166 最大級のパーティー2
主催者ごとの挨拶を終え、本格的にパーティーが始まった。もう俺の仕事はない。さぁ、友達を探そう!
っと思ったが、主催者らのダンスが行われるらしい。そしてその間は黙って見てないといけないので俺はシャルルとアルベルトと一緒にダンスを見ていた。
「シーラ様のダンスだ…!!!」
『どのタイミングでもいいから俺とも一緒に踊ってくれないだろうか……』
「公爵と踊り終わったらシーラに聞いてみれば?」
俺の意見に2人が途端に首を横に振った。
「アグニ、シーラ様と踊りたい人間が何人いると思ってるんだ?」
『このパーティーは俺より高位の貴族が沢山いる。そっちが優先だ。しばらく様子を見て、平気そうなら声をかけるよ。』
どうやらシーラには高位から低位、という順番で声をかけるらしい。たしかに天使の血筋の現国王が何人か来ているからシャルルでも遠慮しなければいけないのだ。
まぁ俺は関係ねぇな!!!
よし!コルとカール探そ!!
『おい、少年。』
「うへぇ? あっ!!」
話しかけられた方を向くとシュエリー公国の女王、シュエリー大公が立っていた。
シュエリー公国・・・一度シリウスと行ったことがある。帝国唯一の島国であり、帝国全ての教会を統べる「天降教会」がある。そしてシュエリー大公はそこの教皇にして国王だ。
「シュエリー大公!!お久しぶりです!!」
シュエリー大公は相変わらず年齢不詳の美しさがある。見た目的には俺とほとんど変わらなそうなのに息子は今年20歳なのだ。
『あ、シュエリー大公!お会いできて光栄です。シャルル公国のシャルルです。』
近くにいたシャルルがすぐに大公に挨拶し、アルベルトは頭を下げる。シュエリー大公はすぐに気品溢れる笑顔に戻り、「教皇」のように振舞った。
『シャルルですね。覚えていますよ。そしてフォード公国の皇太子アルベルト。あなたも、お久しぶりですね。』
「はっ!天空のお導きにより出会えたこの機会に感謝申し上げます。失礼ながら……アグニとはお知り合いなのでしょうか?」
アルベルトの質問に一瞬にしてシュエリー大公が顔を顰めて笑った。
『ああ…そういえばアグニとかいうふざけた名前だったな。』
「前に一回シリウスと天降教会に行ったんだ。」
大公が急に口悪くなったことにシャルルとアルベルトは驚きつつも、もちろん言及などできない。目を見開きながらも平静を装っている。
俺は以前にシュエリー大公の素を知っていたから別に驚かなかった。
「そういえばシュエリー大公、聞きたいことがあるんです。」
俺の言葉にシュエリー大公は首を傾げた。
『わざわざ私に?それこそあの人に聞けばいいのでは?』
「いえ、帝都共通教会のことについてなので。」
大公は眉をピクリと動かしすぐに周囲の気配を探った。そして会場の端を指す。
『移動しよう。ほら、ついてこい。』
「あ、はい!シャルル、アルベルト、またな!」
・・・
『それで……共通教会がなんだ?』
傍目に見れば黒髪の青年の話を心優しく聞いてあげている教皇様の画だろう。
もちろんシュエリー大公の護衛騎士5人が俺らを囲んでいるため、今俺らに話しかけてくるような強者もいない。
「創世記には『天空人が地上人を憐れみ、地上に降り立った』って書いてある。けど本当は、天空人同士で戦争があって負けた方が地上に追いやられたんじゃないかって思ってんすよ。」
『は?なんでそう思った?』
「…………聞いたことないですか?洗礼式で何がされているか。」
俺の一言でシュエリー大公は途端に顔色を変えた。
一段とピリッとした芸素が溢れ出し、見た目からでも動揺しているのが伝わる。
『お前っ!!!!!!!なんでそのこと……!!!』
「洗礼式で何されるか、知ってるんすね?」
『っ!!!!!!!』
シュエリー大公は素早く風の芸で結界を張った。パーティーの喧騒もあり、きっと内部の声は俺以外には届かない。
『2つ、訂正しておく。』
「ええどうぞ。」
『1つ目、私は洗礼式で何が行われているかは知らない。ただ……私には長い反抗期があった。その時、自分の家系や教会の粗を探そうとして、お前が意図することの可能性に辿り着いた。』
シュエリー大公は付け加えるように『ちなみに今は息子が絶賛反抗期中だ。もう長く国を空けて帰ってこん。』と告げた。護衛騎士らの連絡は来るから生きてはいるらしいが、国王が次世代を連れずにパーティーに来ている理由がやっとわかった。
『2つ目、確かに私は教会を統べる立場にあるが帝都共通教会だけは管轄外だ。』
「え?そうなんですか?」
『ああ。帝都共通教会で行われる洗礼式、それは生まれた時に私も受ける。つまり一教皇といえども帝都共通教会の中では等しく信者として儀式を受けるのだ。しかしそうなると教皇の立場の更に上に帝都共通教会が位置することにもなってしまう。そんな矛盾を避けるため、帝都共通教会は独立教会として私の管轄に入らない。』
なるほど……。教皇であるシュエリー大公の立場は当たり前だが一番上のはずだ。
しかしそんな教皇すらも帝都共通教会の中では一信者の立場に落としてしまう。
けど教会を統べるのはシュエリー大公だ。ここで矛盾が生じる。
だからある意味、仕方なく帝都共通教会は独立した立場を取らざるを得ない。
『おい、アグニ……』
「あ、はい。なんでしょう?」
シュエリー大公はほとんど口を動かさずに聞いた。
『洗礼式を受けていないお前には……何が視える?』
シュエリー大公は間違いなく洗礼式で何が行われているのかを理解している。そのことを確信させる台詞だった。
「…………空にいた記憶です。とても平和な世界ですよ。争いもなく、皆が笑顔で、豊かで、美しい。」
『では先ほどの意見はなんだ?天空人同士で戦争し、敗者が地上に降りたと予想を付けたのだろう?』
シュエリー大公はまた口をほとんど動かさずに言った。何を喋っているのか悟らせないための方法なのだろう。
「一度だけ……絶望を見ました。天使の血筋のような外見の人たちが皆死んでいたんです。『私』は泣きながらそれでも止まることなく、誰かを探していました。」
『…………わかった。そろそろパーティーに戻ろう。怪しまれる。』
シュエリー大公はすぐさま美しく慎み深い笑みを浮かべる教皇の姿に戻った。俺もそれを合図に「黒髪の少年」として態度を改めた。
「では、シュエリー大公様。またお会いできることを心より楽しみにしております。」
『ええ。是非また我が国に遊びにいらしてくださいね。では、失礼。』
去っていくシュエリー大公を見届けてから俺は一度公爵のところへ戻った。
「公爵、」
『アグニ。パーティーは楽しめているかい?』
公爵のところに行く前に飲み物を2人分持っておいた。片方を公爵に渡し、もう片方は俺が飲む。
「あ、はい!それにしても……シーラは大変そうっすね。」
シーラは少し離れた席に座り数名と喋っていた。で、その周りを何人もの人が囲み遠巻きに見ている。今シーラは数名の天使の血筋と会話していた。
シーラは喋った人全員のことを覚えている。もちろんその内容も。だからこそ久しぶりに会っても会話が弾みやすいのだと以前公爵から聞いたことがある。
シーラとその場にいた天使の血筋の一人が席を立ち、ホールへと向かった。次のダンスを踊るのだろう。しかしそこに思わぬ人物が現れた。
「シーラ殿!!どうか今宵は私の花になってくださいませ!」
「うおぉぉ??? エ、エベル王子…?」
臭いセリフとともに現れたオレンジと黄色の縞々衣装はわざとらしく跪きシーラに片手を差し出している。
シーラはわずかに口角を上げて告げた。
「ごめんなさい。先約があるの。」
「なっ!!!!!!!」
エベルがあり得ないと言わんばかりの表情でシーラを見た。そしてシーラの隣に立つ天使の血筋を一瞥してから再び爆弾を落とした。
「確かに彼は天使の血筋だが、私は王族ですよ?!」
「えぇ。では。」
「、ま、待て!!!!」
エベルがシーラを呼び止めた。シーラは身体半分だけエベルの方を向いて続きを促す。
「いいのですか?あなたの行為は王族への不敬となりますが?」
エベルの言葉にシーラの隣に立っていた天使の血筋の男性が一歩前に出て告げた。
「あなたこそ、いいのですか?我々への不敬は神への不敬にもなりますが。」
「っ………!!」
それを持ちだされたらエベルは黙るしかない。この帝国において、神への不敬は世界の反逆者にもなる。そして天使の血筋はこんなセリフを持ちだせるような立場なのだ。
「エベル!!!!!!」
遠くからエベルの名を呼ぶ声がした。すぐにその人物は複数の護衛とともに現れ、エベルの横に立つ。
「愚息が失礼した…!」
どうやらエベルの父ちゃんらしい。とても短い謝罪の言葉だった。
けれども事を大きくしても何もいいことはない。シーラは頭だけで軽く会釈してから再度ホールへと歩き始めた。
しかし、エベルは事を荒げたかったらしい。
「父上!!たかが身売りの踊り子の分際にあなたが謝罪する必要はありません!爵位だって向こうは伯爵位だ!!芸者だかなんだか知らないですがいくら天使の血筋といえでもあんな態度……ひぃっ!!!!!!」
あーあ。終わった。
あいつ、発言をミスったな。
会場の雰囲気が一気に険しくなった。シーラの周りには常に大勢の人がいる。それらは事の始まりからエベルの発言、全てを見ていた。
そしてもちろん、公爵を始めとした天使の血筋も大勢いた。
天使の血筋は同族意識が極端に強い。そして今のエベルの発言は同族を汚す言葉だと認識された。
今までシーラと喋っていた他の天使の血筋らは、ゆらりと席を立ち上がり真正面からエベルを見ている。たまたま近くにいたシャルルやシド、シュエリー大公すらも攻撃的な視線を向けていた。
エベルの父、ブガラン国王はすぐに頭を下げた。
「ぐ、愚息が……重ね重ねとんだ失礼を…!!!!頭の出来がよくないもので、十分に言い聞かせます…!どうかご容赦を……!!!」
一国の王としては形無しだ。
エベルもさすがに周囲の雰囲気を悟ったか、ビビりまくって黙っている。
場の主役となってしまったシーラは持っていた扇を一度自分の右頬に付け、そして去っていった。ブガラン大公は明らかにほっとした顔をし、すぐにエベルを連れて会場から去っていった。
「…え?なに?どうなったの?」
話についていけなかった俺に公爵が説明してくれた。
『シーラが許すと言ったのだ。まぁ当人が許すと言うならば我々が前に出る必要はない。』
扇の合図で許しを示していたらしい。また覚えなくちゃいけないことが増えた。
『アグニ、シーラの様子を見に行ってくれないか。休憩室へ向かうはずだ。』
確かにシーラはホールで踊ることなく、どこかへ向かったようだった。会場にあるそれぞれの休憩室へ向かったのだろう。
「わかりました。あ、けど俺入れます?」
『休憩室の前に配置しているのは公爵家の騎士だ。もちろん君のことも知っている。』
「あ、そうなんすね。わかりました。じゃあ、また!」
・・・・・・
コンコンコン……
「シーラ?入るよ?」
「いいわよ~」
シーラの休憩室の中から返事が聞こえた。そして中に入ると、シーラの他にシリウスもいた。
「あれ?シリウス?来てたのか??」
『まぁね~だって誰もいなくて暇だったんだもん。』
へぇそうなのか。ところで……どうしてシリウスがシーラのドレスを解いているんだろう。ドレスに巻いてあるレースやら芸石やらもシリウスが取ってあげている。
「何してるの?脱ぐの?」
『シーラさん、今から頑張っちゃうんだってさ。』
「ん?どゆこと?」
シーラの頑張りとドレスを脱ぐのがどう関係しているのかわからない。シーラは「これ1人じゃ脱げないのよ」と言いながら宝石「レディ・ピンク」を取っていた。
『上手くやったようだね?』
「えぇ。」
2人の会話を聞きながら俺も宝石をしまうのを手伝い始めた。
「なぁ、どういうことだよってば。」
「シリウスに言われてたのよ。ブガランの印象を悪くしてくれって。」
「え?なんで?」
「さぁ?」
シーラは少し意地悪そうに笑いながらシリウスをちらりと見た。しかしシリウスは笑顔を保ったままドレスの後ろの結び目を解いていた。
『あんなにみんな、君の事に対して怒るとは思わなかったなぁ。シーラには怖くて歯向かえないねぇ。はい、取れたよ。』
「なによ、嫌味?」
シーラは軽口を叩きながら部屋の奥にある仕切りの向こうに入っていった。
「で、シーラはなんでドレス脱いでんだ?」
俺の質問にシリウスはくすっと笑って言った。
『「天使の血筋」ではなく「踊り子」としての姿を皆に見せてあげるんだって。』
「正確にいうと「天使の血筋の踊り子」の姿よ。」
奥から出てきたシーラは……とてもシンプルな服を着ていた。飾りも装飾も、宝石も一切付いていない。羽のように軽くて美しい絹の色の服のみだ。
シリウスがすっとシーラに近づき、わざわざシーラの右手に口づけした。そして妖艶で、挑発的な笑みを浮かべて告げたのだ。
『久しぶりの全力だね。とても楽しみだよ。 全員の心を奪えるね? 』
シリウスに対しシーラも不敵な笑みを浮かべたのだった。
「当たり前でしょう? 私は世界一なのよ。」




