169 ブガランの首都到着
『絶対に嫌です。』
「なんで?!!」
シルヴィアが俺におんぶされるのを断固拒否する。
空は白くなり始めており、もう朝になる。そろそろ移動を開始したいのに、シリウスは急かすでもなく俺らの様子を楽しそうに見ていた。
『同級生……それもあなたに!私が…!お、おぶられるなんて……許せるわけがありません!』
「え~何それ何それ。じゃあシリウスならいいの?」
『………そうですね。シリウス様、ご迷惑をおかけしますが』
「ええ?!ほんとに俺がだめなの?!!」
目で、声で、シルヴィアから拒否が伝わってくる。こんなに嫌がられるなんて。コルネリウスが俺の肩に手を置いて励ますように言う。
『アグニ……あの、シルヴィア様も年ごろの女性であまり同級生に背負われるのはさ……ここは同じ天使の血筋であるシリウス様にお任せしようよ。』
「ええええ~?????」
同級生だと何?!恥ずかしいのか?!見栄なのか?!やっぱ屈辱なのか!!それとも俺は貧弱だと思われてるのか?!
「いや、俺走れるし!!トラとかクマの芸獣の遺体を背負って移動することだってあったんだ!たいていの荷物は持ったまま走れるぞ?!」
「荷物………トラ…クマ……」
ユリーが遠い目をして俺を見ている。シリウスが満面の笑みでさっきから見てくるし、まじでなんなんだよもう!!!
『はいはーいじゃあ移動しますよー。シルヴィア、ユリー、芸獣が出たら君たちに戦ってもらうからね。コルネリウスは限界になったらすぐ言うこと。走りながら治癒をかけてあげる。それでアグニは……よろしくね。』
『「『 はい!! 』」』
「おう……。」
『それじゃあ、出発進行~!!!』
その後、コルネリウスは治癒と芸素回復薬で半日走り、シルヴィアと走るのを交代した。俺の背中にコルネリウスがくっついてる時はめちゃくちゃ楽しかった。ずっと近くで会話できたし遠慮しなくていいし。
シルヴィアも治癒をされつつなんとか半日走り切った。しかし身体強化ができないのでペースは遅い。そして夜の間にユリーが走る。ユリーも身体強化はできないためペースは遅いが、なんとか半日走りきった。
そしてすぐまたコルネリウスが走る。もう宿屋には泊まらない。コルネリウスは再度、治癒と芸素回復薬を併用しながら半日以上走り、またシルヴィア、ユリーが走って……
ブガラン公国の首都に着いた。
直線距離で進み続けたため、風向かう1週目5の日の夜に辿り着けた。大型の芸獣に当たらなかったのも救いだった。
『よ~し!じゃあ宿屋を探して夕ご飯を食べよう!』
「わ~い!!」
『「『 …………………。 』」』
3人とも元気がない。そもそも2日前くらいからあまり口を開かなくなっている。
『あれれ?お腹空いてないのかな?』
『………シリウス様、せっかくですが……もう…休憩したいと思います。』
コルネリウスが弱弱しい声で告げる。シルヴィアもユリーもコクリと頷くだけで声を出さない。思った以上に疲れていたようだ。
「お、おおそっか。じゃあ俺とシリウスはあとで食べに行ってくるわ。まず宿屋……どこがいいとかある?」
『ないよ。』『「 ありません。 』」
おおう。3人とも即答。まじで疲れてるんだな。
『ふふっ。じゃあせっかくだし、ちょっと良いところに泊まろうか。』
・・・
「………いらっしゃいませ。」
シリウスが入ったのは見るからに高級なホテルだった。内装が豪華だ。しかしホテルの人たちの態度は頗る悪い。
シリウスがカウンターに行き、声をかけた。
『5人だから最低でも2部屋欲しいんだけど、ある?』
「……………ご予算は?」
『お金はあるよ。』
シリウスの言葉にホテルマンはピクリと反応を示した。しかし俺らへの態度は悪いままだ。
まぁそうだろう。俺らは旅人の格好だし、たぶんこのホテルには貴族も泊まる。お金があるかもわからない汚い服の5人組なんて泊めたくないのだろう。
「………申し訳ございませんがただ今客室は空いておらず」
『ほんとに?』
シリウスが食い気味で尋ねる。ホテルマンは鼻で笑いながら言った。
「よろしければあなた方に見合った別のホテルをご紹介しますよ。そちらの方がお安いですよ。」
ほぉ……全然泊める気ないな。
けどシルヴィアが一緒だし安い所は……
するとシルヴィアとユリーがカウンターの前まで近づいた。そしてシルヴィアはずっと付けていたフードを取り、ユリーがホテルマンに告げた。
「彼のお血筋のお忍びである。いつまで待たせるつもりか!早く部屋を用意しなさい。」
ユリーの一言で周囲にいたホテルの従業員は全員こちらに頭を下げた。
「て、て、、てんし……!!! は、はっ!!!すぐに!すぐにお部屋を!!!!!」
一気に周りが動き出した。あるホテルマンは他のお客さんの入場を制限し、別のホテルマンは荷物をすぐに持ちにきた。部屋の準備に走っていく者もいた。
「ご、ご、ご………ご案内いたし……させていただきます!!!!」
こうして一瞬で俺らは部屋を手に入れてしまったのだ。
・・・
部屋は最上階の1フロア。部屋が3つあり、それとは別にリビングや浴室等が付いている。もちろん風呂トイレもバカみたいに広くて綺麗だ。
2つベッドが足りないのでワンランク下の部屋も取るかと聞かれたが、シリウスは寝ないし俺はソファでいいので断った。
「まじでいい部屋だな!!」
『髪、見せてよかったの?』
俺が部屋を走り回っている間にシリウスがシルヴィアに聞いた。シルヴィアは眉間に皺を寄せてコクンと頷いた。
『構いません。早急に部屋に入りたかったので。』
『あははそっか。じゃあ3人とも、好きな部屋使って寝てなさい。』
しかしユリーは絶対にシルヴィアから離れない、私は寝ないと言い続けるので、仕方ないからソファベッドをシルヴィアの部屋に入れて同じ部屋で寝てもらうことにした。
そして俺がシルヴィア&ユリーの部屋の前に解名の水鏡を張り続けることを条件に、ユリーからなんとか外出を了承してもらった。シリウスも外に繋がるドアの前とコルネリウスの部屋の入口に水鏡を張ることになった。
「よし!じゃあシリウス、行くか!」
『お酒飲みにいこ〜!』
「おー!!!」
・・・・・・
首都だけあってお店も多いし、夜の街も明るい。早く帰らねばと思いつつも、ついついはしご酒をしてしまった。
だって俺とシリウス頑張ったよこの5日間!
みんなを背負って不眠不休で走ってたんだぞ?
少しぐらい羽目を外してもいいじゃないか!!!
「ところでホテルの様子に変化はないか?」
『大丈夫だよ。誰も部屋には入ってない。』
「追跡の方は?」
俺の問いにシリウスがニヤリと笑った。
『大丈夫。2日目からこちらの動きを追えてない。』
俺とシリウスは無言で互いの杯をかかげ、再度乾杯した。
「ちゃんと撒けたんだな。」
『凄いじゃんアグニ。成長したね。』
「えっへへ~!!!!」
いやあ、酒が上手いぜ!!!
俺とシリウスは隠れて護衛している連中を無事に撒けたようだ。その方法はいくつかある。
まず一つが予想外の移動方法。2日目からのおんぶ作戦だ。俺らはこのおかげで馬じゃ走れない山や崖をまっすぐに進むことができたが、向こうはそんな風に移動するとは思っていなかったはずだ。
そして二つ目が、休憩なしの移動。俺らが休む各村や町に護衛はスタンバるだろう。それを見越して俺らは宿屋も使わずにノンストップで走り続けた。向こうが用意したチェックポイントをあえて通らなかったのだ。
そして最後の一つ。シリウスが走っている間にずっと風の芸をしていたが、俺がその上から解名の水曲を出し、風の結界ごと全部透明にしたのだ。もちろん芸素濃度を察知すればバレるが、度重なる予想外の移動に追いつきながら芸素察知をし続けられる強者を向こうは用意していないと考えた。
俺らが天使の血筋のお姫様と伯爵家のお坊ちゃんを預けるに足る人間・・・君らよりも優秀だよと見せつけるためにも、絶対に追手(護衛)は撒かなきゃいけなかったのだ!!
『ま、これで誰も文句は言えないでしょう。』
そもそも護衛を付けることは俺ら、ひいては公爵を信用していないことと同義だ。つまり向こうはできればバレずに、内緒で護衛任務を遂行したい。なので俺らが逃げても「なぜ逃げた!」「なぜ水曲を使った!」とは口が裂けても聞けないし、文句もいえないのだ。
「な~んか俺どんどん性格悪くなってる気がするなぁ~誰だかさんのせいで。」
『え~?そんなことないよ~。 だって僕らは天使なんでしょ~??』
『「 ぎゃははははははっ!!!! 」』
天使の血筋であることをこんな風にネタに使って笑ってるってバレたら絞め殺されそうだが、まぁでも楽しいし、酒はどんどん進む。
結局俺らは最後の客になるまで酒を飲んだ。そして陽気なままホテルに帰り、俺は秒で爆睡した。
・・・・・・
「ぬあぁぁぁぁよく寝た!!」
『おはよ~アグニが一番だ。』
「え、まじ?」
翌朝、ベッドから出てリビングにいくとまだシリウスしかいなかった。
「今は……もう8時か。」
『みんなにとってはまだ8時なんだよ。』
今朝の2時にシリウスとホテルに帰ってきたので俺は6時間くらい寝ている。でもみんなはほぼほぼ12時間寝ている。
『君、芸素量も体力も結構ついたんだね。』
「そうなのかな?あんま気にしてなかったけど……それより俺お腹空いちゃった。」
俺がお腹をさすりながらシリウスに言うと、シリウスはくすっと笑ってから外出用の民族衣装を手にとった。
『それじゃあ、朝一にでも行こうか。』
・・・・・・・
ガチャ・・・
「あれ?シルヴィアとユリー!起きたんだ!」
ホテルに帰宅すると、身支度を整え終わった2人がリビングのソファに座っていた。
『もしかして……今の今までずっと外にいたのですか?』
シルヴィアは信じられないとでも言いたげな表情でこっちを見た。どうやら俺らが今の時間まで一度もホテルに帰っていないと思ったらしい。リビングで喋ったりしてたけど……まぁ眠りが深かったようで何よりだ。
「違う違う!今は朝ごはん買いにいってたんだよ。ほら、2人のもあるよ。」
俺が手持ちの袋を前に出すとすぐさまユリーが近寄り袋の中を確認した。
「これは……なんでしょうか?」
ユリーが不思議そうな顔をしてボールを手に取った。
「これ冷麺だよ。この辺って海近いじゃん?だから海の魚介を使ったスープで作ってんだって。」
俺の答えに対し、ユリーはまだ首をかしげていた。
「れいめん……?」
『二人とも屋台料理食べたことないでしょ。』
シリウスがシルヴィアの斜め向かいのソファに座ってにこにこしながら言った。
『屋台料理……というジャンルを存じ上げません。』
シルヴィアの言葉にユリーも頷いた。
忘れがちだが、シルヴィアはお姫様だしユリーも辺境侯爵家のご令嬢だ。そりゃあ屋台飯なんて食ったことねぇわな。
『昨日の夜も、今日の朝もまだご飯食べてないでしょ。食べてみなさい。』
シリウスは頬杖をつきながら2人に食事を促す。年上の天使の血筋に食えと言われたら逆らえないのだろう。まずはユリーが毒見を兼ねて冷麺を食べた。本来はすすって食べるが、パスタと同じような食べ方をしている。
「………っ!!! おいしいです…」
ユリーの表情が少し明るくなった。お気に召したらしい。
『この冷麺は……どう食べるものでしょうか。』
シルヴィアは口に入れる前にシリウスに聞いた。
『すすって食べてごらん。』
『すする……わかりました。』
表情には出さないがシルヴィアはおそるおそる、けれど美しい所作で麺を口に運んだ。そして数秒後、シルヴィアの芸素が一気に広がった。
『…………美味しいです。』
『ははっ! 伝わってるよ。』
シリウスはもちろんシルヴィアの芸素の広がりとともに肯定的な感情を察知しただろう。とりあえず二人とも気に入ってくれてよかった。
「ところでコル、起きねぇな。そういえば……」
以前コルが自分で朝が弱いと言っていた。屋敷の人間に起こしてもらうのに慣れすぎたせいだと。今回はいつも以上に疲れているだろうから自分では起きないだろうし・・・
『あと1時間後にはここ出るからね。』
シリウスの言葉で俺はコルの部屋に向かった。
「しゃーねぇ。起こしたるかぁ」
コルネリウスは起きた後、30分ぼーっと過ごし、残りの30分で身支度と朝食を済ませた。そしてホテルマンらの盛大なお見送りとともに俺らはホテルを出て、王都見学のための街歩きを始めた。
アグニが無自覚でけっこうな化け物になっちゃってます。




