170 ブガランの裏道
ブガラン公国首都のメインストリートをみんなで歩いていた。俺とコルネリウスが先頭、ユリーとシルヴィアが真ん中、最後尾にシリウスというポジションだ。
歩いていて感じたのは、芸石と食べ物が多く売られているということ。街に活気もあるし、健全に見える。みんなが着ている服も上等だ。
「へぇ〜なんかいい感じだな!なんか買って食おうか!」
俺がコルネリウスにそう言うと、コルネリウスは少し戸惑ったように笑った。
『えっ……何売ってるかわかんないし、やめとこうよ…。』
「なに売ってるって…そんなん商品見ればわかるだろ?」
『さすがにこういうところのものを買って食べるのは抵抗あるな……。』
「ま、まじか……」
各国の食事こそ旅の楽しみだと思ったが……どうやら違うらしい。
『あちらの高い建物はなんでしょうか。』
フードを被っているシルヴィアが西の方を見て呟いた。すぐにシリウスがひょこっと後ろから顔を出して告げた。
『はいはーい皆さーん!メインストリートの様子はわかったね?じゃあ今度は僕に着いてきてね〜』
そういうとシリウスは脇道に逸れて進み出した。俺らはそのまま後ろをついて行く。
脇道に入ってすぐ、建物も道も汚くなったことに気づいた。光も入りづらい。道も狭いんだ。それに建物がメインストリートのものより高い。
「これは……。シリウス様、すぐに戻りましょう。」
ユリーが場の雰囲気に違和感を感じ、シリウスに引き返すよう言う。しかしシリウスは聞く耳を持たずそのまま進み続けた。
『うっ………なんかさっきから臭くない?』
コルネリウスが鼻にハンカチを当てて歩いている。シルヴィアもユリーから受け取ったハンカチを鼻に当て始めた。
確かに臭い。しかもどんどん臭くなっている。
しかしシリウスは気にせずどんどん奥へ奥へと進んでいく。
『うっうぅぅぅ………』
『コルネリウスさん、私の香水をハンカチに付けなさい。』
『あ、すいませんシルヴィア様。ありがとうございます。』
『ユリーあなたも。』
「は、はい……是非使わせていただきます……」
たぶんいつもの2人ならシルヴィアの香水を(ていうか香水持ってきてたんだ)使うことに対し畏れ多いと言って遠慮しただろう。けれどそんな言葉も出ないほど、臭いは強烈だった。
そして……一層臭いが酷くなり、流石に異常性を感じた。この臭いをこのまま嗅ぎ続けることに身体が警鐘を鳴らす。
気持ち悪くて仕方がない。
「シリウス……この腐敗臭はなんなんだ……?!」
俺もいよいよ我慢できず鼻に布を当てて聞くと、シリウスがにこりと笑って上を指差した。
『上の階から漏れ出てる死臭だね。』
シリウスの指先の指す方を見る。
5、6階の縦長の建物が所狭しと並ぶ空が見える。そのどれもが1発殴れば建物全体が崩れてしまいそうなほどに廃れている。
「うっ…うう……」
『死、死臭……って!!死体の臭い……うっ、ううえぇ……』
『…………っ。』
ユリーが吐き気を催し、コルネリウスは吐いた。シルヴィアは懸命に耐えている。俺もギリギリ耐えたが、もっと臭いが濃くなればきつい。
『この国はね、面白いんだよ。金持ちの住む建物ほど建物が低いんだ。土地を大きく豪華に使うことが豊かさの象徴なんだろう。』
たしかにこの辺の建物は全部ぼろくて汚くてひどい有様で、建物が高い。先ほどのメインストリートの方の建物は綺麗で美しく、豊かで、2階までしかなかった。
「けどメインストリートからもこっちの建物が見えてたぞ?金持ちなら視界に入るのすら嫌がりそうだけど……」
『逆だよ。』
シリウスは嗤った。
『「僕たち、ああはなりたくないね」って言いながら飲む酒が上手いんじゃないか。』
この街は富裕層と貧困層で差がありすぎるんだ。
「…………でもどうして死臭が上の階からするんだ?」
俺の質問にシリウスが微笑んだ。
『ほら、死体って処理が大変でしょ?だからみんな使われなくなった高層階に死体を放置していくんだ。それが溜まりにたまって、こんな風に下でも臭うようになったんだよ。』
埋めるとかいう知恵はないのかよと思うが、それすらもしないほどこの街は終わってるってことなのか?
『この辺は雨も多く降るからね。な~んか色々溶け出して余計に臭いんだよきっと。あははっ!』
『ううぅぅぅぅぅぅ………』
「おえっ…」
『…………っ。』
コルネリウスもユリーもシルヴィアも、もう限界に近い。
「シリウス戻ろう。ちょっとこれ以上ここにいるのはしんどい。」
俺がそう言うとシリウスはけらけらと笑った。
『あっはははは!なんてひどいことを言うんだ!ここには街の8割の人が住んでるんだよ。そんなこと言ったら皆さんに失礼でしょ?』
「8割?!?!」
そんな大勢がここに住んでるのか?
それはもう街として機能してなくないか?
待て………。今、何人かに囲まれてるな。
すでに癖のようになった芸素拡散……それによる周囲の探知で、俺の知らない芸素の塊がいくつも周りにあるのを感じ取った。
「…っ。シリウス……!!」
『よかった。ちゃんと気づいたね。』
『「『 ・・・? 』」』
3人とも誰かに囲まれてることにはまだ気づいていない。しかし下手にこちらが応戦するような態度を取れば向こうがすぐに反撃にでるかもしれない。
シリウスが一度手を叩き、にこやかに告げた。
『やっと合宿っぽいことができるね!コルネリウス、相手を殺すことなく、最低限のケガでこの場を収めなさい。』
『はい?……なんのことでしょうか?』
コルネリウスはまだ囲まれてることに気づいてない。もちろんシルヴィアとユリーもだ。
合宿が始まる前、シリウスはユリーのことは守らないと言った。つまりシリウスは残り2人のことは守るのだろう。ならば俺が優先して前に立つべきなのは……
「ユリー、俺の後ろにいてくれ。」
「………はい?」
俺はユリーを自分のすぐ背後において周囲を見渡した。
『コルネリウス、僕らを狙ってる人間は10名。僕たちの服やお金が欲しいんだろうね。君は僕らを守りながら、彼らを無力化してみて。』
『え、10名?………ね、狙われてるんですか?!』
コルネリウスはハンカチを床に投げ捨てすぐに抜刀し、辺りを見渡した。さすがの反応の速さと覚悟だ。しかしそんなコルネリウスの臨戦態勢を見て、相手が動かないはずがない。
目の前の4名、それぞれ腕下ほどの長さの剣を持っている。そして左右の建物の3階からそれぞれ3名。計6名の武器は見えない。けれどこの辺に住んでる人であれば大した武器は持っていないだろう。
『っ………どこの者だ!もし我々に危害を加える行動を取れば容赦はしない!』
コルネリウスが声を張り上げ警告する。しかしそんなので去るような者もいない。
シリウスは殺すなと言った。けれど俺らを守れとも言った。
自分の身だけを守るのと、一人でも守る人間がいるのでは動き方に大きく差が出る。きっとコルネリウスも考え、迷っているだろう。
本来ならば自分が相手の方へ向かっていって倒したい。けれども自分が動けば背後の人間を守れなくなる。同時に襲い掛かってきたらどう守ろう。
その迷いは表情にも動きにも表れ出ていた。
「コル、無理そうなら俺らのことは気にしなくていい。無力化だけとりあえず考えろ。」
俺がそう言うとコルネリウスは一瞬安堵した表情を見せたが、すぐに不敵に笑った。
『シリウス様のご指名だ。絶対に期待以上の成果をあげる!』
瞬間、コルネリウスは動いた。
目の前にいる4人に驚くべきスピードで向かい、剣の柄部分で相手の胴体を突いていく。元々技量も鍛え方も違う。コルネリウスの4撃で4人は見事に動けなくなった。
コルネリウスは俺らの位置に手を伸ばし大きく言葉を発した。
『ギフト!! 氷晶壁!!!』
パ ッキィィィィィン !!!!!!
俺ら4人の前に一枚の大きな氷の壁が現れた。これで3階にいる人たちの攻撃を防ぐのだろう。
そしてコルネリウスはすぐに大きな氷を階段のように作り、3階の窓へと向かった。
「す、すげぇ…!!」
なるほど!確かに構造がわからない室内に入るよりは得意の氷の芸で建物の外側に階段を作って窓から入ってしまった方が動きは早い!
コルネリウスはそのまま向かって左側の室内に突っ込んでいった。数回剣の交わる音がしたが、その音もすぐに止んだ。
『制圧完了!!』
3階からコルネリウスの元気な声が聞こえる。よかった。窓からコルネリウスの笑顔が見えた。
「く、くそぅ……!!!」
「『「『 あ。 』」』」
右側の建物の入り口から3人が出てきた。普通に建物の階段を使って。まぁ窓から入られるってわかればそりゃあ逃げるわな。
しかし、つまり敵は今俺らの目の前に来ている。それも最後のチャンスとばかりに目を獰猛に輝かせ、こちらに走ってきている。
さすがに俺が対応するしか……
俺は剣を構えつつ、ユリーの前に立った。シリウスは敵から一番遠い場所でただただ笑顔で立っていた。
『ギフト!!! 氷刺!!!!』
バキン!!! ブッシャアァァァァァァァ……!!
「「 ひ、ひぃぃぃぃ!!!! 」」
コルネリウスは、俺らを守ろうとしたのだ。そして3階から解名で、狙いを定めてしまった。
解名は威力のある芸だ。人も簡単に引き裂ける。
向かってきていた3人のうち、一人の身体には巨大な氷の釘が刺さり、もう一人は太ももから下が、もう一人は右腕が離れ落ちた。
『っ…‥…!!!!!!』
窓から下に降りてきたコルネリウスは厳しい表情のまま1番大きな怪我を負わせて動かなくなった一人に近づいた。
『………まだ息はある!シリウス様お願いです!どうか、この者に治癒を!!!!』
『え。冗談でしょ???』
『は、はい?』
シリウスは鼻を鳴らして口元を隠した。笑っているのだ。
『まさか僕にそんなこと、させないよね?』
『そ、そんな………!!!!』
コルネリウスの表情が絶望に変わる。俺がシリウスの代わりに治癒をしようと思ったが、一瞬早くシルヴィアがその人の近くに近寄った。
『私がしましょう。 ギフト・・・治癒!』
金色の芸素がその人の胴体を大きく包み、しばらく後、洋服だけ大きく破れた男性が道の真ん中で転がるだけとなった。
『………ふう。』
「シルヴィア様、お加減は……」
『大丈夫よユリー。心配しないで。』
こんな大きな怪我の人を見て体調も崩さずきちんと治癒をし終えたシルヴィアに思わず感動する。しかし今のでけっこう芸素を使ったようだ。
「ギフト・・・治癒。」
俺は残り2人の足と腕をそれぞれのつなぎ目に設置し、両者に治癒をかけた。すぐに治癒は終わり、2人さ当初と変わりない姿になった。
『アグニさん、芸素は?』
「ん?ああ、大丈夫だよ。心配しないで。」
シルヴィアの気遣いに一度微笑みかけてから、相手の武器を奪い取る。念のため、無力化をね。
『なぁんだぁ。失敗はいい学びになるのに……。』
シリウスが残念そうに呟くが、目の前でコルネリウスが罪悪感を背負うのを黙ってみているのは俺的に好ましくない。
それにコルネリウスは怪我を回復させた後も表情が暗かった。
『これ……念のため、慰謝料です。受け取ってください。』
コルネリウスは自分が持っていた1ウェン硬貨を道に置いていった。ちなみにえげつねぇ金額だ。倒れていた4名がその硬貨に飛びつき本物かどうかを確認した。そしてまた、半笑いで俺らに剣を向けた。
「お金……もっと持ってるんだ?」
「全部出せ。」
「服も脱げ。」
「い、いしゃりょう……」
『え。』
コルネリウスも戸惑いを見せた。身体は治癒で回復させてるし、最初に剣を向けてきたのはそっちだ。警告を聞かなかったのもそちらだ。
「おいおいおい、それは求めすぎだ。な? そろそろ引け。」
俺はそう言ったが、全員全く引かない。そのうちの一人が何か閃いたかのように自分の腕を切りつけ、血を出した。
「ほ、ほら。これ!怪我だ! い、いしゃ料もらうぞ。」
「はい???」
「ご自分でされた怪我はご自分の責任です。こちらへの慰謝料請求はお門違いです。」
ユリーがはっきりと告げるが、相手は意味がわからないという風に首を傾げ、半笑いのまま剣を構えている。
『ふふっ……』
シリウスが笑っている。
『コルネリウス、アグニ、ユリー、シルヴィア。そろそろ君たちは自分らの受けてきた教育レベルの高さに気づくべきだ。』
シリウスはそう言いながら一番前で剣を突き付けている奴に歩み寄った。
『シリウス様!危険です!!!』
「離れてください!」
コルネリウスやユリーが剣を構えたままシリウスに叫ぶが、シリウスは気にせずどんどんと相手に近づいていく。
『彼らは、怪我をしたらお金がもらえると思ってる。どう怪我をしたかではなく、怪我自体でお金がもらえると勘違いしてるんだよ。慰謝料なんて単語、君たち知らなかったでしょ?』
シリウスが腕を切りつけた一人に話しかけた。相手の男性は首をカクカクとずっと傾げながらへらへら笑っている。たぶん今の説明も理解できていない。
「『「 ………。 」』」
コルネリウスとユリーとシルヴィアが驚いたように黙った。しかし、帝都外では意外とこういうことはある。貧困層の人達は帝都の学院にも、街の教育機関にも通ったことなどないのだ。
シリウスが天使のような笑顔で相手に告げた。
『ありがとう。君たちのような愚か者のおかげで、彼らは自分の知性に誇りを持てるんだ。』
相手の男はシリウスの「ありがとう」と笑顔に反応し、また半笑いで片手をシリウスに差し出しお金を要求した。
一瞬、この場の空気が全て無くなったように感じた。
「うっ・・・・」
バタン バタン バタバタバタ……
俺らに剣を向けていたその場の4名が急に倒れだした。
『え、な、なに?』
「『 っ………!! 』」
コルネリウスもシルヴィアもユリーも、そして俺も、今の状況を読み込めなかった。しかしこの場の支配者であるシリウスが俺らを振り返った時、その瞳は金色の光を帯びていた。
『さぁ……そろそろ戻ろうか。』
1ウェン硬貨は100万円のつもりです。
第3章最初の「〈 用語・人物・学院の説明 〉」の話に硬貨の値段イメージを載せてあるので、もしお忘れでしたらチェックしてみてくださーい!




