺は不安に駆られる。

心が落ち着かない。『人』を知れない。人を助けられない。

俺自身が満足できないんだ。


カイルらに会いに軍部局に潜入して、結果的に怪我をした。でも全然後悔していない。むしろ会いに行って…俺が動いてよかったと思ってる。


何もしなかった後悔は もう十分だ。


「俺、ブガランに行ってくる。街も人も、被害を出す前に戦争を止めたい。」


「ばっ…馬鹿か?! 今!たった今!戦争が始まったんだぞ?!!どれだけ危険な場所かわからないぞ?!!」


「そうだ、その通りだよカール。わからないから見に行くんだ。助けに行くんだ。」


「っ…!!!」


カールが驚いたように俺を見た。カールから拡がった芸素からはわずかに恐怖の色が含まれていた。

何をそんな驚いてる?俺の顔はそんなにも恐ろしいのだろうか?


『他国同士の戦争に君が入れるとでも?』


シリウスが静かに話し始めた。


『戦争に関与して、君にはなんの利がある?なんの害があると思う?』


シリウスの向かいに座るシーラもじっとシリウスの言葉を聞いていた。


『ブガランにはじきに帝都軍が着く。君が直接動く必要はない、よね?』


シリウスは金色の目で俺を見据えている。


「……そうだな。国同士の争いであって、俺が割って入れる問題じゃない。どっちが勝っても負けても、俺に利は生じない。」


俺はシリウスの目をしっかりと見て言った。


「でもな、もう知っちゃったんだ。エドウィンを、エッベを、ヴェルマンを、ルグルを、カイルを、ベルンを、トラントを、パークスを。」


多くの人と出会った。多くを見た。

ブガランの屋台でご飯を食べた。合宿で宿屋に泊まった。ヴェルマンからシュエリー公国へと渡ったこともあったな。その時もブガランのお店で酒を飲み、料理を食べた。


「俺は世界を知りたいからスリーター公国から出た。そして知った世界がある。」


俺が守りたいのは国家ではない。

思い出がある土地、そしてそこに住む人々なのだ。


俺はきっと、現状を無視するにはあまりにも知りすぎた。


「仲良くなった人たちが死んでいくのを()()見てるだけ?()()振り回されるのか?もうそんなのは嫌だ。黙って見ているだけなんて嫌だ…!『私』は平和な世の中にいたかった。もう戦争は十分なんだ……!!!」


俺は立ち上がってシリウスの近くに向かった。


「ア、アグニ……?」


感情がぐちゃぐちゃだ。もうよくわからない。

俺は何を喋っている?なんの記憶だ?誰の記憶だ?


いや、俺の記憶だ。

俺が持つ記憶の1つだ。


この感情は、気持ちは、考えは、俺のものだ。


『そうか………』


シリウスは目を閉じて静かに呟いた。


『僕だけじゃなかったんだね、未だ囚われているのは。』


「…え?なんだ?」


『なんでもない。なんでもないよ。ただ……』


シリウスは俺を見上げ、安心したように微笑んでいた。


『僕は……ずっと君の味方だよ。』


シリウスも立ち上がり俺の肩に手を置いた。


『君の好きなように動くといい。ブガランの彼らを助けに行きたいのなら、今すぐ助けに行きなさい。僕が君をサポートしてあげる。』


「っ…!!!」


シリウスが優しい……どうしたんだろう急に。けれど今手伝ってくれるのはまじで助かる。


「それならカイルらを家まで届けてやってくれないか?」


『わかった。』


「ありがとう。シーラ、カール……俺ブガランに行ってくる!!」


俺は窓から飛び降りようとそちらに向かっていた。


「あ、アグニ!戦闘でブガランの城門は機能してないかもしれない!空を飛べ!!そして火がつけられていたら大量の水……雨を降らせろ!!」


カールが背後からそう叫ぶのが聞こえた。


『アグニ、』


「っ…!」


シリウスの声に振り返った瞬間、顔の横に笛が飛んできた。これはシリウスがいつも持っているリュウだ。


『どのギフトをあげるべきか、わかるね?』

    

リュウは天使の血筋が使うと芸素を揺らすことができる。リュウを吹くか吹かないかで芸の()()()()()が変わってくる。そしてシリウスが意図する解名は・・・


天変乱楽(てんぺんらんがく)


天候を変える解名。これで雨を降らせろと言っているのだろう。


『気をつけていってらっしゃい。』


シリウスは優しい笑顔をみせた。

けれどその笑顔の中には圧倒的な自信も含まれていた。それは俺を信用していると示すものでもあり、自信を授け、冷静さを取り戻させてくれた。


「……おう!!行ってきます!!!」


大丈夫

俺は大丈夫だ。


俺は窓から出てそのまま空へと飛び上がった。






「シリウス……」


『シーラ、』


「………なあに?」


『アグニは、天使の血筋ではない者のために動けるんだね。』


「…‥…ええ、そうね。」


アグニが去った窓をシリウス様とシーラ様はいつまでも見ていた。

ここは鳥籠で、お2人は飛び立つことのできない鳥のように見えた。外へと上手に羽ばたいていったアグニをじっと見つめるお2人の背中はどこか寂しそうだった。


『カール』


「は、はい……!」


凛とした声で呼びかけられ、返事が思わず上澄った声になってしまった。


『どうして君はアグニに空を飛ぶよう、そして雨を降らせるよう伝えた?』


灰色の空とは正反対の、美しい金色の髪と瞳。


そう、この金色の瞳。

アグニも持っている、この瞳。


「………2国間の戦争に一般市民が関与できるわけがありません。それこそ、天使の血筋ではない限り。」


シド様との計画はアグニから聞いた。『天使の血筋』であれば、戦闘の間に入り休戦に持ち込むことができる。シド様はそれを狙っていたが、その道は閉ざされた。


「アグニはもう……今までの生活はできなくなるでしょう。」


シド様の計画を、アグニが実行することになる。しなければならない。それしか道はない。けどそれは今までのアグニの生き方・生活を根底から変えてしまう方法だった。


しかし、それを先ほどの場で伝えたとしても、アグニはブガランに行く道を選んだだろう。「それで助かるならいくらでも」と平然と言ってのけるはずだ。


「ゆえに最初が肝心だと、考えました。」


天使の血筋でさえ、空を飛べる者はいない。天候を操る古の解名を使える者などいない。その両方ができるアグニを見たら、全員嫌でもアグニが『何者か』わかるはずだ。


『いい判断だ。』


金の瞳で僕に『よくやった』と微笑んでくれた。この方は人に『名誉』を与えるのが上手い。だからこそ、多くの者がこの方に仕えてしまうのだろう。


『シーラ、行ってくるね。』


「ええ、気を付けて。」


シリウス様はシーラ様と数秒間目を合わせ、その後、僕たちに向き直った。


『さて、カペーに全員を連れて行く。アグニと同じ、空の旅だ。カールも支度を。』


「え、私もご一緒するのですか……?」


『もちろん!』



まさかこの後に迷いの森周辺まで馬車で向かい、生まれて初めて神獣をその目で見て、畏れ多くもその神獣に乗せていただきカペーまで飛んでいくなんて・・・考えてもいなかった。





・・・・・・





天開ける2週目3の日

もうすぐ夕暮れ時のはずだが曇天のため、空模様で時刻を計るのは難しい。



「な、なんだ……?!!!」


此度の戦争への派遣のために構成された帝都軍中隊はすでにブガランの首都近くまで辿り着いていた。


そして首都の外にいるにもかからわず目視できるほどの大量の煙と、悲鳴を含めた人々の声が届いていた。

現第二部隊副隊長、そしてこの中隊で司令長官を任されたリオン・リシュアールは驚きと焦りの入り混じった声を上げた。


「なっ…!!すでにカペー軍は首都まで到着しているのか?! まだ帝都を出て2日しか経っていないのに……ブガラン軍がカペー軍相手にここまで一方的にやられるわけがない…!何が起きてるんだ?!!」



・・・



「ヴェルマン中佐!!火……火が……街に火が……!!!!」


「な、なに?!!!!」


ヴェルマンは首都の北門守備を任されていた。東の門に次いで最も戦地から遠い。カペー軍が来る可能性は限りなく低い。要するにヴェルマンは、厄介払いされていたのだ。


北門を警備隊と共に警備して早2日。何も起こらない停滞感と起こるかもしれない緊張感で身も心も疲れていた頃に状況は変わった。


「ま、街には人がまだいます……!!!」


『西門からもうカペー軍が攻めてきたということでしょうか?!!』


「こ、こちらにはまだ何も知らせはきていません!!!」


警備隊・軍隊ともどもパニックに陥っていた。が、ヴェルマンだけは理解できていた。


「火を……放ったのか…!!!」


ブガラン軍が火を放つタイミングは2つ考えられる。1つはカペー軍が首都、もしくは首都近辺に辿り着いたタイミング。もう1つは帝都軍が首都に辿り着く前のタイミング。


知らせが来ていないことを考えると後者であろう。


「……っち! 警備隊!!!!!!」


ヴェルマンは優秀な軍人であった。自分が軍人であることを忘れなかったのだから。


「お前らは街を警備するんだろ!今すぐ火元に行って火を止めてこい!!我々はこの場を離れるわけにはいかない!早く!!!!」


軍人として、戦争時に持ち場を離れるわけにはいかない。たとえその場所に「敵」が来なくとも。

ヴェルマンは軍人としての行動に誇りを持ち、また軍の必要性も理解していた。


「『「 はっ!!!! 」』」


警備隊がヴェルマンの指示で街に急いで戻っていった。しかし火はすでに大きい。


「あれでは被害が出てしまう……!!!どうすればいいんだ……アグニ…!!!」



・・・



「ど、どういうことだ……?!ブガランは自国を燃やしているのか……?!」


首都から見て西の門のほど近く。

カペー軍は拍子抜けするほどあっさりとブガランの首都まで辿り着いてしまっていた。


わずかな戦闘、わずかな犠牲でブガラン軍はあっさりと引いていく。そして気が付けばすでに首都近くにいた。

しかし首都の様子がおかしい。あの火の多さは単なる火事ではない。でもだからと言って千載一遇のチャンスをここで逃すわけにもいかない。


「憎きブガランは自国の統治も疎かと見える!この混乱は神が我々に与えたもうた好機!!勇気あるカペーの兵士よ!この機会に一気に首都を制圧するぞ!!!!」


「『「『「  おお~~!!!!! 」』」』」


カペー軍は進んでいった。この好機はモノにする。

不遇に耐え抜いた我々にやっと運が巡ってきたのだ。


カペーの軍は進んでいく。


何故だか西門には碌に軍人が配置されておらず、街へはあっさりと侵入できたが。


まだまだ前へ進んでいく・・・


「民間人には手を出すな!!中央隊はこのまま宮殿まで進むぞ!!」


「『「『「  おう!!!!! 」』」』」


進んでいき、進んでいき、

自身らの幸運を疑い始める。


『………司令、妙ではありませんか。』


「ああ。火の回りがおかしい。」


首都にあまりにもあっさりと入れたから、この火は宮殿までの道を塞ぐために街に放った火かとすぐに考えを改めた。しかし街中に火元は上がっていない。街の外周にのみ火が点けられていた。


俺たちは何かを見落としているのかもしれない。


街中に市民はいない。すでに避難しているのだろう。しかし火の上がっている場所からはたくさんの悲鳴が聞こえる。なぜ火元の住民だけが逃げていない?


「副隊長、一か所でいい。火元に行ってその場の様子を見て来てくれないか。」


『承知!5名ほど私の後ろに連れて行きます。』


「ああ、頼むぞ。」


『ははっ!指令、ご武運を!!』


カペー軍の副隊長らはそうして本隊から外れ、首都の外周部へと向かっていった。



・・・



『な、なんだこれは……?!』


カペー軍の副隊長は自身の目を疑った。

そこにはすでにブガラン軍がいた。てっきり火を消す作業をしているのかと思った。


しかしその考えは一瞬の後、裏切られる。


「ひぃぃぃぃぃ!!!!!頼む!助けてくれ!!!!!!」


「ぎゃああぁぁあぁぁあぁぁl!!!!」」


「あついぃ~!!!あちぃよぉ~!!!!!!」


「殺さないでくれぇえええええ!!!」


ブガラン軍は、自国の民を殺傷していた。


火元から逃げようとした者から順次、手に持つ刃で殺していく。殺されることを知り火元から逃げられずに立ち尽くす者もいた。しかしその者には容赦なく火が迫ってくる。

火と剣の板挟みになった市民は、絶望的な表情と悲鳴とともに死んでいく。恐ろしさのあまり呼吸すら忘れてしまう惨状が目の前に存在していた。


ブガラン軍の目は死んでいた。しかし口は嗤っている者が多かった。左手に煙草、右手に剣を持ち、火と命が燃え上がるのを立って見ていた。

鉄と生臭さと下水と火と低級な煙草の匂いに吐き気がする。


俺たちの国は、こんな国に振り回されていたのか



「あ、おい!!!カペー軍だ!!!」


「なに?!!!」


『くそっ気づかれた!!戦闘用意!!!!』


副隊長は即座に抜刀し、芸の攻撃準備をした。


「お!こいつら殺して、その死体をこの辺に置いとけばいいんすよね?」


「そうだ。これでやっと任務終了だ~。」


『な、なんだ……と……?』


カペー軍6名に対し、数十名ものブガラン軍人が笑顔を見せた。


()()、お前らの仕業ってことになるから。」


ブガラン軍が指すのは、燃え盛る火と詰み上げられた死体の山だった。


『っ……!!まずい!!!全員、退避するぞ!!!』


「逃がすわけないだろう。ほら囲め~~!!!」


「『「 うぇえ~~~~い!! 」』」


地の利はブガラン軍にある。人数も、装備の利もブガラン軍にある。








副隊長は 最期までよく健闘した





・・・




「指令!宮殿が見えました!」


「よし!このまま……あっ!!!!!」


わかってはいた。今までの戦いはあまりにも呆気なく、人員も割いていなかったから。

ブガラン軍はほぼ全ての戦力を宮殿前に揃えていた。大軍を前に、カペーの司令長官は震えてしまいそうな手を必死に封じ、剣を抜いた。


「誇りあるカペーの兵士よ、ここまでよく私について来てくれた。」


戦争が始まった時点で、まともな場所で死ねるなど思ってはいない。


「ここで散るとも想いは消えず! カペー公国万歳!!!」


「「「『「 万歳!!!!! 」』」」」


「行くぞ!!!!」


「「『「『 おおー!!!! 』」』」」


カペー軍は進んでいく

死ぬまで前へと進んでいく


はずだった。



ぽつ・・・


ぽつ ぽつ ぽつ ぽた・・


「あ、雨?なぜ急に……。」


どんどんと空の色が重くなる。

白から灰色へ、灰から黒色へ。空の色に合わせて雨の量も増えていった。



「し、指令……!!あ、あれを…!!!!!」


カペー軍司令長官は空を見上げた。


「なっ!!なんだあれは………!?!?」


空からひとつ、光が飛んできた。


 あれは陽?

 それとも光そのものが飛んでいるのか?


 いや、違う。あれは・・・


「ひ、人か…?!?!」


それは、人の形をしていた。しかし人間ではないかもしれない。

もしやあの方は、空におられるという・・・


「指令!あ、あの者……黒い髪色ですよ!!!」


部下の言葉に目を凝らす。

その人物を見上げると雨粒が顔に降りかかってきて視界がぼやけてしまう。まるで空に『あの方を直視することは許さない』と言われているようだった。


「ああ、本当だな……」



目を凝らして見上げた空には

この世の最も暗い色と、この世で最も明るい色を持つ


光を纏う人の姿があった。






戦闘です。

アグニがカペーへ着く直前の様子をお届けしました。



カペーの副隊長・・・ どうかR.I.P!!

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