192 レッツ脱獄!
『ところで君たちの名前は?』
「カ、カイルと申します。」
リーダー格の少年が名乗り、頭を下げた。
『ベルンです。』
「トラントです。」
「パ、パークスです……。」
『ふーん。それでアグニ、君の脱獄計画は?』
「んーとりあえず檻を壊して、水曲で姿を隠しながら進んでいく。でも門を通過できるかが怪しいよなぁ。」
俺の意見にシリウスはくすくすと笑った。
「……なんだよ?」
『いや?続けて?』
シリウスの笑いには何か含むものがあったが、とりあえず一旦放置だ。
「……シリウス、俺らを水曲で隠せるか?もし万が一追手がきたら俺が対応するから。」
『いいよ。ただし追手に対して芸で攻撃してはいけないよ。君の芸素を覚えられたら今後面倒なことになるからね。』
「え。」
『なに?』
「あ、いや……なんでもないです。」
先ほどヴイっ人にバレたかもって話は……しなくていいか。
「とりあえずこの檻は凍らせて切断してみようと思う。」
俺は芸で目の前の檻を限界まで凍らせた。凍らせていくと鉄黒の檻に白い膜ができた。徐々に鉄柵から冷気が流れ出て、部屋全体の気温まで下がり始めた。
「はくしょん!!……うぅ、寒いな。」
リーダー格の少年…カイルが自身の腕をこすりながら呟いた。
「そろそろいいかな?」
俺は軍服の裏に隠し持っていた短剣を勢いよく檻に当てた。
カッシャャャャャン!!!!!!
『おぉ!!割れたぞ!』
ビー!! ビー!! ビー!! ビー!!
「な、なんの音?!!!」
準監獄全体が赤く光り、大きな音が鳴り始めた。すぐさま扉が開かれ軍服を着た男が入ってきた。
『なっ?!……き、貴様らいったいどこか・・ラ 』
ガッコーーーーーーン!!
準牢獄に入ってきた軍人の頭をシリウスは容赦なく壁に叩きつけた。男の頭がまるで鐘の音のように響いている。
『アグニ、軍服着て、全身を身体強化。ベルン、トラントはこの人の上着を取って、君たちがいた檻の中に入れておきなさい。我らにギフトを・・・水曲。』
「おう!」
準牢獄から出て地上まで全速力で駆け上る。休んでる暇はない。ずっと警報音が鳴り響いているし、すぐにカイルらが脱獄したことも気づかるだろう。だがシリウスの『水曲』のおかげで軍人の真横を通り過ぎても俺らは気づかれなかった。
「はぁ、はぁ……よ、よし!いける!!!」
そして、地上に出たが・・・
「ひ、ひぃ!!すごい人数だよぉ……!」
警報音を聞いてか、大勢の軍人が目の前を走り回っていた。緊張を露にする俺らに対し、シリウスは不敵な笑みを見せた。
『ラッキーだよ。これだけ騒がしいと足音が消されるし、門の制限も一時的に解除される。みんな、ぶつからないようにだけ気をつけてね。』
「「『「 は、はい!! 」』」」
「よし、こっちだ!!」
4人も息を切らしながら懸命に走っていた。しかし・・・
「はぁはぁはぁはぁはぁ、 っあ、あぁ……」
『はぁ、はぁ、あぁ、もう終わりだ……』
軍部局の入り口には30名ほどの軍人が立っていた。向こうはまだ俺らの姿が見えていない。しかし人が多すぎて、あの間を縫って出ることはできない。
『しょうがないなぁ、抜け道使おっか。』
「え?抜け道?!!」
シリウスは涼しい顔をして北側を指さした。
『少し北に行ったら軍部の食堂がある。その食堂の厨房には軍部局の外に出られるドアがある。』
そして再びいい笑みを浮かべた。
『さぁ!また数分間、全力で走ってもらおうかな。』
・・・・・
「はぁはぁはぁ、うっ…ゲッホ!!!」
『ひゅーっ、はぁ、はぁ、はぁ……』
「はぁはぁはぁ、あの……ここ、ですか?」
『みんな呼吸音がうるさいなぁ。静かにしないと見つかるよ?』
「はぁはぁ、そ、そんなこと言われたって……」
4人は倒れそうになりながらもなんとか走り切り、無事に食堂についた。雰囲気が第2学院の食堂に似ている。
「厨房ってことは……あっちか? あっ……!!」
俺は厨房がありそうな方向を指さして……気づいた。先程会ったヴイという少年とリオンがいる。
「シ、シリウス……!あそこにヴイとリオンがいる…!」
俺は小声でシリウスに告げた。シリウスはその2人を見た後、驚いた顔で俺を見た。
『アグニ、あの子のこと知ってるの?』
さっきは誤魔かしたが、今回は素直に認めることにした。
「え、あ、あぁ……行きに2人に会ったんだ。」
シリウスは面白そうだと言わんばかりに満面の笑みを見せた。
『あらぁ……それはまずいかもね。』
「「『「「 え?? 」』」」」
『そこに誰かいます?』
「っ…!!!」
ヴイという名の少年は、俺らがいる方を見てそう問いかけた。リオンは俺らがいる位置とは少しズレたところを見ている。
「…………シリウス、俺だけ水曲を解けるか?」
『もちろん。』
俺の身体から透明のモヤが剥がれた。
「っ?! なに!!! えっ アグニ?!!!」
リオンがすぐさま立ち上がり俺の名を呼んだ。目は大きく見開かれ、芸素の飛び散る様子からも相当驚いていることがわかる。
「久しぶりですリオンさん。あ、頼む!騒がないでくれ!」
『もしかしてさっきの人です?』
「っ!!」
ヴイが俺に近づきながらそう問いかけた。ヴイの赤と茶色が混ざった瞳は美しく、それでいて見つめられると思わず目を逸らしたくなる迫力があった。
「さっきの人?ヴイ、さっきの人ってなんだ?」
事情を知らないリオンが俺とヴイの間に立ってそう聞いてきた。
「実はさっきも2人には会ってたんだ。噴水の近くで。俺は…解名で身を隠してたけど。」
「え、そうなのか!?」
ヴイはリオンの脇をすっと通り過ぎてシリウスの方を見た。
『他は誰です?』
「………………。」
やっぱり他にもいることがバレたか。
どうしようかな……。
『リオン・リシュアール。久しぶりだね?』
「っっ!!! あ、あなたは!!」
場が一気に張り詰めた雰囲気に変わった。リオンの芸素がそうさせているのだ。
この2人はコルネリウス家の社交パーティー前日に会っている。その時、シリウスは『シノナ』と名乗っていたはずだ。
「どうしてお2人がここにいるんですか?!」
リオンの言葉にヴイが首を振った。
「まだいますよ。他は誰です?」
『それはねぇ、教えられないんだよねぇ〜』
シリウスの含みのある笑みにリオンが何か気づいたように言った。
「この警報音はシノナ様たちによるものですか?!」
「お、おう……まぁな。ところでなんで2人はのんびり飯食ってんだ?」
こんなに警報音が鳴ってて、外ではたくさんの軍人が走り回って警戒を強めている。なのにどうしてこの2人だけ様子が違うのだろうか?
俺の質問にリオンは苛立った顔でヴイを指さした。
「この人が『僕まだご飯食べてないですぅ』とか言うから俺がずっと食べ終わるのを待ってる状況なんだよ。な?!!」
『僕まだ食べ終わってないです。』
「知ってるよ!!!!!」
そういえばさっき、門番の軍人がリオンはヴイの世話役だと言っていた。それはつまりマイペース(そう)なヴイに喝を入れる役なのかもしれない。
『リオン、君は何も見てない……よね?』
「っ!!!!!!」
シリウスは自分たちを見過ごせと言っている。しかしもろちん、リオンは軍人としてそんなことはできない。
「……質問しても、よろしいでしょうか。」
シリウスは手でどうぞと合図した。
「今回のこと、宰相殿もご存じでしょうか。」
俺は公爵には何も言わずに出てきてしまった。だから知らないはずだ。しかしシリウスは透き通るような笑顔で答えた。
『ディヴァテロス帝国の宰相で天使の血筋のあのシャルト公爵のことを指しているのであれば、そうだよ。』
この言葉でリオンはすっと体勢を改め、俺とシリウスに敬礼をした。
「でしたら……構いません。あなた方を逮捕・捕縛することは私にはできませんので。」
宰相には『最高権』と言われる、帝国最高の地位である宰相職にのみ与えられる権限がいくつかあると聞いた事がある。リオンはシャルトが知ってると聞き、俺らがシャルトの最高権行使下の行動だと判断したのだろう。
『………宰相って誰です?』
ヴイは無垢な子どものように首を横に傾げた。
「なっ!!! シャルト公爵様のことだ!」
『シャルト公爵?』
「以前、シーグルド隊長が護衛任務にあたったことがあったろう!その時お前も一緒にいたはずだぞ?!」
『へぇ~~そうですかぁ~』
ヴイは楽しそうな顔でリオンのことを見ていた。表情をころころと変えて怒るリオンが面白いのかもしれない。
『でも僕が一番に従うべきなのはシーグルド隊長なのでこのまま行かせるのはだめです。』
ヴィは急に獰猛な目つきへと変わった。先ほどの雰囲気とはあまりにかけ離れている。
『なので僕を倒してから逃げてください。』
ドゴッ!!!!
「? ……うっ!!!!」
「ヴ、ヴイ?!?!」
ヴイは猛烈な速さで距離をつめ、俺の顎に向かって下から拳を突き上げた。
俺は自分の身体が後方に吹っ飛ぶのを感じた。
「っのやろ………まじでいてぇな。」
顎の攻撃で歯もやられた。しかしシリウスから芸は出すなと言われているから治癒もできない。けれどこいつをどうにか抑えないと逃げられない。俺はすぐに立ち上がりヴイに向かっていった。
だからシリウスは
身体強化しろって言ったのか
目も身体も、身体強化をかけている。
なのに殴られた。なのにこんなにも痛い。
ヴイに向かって殴りかかった。とりあえず一発当てたかった。だがいくら頑張っても風のように避けられて体勢を崩すこともできない。
ドス!!!
「うぅっ!!!!」
また一撃を入れられた。
左の肋骨が猛烈に痛い。呼吸が苦しい。
バキッ!!!
「うあ…ああぁ……!!」
また一撃、自分の右肘が変な方向に曲がった。
汗腺から血が噴き出そうなほどの痛み。猛烈な体温上昇を感じ、身体が勝手に震え始める。
「ヴイやめろ!!!だめだ!!!!」
リオンがヴイを抑えようとするが、ヴイはリオンにも捕まえられない。
こんな場所で……
やられるわけにはいかないのに…!
『う〜ん? なんでそんな弱いんです?』
ヴイは子どもがする純粋な質問みたいに、俺にそう聞いてきた。
「……知らねぇよ。」
やばいやばいやばいやばい!!!
こんなにレベルが違うなんて!!!
全然勝てる気がしねぇ。逃げれる気もしねぇ!
どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
芸が使用できないと俺ってこんなもんなのか……?
何度もピンチはあったはずだ。
俺はその時どうやってピンチを乗り越えた?
『なに考えてるんです?』
バキッ!!!!!
「うっ……かはっ……ああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
右膝にヴイの重い一撃が入った。
膝から崩れ、俺はそのまま横に倒れた。
「ア、アグニ!!大丈夫か!!おいヴイ止まれ!!」
『なんでです〜?』
リオンが俺とヴイの間に入り動きを止めてくれている。
『アグニアグニ、もう大丈夫だよ。そろそろ出られるけど、飛べる?』
俺を上から見下ろすシリウスはあまりにも平然としていた。俺がなんで倒れてるのか知らないのかもしれない。
後方を見ると4人の腰に銀色の紐のようなものが括り付けられており、その紐の端をシリウスが手で持っていた。芸獣使いならぬ、人間使いのようだ。
シリウスが何か画策していたのは、わかっていた。
顎を殴られる直前にシリウスが俺の方を見て頷いたのだ。
だから俺は、シリウスのために時間を稼いでいた。
「やっとか……。いや、ちょっと待ってくれ。」
俺はなんとか片足で立ち上がりヴイに向かい合った。
『その状態で僕を倒せると思ってるんです?』
「倒せるなんて思ってねぇよ。ただ、最後の悪あがきだ。」
俺の右足は壊れた。
だけど左足は使える。
「うっおおおおぉぉぉ!!!」
『っ!!』
俺は壊れた右足に重心を乗せて左足で回し蹴りをした。
ドスッ
ヴイは蹴られることをすぐに察し、右脇をガードしていた。
しかし今、俺の足はおかしい。
変なバランスを保ったままの蹴りが幸運にもガードより低い位置に入った。
辛うじて、当たった。しかし全くダメージはないだろう。
『…………右足、使えるんです?』
ヴイはコテンと首を傾げた。
「何言ってんだよ。クソほど痛ぇよ…!」
『アグニ行くよ!』
「おう! ぐえっ」
俺はシリウスに引っ張られながら厨房へ突撃し、そのまま屋外に出た。そして身体強化した左足でなんとか跳躍し、そのまま空へと飛んでいく。
すぐに追いついてきたヴイとリオンは空中にいる俺らを見て驚いた顔をしていた。
『…アグニさん、逃げるんです?』
ヴイの言葉にシリウスが天使のように微笑んで答えた。
『捕まえられるなら捕まえていいんだよ?』
「ヴイまたな!!次はもっとちゃんと戦えるようになっとくから!!!」
俺ら6人はそのまま宮廷の外まで一気に飛んでいった。
『……人は空を飛べるんですねぇ。』
「だ、だな………」
『僕、髪の毛が黒い天使の血筋を初めて見ました。』
「だな……… え、 え?? 」
・・・・・・
「こ、怖かった………!!」
「死ぬかと思ったぁぁ……」
『うぅ……酔ったわ。』
「はぁ、でも……ありがとうございます。」
俺らは無事に公爵邸まで辿り着いた。
「ひゅー…ひゅー…ひゅー…かはっ」
自分の呼吸音がおかしい。
そもそも身体中が痛くて仕方ない。頭がおかしくなりそうだ。
屋敷からすぐに使用人が出てきた。その様子を確認してからシリウスは4人言った。
『さて、そうだなぁ。まずはお風呂に入りなさい。君たちなんか………臭うよ。』
「え、まじすか…?」
『それでアグニは……自分で治癒、できるね?』
シリウスは挑戦的な顔でこちらを見ていた。
俺は激痛のあまり視界が半分ボヤけていたが、なんとかシリウスの方を見て笑顔を作った。
「……あ、当たり前だろ?」
『ふふっ、いいね。』
「シリウス様、ご主人様が私室に来るようにと仰せです。」
執事がシリウスに礼をしながらそう声をかけた。シリウスもそう言われることを予想していたようで、一度頷いてからすぐに屋敷へと向かった。
「ア、アグニ様……!お手伝いさせてください!」
「早く治癒師を…!」
使用人たちが青い顔をしながら俺のところに走り寄って来た。
「いや……大、丈夫だ。自分の芸素で足りる……から。」
「そういう問題ではございませんよ!」
「こんな大怪我なのに……!」
「大丈夫だ。ただ……屋敷の中まで…歩くのに手を、貸してくれ。」
「「「 はい!! 」」」
・・・・・・
『久しぶりのお風呂は気持ちよかったかい?』
「あ、はい……」
「ご温情、ありがとうございます……」
『アグニも、傷は治ったかな?』
「……ああ。もう大丈夫だ。」
本邸の談話室。
シリウスは一番奥のソファで優雅に紅茶を飲んでいた。
傷は大丈夫だと伝えたが、本当はまだ治しきれていない。公爵邸に帰ってきてまだ一時間しか経っていないのだ。
『そう。それじゃあ、とびっきりのお知らせをしてあげよう。』
シリウスはティーカップを置き、その隣にあった深紅の紙をひらひらと振りながら、嗤った。
『 戦争がはじまったよ。 』
おお~と!
いよいよ本格的になんか動き出しそうですなぁ




