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再創世記 ~その特徴は『天使の血筋』にあてはまらない~  作者: タナカデス
第4章 学院間交流と社交
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163 世の豊かさが変わる



『けどね、それは君の答えでありこの世の理想的な解答例ではあるけれども万人の正解ではないんだよ。』


「…………どういうこと?」


シリウスは膝を抱えて俺の横に座った。


『疲れちゃう人もいるんだよ、何かを守ることに。』


「疲れたって………」


『守るものがない人もいる。』


「自分の命があるだろ?」


『自分の命でさえもどうでもいいんだよ。別に生きなくてもいいけど死ななくていい、だからとりあえず生きてるって人もいるんだ。』


「………なんでだ?」


『大切なものがもうすでに壊れてたら他に守りたいものってなかなか見つからないんだよ。』


「………わからない。やっぱわかんないよ。だってすんげぇ守りたいものが壊れちゃったなら、その次に大事なんをまた守ればいいだろ?」


『そんなに強くないよ、人って。』


シリウスは慈しむような笑顔を見せた。


『アグニがわかる必要はない。わからないに越したことないんだ。ただこの屋敷で働く者らはそんな生き方しかできない人間の受け皿になってる。シャルトはなんて言ってたんだい?』


「ここで働く人たちは守りたいものがなくて、人との繋がりがないから殺しても面倒じゃないって。」


『あっはは!!そうね、それもそうなんだよ。けどこの屋敷に来てやっと自分の居場所を見つけられたって人もいる。』


「そう………なのか?」


『嘘じゃないよ?マルガもエメルも元々はここで働いてたし。』


「え?!まじで?!」


マルガはシャノンシシリー公国の、エメルはシリアドネ公国の家の管理をしている。


『マルガは孤児だった。エメルは妻を亡くした農家だった。』


「まじで?!!!!」


マルガはふくよかで元気だし、エメルはダンディなおじ様だ。そんな過去があるようには見えない。


『けど2人とも嫌々あの家にいる様子じゃないでしょ?』


少し、納得できた。

公爵はああ言っていたが、この屋敷は「人生の休憩ポイント」になっているのだ。公爵に守られるかわりに屋敷の秘密を守り、少しずつ社会に戻っていく。だからクィトも受け入れたのだろう。そしてクィトも守りたいものを見つけたら出ていけばいい。


「…………なんか少しわかった。ありがとうシリウス!」


『いえいえ〜お返しは紅茶でいいよ〜』


シリウスが紅茶をご所望なので、自分とシリウスの分の紅茶を淹れることにした。


「というかクィトはこれから技術師になるのか~。将来が楽しみだな!どんなもん作るんだろう?」


『日常を楽にする技術がどんどん増えてるもんね。世界の発展にはいいことなんだろうけど。』


シリウスは冷めたように笑った。その言い方と表情に少し棘があった。


「お前は技術の発達をあんまよく思ってないのか?」


俺の質問に対しシリウスは変わらず笑顔を見せた。


『そんなことはないよ。………知ってるかい?この世界で芸石が初めて世に出たのは二千年も前だ。けれど誰もが芸石を使えるようになったのは三百年前。じゃあどうして帝国は人々の生活を豊かにするはずの芸石の使用を、こんなにも長い期間推奨しなかったんだと思う?』


驚いた。

俺は歴史の授業で三百年前から一般家庭でも芸石が使えるようになったと習っていた。帝国全土に芸石が普及したのが三百年だと。

けれど実際は二千年も前から芸石は発見されていたのか。


「……芸石の値段が高かったから?あとはまだ世に出回るだけの芸石が見つけられてなかったから貴族が独占してた、とか?」


『まぁ近いね。けど独占していたのは貴族ではない。まぁ貴族は大金払って譲ってもらってたんだけど。』


「え?じゃあ誰?」


『帝国共通教会だよ。』


「え……。」


帝国共通教会・・・全ての民が身分に関係なく、天空王を始めとした天空人や皇帝陛下への祈りを捧げられる場所だ。なのにどうしてその場所が芸石を独占していたのか?


「なんで?独占する意味がわからない。」


『なんでさ。あそこは昔から芸石を使っていただろう?』


シリウスはくすくすと、まるで迷いの森にいる妖精のように笑った。


『天使の血筋は洗礼式で何をされるんだっけ?』


「っ!!!」


以前、シリウスから聞いた話だ。

貴族は生まれてすぐ、帝国共通教会で洗礼式を行う。そしてその際、天使の血筋は過去を視ないようにと、記憶を封じられる。天使の血筋は芸石を使えないけど、記憶を封じる装置の一部に間接的に芸石が使われていてもおかしくない。


『その他、()()を起こすための材料にも必要だった。神事に使うんだね。教会ならではの演出を行い、それを神の御業として大衆に見せればみんな馬鹿みたいに神を崇め始めるよ。』


シリウスはくすくすと笑い続けた。


「じゃあ芸石を世に広めなかったのは……芸石をみんなに使わせたくなかったから?社会が豊かになってほしくなかったからなのか?けど…そんなことあり得るのか?帝国が…人の心の拠り所である教会が……豊かになることを望まないなんて…」


『豊かになってほしくない、か。………残念ながら、それほど単純ではない。』


シリウスは俺が淹れた紅茶を口に含み、十分に味わってからこちらに笑顔を見せた。


『イサックのパーティーは技術系の関係者が多い。そして毎年新しい発見や新技術のお披露目を行っている。今年新たに披露するものがヒントになるはずだよ。よく考えて、答えを見つけてごらん。」


また、答えを言う気はないらしい。もうこれはこいつのお得意芸だと思う。

けど俺も負けず嫌いなのか、シリウスが答えを言わないことで少し安心する。きっとシリウスが俺に考えさせるのは、まだこの先の未来を動かせる余地があるからだ。

結末はまだ定まっていない、だから考えさせる。

そしてそれは、俺自身にも未来への可能性があると言われているようにも思えるのだ。





・・・・・・





今日から森の家でクィトの勉強がはじまる。第4学院の入学試験まではあと3週間しかない。たぶん死ぬ気で知識を頭に詰め込むのだろう。ちなみにルシウスも一緒に勉強を教わるらしい。新しい知識を増やしたいとのことだ。


俺も勉強をみてあげたいが、今日は社交日だ。


火の月7週目6の日。陽が暮れる前にバルバラの屋敷へと向かった。実はバルバラの家に行くのは今回が初めてだった。貴族街は爵位の低い順に東に位置する。そのためリシュアール家を超えてブラウン家も超えた先にクレルモン男爵家はある。


屋敷はとても可愛らしかった。焦げ茶赤のレンガの屋敷で窓枠が白。正面の庭も可愛らしく手入れされていた。もちろん公爵家と比べると規模は小さいが、それでも貴族サイズの家で、俺からしたら十分に大きい。


「アグニ、待たせたわね。」


「お、バルバラ!」


応接間に通され暫く待っているとドレス姿のバルバラが現れた。今日は緑をベースにしたドレスで蔦のような装飾や花がついている。


「なんか妖精の森みたいなドレスだな!」


「よ、妖精の森?……なにそれ?」


そうか。迷いの森の奥が妖精のいる森であることをバルバラは知らない。あの森の美しさを共有できないのか。


「………まぁ綺麗ってことだよ!」


俺は説明を省いてバルバラに片手を差し出した。バルバラはふんっと顔を逸らしながらも俺の腕を掴んだ。


「あっそぉ………まぁ…これハーロー洋服店のだもの。」


「あ、そうなんだ!なら納得だな。」


「うん………まぁいいわ!行きましょ!」


「おう!」



俺とバルバラは馬車に乗ってイサックの家・ハストン子爵家へと向かった。


ハストン子爵家には一度お呼ばれしている。そしてその時がきっかけとなりイサックとセシルが婚約したのだ。なのでもちろんバルバラも一度来ている。


今回はハストン家とハーロー家の合同パーティーなので同学年の第1学院の生徒も結構いた。目立つ人間でパーティー不参加なのはシルヴィアとコルネリウスくらいだろう。この2人はハストン・ハーローの両家より爵位が高いので不参加でも失礼にあたらない。



「よ!セシル!イサック!元気か?良い夜だな!」


「アグニ……!バルバラ…!!」


「アグニ殿、バルバラ殿、パーティーに参加してくれてどうもありがとう。」


「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。」


俺らは今4人で完璧な社交をしている。これこれ、このテンプレ会話のオンパレードこそが社交っぽいのだ!


「イサック、改めてクィトの勉強を見てくれるって言ってくれてどうもありがとう。厳しく見てやってくれ。」


俺がイサックにそう告げると、イサックは軽く首を横に振った。


「いやいや、問題ないよ。まぁ何の役にも立たないかもしれないけど、やってみるだけやってみますよ。」


「ははっ。頼むな!」


「頑張りますよ。ところで、今日は何時くらいまでここにいる?パーティーの中盤で技術部の新しい発明品が発表されるんだけど…」


瞬間的にシリウスが言ってたのがこれだとわかった。


「もちろん、その発明品は必ず見る。なんなら説明も是非聞きたい。」


俺がそう答えるとイサックは少し嬉しそうな顔になった。そして隣のセシルに向けて話しかけた。


「セシル、一旦この場から離れてもいいかな?技術部の手伝いをしてくるよ。」


「うん、わかった……もし人手が必要なら……私も…手伝うからね……」


「うん、ありがとう…!! では、アグニ殿、バラバラ殿、失礼しますね。」


「おう!」


俺は返事を返しバラバラは丁寧なお辞儀をした。残された俺たちは食事に手をつけつつ発表の時間を待った。


「あ、カールがいる!ごめん2人とも、俺カールと喋ってきてもいい?」


「大丈夫……だよ」


「ええ、平気よ。いってらっしゃい。」


2人から了承を得て、俺はカールの所へ向かった。


「よ!カール!」


「お、ちょうどよかった。今から庭で新しい発明品をお披露目するらしい。せっかくだからそっちに行かないか?」


「おお!やっとヒントが得られるわけだ。」


「ん?ヒント?」


俺は昼間のシリウスの話をカールに伝えながら庭園へ移動した。説明を聞いたカールは少し挑戦的な表情で笑った。


「それは面白い。どんどんこの世界の粗が出てくるな。」


「ははっ言うねぇ~。」







「お待たせいたしました!毎年恒例、帝都技術部が開発した新技術を発表いたします!」


イサック子爵のスピーチから始まり、今年度の技術部がどういう活動をしていたのかが簡単に紹介された。イサック子爵の後ろには布で覆われた巨大な物体が置いてある。


「今年度は……今までの技術の比じゃあありません。確実にこの世の中が変わります。一層豊かになるでしょう。」


そう断言する子爵に観客も驚く。貴族社会では何かを断言することはリスクを伴う。みんなの避ける表現方法だ。しかし子爵は堂々と告げたのだった。


「お見せしましょう。こちらが我々技術部の作り出した最高傑作・・・」


布が巨大な物質から取り払われた。


「芸石のみで動く馬車です!!!!」


周りが一斉にその品を見る。俺もガン見した。けれどそこにあったのは馬がいないただの馬車だった。


「え………なにかしら?」


「ただの馬車?」


「何が凄いんだって?」


一部パーティー参加者から戸惑いの声が上がっていた。確かに見た目的には何も凄さがわからない。


けれど、わかる。

技術を構成する難しさを知っている者なら、嫌でもわかる。


これは・・・


「この馬車であれば!馬を用いなくても良いのです!年間何百人もの人が馬車に轢かれ命を落としています!御者の落下事故も多い!つまりこの発明品はそんな無駄に失われる命を救えるのです!!」


演説を続ける子爵の言葉を聞きながらも、目は馬車から離せない。


「そして!この馬車は……いえ、馬が引くわけではないので『芸車』と呼びましょう。それに例えばこの芸車が脇道から逸れないように芸車専用のレールを道に引いてしまえば!一本の列のようになった芸車が帝国の各国を横断できる!」


こんな………発明品をしたのか。


「そうだな・・・列になった車で、これを『列車』と名付けよう!我々は帝国全土で、この列車の普及を目指す!」


「………おいアグニ。これが………シリウス様が仰ったヒントか……?」


カールは『芸車』から目を逸らさずに、声を震わせて言った。運送業に関わるブラウン家のご子息もこの発明品の凄さが理解できたらしい。


「………あぁ、どうやらそうっぽいな。ははっ!シリウスのやろう、何がヒントだよ…!!」



これは、この発明品は………



   確実にこの世を変える。








これ、ディヴァテロス帝国の最初の列車です。

ちなみに地球で最初の鉄道は16世紀、一般的に使われ始めたのは18世紀後半。

鉄道は産業革命に多大な影響を与えています。交通革命とも言われる鉄道の普及は、現代への移行に絶対的に必要なピースなのです。


つまり今、この発明によってディヴァテロス帝国の歴史が大きく動きました。そんな世界の分岐点を皆さんと一緒に体験した一話にしました。

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