187 宮殿式典
ゴーーーン ゴーーーン
ゴーーーン ゴーーーン
宮殿から鐘の音が響く。
帝都中に聞こえるように。
天使の血筋であっても、普段は宮殿に足を踏み入れることは許されない。
入口の重厚な扉だけで、ここがどれだけ偉大な場所であるかが伝わる。
『式典の場所は一階、入ってすぐだよ。』
今この場にいるのは護衛を入れて20名ほど。それぞれ叙勲・陞爵される者らだ。
「なんで知ってんだよ。」
『うちんちに天使の血筋は何人いるんだっけ?』
「あぁ……公爵とシーラからの情報ね。」
シリウスの言葉に思わずツッコミを入れてしまったが、公爵とシーラは毎年この場所に来ている。もちろん今年も来るはずだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・
巨大な扉が大きな音を立てて開いた。
「うわぁ……!!」
セシルの感極まる声を聞き、俺も中を覗く。
「き、教会?!」
そこは、荘厳な教会だった。
天降教会にあったような円柱の柱が、見上げて首が痛くなるくらい高い天井まで伸びている。柱一つ一つに蔦のような模様が彫られており、それが天井にまで続いているのだ。
両側にある柱よりも内側には白銀の雪のようなカーペットが、外側には深紅のカーペットが敷かれている。そして白銀のカーペットの先、階層で言えば2~3階にあたる場所に半透明の黄金の布が張られていた。その布はシャボン玉のように、金と他の様々な色が混じり合い変化しながらもその場に留まっていた。
『あの裏に皇帝が現れる。』
「え?!あそこに?!」
よくよく目を凝らすと、確かに玉座のようなものが布の後ろにあるのが見える。
「 お集まりの皆々様 」
声のする方を振り返る。そこにいたのは教会服に身を包んだ黒髪の少年少女だった。
「あ、あれ。ここって芸が……」
『できないよ。今更気づいたの?』
俺はその子らの気配に気づくことができなかった。ここは芸ができないようにされているのだ。自分の身体の中にある芸素を外に出すこともできず、芸素感知も行えない。
天使の血筋が使用する馬車には「馬車内で芸石が使えなくなる」ものがある。えげつない高級品だし、帝国が誇る技術の結晶だ。
しかしこの空間は「芸をできなくする」。つまり、馬車より上位の技術力。しかもこれほどまでに大きな空間全体ともなると……さすがとしか言えない。
「「この後に天使の血筋の皆々様が御成りになるゆえ、こちらへお移りいただくよう、お願い申し上げます。」」
少年少女は目線を下に固定し、模範のように美しい笑みを口に浮かべて、俺らを深紅のカーペットへと案内した。案内に従って俺らは柱の外側を歩き、前の方へ移動する。
「あ、これって天空人の像か?」
『………そうだね。』
壁際には人の銅像が等間隔で飾られていた。どの銅像も首から下は純白の大理石を使用しているが首から上は金を使っていた。
「ってことはさ、どこかにシャルト像とかシーラ像とかあるってことかな!」
天使の血筋の先祖は全員天空人だ。つまりここにある天空人の像とよく似た人物が現代の天使の血筋の中にいるはずだし、公爵やシーラの先祖の像があってもおかしくない。
『どうかな……』
「………?」
シリウスはいつも以上に静かだった。しかし残念ながら芸素が読めないので今どんな気持ちでいるのかがわからない。
けれど、今までに見たこともないくらい気を張っているようにも見える。
チリーーン チリーーン チリーーン
チリーーン チリーーン チリーーン
凛とし澄んだ鈴の音が高音と低音で重なり響き合う。この音だけで、空気が浄化されているような気がした。
そして再び、扉が開く。
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・
「「 おいでませ~!おいでませ~! 」」
少年少女の声が響き、外から冷気が流れ込んできた。
「っ…うわ!!!!!」
帝都に住む数十名もの天使の血筋が宮殿に入場した。その風景は、あまりにも非日常的なものだった。
天使の血筋が着ている絹のドレスは綺羅と光り、軽やかに美しく揺れていた。女性は胸下からウエストにかけて、男性は腰の位置に金細工のベルトを付け、同じく金細工のロンググローブを手の甲から肘下にかけて付けていた。頭には草花をモチーフにした白金色の冠がのっている。銅像の天空人よりも豪華な格好だけど、これが天空人の姿をモチーフにしていることはわかる。
そして各々が金色の花束を持っていた。もしかしたら天空には本当に黄金の花が咲いていたのかもしれないと、本気で思ってしまう。
「あれは…なんの花?」
『………アポロープス。紫色の花だけど、金色に塗られてるんだね。』
「へぇ~…!なんであの花持ってんの?」
シリウスはじっと天使の血筋の様子を見ながら静かに言った。
『 花には意味がある。あの花は、「永遠の忠誠」』
「永遠の忠誠…… あ、シーラと公爵だ!」
公爵は先頭に、シーラは最後尾にいた。
天空人の姿をした公爵は誰よりも厳かで、シーラはこの場の誰よりも美しかった。
「絵本に……神話の絵本と……一緒だ……」
「絵本?」
セシルの呟きを聞き返した。セシルは天使の血筋がゆっくりと前に進んでいくのを瞬きもせずに見ていた。
「天使の血筋は……本当に神様の子孫だったんだね」
「…………ああ。そうだな。」
あまりにも神々しい景色だった。あの白銀のカーペットの上は神域、あの血筋が進むのは穢れなき美しい道。
そして・・・
端の暗闇からその神々を見ている俺らは、凡人そのものだった。
違いすぎるのだ。
同じ人間であるはずなのに、その差はあまりにも大きかった。
俺はきっと、あの世界の中に一生入れない。
チリーーン・・・
鈴の音が止まった。
天使の血筋も我々も、空白の玉座に頭を下げ続けていた。
「………まだ?」
「まだ…!」
頭を下げ続けて疲れてきたころに、先ほどとは違う鈴の音が響き渡った。
シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン・・・
鳴り続けるその鈴の音が徐々に大きくなる。その意味が嫌でもわかった。
皇帝がこの場に近づいてるのか……!!!
鈴の音は皇帝の足音の代わり。つまりこの音が鳴り止む時、皇帝は玉座にいる。
シャシャン!!!!!!!!!
一層大きな音が宮殿内に鳴り響いた後、吐く息まで聞こえてしまいそうなほどの静けさがやってきた。
『 天は閉じた 』
「 …っっ!!!!!!!!! 」
皇帝だ。
これが皇帝の声だ。
そうか、この声が。。。
若い男の声。けれどもシャルト公爵のような威厳があり、上に立ち続けていた者が持つ声だった。
『 我が同胞よ、天にて王は見、地にて我は統べる 』
シャルト公爵が前へ進み出た。宰相職を務める天使の血筋が唯一、皇帝に奏上することができるのだ。
公爵は持っていたアポロープスの花束を前の祭壇に置き、片膝をついたまま頭を最大限に下げた。
『天空王の地上への渡御、そして天空への還御、幸甚の至りでございます。天と地の王よ、ディヴァテロス帝国に永久の繁栄が授けられんことを、恐み恐み申し上げます。』
大仰な台詞だった。
でも、『ここは劇場で天使の血筋は劇役者』。そう考えるとこんな台詞も不自然ではなかった。
「そうか……俺らは観客役だったか……。」
観客がいなければ劇の噂は広まらない。だから天使の血筋以外の人間をここに招き入れるのだ。光が当たらない観客席からこの場の一部始終を見届けて、人々に伝えるために。
俺らは最初から最後まで、皇帝の目には入らないのだ。
公爵が後ろに下がると、他の天使の血筋が次々とアポロープスの花束を祭壇に置いていった。そして最後尾のシーラが花を置き、美しく後ろへ下がっていった。
『 天は 開く 』
シャン!!!!!
シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン・・・・
鈴の音が遠ざかると不思議と緊張も収まっていった。
「………………ふぅ。」
ハーロー男爵改め、ハーロー子爵が震える声でため息を吐いた。相当緊張していたようだ。
けど、気持ちはわかる。芸が使えず、芸素の量も重さも質も何も伝わらない空間だったのに、皇帝はあの場の絶対的な支配者だった。
ただの3言。けれどその3言がとても重く忘れられない。
「…………セシル、大丈夫か?」
「…………皇帝陛下の、お姿は見えなかったね。」
セシルの言う通り、皇帝は黄金の布の向こうに座っていた。そもそも頭を下げ続けていたのでシルエットすらも一瞬しか見ていない。
「畏れ多くもそのご神体を感じることができたのだ。それだけで途方もなく有難いことだぞ。」
ハーロー子爵の言葉にセシルは素直に頷いた。
「シリウスは?どうだった?」
シリウスは空白の玉座を見ながら言った。
『………天空王の末裔ってのは随分と偉そうだねぇ。』
「おおおおい?!!!!!!」
いやいやいや?! この場で?! 皇帝の!? 文句言う?!!! ちょっと待ってくださいよシリウスさん!!!!!!
「いやいやいや!天空王の末裔なんだから多少は偉くて当たり前なんじゃないのか?」
『………………。』
シリウスは俺の言葉に反応することなく、ずっと布の向こうを見続けていた。
ゴーーーン ゴーーーン
ゴーーーン ゴーーーン
鐘が鳴る。退出の合図だ。
「 お集まりの皆々様 」
2人の少年少女は伏し目がちに、薄く笑みを浮かべ頭を下げた。
「「 天が開けましてございます。 」」
・・・・・・・
しんしんと雪が降る
街の灯はまだ点いている。
今日は帝国中で新年が祝われる。
真夜中を過ぎて宮殿を出た私と父とアグニ、そしてシリウス様。
「……………シリウス様?」
宮殿から出た後も、シリウス様はずっと宮殿の方を向いていた。その目が見ているのは宮殿か、あの重厚な扉か、その先の祭壇か、それとも玉座か。
そういえばシリウス様はどうしてあの輪の中にいないのだろう。それでいいのかしら。
そんなことを思っていたら、シリウス様は祭りの日にふさわしくない、氷のように冷たい声でぼそりと呟いた。
『 劇は劇でも、酷い茶番だ 』
そうしてシリウス様はコートを翻し、宮殿に背を向けて歩き出した。
雪は未だ降り続いている。
シリウス様の言葉も、雪の中に溶けて消えていった。
宮殿式典終わりました。
アポロープスって花は造語です。モチーフの花はありますが。
次からは新年!!ふぅ〜!明けましておめでとう!!()