189 宮廷内に侵入
キィー・・・・
カン カン カン・・・
誰かがドアが開き、階段を降りてくる。
その音は徐々に大きくなっているのでこちらに近づいてきていることは間違いないだろう。
「今度はなに。」
仲間の1人が投げやりに問いかけた。
「………ブガラン王を殺そうとした人たち?」
「あぁ??」
女の声だった。そいつは手に蝋燭を持っていた。
火を頼りにその女を見ると、髪は赤茶色で顔は……まぁ、多少?可愛いくらいだった。
「掃除番か?俺らに話しかけていいのかよ。」
女は昨日この牢獄を掃除してたおっさんと同じ服を着ていた。
『へぇ〜こんな若いやつが牢屋の掃除ねぇ〜』
仲間の1人は久しぶりに会う女子に少しテンションが上がっていた。まぁもちろん鉄格子越しでの会話だが。
「私はただの伝言役よ。」
「伝言?誰からだよ。」
「……………。」
誰からの伝言かは伝えられないらしい。
その時点で俺らには1つの答えが浮かんでいた。
しかし、話の内容から、それが別の人物だとわかった。
「 『これから君たちは自首するんだよね?』 」
『……あ?なんだその喋り方。あの人じゃねぇのか?』
砕けた喋りの伝言に違和感を覚える。命令口調で指示する軍の奴らじゃねぇ。
「 『君たち、死にたくないよね?』 」
「「『「 は?? 」』」」
死にたくないよねって………そもそも死ぬ予定なんかない。俺らの契約はブガラン王を軽く襲って、捕まって、自首するまでだ。そこまでしたらどうにかしてくれるって言われてる。
「 『自首する時に、毎回必ずブガラン王に直接謝罪がしたいからと付けなさい。いいね?絶対にそう付け加えなさい。』 」
「「『「 ……?? 」』」」
なぜそれを付けなければならないのか?
そんな風に言えとは伝えられてない。
「『それじゃ!無事に生きて帰れるといいね。』………伝言は以上です。」
「おい女、それは誰からの伝言だ?」
おかしい。この女の雇い主がわからない。
「……………。」
蝋燭がゆらゆらと揺れるのみで、そいつはやはり何も答えなかった。
「………わかった。じゃあ、お前は誰だ?」
この質問で、女はやっと笑顔を見せた。
「もう死んでるはずの女よ。」
・・・・・・
「犯罪者は牢獄に入れられるわ。本来ならばその少年らもそこに入れられるはずだけど、今はブガラン王が謝罪を受け入れると言ってる……つまり罪人にならない可能性がある。だから帝都軍は牢獄に入れるわけにはいかないの。今はきっと……『準牢獄』にいるはずだわ。」
シーラは紙に地図を描きながら口頭で説明してくれた。
「実は牢獄って軍部局内にないけどね、準牢獄は軍部の地下にあるの。」
宮廷の中で軍部が所有する場所のことを軍部局という。そこの地下に少年らのがいるはずだとシーラは言った。
「アグニは第1学院の生徒だから、いつも通り学院に行くフリをして橋を渡ってね。学院の手前でクルトに下ろしてもらって、そこからは1人で行きなさい。」
実は宮廷や宮殿、第1学院や各王族のお屋敷が立ち並ぶ地区は『島』のようになっていて、その島へは橋を通らねば入ることができない。いつも学院に行く時、クルトが俺の学院の紋章が入った芸石(入学時に配られるやつ)を橋警備員に見せることでその地区に入ることが許されているのだ。
「宮廷への入り口で検査が1つ、そして軍部局入り口で検査がもう1つ、そして地下への入り口にもう1つ検査があるわ。この3つをどうにか誤魔化さないとその子達のところには辿り着けない。」
シーラが検査場の場所に丸を付けた。
「……ところでなんでシーラは軍部の構造や検査のことを知ってるんだ?」
「ここは帝国の宰相の家よ?宮廷の構造図なんてあるに決まってるじゃない。検査については……はぁ、アグニ、今までに私が何百人の軍人と喋ってきたと思ってるの?」
「すげぇな!!!」
人と何度も何度も会話を交わし、彼らがポロッと漏らした情報をシーラは決して忘れなかったのだ。
以前、公爵が『シーラは人と話した内容を全て覚えている』と言っていたことを思い出した。
「けどこの検査はそんなに大変じゃないのよ。あなたにとってはね。」
「え?なんで?」
「『特定の芸石以外に反応する門』を設置しているからよ。学院と同じように、軍人にも彼らの身分を示す紋章付きの芸石が配られているわ。その紋章入り芸石以外の芸石を持って門を通ろうとすると警戒音がなるの。』
「え、じゃあ芸石を付けずに入ればいいのか?」
「門を通るだけであればそれで大丈夫だけれど、門を開くのに芸力がいるわ。」
「つまり……天使の血筋のように、芸石を使わずに芸素を操れれば問題ないのか!!」
シーラはにやりと笑った。
「そういうこと!」
「あ、でも門を開くときに芸石を持ってないのに芸を出してるってバレちゃわないかな?」
「大丈夫よ。幸いなことに芸素登録はされてないの。」
芸石を媒介して出る「芸素」は、個々人によってその性質が異なる。そのため門を開くのに芸素が必要な場合、その芸素が「芸石を媒介して出されているものかどうか」という分析・確認はしづらいらしい。
もちろん芸素登録(個々人の芸素の登録)がされていたら俺は入れなかった。
「あとは服装ね……」
シーラは俺の身体をじっと見ていた。
「この家に軍服ってあるか?」
「いいえ、ないわ。」
「だめじゃん。」
「でもね、」
シーラは意地悪そうな顔でにやりと笑った。
「ハーロー洋服店にはあるわ。」
・・・
「セシル!よう、元気か?」
「アグニ……うん、元気……今日はどうしたの…?」
ハーロー洋服店の中に入れてもらうと今日はセシルがお店にいた。これは同級生のよしみってことで頼みやすいぞ。
「なぁセシル、俺軍人にもなりたいな~とか考えててさー」
「……そう、なの?」
「おう!でもな、やっぱ毎日着る服とかって、モチベーションとして重要じゃん?」
「……そうね。それが洋服の……醍醐味。」
さすが洋服屋の娘。ちゃんと肯定してくれて助かる。
「だろ?だから一回どんな感じなのかを着て確認したくてさぁー」
「………だめだよ?」
「へ?!!!!!」
秒で否定された!
今ちょっと貸してくれる流れじゃなかった?!
俺がセシルの顔を凝視しているとセシルはきょとんした顔で首を傾げた。
「軍服は軍部の人しか……着ちゃダメ。」
「~~っうん!!いや、でもそうなると入った後で『あーこの軍服ダサいわ~』とか思っても遅いわけだろ?」
「…………ハーロー洋服店が手掛けた軍服はダサくない。」
セシルが少しむっとした顔をしている。
「あぁぁ~!!いやそうなんだけどさ!でもほら、サイズとか……」
「サイズは軍部に所属してからでいいでしょ。」
「いやでも着慣れといた方がさ……」
「アグニ……まだ2年生だよ。今じゃなくてもいいでしょ?」
あ、どうしよ。
なんもいい言い訳がないわ。
俺は……シーラを売ることにした。
「ごめんセシル!実はシーラが重度の軍服フェチでさ!シーラが今日…というか今!どうしても軍服が見たいって騒いでて!!」
ごめんシーラ。
……あとで怒られるかな
しかしセシルは少し目を見張ってから考え込むように腕を組んだ。たぶん今日一悩んでくれてる。
「な、頼むよセシル!シーラの頼みで、俺だって辛いんだ!」
「………うーん……」
「すぐに返すから!今日中に!!」
「…………んー」
「~~っあ、じゃあ!今度シーラのドレスを作ってくれ!」
「…………え?」
あれ?シーラにドレスを送るって、シーラと一緒にパーティーに出るって意味だったっけ。まぁ今はどうでもいいや。
「どうだ?次期子爵の腕前をシーラが『魅せる』!!絶対にいいお披露目になるぞ!」
あ~~~~やっべぇな。俺なんか勝手に話進めてっちゃってるよ……絶対に後で怒られる~~~!
「…………わかった。」
セシルはやっと首を縦に振った。
「ほ、ほんとか!!」
「今日中に返してね……絶対に。あと外で着ちゃだめだよ。」
ギクッ・・・!!!
「お、おう!任せとけ!」
俺はグーサインを指で作って元気に笑ってみせた。心臓はバクバクだ。セシルが芸素を読める人じゃなくて本当によかった。
「ありがとな!!!!!」
こうして俺は無事に軍服を手に入れ、そのまま馬車で学院方向に向かってもらった。
・・・
「ではアグニさん、お気をつけていってらっしゃい。」
「ああ!ありがとうクルト!」
俺は学院の手前で馬車から降りた。すでに軍服を着ている。
「ギフト・・・水曲」
目的地までは解名の水曲で自分の身を隠しながら移動する。
「ここ、初めて歩くな………」
整備された大きく美しい道。しかしほんの一握りの者しか立ち入れないこの『島』の中で、歩いて移動するような者はいない。俺もみんなと同じように馬車でしか移動したことない。
「今度から歩いて学院に行こうかな。」
春になれば道の両脇にある木も緑色に変わる。きっと今以上に歩いてて楽しいだろう。
そんなことを考えながら歩いていると宮廷の入り口に着いた。
さきほどシーラに言われたことを思い出す。
(「宮廷入口の門はみんな馬車で入っていくわ。アグニも馬車を見つけて、それに並走するように走っていきなさい。」)
「馬車、来ないかな……」
俺は門の近くで何かしらの馬車が来るのを待った。
暫くすると知らない家紋の馬車が宮廷に向かってくるのが見えた。
「よし。あれと並走しよう!」
その馬車は一度門の前に止まったが紋章を提示するとそのまま中に入れてもらっていた。
ガラガラガラガラ・・・
車輪の音に紛れて俺の足音は聞こえない。
ふぅ~!!!!
楽勝~!!!!!!
「うわぁ………!!」
宮廷は堂々たる迫力があった。何階分もある建物がカーブを描いて建てられている。もちろんそのカーブは宮殿を囲むための円になっているのだ。しかし円が大きすぎるため、一見するとただ湾曲しているだけの建物に見えてしまう。
つい先日宮廷のパーティーに行ったがその時は夜だったため、建物に目が入らなかった。
付いていってた馬車はそのまま技術部の方へ行ってしまったので、こっからは俺だけで行くしかない。
(「軍部局は東側にあるわ。」)
シーラの言葉を思い出し東へ向かった。
俺は壁のように長い建物と宮殿城壁の外側を囲むように作られた湖の間にある道を歩いていた。ところどころに噴水やら広場もあり、宮廷は一つの町のようだった。
数名の軍服着用者とすれ違った。しかし向こうは俺のことに気づかなかった。水曲がきちんと発動しているのだ。
よし、この調子で進んでいけば……!!
「あれぇ~~~?」
………なんだ?
歩いていると、俺と同い年(見た目が)くらいの男の子が噴水の中に立っていた。なんでそんなところに立ってるんだろう。
「誰か歩いてますぅ~~?」
・・・え。
男の子は噴水から飛び降り、びちゃびちゃと足音を立てながらこちらに近づいてきた。
「誰でしょうねぇ~~? ギフト・・・
「ヴイ!!!!!」
遠くから男の叫び声が聞こえた。
その少年は肩をびくりとさせ、恐る恐る振り返った。
そこに立っていたのはコルネリウスの兄・リオンだった。帝都軍の第2部隊の副隊長をしていると以前聞いた事がある。
リオンは早歩きでこちらに近寄り、その男の子の右腕を掴んだ。
「何してるんだヴイ!今日は午後に会議があると事前に言ってあっただろう?!」
「え? えぇ~~?そうでしたかぁ?」
どうやらその子はヴイという名前らしい。俺よりも背は低く、俺と同じ真っ黒の髪だった。
「ったく……!なんで別隊の俺がお前の世話係なんだ!お前のせいでシーグルド隊長が頭を抱えておられるぞ?!」
「………なんでです?」
「お前が会議の場にいないからだ!!!!」
リオンはそのままヴイの腕を取り、来た方向に戻って行こうとした。
しかしヴイは一歩も動かなかった。
「なんだ?早く来い。」
「んん~~~~~????」
やっべぇ………!!
ヴイはまっすぐに俺のことを見ていた。実は水曲は発動してないのではと思えるほど、まっすぐにこちらを見ている。
「どうしたんだヴイ?」
リオンの言葉にヴイは全く反応せず、ただただじっとこちらを見ていた。俺は呼吸を抑え、もちろん動くこともせず、じっとバレないようにその場に立っていた。
ヴイの赤茶色の目の先に、俺の目がある。勝手に目が合っているような感覚だ。
もしかしたら、やっぱもうバレてるんじゃ・・・
「…………まぁ、危険じゃないですかねぇ?」
「なんなんだ本当に。ほら行くぞ!」
「うわあぁ〜〜〜待ってください〜〜」
ヴイは首を傾げた後、リオンに引っ張られるようにして去っていった。
ヴイはたぶん、人間がいるとわかっていた。
「…………まじかよ。」
思いがけぬ出会いと緊張と驚きに、俺はしばらく立ち尽くしていた。
少年たちと出会ってた女は誰だ……?
ヴイって誰だよ………




