186 宮殿式典
結局、氷の月の間にブガランとカペーで戦争が起こることはなく……
いや、現状は変わることなく、天閉じる2週間へ突入した。年末だ。
学生は一時退寮し帰宅する。
新年度の時のように大量の馬車と人が荷物を持って学院から去っていった。
「アグニ……」
「おぉセシル!準備終わったか?」
「うん…お待たせしました。」
「いえいえ、全然。」
今年ももう最後なので、せっかくだから以前のように一緒に帰ろうと話し合っていたのだ。
この場所は外へと繋がる門の上で、渡り廊下になっている。各家紋章の入った馬車が去っていくのをしばらくの間セシルと上から見ていた。
「………父が、ハーロー子爵になる。」
「おぉ!!!よかったな!」
そういえばハーロー男爵が俺を親戚だという設定してくれた理由は子爵位に上がる際のやっかみを減らすためだった。
「それでね、宮殿式典に……父と私が参加できることになってね。」
「宮殿式典??」
初めて聞いた言葉だ。
確かそろそろまたパーティーがあるって言ってたけど、それかな?
「けどね、パートナーは連れて行けないし、護衛も全員1人だけで……。でもアグニのおかげでもあるから一緒に行きたい……。だから、もしよかったら……その日、一緒に来てくれない……かな?」
パートナーはだめ、護衛は1人だけ……制限が多いパーティーなのか。
まぁ無理にパーティー参加者にならなくてもいいし、何よりもセシルの頼みならば・・・
「おっけ!じゃあその日はセシルの護衛役ってことで一緒にいればいいんだな?」
「……いい?」
「いいよ全然!よく分からないけど楽しみだな!」
「うん……!!」
・・・・・・
『え?君が宮殿式典に付いてくの?』
家に帰り、シリウスに今日セシルから言われたことを伝えていた。シリウスは紅茶を吹き出しそうになりながら驚いた様子でこちらを見た。
「え、うん……。え?なんかまずい?」
『ちょっとも〜!せっかくだからどっか遠くに連れて行こうと思ってたのに〜〜!ねぇクルト〜〜』
シリウスは駄々をこねる子どものように暫く足をバタつかせた後、クルトの方を振り返った。クルトはすぐに席を立ち、ドア近くにかけてあったコートに手を伸ばした。
「ハーロー男爵の護衛にシリウスさんが付けるよう、頼んできますね。」
『うわーい!』
シリウスとの遠出…?もしかしてまた吐くほど走らされるかもしれなかったのか?!あっぶねぇ!セシル誘ってくれてありがとう!!
「なんか年末にパーティーあるって言ってなかったか?セシルが俺を誘ったのってそれじゃないの?」
『セシルには婚約者がいるんだからパーティーに君を誘うことはないよ。護衛役ね。それと、宮殿式典はそのパーティーじゃない。』
シリウスは窓から外へ飛び降りて俺を手招きした。俺も後を追って窓から飛び降りる。
『そのパーティーは「天閉の祭典」と言われて、社交用のパーティーとは少し違う。』
「どう違うんだ?」
本邸に向かいながらシリウスは説明した。
『場所は宮廷。文部・軍部・技術部がある場所ね。そこのホールで行われる。』
「へぇー、俺行ったことないな。」
『宮廷は皇帝が住む宮殿を囲む外壁のように建ててあるんだ。もちろん宮殿の周りには普通に外壁もあるし、距離もあるから宮廷から宮殿を見ることはできないよ。』
皇帝がいる城は「宮殿」。
その城を囲む外壁があり、その外側に湖があり、そのもっと外側に政を行う「宮廷」が円状に建てられているらしい。
『「宮殿式典」はその名の通り、宮殿で行われる。』
「へぇ!!じゃあ皇帝がいる城に入れるのか!!」
シリウスがにやりと笑ってみせた。
『それだけじゃないよ、皇帝にも会えるんだ。』
「え!まじ?!!」
本邸に最短距離で行こうとしているのか、さっきから道無き道を進んでいる。なんでこんな草をかき分けてガッサガッサ進まなきゃならんのだ。
『ただし、宮殿式典に参加できる人は限られている。参加できるのは、1・天使の血筋、2・叙勲される者、3・陞爵される本人と次代のみだ。』
叙勲は新しく爵位が授けられることで、陞爵は爵位が上がることを指す。
「叙勲される人は本人だけ?次代は参加できないのか?」
『一代限りで爵位をあげる場合もあるからね。次代を伴えるのは陞爵のみ。だからセシルは参加できるんだよ。』
目の前に大きな池が出てきた。本邸から少し歩いて東側にあるやつだ。
『飛べるね?』
「おう。」
俺とシリウスは池の上を飛び、対岸へと渡った。あと5分ほど歩けば本邸に着く。
「直線距離だと意外と近いな!」
『15分くらいだね。しかもシャルトの部屋は別邸から一番近いとこにあるから楽だよ。』
「へぇ~だからシリウスは窓から出入りしてるのか。」
そういえばシーラが今日は本邸の方にいるって言ってたけど、どこにいるんだろう?
『シャルトく~ん、やっほー』
『………アグニ、君まで窓から出入りするようになったのか。』
「いや、今日はたまたま!!!」
公爵の部屋にシーラはいなかった。公爵は紙の束を読みながら紅茶を飲んでいたようだ。
「あれ、シーラは?」
『先ほどまでいたんだが、今は西の回廊かな。もしくは温室か。』
夕方に西の回廊か温室……うん、昼寝してるな。
『どうしたんだい2人とも。』
公爵は紙を置いて俺たちに座るよう促した。
『アグニがね、セシルの護衛役で宮殿式典に行くことになったんだって。』
シリウスの言葉を聞いて公爵が上品に笑った。
『護衛役か。本来なら正当な理由で入れるというのに。』
宮殿式典は限られた者しか参加できない儀式だが、天使の血筋であれば条件なしに参加できる。
「公爵もシーラもこの宮殿式典に参加するんだろ?」
『ああ、もちろん。』
「もう一つの方の「天閉の祭典」には参加しなくていいのか?」
参加人数的には天閉の祭典の方が圧倒的に多いはずだからそっちが社交のメイン会場になるはずだ。
『構わない。所詮、天閉の祭典は宮殿に足を踏み入れることを許されず、皇帝陛下に直接お目通り叶わなかった者たちが集う場だ。』
『それにね、参加しないわけじゃないんだよ。』
「え?」
参加しないわけじゃない?
シリウスの言ったことが理解できずに聞き返すと、シリウスはニヤリと楽しそうに笑ってみせた。
『当日になれば、どういうことかわかるよ。』
・・・・・・
天閉じる2週、その後に続く天開ける2週の間は国中が輝く。
各店や家々には年明けを祝う赤や緑の装飾、キラキラと光を放つ芸石が取り付けられる。まるで街がドレスを着ているようだった。
帝都では雪が降った。
白い雪は美しいもの以外の全てを覆い隠した。
天閉じる2週の間、天空王は地上に降りてくるという。天空王不在の天ゆえに、「天を閉じる」と名付けられたのだ。
そして天空王と皇帝が共にいる期間だからこそ、月日は一つ年をとり、新たな年が来るという。新たな年とともに帝国民も1つ歳をとる。コルネリウスやカールは16歳から17歳へと変わり、俺は63?64?65?くらいになるらしい。やばいな。
国民は今年1年の恩恵に感謝を述べ、来年への祈りを捧げる。地方の者は各教会に、行ける者は天降教会に、帝都の者は共通教会に、貴族は宮廷に、選ばれし者は宮殿に・・・
「セシル、準備できたか?」
「うん……」
ハーロー洋服店にセシルを迎えに行った。セシルは足の先まで全て隠れるドレスを着ていた。色はうるさすぎないミルク色のみ。髪はまとめてあり、髪飾りも白色の貝殻だけであった。一見、とても質素に見える。
「セシル、そろそろ行くぞ。」
俺の後ろから顔を出したハーロー男爵は燕尾服を着ており、白と黒の二色でまとまっている。
『みんな〜準備はいいね?』
次はシリウスが男爵の後ろから現れた。シリウスはフォード公国の正式な民族衣装を身に付けている。まぁいつもと変わらないが、一つ違うのは色が全て白色であるということだ。ちなみに俺も全身真っ白。着慣れないせいか少し恥ずかしい。
「みんな基本的に白ベースなんだな。」
「畏れ多くも皇帝陛下がおわす宮殿に参るのだから、金色に次いで正式な色である白で統一しなければならないのだよ。」
てことは天使の血筋は全身金色で来るのかな?なんだか笑っちゃいそう。
『それじゃあ皆さん、宮殿へ行こうか。』
・・・
最初に着いたのは宮廷だった。まずはここで簡単なパーティーをしつつ、宮殿が開かれるまで待つ。
俺はセシルの護衛ということでずっと一緒にいるし、男爵の後ろにはシリウスもいた。
「セシル!」
「イサック…!」
イサック・ハストン。ハストン子爵家のご令息だ。セシルの婚約者でもある。彼もまた燕尾服を着ているが、ポケットチーフにはセシルの瞳の色である緑のスカーフを入れていた。よく見ると胸元の飾りやスタッドボタンも緑色の宝石を使っている。
「今日は一緒にいられなくて残念だよ……僕を護衛にしてくれればよかったのに……」
ん?イサックって武芸できないよな?
なんで護衛役??
護衛は守るべき対象者を守りきれる者が行うべきだ。イサックは明らかに実力が不足している。
「アグニも……断ってくれればよかったのに。」
イサックが俺に少し厳しい視線を投げかけながらそう言った。
「いや、イサックには無理だろ護衛役は。」
俺は思ったことをそのまま伝えた。俺の言うことは間違っていないはずだが、イサックからは敵意ある芸素が流れてきた。
「イサック……今日だけだから……ね?」
「…………うん、すぐ戻ってきてね?」
「わかった……」
「アグニも、あまりセシルに近づきすぎないでね。」
こいつ……護衛役が対象者から離れるわけないだろうが。どういうつもりで何を言ってるんだ??
「………うーん、第4学院でも武芸の授業は必要かもしれないな。」
去っていくイサックの背中を見ながらセシルに言った。セシルは小さくため息を吐いて頷いていた。
ゴーーーーン ゴーーーーン
ゴーーーン ゴーーーン
宮殿から鐘の音が聞こえた。
「さぁ、セシル。初の宮殿だ!」
「うん!だね……!」
天使の血筋にはまだ会っていない。今は上の専用スペースにいて、俺らの後から宮殿に向かうらしい。
「え、おえっ…?!」
鐘の音を聞いた大勢の貴族らが宮殿に向かう者のために、左右に避けて道を作った。
「す、すげぇ……!」
「き、緊張する……」
全員が宮廷へ向かう俺らのことを見ていた。
「セシル、胸を張りなさい。そしてこの瞬間、今だけは、どの令嬢よりも美しく歩きなさい。」
ハーロー男爵は顔を真っ直ぐ前に向けたままセシルにそう言った。男爵の後ろでシリウスは相変わらずにやにやと笑っている。
「はい……!アグニ、行くよ…!」
「おう!」
俺らは貴族が作った道、その真ん中を歩いて宮廷のホールから去っていった。
この世界ではもう冬です!