185 シド家で相談
今日は中秋の名月ですね
月見 > 団子 タイプの人間なので夜が楽しみです。
シドの屋敷に遊びに行った。以前お邪魔したことがあるからか、すんなりと応接間まで通してもらった。
『アグニ!よく来てくれたな!』
「よぅシド!! ……え、デボラ?!」
シドの後ろから現れたのは第2学院所属のデボラだった。
『第1学院の卒業試験を観た後に第2学院に寄ってな。そこで偶然会ったんだ。彼女は夏の社交界でアグニのパートナーだったろう?だから連れてきたんだ!』
夏に開催されたシド家のパーティーに俺はデボラと参加した。その時にシドとシド大公、シャノン大公、シリウスと一緒に夕食も食べている。
「そっか2人は面識あったな!デボラ久しぶり!!」
俺の挨拶にデボラは軽く敬礼をした。
「久しぶりねアグニ!見ない間に……少し男らしくなった?」
「え?そんなことある?」
やつれたってことかな?まぁ気苦労は耐えないしな……。俺は公爵みたいなダンディーにそのうちなりたいと思っているが、まだ道のりは遠そうだ。
「シルヴィアは?まだ?」
俺の問いにシドが頷いた。
『そろそろ着かれると思うから3人でお出迎えに行こうか!』
・・・
『シルヴィア殿!よく来てくれたね!』
『……シド様とアグニさんと……デ、デボラさん…?』
シルヴィアはデボラを見た瞬間に固まってしまった。デボラがいることは知らなかったのだろう。
「シルヴィア、こちらデボラ。前にパーティーで会ったの覚えてるよな?」
シルヴィアの芸素が少しピリピリしている。その気配に押されてか、デボラまで緊張した様子で表情が固い。
『えぇ、覚えています………。アグニさんのパートナーを一度されていましたね?』
デボラは片膝を付き、騎士が行う最大の礼を行った。
「はい!天空のお導きにより再びお目にかかれましたこと、恐悦至極でございます。第2学院第3学年のデボラと申します。」
デボラの完璧な礼に思わずため息が出る。ついこの間まで貴族への挨拶が苦手だったのに。
『うんうん!みんな顔見知りだから挨拶が早くて助かるな!今日はとことん剣で語り合おう!』
「あ、その前に少しいいかな。」
俺はシドの言葉に割って入った。3人は不思議そうな顔をして俺のことを見た。
「カペー公国とブガラン公国のことで、話したいことがあるんだ。」
・・・
『ではつまり、ブガラン公国はカペー公国が攻め入ると踏んでいるんだな?』
応接間、
4人それぞれが1人掛けのソファに座り、話し合っていた。
『ブガランは自国の民を焼き殺すつもり……?!』
シルヴィアは信じられないとばかりに青紫の瞳を大きく開いていた。シドが腕を組みながら声を絞り出すように言った。
『もうそんな段階になっていたのか……。』
俺はこの台詞に引っかかった。
「シド、そんな段階って……シドはこのことを知ってたのか?」
俺の質問にシドはすぐ肯定した。
『カペーとシド公国の国境は接してる。けれど私の国とカペーの間には川もなければ平野もなく、北西から続く山脈に阻まれているんだ。だから貿易は最小限しか行っていない。ちなみにブガランとも接しているぞ。』
シド公国はカペーではなくブガランとより多く貿易しているのだろう。そして物理的な障害によりカペーはシド公国に助けを出せないのだ。
『……カペーは我が国からも借金をしていてな、我々としてもこれ以上は厳しい状況なんだ。』
カペーは貿易時に支払うはずのお金を滞納し、シド公国に借金をしている状況らしい。いつまでも金銭が払われなければシド公国の経済が回らない。
シドは腕を組みながら更に言った。
『それに、カペー公国がシド公国に助けを求めることはしないだろう。』
「『「 え?? 」』」
なぜそう言い切れるのだろうか。
「なんで?」
『家格が違うからさ。』
「家格?」
家格とは家柄を評価した言い方だ。今は国同士の話なのに、それがどう影響するのだろう。
『シド家が治めるシド公国、カペー家が治めるカペー公国。ともに王家であり、帝国内では同じ公爵位。しかし俺は天使の血筋で、あちらは違う。天使の血筋相手に助けを求めることはしないだろう。』
『っ……!!』
シルヴィアは表情こそ変わらなかったが、芸素は不自然なほどピリピリしていた。きっと衝撃を受けたのだろう。
そうか、そうだったのか。
だからシルヴィアに助けを求める手紙がいつまでも来なかったのだ。
天使の血筋は神の子孫。絶対の象徴。
天使の血筋に何かを捧げることはあれど、手を煩わせるなどあり得ないのだ。
「…………けど、国家単位での問題だ。家格とか言ってる場合じゃないはずだ。」
俺の言葉にシドはすぐに頷いた。
『ああ。けれどそうとわかっていても、王族としてのプライドを捨てるのは難しいだろう。天使の血筋に助けを求めるということは帝国中に「自国の問題を自分で解決できない愚かな王です」と宣言するようなものだからな。』
カペーの王は……シルヴィア公国に助けを求めることはしない。多くの帝国民がシドと同じ考えをするだろう。多くの貴族がカペー大公に後ろ指を指すだろう。そんな世界で生きていくよりは・・・
「……いいや、それでも何千万人の命の方が大切だ。カペーの王は恥を捨てて、他国に助けを求めるべきだ。」
王のプライドとはなんだ。国民を守る意地ではないのか。国民を見ずしてプライドを守るなど、笑止千万。
『………実際、戦争になれば隣国として介入ができるかもしれない。』
「っ!!! ほんとか?!」
シドは難しい顔をしながら説明してくれた。
『もしカペーの国民が戦争が原因でシド公国に渡ることがあれば、我々はその戦争とは無関係ではなくなる。国境が接している隣国だからこそ関与ができるんだ。その時は人民救済の名目で軍の小隊くらいは派遣できるだろうが……さきほど言ったように、実際に戦争が生じていなければならない。それまでは……』
関与できない、か。
『そう……ですよね。』
シルヴィアはいつも以上に小さな声で相槌を打った。
『だが!』
「『「 ??? 」』」
シドは口元に笑みを浮かべて言った。
『その小隊に俺がいると…どうなると思う?』
「え?? ……どうなるの?」
『…………っ!! なるほど!』
シドの言葉にシルヴィアはいち早く理解を示した。意味がわからない俺とデボラはただ首をかしげている。
『シド様は軍所属の軍人として小隊とともにカペーに入りますが、カペー国内では一人の「天使の血筋」になります。』
「う、うん……つまり?」
シドは足を組み、ソファの背もたれに寄り掛かった。
『天使の血筋が戦闘をやめよと言っているのに、それを無視し続けるか?』
「っ!! なるほど!」
天使の血筋の命令に背く行為は基本、許されていない。シドがその場に行ってしまえば戦闘自体は止められる。
『加えて言うと、天使の血筋がいる場で生死を争うほどの大きな戦闘は避けようとするでしょう。なぜなら天使の血筋の殺害及び殺人未遂の最高刑は極刑だからです。戦闘行為はそれに該当する可能性が非常に高くなります。』
なるほど……つまり天使の血筋がいる場で戦闘を続ければ「天使の血筋への殺人容疑」にかけられる可能性が高く、そうなると最悪極刑になるため、カペーとブガランの軍部指揮者(この場合は王や総司令官)は戦闘を中止せざるを得ないというわけだ。
『これで戦闘自体は止められるが、根本的な解決にならない。しかしこれがきっかけで帝都の宰相閣下に報告を行い、内政干渉を提言することができる。』
おぉ!!!!これだ!!!
これでいざという時は大丈夫だ!!
「すげぇよシド!!本当にすごい!!」
実際に軍を近くで見てきた人は発想の引き出しが違う。さすがシドだ!これでカペーとブガランの戦闘は最小限に抑えられる。そうなれば裏町が焼き尽くされるようなこともないだろう!
『事態が急変する前にシド公国軍をカペーとの国境に待機させておく。そして1人でもカペーの国民がシド公国の国境を渡れば、我々はすぐに出発し、そのままカペーとブガランの首都に向かう。』
「おお!!」
『これで、被害は最小まで抑えられるはずだ。』
・・・
話合いを終え、俺らは互いに武芸の練習や打ち合いを行った。
デボラが近接戦の練習をしたいということだったので、俺が相手になった。その間にシドとシルヴィアが剣の打ち合いをしていた。
そして数時間後、シルヴィアは芸の練習をし始めた。シルヴィアは特に治癒のレベルを上げたいようだった。
『シルヴィアはもう十分治癒ができるじゃんか。』
シドとデボラの打ち合いを見ながら俺はシルヴィアの隣に座っていた。シルヴィアは俺の右手首を掴み、芸素を俺の体に移動させる(以前、授業中に俺がシルヴィアにした技)練習をしている。
『…………合宿の時、カペーの首都に芸獣が入り、多くの人が怪我をしました。』
「え? あぁ、そうだね。」
あれは一歩間違えたら悲惨なことになっていた。
あの時、シリウスがいてくれて本当によかったと思う。
『あの時、シリウス様がいらっしゃったからこそ我々は全員無事で、街の被害も最小限に抑えることができました。』
シルヴィアは俺と同じ考えをしていた。
けれど俺とは対照に、とても辛そうに話していた。
『そして……自分の無力さを痛感しました。』
「……え?なんで?シルヴィア頑張ってくれてたじゃん。多くの人に治癒をしてさ。」
シルヴィアが落ち込む理由がわからなかった。
『いいえ。あの時、指揮を任されたアグニさんは……私のことを少しもあてにしていませんでした。』
「え。」
当時のことを思い出す。
(「シルヴィアはここにいてくれ。小さい怪我を頼む。」)
(『し、しかし…!』)
(「シリウス、よろしくな。」)
俺はそう言ってシルヴィアと離れ、別の場所に治癒をしに行った。けどそれは俺が天使の血筋だとバレないためだったし、シルヴィアはシリウスと一緒にいた方が安全だし………
でも、そうか。俺はシルヴィアのことを戦力だと思っていなかったのだ。
俺はシルヴィアに最低限の指示しか出さなかった。シリウスには街に散らばる芸獣5匹を30秒で倒させたくせに。
「……………ごめん、シルヴィア。俺、いつの間にか傷つけてたんだな……。」
なんだかすごく…すごく悲しかった。シルヴィアを傷つけてしまったことが。
『いいえ、いいえ。謝罪する必要はありません。あの時、あの場で……私はシリウス様と同じように動けませんでした。あなたの判断は最良でした。私では……何も出来ませんでした。』
シルヴィアはあの時のことをずっと引きずっていたのか。俺が、シルヴィアに無力感を味わわせてしまったんだ。
『だから、私は今より強くなります。』
「………え?」
シルヴィアはふわっと笑った。
まるで小さな青紫の花が咲いたようだった。
『次、もし同じようなことが生じた時、アグニさんが真っ先に私に相談するくらいまで、私は強くなります。』
ああ………強い子だなぁ
この子には、立ち上がる強さがあるんだ
若い芽が上を向いて精一杯に葉を広げている。
そんな情景が浮かんだ。
「 シルヴィアって………格好いいな。」
『………ふふっ、今さら気づいたのですか?』
シルヴィアはまた綺麗な笑顔を見せた。
その笑顔はなんだか特別で、見ている俺も幸せな気持ちになっていた。