177 ゴミの投げ合い
「こちらが第一演習場です。ここは主に首都警備隊が使っております。我々軍部は第二、第三演習場を使用しております。」
「ほえぇぇ〜〜!」
ヴェルマン中佐の案内の下、ブガラン公国の軍施設を見学していた。予想以上に綺麗な建物だし、物も綺麗に整頓されている。金がかかってることはすぐにわかる。
「それと、訓練生専用の演習場もございます。」
「へぇ〜!!」
俺はコルネリウスの護衛役で付いてきたはずなのにいつの間にかコルネリウスよりも前を歩きながらヴェルマンと会話していた。
『今日は訓練がないのですか?』
コルネリウスの質問にヴェルマンは少し目を泳がせてから頷いた。
「はい……休息日です。」
『え?軍部全体でですか?各隊ごとに休息日は異なるものではないのですか?』
「………………はい。」
『それじゃあ………有事の際はどうするのですか?』
コルネリウスの質問に居心地悪そうな様子でヴェルマンが答えた。
「有事は………起こらないと、判断されております。」
『「「「 え? 」」」』
言ってる意味がわからず俺らの頭に?が浮かぶ。『有事』に動くことができるよう、集められたのが軍部である。つまり有事が起こらないと仮定してしまえば軍部が組織でいる意味がない。
『この演習場も随分と綺麗だものねぇ?』
コルネリウスの後ろからシリウスが声をかけた。一応コルネリウスの侍従という設定だ。
『警備隊は?彼らは軍よりも日々の仕事が多いでしょ?』
「け、警備隊のことは我々は管轄外です……。」
『彼らは訓練してる?』
「……………。」
ヴェルマンはシリウスから目を逸らして黙った。しかしその様子を見て、シリウスは蛇のように笑った。
『実地で学べって方針かな?裏町の人とかいい練習対象になりそうだもんね。』
「「 っ……!!!!! 」」
エドウィンとエッベが顔を豹変させてヴェルマンの方を睨んだ。俺もシリウスの意図していることがわかった。
この綺麗な演習場を見るに、警備隊も軍人も日々の訓練をしていない。
じゃあ警備隊はいつどこで訓練をする?
街の治安を守るため、実地で訓練を行うんだ。
それじゃあ実地とはどこか?誰を練習相手にしているのか?
答えは裏町で、裏町の住人だ。
「おい2人とも!!」
エドウィンとエッベが剣を抜こうとした。俺とコルネリウスは2人の剣の柄をすぐに抑え、2人を体術で床に抑えつけた。
『軍施設で軍人相手に剣を抜こうとするなんて!!いったい何を考えてるんだ!!!』
コルネリウスが2人を強く咎めたが、2人は攻撃的な視線をまだヴェルマンに向けていた。一方のヴェルマンは2人の行動の意味がわからないようで戸惑っていた。
『2人は裏町生まれの裏町育ちなんだ。』
シリウスの簡潔な説明で、ヴェルマンは大きく目を見開いてエドウィンとエッベを見た。
「お前の!!お前の仲間が!!!!俺らを殴り、いたぶり!!嬲り殺してるのか!!!!!!」
エッベの悲痛な叫びは、ヴェルマンの心に届いたのだろう。ヴェルマンは表情を大きく崩し、泣きそうな顔になった。
「…………警備隊の行動に…我々は関与できない!!」
「お前のそのクソみたいな言い訳の裏で何百人が理不尽に殺されてると思うんだ!? あぁ?!!」
エドウィンも感情的になって怒鳴り返していた。2人は俺とコルネリウスが床に抑えつけているにも関わらず未だ抜け出そうと暴れていた。
『いいかい?』
シリウスが2人の目に手を当てて視界を遮った。直接視界を遮ったことがよかったのか、2人は暴れるのをやめた。
『ヴェルマンは人の心の痛みなんてわからない人間なんだ。そうでしょう?』
シリウスはエドウィンとエッベに話しかけつつヴェルマンに問いかけた。
「そ、そんなことない!!我々軍人は日々国家のために…!」
『ね?2人とも。彼はね、君たちの仲間がどんな風に殺されようがまるで興味がないんだよ。彼が考える「国」の中に全国民が入っているわけではないんだ。わかる?』
「き、貴様っ!!!!私はそんな風な考えをしたことは一度も……!」
『ならなぜ見て見ぬふりをしている?』
「っ…!!」
シリウスの言葉にヴェルマンは息を詰めた。シリウスの金の瞳はずっとヴェルマンを見続けていた。そして、シリウスから芸素の流れを感じた。
これは・・・なんの芸だ?
シリウスは何か、俺の知らない芸を出している。けれども直接俺に芸を与えているわけではなく、ヴェルマンに向かって出しているのでどういう効果があるものなのかわからない。
『 君は戦うことを諦めたのかい? 』
「…………っ。」
『 君の正義はそんなにも脆いものだったのか? 』
ヴェルマンとシリウスは目を逸らすことなくじっと見つめ合っていた。
『国に争うのは怖い?恐ろしい?』
「……………。」
『そんな恐怖と日々戦う裏町の人を見捨ててまで、君は恐怖から逃れたいか?』
シリウスはエドウィンとエッベの目を覆っていた手を離し立ち上がって、ヴェルマンの方へ歩いた。
『 君は何を夢見て、何をしたくて、誰を助けたくて、ここにいる? 』
カーン カーン カーン!!
鐘が3回打たれた。1時間ごとに鳴る鐘だ。
ヴェルマンは大隊長としての仕事があるため、見学は1時間だけでという話になっていた。
鐘の音で我に帰った様子のヴェルマンはすぐに踵を返し、来た道を戻った。
「…………見学は以上です。先程の司令長官室へご案内します。」
・・・
「?? なんだか騒がしいな?」
先程挨拶していたリムダ・ルーパーという男の執務室の前に着くと、外からでも聞こえるくらい大きな話し声が聞こえた。それも数十人もの声だ。
「……? 確認してきます。こちらで少しお待ちください。」
ヴェルマンがドアの前から呼びかけたりノックをしたりしたが、返事は一向に返ってこなかった。しかし中に司令官長がいるとわかっているのにこのまま挨拶もしないで帰るのは失礼な行為になってしまう。
「司令官長!! 客人が最後にご挨拶をとのことです!ご在室であれば一度開けてもよろしいでしょうか!」
ヴェルマンの必死の呼びかけが聞こえたのか、ドアが開いた。軍服を着た男が顔を真っ赤に染め、フラフラな様子でニヤついていた。
「あ? おめぇのことは誰も呼んで〜ねぇ!!」
男は手でヴェルマンを追い払うような仕草をした。男は足がもつれたようで、扉に体重を預けた。そして部屋の中が見えた。
「あ、え?? なんだこれ??」
衝撃だった。こんな昼間から軍部の連中が酒盛りをしていた。べろべろになるまで酔っており、皆顔を真っ赤にしている。よく見ると明らかに軍人ではない女性も数人いた。
『軍服からすると……みんな高級士官だよ…』
コルネリウスは口に手を当てて上品に驚いていた。
「おお~い!この成り上がり呼んだやついるかぁ~??」
先ほどの男が他の軍人らに大声で呼びかけた。数名がヴェルマンの方を見たがすぐに手をしっしっと追い払うような真似をして笑うだけだった。
「見ろこれぇ~~このなぁ、この酒はなぁ~シリアドネの南で採れる氷を使って作るなぁ、冷酒なんだよ。この瓶で200セン!!お~まえが!飲めるような酒じゃね~ぇの!!」
男はヴェルマンの肩をバシバシと叩きながら喋っていた。部屋の中を見ると同じ酒瓶、もしくはそれ以上に値の張りそうな酒が床にごろごろ転がっていた。
「…………ジョリル少将閣下、リムダ司令長官殿はいらっしゃいますでしょうか。先ほどの…」
「あーあーあー!!!これだからクソ真面目は嫌だねえ!また訓練がどうこう言うのか~?!!」
「い、いえ! そうではなく、」
「おまぇは!!成り上がりだって言ってるよなぁ?!!」
「っ………。」
ヴェルマンは黙り込み、ジョリルと呼ばれたその男はヴェルマンの肩を一層強く叩き始めた。
「な??ま~たお前の隊だけ一年間休みなしとかされたくねぇだろ?!もう黙っとけよ~~なぁ??」
「っ……!!!」
その男は自慢していた酒をヴェルマンの頭にかけた。そしてヴェルマンはなぜかその行為を許していた。俺はあまりにも酷い行為に思わずヴェルマンの前に出そうになったが、すぐシリウスに止められた。
「暇なら裏のゴミ掃除でもしとけ。」
バタン
「………………。」
ヴェルマンは暫く閉ざされた扉を見ていた。
「 許せねぇ 」
エッベのすすり泣く声が聞こえた。今の言葉はエドウィンの口から発せられた言葉だった。
「200セン? そんな金を、そんな酒を、あんな無駄に……。軍は仕事もしないで…あんな風に金を使って…その税を払えと?」
エドウィンの瞳からも次々と涙が溢れていた。
「何が国家だ。何が軍だ。あの豚どものどこに大義がある。」
エッベは涙を流しながらずっと扉を睨んでいた。
「裏のゴミ掃除?」
睨み、睨み、憎しみを顔に映した。
「 ゴミはどっちだ。 」
・・・・・・
『………僕のせいかなぁ。』
「え?なんでコルのせい?」
俺らは今、宿屋にいた。もう風向かう2週目2の日だ。
本来は今日、ブガランの軍部を見学してそのまま帝都の戻る予定だった。しかしシリウスが『エドウィンとエッベともここでお別れだし、もう一泊しようよ。』と言い出して、明日の朝出発に変更になったのだ。まぁシルヴィアとユリーがいないからコルネリウスを俺とシリウスで交互におんぶして進めるし、帰りは行きほど時間がかからないだろう。
そしてコルネリウスは今日の軍部見学でエドウィンとエッベを傷つけたのではないかと悔やんでいた。
『だって……そもそも僕が軍部の見学したいって言ったわけだし…』
「そんなのコルのせいじゃねぇよ。逆にあんな感じなんだってわかって2人にはよかったんじゃねぇか?」
『そんなのよくないよぉ~~~……』
コルネリウスはめそめそしながら悩んでいた。正直何をそんな悩んでいるのかよくわからない。
コンコンコン・・・
『ん? 誰だろ?』
部屋の外からノックが聞こえた。シリウスはノックをしないし、エドウィンとエッベはもっと雑だ。俺はドアの外に芸素を飛ばして芸素感知を行った。
「……あ!!」
外にいる存在が誰だかわかり、俺はすぐに扉を開けた。
『え??? ヴェルマン殿???』
扉の前に立っていたのはフードを深くまで被ったヴェルマン中佐だった。
「………あの、」
ガチャ・・・
『やっときたんだね。』
シリウスが隣の部屋から出てきた。今日はシリウスがエドウィンとエッベと一緒の部屋で泊まるという部屋割りだった。シリウスの後ろから顔を出した2人は、来訪者がヴェルマンだと知るやいなやすぐに敵意を向けた。
「やっとって??」
俺がシリウスの発言について尋ねると、ヴェルマンが小さな紙を差し出してきた。そこにはシリウスの字でここの住所と、『この悪夢から抜け出したくば』と書かれていた。
ヴェルマンは一度大きく深呼吸をし、意を決して言った。
「この悪夢から目覚める方法を、一緒に考えてほしい。」




