184 第4学年の卒業試験
9月に入りましたね!!
もう正月まで120日を切ったらしいですよ。
『そう……ですか……。』
1の日の朝、シルヴィアと小屋の中で会っていた。先日シリウスらと話したことを伝えたのだ。
シルヴィアの表情は徐々に固くなり、話が終わる頃には眉間に皺を寄せていた。
「俺らができることって、本当に少ねぇな……」
一国家の有事を前に、俺らはただ無力だった。
未来の予想はできる。エドウィンやエッベなど、個々を救うことはできる。けれどカペー公国を救うことはできない。そんな方法は持ち合わせていないのだ。
『カペーの……大公に、シルヴィア公国に支援を要請する手紙を書いてほしいと、以前伝えました。』
「っ! なるほどな!!」
カペーはお隣のロギム公国に協力を求めたからだめだったのだ。多少距離が離れているが、友好的であり、外交盛んなシルヴィア公国に協力を求めればきっと事態は好転する。何よりもシルヴィア自身がその策に乗り気だ。
『しかし、一向に手紙が届きません。』
「え、な、なんで??」
カペー公国から助けを求めて来なければシルヴィア公国は助けに入れない。なぜならシルヴィア公国が勝手に『助けてあげますよ』と言ってカペーの領土に侵入するのは帝国基本法に違反する行為だからだ。
『わかりません……。私はずっと……待っているのに……。』
シルヴィアはとても悔しそうに俯いていた。
・・・・・・
時は過ぎ、すでに氷の月9週目に入っていた。
今週は卒業生らの「卒業試験」が行われる。
まぁ期末試験のようなものだ。しかし今回の成績は公表される。つまり来年の就職先が「〇〇さんの成績を開示してほしい」と学院に言ってきたら、学院はそれに応じるということだ。護衛騎士志望の学生が成績が悪すぎたために、とある貴族の家から護衛騎士の試験を拒まれたこともあるらしい。
そして軍部志望者にいたっては一層シビアだ。
卒業生同士で武芸の試合が行われ、それを各国の軍部所属の軍人が観賞できるのだ。ここで下手なミスをすると悪評が出てしまうので、みんな真剣に試合に挑む。
「シャルルとアルベルトも出るのか?2人とも軍部志望じゃないだろ?」
金髪と青髪の貴公子は剣の手入れをしながら頷いた。
『俺らはともに自国に帰るつもりだ。』
「父上の執政の手伝いをするんだ。」
「なのに今日の試合に出るのか?」
俺の質問に2人は笑った。
『アグニ、そもそもこの試合は期末試験の延長だ。武芸の授業を受講していれば出なければならないんだよ。』
「あぁ、そっか!けどついこの間に園顕祭で試合したばっかなのになぁ。」
「ついこの間とは言っても、もうすでに3週間近く経ってるぞ?」
「え、もうそんな経ったのか!」
・・・
卒業武芸試験を見学する者は多く、演習場の客席は8割方埋まっていた。
今日は学内の生徒も授業がなく見学が許されている。俺もコルネリウスやパシフィオらと一緒に観覧席に座っていた。
試験はリーグ戦の形をとる。武術のみ受講している生徒は彼らだけでリーグ戦を行う。
試合を観ていて気付いたのは、第4学年の生徒は他学年と比べて相対的に強いということ。
リーグ戦の様子を見ながらパシフィオが感嘆のため息をついた。
「さすが最高学年だなぁ。俺らより強い。」
『天使の血筋がいる学年はレベルが高くなる傾向があるんだって。今年はシャルル様がいらっしゃるし、同じ王族のアルベルト様も武芸に秀でてらっしゃるから周りの生徒も必死に食らいつこうと頑張ったんじゃないかな。』
シャルルとアルベルトの試合の時間になった。観覧席も含めて一段緊張が高まる。
『アグニ!』
「うぉ?!! え、シド?!!」
観覧席の後ろの通路から大声で誰かに話しかけられた。振り返ると明るい金の髪に緑の目の大男が腕をぶんぶんと振っていた。
「どうしたんだよ?!」
『見学しにきた!シド公国軍所属の軍人としてな!』
今日は軍部所属の人間だけ見学できる。
けど君は天使の血筋なんだから、そんな無理やり枠組みに入らなくても普通に来れば入れてもらえるよ、とは言わないでおこう。
『せっかくだから一緒に見よう!えっと、そちらは……コルネリウスだね?それと……』
視線を向けられたパシフィオはすぐに立ち上がり敬礼をした。
「はっ!!パシフィオ・アガッツィでございます!」
『パシフィオだな、よし。では一緒に見ようか!』
コルネリウスはすっと立ち上がり丁寧に礼をした。
『天の導きに感謝いたします。コルネリウス・リシュアールです。我々も同席してよろしいのでしょうか?』
コルネリウスの言葉にシドは手をひらひらさせながら頷いた。
『構わん。私が後から来たのだから、気にせず試合を見るといい。』
『はっ、ありがとうございます。』
「ありがとうございます!!」
2人が席に戻った時、ちょうどシャルルとアルベルトのウォーミングアップも終わったようだった。
シャルルとアルベルトは共に長剣を構え、先生の合図とともに2人は一気に走りだした。
「速い……!」
初動が早い。剣を構えた状態での戦闘練習に慣れているということだ。
シャルルは剣を上から大きく振り下げ、アルベルトはそれに対抗するように下から振り上げた。
ギイィィィィィィン!!!!!!
剣同士の激しい衝突音。武術初心者はその音に怯えることも多い。この音を聞いて笑顔で前のめりになるコルネリウスの方が珍しいだろう。
アルベルトが剣の向きを変えシャルルの重心を崩す。シャルルはすぐに片手を離してもう片方の手をアルベルトに向けた。
『はぁ!!!!』
シャルルは自身の芸素で水の芸を出した。大量の水がアルベルトの顔にかかる。
「ぶふっ!!! ……ちっくしょう!」
顔を伏せた一瞬の間にシャルルは剣を横に薙いだ。間一髪アルベルトは避けたが姿勢を大きく崩し片手を地面に付いた。
『おいどうしたぁ?!!』
シャルルの楽しそうな声がする。その声に応じてアルベルトも不敵に笑った。
「 ギフト……土水落跡 」
『っ!!!!?? 』
シャルルの足下の土が大きく窪んだ。
「な、なんだあの解名?!!」
パシフィオが立ち上がり大声を出した。しかしパシフィオの問いに答えられる者はいない。あの解名は……誰も知らないのだ。コルネリウスも目を大きく開いている。
『あれは……アルベルト様の固有技?!』
シャルルの左足が膝の位置まで土の中に埋まった。脱出のために必死にもがいているが、この状態から出るためには剣を一度離して起き上がるしかない。
『っ知らないぞ!こんなの!!!』
「これはフォード王家に伝わる固有技だからね。」
アルベルトはゆっくりと近づきながら勝利の笑みを浮かべている。
「フォード公国は万年水不足。水は生命線。水こそが国家を支える重要な要素。我々は水を称え、崇め、理解に努める。王家が最も得意とするのは水の類なんだよ。」
フォード公国は帝国の最北端、最も暑さの厳しい土地だ。今も砂漠化が進み、オアシスが減っている。思えば、フォードの王宮は水が最も美しく見せるよう設計されていた。
「シャルルが水の芸を出してくれてよかった。」
アルベルトは無邪気な笑顔を見せていた。
『………王子はお前だけじゃねぇぞ』
バキッ ブシュアアアアアア!!!!
「っ!!!!!!」
シャルルの周りに土煙が舞う。まるで土壁のようだ。
『ギフト 鎌鼬』
シャルルは地面に向けて鎌鼬を出した。風の牙が土をえぐり、その破片がアルベルトを襲う。
そして自分の足元の土も鎌鼬で一気にえぐったのだろう。シャルルは剣を離すことなく、まるで階段でも上るかのように土の中から足を抜いた。
『ご存じの通り、俺の国は崖が多く風の道も多い。風を知らなければシャルルの民ではないとさえ言われる。その国の王子である俺が、最も得意とする芸の類はなんだと思う?』
「っ………」
土の破片がアルベルトの腕や顔に当たり、軽く血が滲んでいた。
『さぁ、仕切り直しといこうぜ。』
・・・
2人の戦いは見事であった。
一進一退の攻防戦、どちらが勝ってもおかしくなかった。
結果からいうとシャルルが勝った。
勝因は芸素量だろう。試合において技術力が同レベルであれば、体力のある方・芸素のある方が勝利する。アルベルトはギリギリのところまで粘ったし、実際シャルルが勝利するのは納得のいく結果だった。
しかしシャルルはこの結果を素直に受け止められない。
『…………最後、手を…抜いたか?』
試合が終わった後、シャルルはアルベルトにこう聞いていた。
アルベルトは肩で息をしながらむっとしていた。
「………なにそれ。嫌味?」
『はぁ?!そんなわけないだろ!けどお前……俺が天使の血筋だから……』
天使の血筋であるシャルルが公の場で負けるわけにはいかない。実際もしアルベルトの方が強かったとしてもシャルルに勝ちを譲ったであろう。しかし実際にシャルルは強かった。だから空気を読んだわけではないのだが……
『………せっかく、最後だったんだから…!俺はきちんとぶつかってほしかった…!』
「……それ本気で言ってる?」
アルベルトは勃然と腹を立てた。
「シャルルは僕が本気で戦っても、その立場だから認めてくれないんだね。」
『っ!!お前、やっぱり手を……』
「あぁ~!!今話してもだめだ!もう下がろう。」
『あ、おい!!!』
シャルルはアルベルトの後を追うように演習場から退場していった。
「あの2人大丈夫かな……」
『何か揉めてるみたいだね……』
俺の言葉にコルネリウスがすぐに同意した。俺の隣に座っていたシドは苦笑いして言った。
『んんー……アルベルトの気持ちはわかるが、シャルルの気持ちもわかるな。不安なんだよシャルルは。いつも少数派に立たされる天使の血筋は「友達」というものに対する思い入れも大きい。特にあの2人の関係性は貴重だ。シャルルは、いつかアルベルトが自分に対し一線を引いてしまうのではないかと……不安なんだろう。』
シドの言葉は俺にも理解できた。
けれどこういう時にやはりシドはシャルルの味方をするのだなと思った。決して悪い意味ではない。でも天使の血筋が同族を優先的にする構図はきっとこの先も変わらないのだ。
『そうだアグニ!久しぶりに我々も剣を合わせないか!今週の6の日に予定は?』
シドの誘いに今週の予定を振り返るが……うん、何もないっすね。
「ない!シド家の屋敷に行けばいいか?」
『ああ、是非来てくれ!そうだ!シルヴィア殿も誘ってみよう!彼女の武芸も見てみたいしな!』
「え??シルヴィアを??」
急な誘いだが平気なのだろうか。まぁ王族同士・天使の血筋同士だから急でも大丈夫なのだろう。
『シルヴィアを誘っても構わないかい?』
シドは律儀にも俺にまで許可を求めてきた。もちろん、全く構わない。
「おう!一層楽しみだ!」
・・・・・・
6の日の朝、
ブガラン公国の軍人・ヴェルマンから再び連絡が入ってきた。
「まじやべぇんだって!!」
「ガチでどうにかしなきゃなんだ!!!!」
通信用芸石に映る映像の中にはエドウィンとエッベもいた。2人は焦った顔で一生懸命説明を行った。
ブガランの軍部は、以前から裏町を嫌っていた。警備隊は以前から裏町の住人に残虐な行為を繰り返していた。そして今回、もし運よくカペーがブガランを攻め入った時には、軍部はカペーの仕業ということにして裏町に火を付けるつもりであるということがわかったのだ。
「裏町の人間は国の外に出られない!町が焼かれる時に逃げられないんだよ!!」
「なぁどうにかいい方法考えてくれよ!!!!!」
2人の切羽詰まった様子にたじろいでしまう。もうそんな計画が軍部内で立てられているのか。
『なるほどね、たしかにブガランの軍部が考えそうなことだ。』
シリウスは感心したように笑っていた。その様子を見てエドウィンらは一層声を張り上げた。
「笑いごとじゃないだろ!!!!俺らは死ぬかもしれないんだぞ?!!!」
「どうにか戦争を止めてくれよ!!!!!!!」
「せ、戦争を止めるって……そんな……」
そんなこと、俺にできるのか?
できるわけがない。なんなら俺は部外者もいいとこだ。
けど止めないと、ブガランにいる何千という人間が焼かれ殺されるのだ。
「……必ず、何か対策を考える。だから2人とも、引き続き情報を頼む。どんな些細なことでも伝えてくれ。」
今日、俺はシドとシルヴィアと会う。
カペーに協力的なシルヴィアと、カペーの隣国にいるシドだ。
2人に話を聞き、何かできることはないかと聞く。
そして俺自身も、何かできることはないかと考え続けなければならない。




