176 カペー → ブガラン
あっついですね最近。
7月もどうぞよろしくお願いします。
各国の主要都市の多くは城壁で囲まれている。この世界には芸獣という脅威が当たり前のように存在しているからだ。ゆえに相当な額が国家予算の中から城壁防衛費に割り当てられているし、城門の通行管理を行う衛兵隊の他に、街を守る警備隊や軍人にも城門勤務という仕事がある。
万が一でも街の中に芸獣が入らないように。
「うわああああ!!!!」
「きゃああああああ!!!!!!」
「逃げろぉおおおおぉ!!!!」
カペーの首都に、芸獣が入りこんでいた。
城門の近くには人の身体がピースごとに落ちている。
「…………衛兵がやられたのか!」
予想だとここにある遺体は3人分。昨日ここにいた人数は7人。他は逃げたか、喰われたか…。
『ぐ、軍は?! なんでいないの?!!』
コルネリウスが街の中をキョロキョロしながら叫んだ。確かにこの非常事態に軍が出動していないのはおかしい。
『アグニさん、街にいる芸獣の個体数はわかりますか。』
「探ってみる。」
シルヴィアに言われ芸素探知を行う。
「………5匹だ。二体が大型。三体は中型。それぞれが別に行動してるな。……人間のいる方に進んでいってる!」
『アグニ、采配を振るってごらん。』
シリウスは穏やかにそう言った。
『僕行ってくるよ!』
『私も行きます。』
「シルヴィア様はどうかこちらで待機してください!代わりに私が行きます!」
それぞれが芸獣討伐に対し積極的な姿勢を見せた。しかし・・・辺りを見渡すと、パッと目に入るだけでも怪我人がうじゃうじゃいる。
解名で治癒ができるのは俺とシリウスとシルヴィアだけ。この3人が治療にあたる必要がある。けれど他の4人に芸獣討伐は任せられない。エドウィンとエッベはまだ芸獣と戦ったことがないし、ユリーとコルネリウスだけで大型を相手させるのは危険だ。
「っ……………。」
悩んでいる暇はない。
一人でも多く助けたいのなら、
効率的に動くべきだ。
「………シリウス。5体の芸獣を、最短どれくらいで仕留められる?」
『「『「「 っ………… 」」』」』
他の5人は驚いたように俺を見た。一方のシリウスは俺の目を見て艶やかに笑った。
『何秒がいい?』
「……はは!さすがだな。」
こちらが時間を設定できるのか。それじゃあ・・・
「30秒だ。」
俺の言葉にシリウスは眉を上げて少し驚いたふりをした。
『そんなにあるの?ならせっかくだし、直接殺してくるよ。』
トッ・・・
シリウスは一瞬で目の前から消えた。踏み込みの音が一度軽く聞こえただけだった。
『え・・・あれ? シリウスさま?』
コルネリウスが周りを見渡していた。
「……行ったんだろう。よし、じゃあみんな、とりあえず怪我人を一か所に集めよう。エドウィンとエッベとコルネリウスは協力して怪我人を運んできてくれ。俺とシルヴィアは片っ端から治癒してくぞ。ユリーは教会に行って治癒師や修道士…他にも誰か手伝える人がいないか見てきてほしい。」
「『「「 はい!! 」」』」
『アグニさん、今は城門に誰もいません。また芸獣が入ってくる可能性を考えると警備役を設置した方がいいかもしれません。』
「確かにそうだな……。」
『それは僕がやるよ。』
「『「『「 っ!!!!!! 」』」』」
シリウスが、後ろにいた。
「………芸獣は?」
俺の質問にシリウスは笑顔で答えた。
『高値で売れるよう綺麗に殺したよ。』
芸獣を商品として傷つけずに殺すことなんて、今この状況で考えもしていなかった。だから直接殺しにいったのか。
『芸獣はあとで回収するとして……この辺に怪我人を集めてくれたら城門も目視できるし大丈夫。』
『は、はい……!!』
「あの、えっとぉ……つまりもう襲われる心配はないってことっすか?あとは単純に、怪我してる奴らを連れてくればいい……だけ?」
エッベが拍子抜けしたように言った。そしてエッベの言葉でコルも、ユリーも、エドウィンも少し緊張が解けたようだった。
『……コルネリウスさん、あなたは軍…もしくは警備隊を探してきてくれませんか?』
シルヴィアは辺りを不審げに見渡した。
『先ほどから軍人も警備隊も見ていません。……どうしていないのか、どこにいるのか、どうして街の一大事に気づいていないのか。聞きたいことが山ほどあります。』
シルヴィアの意見の通り、衛兵が殺され、市民が殺され、街が壊されてるのに誰も来ない。こんなのはおかしい。
「そうだな。ここは南西の門だから…北の方の大公家の宮殿近くに行ってみてくれ。そこにいる軍人にここの様子を伝えてほしい。」
『わかった!』
コルネリウス、ユリー、エドウィンとエッベがそれぞれこの場を離れ、俺とシリウスとシルヴィアは片っ端から治癒をしていった。
芸素量、そして個々の能力によって治癒能力に差がでる。俺は胴体から離れた腕もくっつけることができる。
しかし……これは最近知ったが、俺と同じレベルで治癒ができる人はごく稀だ。少なくとも今まで一度も会ったことがなかった。
シルヴィアは大きい切り傷や刺し傷を直せる。これは治癒師であれば最高ランクを獲得できるほどに凄いことなのだ。けれど、そんなんじゃこの場にいる何人もの人が目の前で死んでしまう。しかし天使の血筋だと思われていない俺がシルヴィアより治癒ができるのは明らかにおかしい。
俺だけ離れて治癒するか。
「シリウス、シルヴィア。俺は動けない怪我人を治癒しにいく。」
『それなら私も一緒に行きます。』
シルヴィアが俺に駆け寄ってきた。しかしそもそもの目的は俺とシルヴィアが同じ場所で治癒をしないことなので、一緒に行ったら意味がない。
「いや、シルヴィアはここにいてくれ。小さい怪我を頼む。」
『し、しかし…!』
「シリウス、よろしくな。」
『はいはーい。』
俺は軽く手を振ってその場から離れた。
・・・・・・
数時間後、俺がシリウスとシルヴィアのところに戻ったら他の皆も集まっていた。
『あ、アグニ!』
「おうコル!どうだった?」
『それが……』
コルネリウスから聞いた話は衝撃的だった。
首都の北側でも大型の芸獣が一体出ていたらしい。そちらへの対処のため、全ての軍人が北へ集められ、衛兵も最低限の人数だけを残し応援に出ていたようだ。そのタイミングで南から数体の芸獣が現れたのだ。
最低限の人数で複数の芸獣に敵うわけもなく、あっけなく城門は突破された。
『例えば帝都ではね、帝都の周りを定期的に軍が巡回するんだよ。城門の近くに芸獣を近づけさせないんだ。けれどカペーではもう何年も巡回をしていないらしい。そんな人数も予算もないんだって……』
「その結果、街に入り込まれてんのかよ。あんな化け物を目の前にして普通に戦える市民なんていないってのによぉ。」
エッベが呆れたように大きくため息を吐いた。シルヴィアは厳しい顔つきになっている。
『教会に治癒師は一人もいませんでした。………元々いないようです。』
「え?ゼロ??」
「はい………」
「ま、まじか……。」
『あ、警備隊がすぐにこっちに来てくれるって!』
「おおそうか……。」
『こんな状況に………カペーはなっていたのですね。』
シルヴィアが消え入りそうな声で呟くのが聞こえた。しかし誰もその言葉に何も返すことができなかった。
『みんな、ブガランに戻るよ。』
道の端に座っていたシリウスが立ち上がり、膝についた土をはたいた。
『明日はブガランの軍部見学会でしょ?』
「あ、そうだったな……。」
合宿前、コルネリウスにあることを頼んでいた(正確にはコルネリウスの父ちゃんにだが)。それはブガランの軍部の練習を見学させてほしいというお願いだ。
以前、コルネリウスとパシフィオが帝都軍の演習を見学していたこともある。見学だけなら学生という身分は意外と許可されやすい。
特にコルネリウスは帝都軍総司令官様のご子息だ。帝都軍とは仲良くしたいだろうからすぐ許可が出るだろうと思っていたら、案の定すぐ返事が返ってきたらしい。
「このままこの国を去って平気かな?」
俺の質問にシリウスはすぐ頷いた。
『復興作業までしてあげる義理はないよ。それに僕とシルヴィアの存在がバレたら厄介なことになるよ。』
「それもそうだな。」
『私は……ここに残ります。』
「シ、シルヴィアさま……!?」
ユリーも突然のことで驚いていた。しかしシルヴィアはその様子に構うことなく、丁寧な所作でシリウスに頭を下げた。
『学びの多い合宿となりました。多くを見て、出会い………自身の未熟さや無知さに失望さえしました。』
青紫の瞳がまっすぐ前を向いた。
『しかし、まだ学びたいことがこの国にあります。あと数日、ここに残ってから帝都に戻ります。』
『…そう。じゃあね。』
シリウスはにこりと笑って、すぐ背を向け歩き出した。
「え、あ、おい!シリウス!」
あまりにもあっけない。こんな別れ方をして大丈夫なのか。シルヴィアの身の安全を守るのがこの合宿でのシリウスの役目だ。なのにこんな風に離れて本当に平気なのか。
去っていくシリウスの背中の後を追おうとした時、
『あ、そういえば』
シリウスが立ち止まって振り返り、ユリーを見た。
『シルヴィア公国の精鋭部隊がブガランにいるよ。君が通信をしなかったから直接来たんだね。けどもう通信できるから、すぐに連絡してあげなさい。』
「っ…!! あ、は、はい……。」
ユリーが通信をせず近況報告をシルヴィア公国に入れなかったから、シルヴィア公国の軍があとを追ってきたのだろう(シルヴィア公国の軍が他国に入ることはできないからきっと軍に見えないよう変装しているのだろうが)。
しかしそれはユリーが通信しなかったわけではなく、シリウスが阻害していたからだ。まぁけれどユリーはそれを指摘しなかった。
そんなユリーの言動をシリウスは横目に見て、また笑顔を作った。そして大きく両手を広げ、わざとらしくお辞儀をした。
『じゃあ皆さま、そろそろ戻ろうか。』
・・・・・・
ブガラン公国軍 司令部 司令長官室
「リシュアール子息、ようこそお越しくださいました。ブガラン公国軍司令長官のリムダ・ルーパーです。」
『コルネリウス・リシュアールです。お招き、ありがとうございます。』
コルネリウスは驚くほど綺麗な笑顔と貴族らしい立ち居振る舞いで、司令長官と名乗った人物と握手を交わした。
「お父上はご健在ですかな?」
『ええ。日々執務に取り組んでおります。』
「そうですかそうですか!是非今度は御父上もご一緒にいらしてくださいね。」
『伝えておきます。』
年寄り一歩手前の男性の異様な笑顔を目の前にしてコルネリウスはペースを崩さず会話を続けていた(ちなみに俺らはコルネリウスの従者・護衛ってことになっている)。
「本日は軍の演習をご覧になりたいとのことですがあいにくと私は所用がございまして……そのため代わりの者を用意しました。」
司令官の目配せで前に出てきたのは背の高い真面目そうな男性だった。髪は黒と茶色が混ざり合い、瞳の色は緑色。浅黒い肌と程よい量の筋肉。よく訓練し、芸石が使える軍人であるということが伺える。
「ブガラン公国軍大隊長 ヴェルマンと申します。役職は中佐です。」
綺麗な敬礼に思わず「ほぉ…」と言葉を発してしまった。
「この者が案内をいたしますので、何かあれば遠慮なく申しつけてやってください。」
『はい、お気遣い感謝します。』
ヴェルマンという名の男は綺麗な仕草で扉を開けた。
「では、参りましょう」
うおーいよいよ合宿終盤だぜ!