188 新年の事件
天開ける1週目1の日、新年最初の日だ。
この日に帝国中で騒ぎとなる大事件が起きた。
「はぁ?!!ブガラン国王が襲われた?!!」
『そのようだな。』
公爵とシリウスとシーラの4人で本邸の談話室でのんびりしていたら、クルトが手紙を持って入ってきた。手紙を受け取った公爵はさっと目を通し、ブガラン国王が何者かに襲われたことを口にした。
『ブガラン王は宮廷のパーティーに参加してたよね?王家にしては珍しく。』
基本的に宮廷のパーティーには帝都貴族のみが参加する。自国の王は各王宮で辺境貴族らとともにパーティーを行うからだ。しかしブガラン国王は宮廷のパーティーに出席していたのだ。
『ああ。そして自国への帰り道に襲われたらしい。』
「誰によ?」
『少年グループだと書いてあるが、まだ詳しくはわかっていないのだろう。幸い、王は左腕のかすり傷で済んだらしい。』
公爵は手紙をシリウスに手渡してからドアへと向かった。
『帝都から出た後…パラータ公国内での出来事らしく、今はパラータ公国軍がその少年らを捕えているようだ。』
「え、じゃあもう解決したんじゃ?公爵は今からどこに行くの?」
クルトはドアを開け、公爵が部屋から出るのを待っていた。
『その少年らを帝都軍に引き渡してもらう。』
公爵は颯爽と部屋から出ていき、ドアが閉まった。
「な、なんかわかんねぇけどかっけぇ!!!!」
やっぱ公爵はいちいち格好いいな!!
動きが絵になるって感じでよ!!
「どう思うシリウス?」
シーラはシリウスの後ろに回って、先程公爵から貰った手紙を一緒に読み始めていた。シーラのお胸がシリウスの後頭部にボンッとあたり、シリウスが邪魔そうな顔をして振り返った。
「なに? わざわざ謝らないわよ。」
『僕まだ何も言ってないです。まぁ、ブガラン公国もその少年らを引き渡すよう要求するだろうね。』
「えぇそうね。少年たちの身元が気になるわね。」
『その辺の情報はシャルトが教えてくれるでしょう。どちらにしても死刑かなぁ。』
「はぁ?!! 死刑?!!」
シリウスの言葉に大声をあげてしまった。2人はきょとんとした顔をしてこちらを見た。
「殺人未遂よ?それも王族。まぁその少年の中に貴族がいれば少しは減刑されるかもしれないわね。」
『ブガラン公国の法律に則るなら貴族であれど死刑だけどね。』
「あ、そうだったわね。」
シリウスは立ち上がってドア横にあった白い毛皮のコートを手に取った。
『面白そうだからパラータに行ってくるね。シーラとアグニはそれぞれ挨拶回り、頑張ってね。』
今日は新年ということでお世話になった人たちのところに行って簡単な手土産と挨拶をして回るのだ。
俺はハーロー家、ファラストさんち、あとカールとコルネリウスとバルバラとパシフィオんちに行ってから、森の家に行こうと思っている。
シーラは(というか天使の血筋は)挨拶される側なので、ここで待っていればいいらしい。
「雪降ってるじゃない。寒いわよ?」
『だから白いコートを着てくんだよ。』
シリウスは窓を開けてから後ろを振り返った。
『しばらく帰らなくても気にしないでね。』
シリウスが飛び去った後に冷たい風が入ってきた。シーラはバタンと窓を閉めてから肩を震わせた。
「やだほんとに寒いじゃない。今日は厚めのドレスにしないと。アグニもきちんと着込んでから外出なさいよ?」
「………俺そんな寒くないよ?」
「………うそでしょ?」
・・・・・・
シリウスは次の日もその次の日も帰ってこなかった。
寒さは残っているが、雪はもう止んでいた。
ブガラン国王が襲われたという話はとびっきりのネタとなり、帝都民でさえその話は知っていた。
そしてその少年らはカペー公国の少年らであるという噂が流れていた。
「どうしてそんな話が出てくるんだ?!まだ軍部は犯人の素性を明らかにしていないはずだぞ!」
カールは声を荒げてそう言った。カールとコルネリウスが公爵邸に遊びにきているのだ。しかも今日は2人ともここに泊まっていってくれるって!!
『貴族間でもその噂は耳にする……。もちろん情勢を考えるとカペー公国民である可能性が高いことも事実だけど。』
「帝都軍には引き渡されたのだろ?!調査は進んでないのか?」
コルネリウスは首を横に振って言った。
『お父様からは何も聞いてないんだ……まだ調査中なんだと思う。』
ガチャ・・・
「コルネリウス、カール、久しぶりね。」
「『 っし、シーラ様!! 』」
シーラが談話室に入ってきた。2人に挨拶をしに来たのだろう。
「今日はここに泊まるのでしょう?夕食は一緒でいいのかしら?それとも3人だけで食べたい?」
『シ、シーラ様とご同席賜われるなら……是非!!』
「そんな………光栄でございます!!」
2人は直立不動でシーラに発言していた。なんだか嬉しそうだし、興奮した芸素が飛び立っている。俺への態度と違いすぎるな。
「そう。ではまたね。」
シーラは華やかに笑ってまた談話室を後にした。
『「 ………………。 」』
2人は魂が抜けたようにずっとドアの方を向いていた。もしかしてドアに何か付いているのだろうか。
『………聞いたかカール。俺たちは晩餐に招かれるまでになったんだ。』
「…………ああ。ついにここまで………きたんだな。」
2人が何やら感慨深そうに呟いている。
「……………………おれ、いつも一緒に食べてるよ?」
『「 うるさい!!!!!! 」』
・・・・・・
次の日、
午前中はずっとコルネリウスと武芸の稽古を行った。カールは本邸の図書室で本を読み漁るそうだ。
そしてお昼ご飯を食べている時に公爵がダイニングルームに現れた。
『アグニ、面白い情報をやろう。』
案の定、2人はまた直立不動となり公爵に対面していた。けどシーラの時と違い、緊張一色だった。
「え、なんすか??」
『ブガラン王殺害未遂を犯した少年らについてだ。』
「『「 っ!!!! 」』」
ちょうど3人で気になっていた話題だ。
「何かわかったんすか?」
『少年らが自供した。自分たちはカペー公国民であると。』
「っ!!!」
やっぱそうだったのか。
であればその理由は………
「犯行の動機は現状のカペー・ブガラン間の情勢を改善しようと、みたいな感じか?」
公爵はにやりと笑った。
『少し違うな。少年らは「カペー王の意を汲んでブガラン国王を襲撃した」と言っている。』
『「 えっ…?! 」』
2人は驚いたように目を見開いている。
『加えて、その少年らはブガラン国王に直接謝罪がしたいからブガラン国軍に自分たちを引き渡してほしいと懇願している。』
「うぇぇ?! ブガラン国軍に??」
ブガラン国軍に引き渡されたら即座に死刑だ。帝都にいればまだもう少しは調査対象として生き延びることができる。もちろん、最終的には死刑になるだろうが……。
『2人はどう思う?発言を許そう。』
公爵はコルネリウスとカールに目を向けて発言を促した。最初に口を開いたのはカールだった。
「ありがとうございます。カール・ブラウンが発言致します。宰相閣下、質問をしてもよろしいでしょうか。」
『ああ、構わないよ。なんだい?』
「ブガラン国王はその謝罪を受け入れ、ブガラン国軍は帝都軍に彼らの身元を引き渡すよう言っているのでしょうか。」
カールの質問に公爵は頷いた。
『王は謝罪を受け入れると言い、帝都軍に彼らの身元の引き渡しを再三要求している。』
「……………………少し、妙ですね。」
カールが眉を寄せて呟いた。
『宰相閣下、私からも1つ質問したいことがございます。』
今度はコルネリウスが軽く手を挙げてから発言をした。
『なんだい?』
『その少年らの中に貴族の家系の者は何人いたのでしょうか?』
『いいや、全員名字無しの市民だ。』
『であれば……………ねぇ、カール。』
「ああ。……宰相閣下、ブガラン国王が謝罪を受け入れるとは思いません。」
公爵は満足げな様子で頷いた。
『それはどうしてだい?』
「謝罪を受け入れる、それすなわち『罪に問わない』という意味になります。あの身分や性別による差別意識が根強い国で、ブガランの王が自分を襲った平民の謝罪を受け入れることはないと考えます。」
カールの説明に俺は疑問を抱いた。
「ブガランの王は『謝罪を受け入れる=罪に問わない』って意味で言ってないかもしれないぞ?『謝罪は受け入れてもやったことを許しはしない』って意味で処刑するんじゃないか?」
カールは俺の質問に首を振った。
「貴族社会で『謝罪を受け入れる』という言葉は『罪を許す』という意味なんだ。高貴な身分の者が慈悲深い考えを見せる、という示威行為だ。特に国王であれば絶対にこの意味で言葉を使う。」
『だからブガランの王がその少年らに罪を償わせるつもりなら「謝罪の場を設けない」はずなんだよ。』
平民ならび俺の意見と同じように「謝罪は受け入れるが憎しみは忘れない」「謝罪は聞くが一生許さない」なんて考えは普通にある。きっとそれは法の下に生きる者だからだろう。ゆえに言動である「謝罪」と法律で裁かれる「罪」を別々に考える。
しかし貴族社会は治外法権。法を操る側の人間たちだ。だからこそ自身の言動が法的に意味を持つということを理解し行動しているのかもしれない。
「可能性として考えられるは……少年らの謝罪後、秘密裡に殺害することですかね。ですかブガラン王はそんな回りくどいことをわざわざする必要がありません。それか、謝罪を受け入れるポーズを取ることで好印象を狙ってる?でもそんな馬鹿げた一時的な評判を気にするとも思えません……」
カールは頭の中で考えていることをそのまま口に出していた。それを聞いていたコルネリウスははっと何かに閃いた。
『ブガランは……その少年らをどうしても回収したいのかもしれません。帝都軍側に居させたくない、早く自分の手元に置いておきたい、とか……?』
「なんでだ?別に回収したい理由なんてないだろ?」
「けど、早くその少年らが欲しくて焦っているのだと考えると、謝罪を受け入れると言い出したことに説明がつく。」
『じゃあなんでその少年らが欲しいんだろう?』
「…………………少年らはカペーの国民じゃなく、本当はブガランの人間?」
背筋がぞわっとし、嫌な冷や汗をかく。
「もしかして……ブガランの自作自演?そんでその責任をカペーに押し付けるつもりなのか?」
「いやでも、そんなことして………っあ!」
『戦争の火種か!!!!!』
俺ら3人の芸素は激しく飛び散った。この結論によって導かれる答えがあるからだ。
『ごほん……』
「『「 あ。 」』」
すっかり公爵のことを忘れて3人で会話していた。だって1人だけ違うとこに立ってんだもん忘れちゃうよ。
『3人ともすっかり仲良しだな。まだ出会って1年足らずだと言うのに。』
公爵の言葉にコルネリウスとカールはバツが悪そうな顔をして頭を下げた。
『「 申し訳ございません!!! 」』
『いやなに、構わないよ。今のうちに砕けた関係性の人はもっておいたほうがいい。大人になるとそう簡単にはいかないからな。それで、君たちの推論は?』
2人が俺を見たので、俺が代表して公爵に向き直った。
「その少年らはカペー公国民ではなく、ブガラン公国民の可能性がある。ブガランからの引き渡しをできる限り延期して、その少年らについて詳しく調査すべきじゃないかと考えます。」
公爵は黄緑の美しい瞳でじっと聞いていた。そしておもむろに拍手を始めた。
『はからずも我が意見と一致したな。あぁ、そうそう……1つ伝えそびれていたが、私の権限で帝都軍には再度その少年らを調査するよう命じたのだ。』
「おおぅえぇ???」
公爵!めちゃくちゃ俺らのこと試してたやん!嘘だろ??こんなテストみたいことするためにわざわざここに来たのか????
『コルネリウス、しばらく君の父上の帰りは遅くなるだろうと母上に伝えて差し上げなさい。』
コルネリウスの父ちゃんは帝都軍総司令官。この件で帰りが遅くなるってことか。
『は、はい!!かしこまりました!!』
コルネリウスはてんぱっていたのか瞬時に敬礼し、大きな声で返事をした。
公爵は一度頷き、凛とした歩みでそのままダイニングルームから出ていった。
・・・・・・
どういうわけか、噂は広まり続けた。
「カペーの少年グループがブガラン国王を殺そうとした。」
「カペーの王が裏でそれを指示した。」
「カペー王による、ブガラン王暗殺未遂事件だ。」
「犯人がカペーの少年らってわかってるなら、カペー公国はブガラン公国に見舞金を払うべきじゃないか?」
「国民を統治できていない王に問題があるのでは?」
「責任を取ってカペーは治療費を払うべきだ。」
カペーは悪、ブガランは寛大。街の中での評価はこんな風になっていた。
もう全員がカペー公国の仕業であると信じきっていた。
「まさかブガランがこんなにも情報統治に長けているとはな………」
俺の呟きにシーラは眉をひそめた。
「男の子たちは口を割らないらしいし……この調子ならカペーは本当にブガランに莫大な見舞金を払わなくちゃいけなくなるわ。」
「…………俺、その子たちに会ってくるわ。」
「え?!」
そうだ。実際俺だって推論しかしてない。その少年らの顔だって知らないし、本当のことは何もわかってない。
「シーラ、その少年たちがいる場所ってどこか検討つくか?」




