179 氷の月スタート!
新章スタートです!!!!
またよろしくお願いします!
風向かう2週目7の日
昼前に帝都に着き、コルネリウスとは北門で解散した(すでにリシュアール家の馬車が待機していた)。
そして俺らはそのまま森の家に向かった。
「ルシウス!クィト!久しぶりだな!!」
黒髪緑目の小さな少年の横で紫髪赤目の好青年が嬉しそうに立っていた。そして小さな少年は俺に向かってバッと何かの紙を広げてみせた。
「第4学院、受かった。」
それはクィトが夏の間に受けた第4学院の入学試験の結果だった。書類には来年度のことが書かれていた。
「っ……ぉおおおおおおお!!!!!! クィト!やったなぁ!!!!!」
そういえば去年の今頃、俺も第1学院の編入試験を受けていたなと思い出しながら、クィトの頭をこねくり回した。クィトは素直に喜ばず、むず痒そうな表情をしている。
「これはお祝いしないとな!!」
こうして夜は皆で別邸に行き、豪華な食事をとった。もちろんルシウスもシーラもクルトも一緒だ。
クルトに作ってもらった生クリームたっぷりの大きなケーキをクィトの前に置いたら、まるで5歳の子どものように目を輝かせていた。
イサックから聞いた第4学院のことや、学院間交流会のことなども話した。そして俺らの合宿についての話なんかもした。
「アグニさん、そろそろ学院に戻りませんと……。」
「え? あ、そうか!」
クルトの言葉で我に帰る。今日で風向かう2週間は終わる。明日からは氷の月で、学院の授業が始まるのだ。
クルトがすでにほとんど準備してくれていたので俺は「クルトさま感謝ぁ〜!」と叫びながら、急いで身の回りにあるものを鞄の中に詰め込むことしかしなかった。
・・・
「おお!カール久しぶりぃ〜!!」
「こんばんはアグニ。夏は楽しめたか?」
カールと寮の前でばったりあった。向こうも遅めの到着だったっぽい。
「身体をよく動かした夏だった。」
「そうか。アグニは結局、将来はどうなりたいんだっけ?」
カールの質問に学院入学当初にされた質問を思い出す。
この学院の卒業生は主に6つの就職先がある。
①帝都軍部・その他公国の軍部
②帝都文部・その他公国の文部
③帝都技術部・その他公国の技術部
④大公家や天使の血筋、高位貴族の侍女や侍従
⑤大公家や天使の血筋、高位貴族の護衛騎士
⑥家業を継ぐ。
「俺は………うーん………まだわかんねぇ。」
将来の職業なんて、そんなの一つに絞れない。全部やりたい。鍛治師とか冒険者とか、この6つ以外の仕事もしたい。
俺の答えにカールは仕方なさそうに笑った。
「来年から第3学年。学外実習がある。それまでにとりあえずの希望は出しておかなければならない。」
「そ、そんなものがあるのか……。」
俺の職業選択タイムリミットが近いということだ。
「………けどアグニの場合、少し選択が難しいよな。俺がお前なら同様に悩んだと思う。」
カールは俺が天使の血筋であることを、またそれを隠していることを指していた。
いつこの事を公にするか。
これを公にすれば侍従や護衛騎士の線は消えるだろう。そして与えられた爵位と役割を「仕事」にすることもできる。
「俺は相談に乗ることくらいしかできないけど、いつでも頼ってくれ。」
カールの見せてくれた笑顔は俺を安心させてくれた。
頼っていいと同級生から言われることなんてない。けれど、日々学院での様子を1番知ってるのは同級生だ。
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ。」
俺とカールは喋りながら階段を登り、また明日と言い合いながら部屋に帰っていった。
・・・・・・
「ねぇー今日は何するの?」
「今日はゆっくり休みましょ。」
「昨日も休んだじゃん!」
新緑の草木 一面の青空 穏やかな風 輝く陽
ここは空の上だ。
「昨日は芸を練習をしたでしょう?」
「それだけでしょ!」
「十分です。」
俺は、小さな男の子の……『俺』の母親だった。
小さな『俺』はとても退屈そうで、ジタバタしながら芝生の上に横になった。
一方の俺は、この穏やかで平和で幸福な時間をなぜもっと楽しまないのかと不思議に思っていた。そして、自分も小さい時はこうだったなと思い出し、少し笑いが漏れた。
「なに?なに笑ってるの??」
退屈していた『俺』はすぐ俺の行動に飛びついた。俺はそんな様子も愛らしいと感じながら、この子は本当に退屈なんだなとわかった。
「仕方ない……じゃあ今日は『水の都』で遊ぶ?」
「水の都?!! ほんと?!」
「ええ。他の皆も呼んできていいわよ。」
「わーい!!皆に声かけてくる!!」
『俺』は元気よく地上を蹴り、空を飛んだ。目線の先に浮かんでいる別の天空の陸地へ向かっていったのだ。
俺も近くにいた他の天空人2人に一緒に行かないかと声をかけた。
『いいね!行こうか!』
「『次』のシュネイは元気ねぇ。けどまぁ、私たちも小さい頃ってあんなだったかしら。」
『君はもっとお転婆だったじゃないか。』
「あなたもよ!!」
俺はこの2人の幼少期を知っていた。だから俺は笑いを堪えるのに必死だった。
「あなたたち2人とも、とても元気だったわよ。」
『「 えぇ〜??? 」』
「ふふっ、おかしいわね。互いに自分自身のことがわからないなんて。」
『ほんとだな、あははっ!』
「そうね!」
遠くで小さな『私』が私を呼んでいる。
あれ、「俺」じゃないの?
あと100年ほどしか一緒にいられないけど
100年?! いやいや十分だろ。
あの子の将来が明るいものになることを願い続けるわ
へぇ……他人のことをよくそこまで思えるなぁ
他人じゃない、私の子よ。私があの子の「親」だもの。
子を守り、幸せを願い、成長を喜ぶ。それが私の幸福にも繋がるの。
…………………親ってそういうものなの?
じゃあ俺の親父はなんで・・・
「アグニ!!!!!」
「うわああああ!!? びっくりしたぁぁぁぁ!!! え?カール?!!!」
「どうしたんだよアグニ!ずっとうなされて、ずっと何か意味不明なこと喋ってたぞ?!」
俺の部屋にカールがいた。
ついさっき、また明日と別れたばかりのはずだった。しかし窓の外を見るとすでに陽が高くまで昇っていた。
「俺が………寝坊?!!!」
「寝坊くらい誰でもするから。そんなことはどうでもいい!何か怖い夢でも見てたのか?物凄い長文をずっと喋ってたぞ。」
「怖い………夢ではない、けど……」
記憶を視た後はいつも、心がぽっかりと空いたような、虚しく切ない気持ちになる。
あ、カールには記憶を視たって言ってもいいんだ
「今、過去の記憶を視てた。俺が天空人だった時の。」
「………………は??!!! そ、そんな!!!!俺はそんな貴重な機会を潰してしまったのか?!!!!」
「え??………あぁ。」
天使の血筋が過去の記憶を視ることは非常に稀だと言われている。視た天使の血筋はシュエリー公国に行って証言・記録しなきゃいけないくらい価値が高い。しかし・・・
「こういうことはよくあるから全然大丈夫だ。」
過去の記憶の世界的な価値の重さを知っているカールは絶望したように頭を抱えていたから俺は慰めるつもりで大丈夫と言ったが、逆にカールは再び表情を変えた。
「よくある…?? アグニお前、そんなによく視るのか?!!!!」
「え、あ、お、おう。まぁ、ぼちぼち……」
「なんだって?!!! ………………。」
カールはそのまま黙って何かを考え込んでしまった。その間に俺は制服を着て朝の支度をし、時計を見て、もう今日は遅刻であることを悟った。
「アグニ、」
「おう、目が覚めたか。」
「بعضنا yo シابعض ରେ g ନୁହେଁعن 2 カルأنفنا って、意味わかるか?」
「………なんだって??」
「お前が喋っていた言葉だ。」
こっわ。俺そんなこと言ってたの?
全く意味わからんのやけど。
「全然わからん。寝ぼけて崩れた言葉だろ。」
「………………そうか。まぁそうだよなって、そうだ時間!!」
カールが俺の部屋にかけてある時計を急いで振り返った。その時計はすでに始業時間を迎えている。
「おおおおおおい!!! アグニのせいで遅刻だ!!!」
「うるさいなぁ。もうカールも遅刻するってわかってたろ?諦めてのんびり行こうぜ。」
「なんで迷惑かけたお前の方がそんな余裕なんだよ!」
・・・・・・
夏休み明けさっそくの遅刻に先生方は笑顔のまま上品に、とても怖く注意してきた。
遅刻はよくないな。特に長期休み明けは余計だめだということを理解した。
「あれ、あそこの席も空いてる!わ〜い!カール、俺らの他にも遅刻者いるぜ!!」
先生は俺が指差した方を見た。
「あちらはシルヴィア様のお席です。」
「え、シルヴィアも遅刻?! あはは!おいカール!シルヴィアも怒られるぞ!!」
「違います!シルヴィア公国宮廷侍従長から、シルヴィア様は学院への戻りが数日遅れるとご連絡頂いております。あなたとは違うのです!」
「なぁんだ…って、え?? シルヴィア今どこにいるんですか?」
俺の質問に先生は眉を寄せた。
「シルヴィア様がどちらにいらっしゃるかはお尋ねしておりません。」
「そうすか……。」
一緒に合宿行って、帰りはカペー公国で分かれた。シリウスが平気だと言ったから俺も安心していたが、その後に何かあったのだろうか。カペーから馬車で帰るとなると行きの倍以上の時間がかかる。その理由で遅れているのだろうか。
シルヴィアは結局、その週は学院に来なかった。そして初めて登校してきたのは2週目の5の日だった。
「シルヴィア様ごきげんよう。」
「夏の間はいかがお過ごしでしたか?」
「シルヴィア様、先週の授業のノートを…」
「ごきげんいかがでしょうかシルヴィア様。」
お話し合いの時間、大勢の生徒が登校してきたシルヴィアに礼儀正しく声をかけていった(学院内の生徒同士のため、天使の血筋であるシルヴィアにも自分から話しかけれる)。
シルヴィアはいつも通りの表情を崩さない会話を続けていた。淡々と会話を処理していく感じだ。
いつも通りではあるのだが、夏の間に見たシルヴィアのたくさんの感情がまた無くなってしまったようで少し寂しい気もした。
「そういえばシルヴィア様は今年の園顕祭は、どうなさいますか?」
ん? 園顕祭??
知らない単語が出てきたので俺は隣で優雅に紅茶を飲んでいるコルネリウスに質問した。
「コル、園顕祭ってなに?」
『え?あ、そうか、去年の出てないか。簡単に言うと生徒の日頃の努力や成果をお披露目する日だよ。その日は学院間で武芸大会もあるんだ!!アグニはもちろん出るよね??』
「え、他の学院でもその園顕祭ってやってるのか?」
俺の質問にコルは闘志をにじませながら言った。
『ああ!去年はシド様が優勝されたんだ。それで準優勝がリカルドさん。第1学院はアルベルト様が第3位で一番上……。シド様とアルベルト様の間にいるリカルドさん……まぁ~注目されたよね。』
交流会の最初の方、コルネリウスが妙にリカルドに厳しい態度だったのはこういう理由もあるのかなと思った。第1学年はこの試合に参加できないらしく、去年のコルネリウスは指をくわえて試合を見ていたらしい。
「けど武芸大会って危険じゃないか?親も見てるんだろ?」
俺の質問にコルネリウスは貴族らしく微笑んだ。
『親が見ている、文部・技術部・そして軍部・各国の主要役職に就く親がね。つまり生徒は絶対に反則しないし、とってもクリーンな試合ができるってことなんだ。それに危険だけど所詮学生同士のものだからね。身体への芸の直接攻撃はだめ、剣も寸止めでとか、規則もあるし。』
「けどアグニは技術構造研究会でも何か成果を発表するんじゃないのか?」
カールからの質問に少し考える。
「ちなみにその園顕祭っていつ?」
「氷の月6週目の5の日だ。」
もう今は2週目の終わり。できればもう少し早く教えてほしかったな。せっかくのお祭りならば新しく作った剣を披露したい。そうなると意外と時間がない。
「………武芸大会はでないことにする。技術構造研究会の方に専念するよ。」
俺の答えにコルネリウスは大きく目を開き、訴えてきた。
『いいの?! もし、もしアグニが3年次の学外実習で軍部を選ぶなら、この武芸大会の成績が大きく影響する! 不参加は印象が悪いよ?!」
そうか。
これも学外実習に影響が出るのか。
昨日のカールとの会話を思い出す。本当にもう、将来を悩んでいる時間はなさそうだ。そう思うと少し切なかった。俺は自分が思っている以上に「今」が楽しいのかもしれない。
「…………うん。出ない。」
俺が大会に出て何になる。
黒髪で……貴族家系でも軍部家系でもない俺が、武芸ができたら変なんだ。俺は大会に参加しても上手く負けなきゃいけないんだ。
そんで……うん。
今までにもこういうことは何度もあったけど、やっぱ虚しいんだよな。
自分で自分を否定しなければいけない感覚。自分を見せてはいけないと抑え、下に下に自分の位置を下げていく。なぜならそれを望まれているから。
俺は下にいるべきなんだと、自らに烙印を押す。
それはもう……しんどい、かな。
コルネリウスとカールは驚いた顔をしていた。きっと俺が一つの大きな決断を下したようにみえたのだろう。今の俺の気持ちは見えていないはずだ。
見えなくていい。美しいものではない。
知ってほしいわけでもない。
俺は今のままでいる限り、1番は目指せない。目指してはいけない。
けれど果たして、この先の人生何十年と望まぬ地位に居続け、努力をしてはいけないと抑え続けることに俺は我慢できるだろうか。