162 クィトの今後
「さて、ではこれからのことを詳しくご説明します。」
クルトは紙とペンで今日の事とこれからのことをまとめていきながら話し始めた。
「まず、クィト。まだ状況がよくわかっていないでしょう?」
「え………はい………」
クィトもクルトの様子にうろたえつつもちゃんと返事を返した。その様子をクルトはちらっと見てからすぐにまた書き始めた。
「改めて説明します。今あなたには大きく分けると2つの選択肢があります。1つはこの森の中で殺されること、もう1つは我々の監視・管理の下で生きること。」
「っ?!!!」
クィトは大いに驚きつつも訳が分からないとった様子だった。しかしクルトはそんな様子に構うことなく淡々と説明を続ける。
「私としては後者をおすすめします。もちろん、その他の…逃げるといったような選択肢はありません。」
いや、もうこれは………絶対後者だろ。
と、俺は思うがクィトは返事をしなかった。俺らがいう監視管理がどんなものかがわからないからだろう。
そして実際、もし本当に刻身の誓いをするのであればクィトの命は俺に一任される。そう考えるとすぐに返事を返さない方が賢明なのだ。
「後者で!!」
ルシウスがクィトの代わりに返事をした。そしてルシウスはクィトの手を握り目を見て言った。
「大丈夫。絶対に僕が守ります!クィトのこれからの将来を消させません!」
「っ………」
クィトはビビりつつも、ルシウスの言葉にどこか安心しているような芸素を出した。
「……………どっちかしかないなら………とりあえず…生きるほう。」
クィトがクルトを睨みつつ告げる。しかしクルトはその様子すらも気にせずそのまま何かを書き続けている。
「かしこまりました。ではその先の話です。あなたは暫くの後、アグニさんと刻身の誓いという契約を行って頂きます。これは決定事項であり、この契約こそがあなたの監視・管理の内容になります。そしてその後は原則、あなたの行動に制限はありません。」
クルトは紙から目を離し、クィトをまっすぐに見た。
「あなたは今後、どうしたいですか?」
「…………………え?」
思いもしなかっただろう。ここで急に自由になるなんて。
どうしたらいいかわからないといった様子のクィトにクルトはふっと笑っていくつか提案をした。
「私の意見はただの一選択肢ですが……もし父上同様、技術師になりたいのならば第4学院への入学をお勧めします。卒業すれば必ず手に職は付きます。特にあなたは孤児ですから、卒業後はシャルト公爵家に勤めることもできるやもしれません。もちろんどこか別の職場を見つけても構いませんし、帝都技術部に勤めても構いません。あなたの実力次第です。しかしどの選択肢においても、第4学院卒業はいい看板になります。」
「……………。」
俺とルシウスとクィトは思わず黙ってしまう。まじでそんなに選択肢があったのか。そして俺らの様子に構うことなくクルトは喋り続けた。
「今後の衣食住の心配は不要です。特に「居」に関して言えば、学院に行くなら学院寮に、働くなら住み込み先か、もしくはルシウスとともにこの家に住むこともできます。」
「はい、質問です!!」
「はい、アグニさんどうぞ。」
俺が手をピンと上げるとクルトがすぐに発言許可を出した。
「学院の費用はどうするんですか!」
「それら全ての費用は公爵が払われます。お金に関しては何も気にしなくて結構です。」
「まじかよ!!!!!」
え?!ほんとに?!
公爵そんな全部払ってくれるの?!
俺の心の声を見越したのかのようにクルトがすらっと告げる。
「帝都一の権力者にそんなお金の心配をする方が失礼ですよ。公爵家にとっては大したことのない額です。」
「まじかよ?!!!!」
けど確かに、俺もルシウスも全部お世話になってる。シーラは世界中から貢がれてるけど、シリウスだって働いてないし………やっぱ一旦公爵に確認した方がいいんじゃないか?
「ちなみにこの程度の額なら私の独断での決定は許されていますし、事後報告で大丈夫です。」
「マジカYO!!!」
・・・
結局、クィトはこの家でルシウスと共に住むことになった。ルシウスが目に涙を浮かべながらよかったよかったとずっと言っていて、そんなルシウスの様子に安心したのかクィトも少し顔が緩んでいた。
そしてクィトは第4学院への入学を目指すことにした。
入学試験は俺の編入試験があった時と同じタイミングで、風向かう2週間のうちにある。これから急いで教材を集め勉強を行うらしい。もし落ちたら来年また受験し直すっぽい。
すでにある程度技術の知識はあるし読み書きもできるのでまぁ死ぬ気で詰め込めばいけるんじゃないかとのことだ。
そんな風に話がまとまったところでシリウスとシーラが帰ってきた。
「ただいま~。それで?」
「はい、シーラ様こちらです。」
クルトは先ほど書きまくっていた紙をシーラに渡した。シリウスも隣からその紙をを覗き込んでいる。
「あら、やっぱり第4に行くことにしたのね。」
『だね。』
「え?2人ともそう思ってたの?」
俺がシリウスとシーラに聞くと2人は普通に頷いた。
「まぁそうね。だから明日は顔見せでしょ?」
「顔見せ?」
そういえばさっき2人は家を出る前にそんな話をしていた。何のことかよくわからない。
「まず明日はハーロー洋服店に行き、クィトの普段着を揃えなければなりません。そしてついでにセシルさん、イサックさん両名にクィトの紹介を行います。イサックさんは第4学院の生徒ですから、可能ならばそのまま勉強を見てもらえるよう交渉しましょう。そして入学実技試験に向けての練習場としてフェレストさんの鍛冶場を数回お借りしたいので、そちらにもお願いに伺います。」
クルトが流れるような口調で明日の予定を告げる。なかなか図々しいお願いが混ざっていたような気もするがそれは一旦置いといて・・・
「2人ともこうなるってわかってたのか?!!!」
そうだよな?! じゃなきゃ2人の「顔見せ回り?」『そうだね』なんて会話にならないよな?! どういう思考回路してんだよ!!何歩先を見て歩いてんだよてめぇらは!!!
しかし2人ともやれやれと言った様子でソファに座った。そしてそんな2人の様子をルシウスとクィトは口を開けて呆然と見ていた。
・・・・・・
次の日、クルトの説明した予定通りにまずハーロー洋服店へ行った。そして驚くべきことにその場にイサックもいた。
イサックがいなかったらどうするつもりなんだと思っていたがそれは杞憂に終わった。聞いたところによるとイサックは最近よくハーロー洋服店を出入りしているらしいが、だとしてもクルトの先見の明には驚いた。
そしてイサックはまじでクィトの勉強を見る約束をしてくれた。
社交界直前でセシルと婚約し、俺のパートナーを奪ってしまったことへの罪滅ぼしらしい。
別にそんな申し訳なさを感じる必要もないが、まぁ貰えるもんは謝罪であってもありがたく貰っておこう。
そして普段着の購入と勉強の約束を取り付けて、俺たちはフェレストさんの工房へ向かった。
そんで鍛冶場を貸してくれというお願いも、すんなりと受け入れられた。渋られるかと思ったが、俺のことを信用しているから数回ならいいぞと言われた。
なんか少し胸が熱くなった。
そして今日は5の日なので、明日のイサックんちの社交の準備のために俺は一度公爵邸へ戻った。ついでにクィトのことを公爵に報告しに行かねばならない。
「なぁクルト。本当に公爵怒らないかな?」
俺はビビっている。クィトの生活費や学院費、その他雑費は全て公爵家のお金だ。当たり前だがなかなかの額になってる。
しかしクルトは本邸の廊下を歩きながら澄ました顔で告げた。
「大丈夫かどうかで言ったら、まぁ間違いなく大丈夫ですよ。」
「ほんとに?!けっこうな額だぞ?!」
「じゃあ…報告は私がしますのでアグニさんは公爵の様子を見ていて下さいね。」
「先輩………!! お願いします!!」
俺らは本邸の奥の区画にある執務室に通された。ちなみに本邸の前の区画にはもう一つ執務室がある。
『珍しい組み合わせだね。どうしたんだい?』
「1人孤児を拾いましたので、その者の学費や生活費の支給をお願いします。こちらおおよその費用です。」
クルトが当たり前のように紙を出し、公爵も当たり前のようにそれを受け取った。
『ふむ。了解した。追加で必要ならまた言いに来なさい。』
「かしこまりました。」
「…………………え? それで終わり?!」
こんな秒で終わるの?!
驚きすぎて俺が後ろから口を出すと、クルトがふっと笑った。
「何度もこういったことはあるんです。あなたもその一人でしょ?」
確かに俺もクィトと同じように急にやってきて、第4学院よりも高額な第1学院に入学している。
「ま、まじか・・・!!!」
『私は社会的地位のせいで自ら街に足を運び、人を拾ってくることはできないからね。それらはシリウスに任せている。あぁ、そういえば屋敷に第4学院卒業生の技師がいたな。彼にもその子の勉強を見てもらいなさい。』
「わかりました。その者にも伝えておきます。では、失礼します」
公爵は俺とクルトそれぞれに話をしながら次の書類に目を通し始めていた。クルトも慣れているのか、一度軽く頷いてから部屋を去ろうとした。
「え、あの、この屋敷の人たちって…みんな元孤児なの?」
俺が2人に話しかけるとそれぞれが動きを止めて答えた。
『皆が元孤児ではないよ。大人になってからこの屋敷に入った人間もいる。』
「共通しているのは「人や社会とのしがらみが一切ない」ということですかね。」
「………前にデボラがこの屋敷の護衛騎士の選定は全て秘密裡に行われるって言ってたけど…それもその「しがらみが無い人」を選んでるってこと?」
『そうだ。正確にいうならば選ぶというより拾ってきている、だがな。』
「なんで?なんでここで働くのにその共通点が必要なの?」
『アグニ、我が屋敷の異常性は理解しているかい?』
「っ……」
それはつい最近、実感したことだ。
この屋敷には帝国の宰相・シャルト公爵がいて、世界中の支持と情報を持つシーラがいて、圧倒的な知識と芸素を持つが貴族社会に名がないシリウスがいて、俺自身も黒髪で芸石が使える天使の血筋という特殊性があって、森の家にはヒト型の上位芸獣・ルシウスがいて……
俺の表情を読んだのか、公爵はそのまま語り始めた。
『シャルト公爵家の敷地内は決して暴かれてはならない。外部からの襲撃も、スパイも、決して中に入れてはならない。内部の者も決して情報を漏らしてはならない。もしそのようなことがあれば、情報を漏らした者も受け取った者も、必ず封じなければならない。………しかしね、人や社会に繋がりのある者を殺すとやはり面倒が出てくる。』
公爵は手を組み俺をじっと見てきた。
『だからこそ、人や社会との繋がりが切れた者のみを我が家に置いている。』
つまり、殺しても面倒にならない独りの人間達を屋敷で使ってるってことか。
「………俺も独りだから、この家に住めたのか?」
公爵は薄く笑った。
『君は独りだったから、ここを去らなかったのだ。もし君の父上がまだご存命で、スリーターの家にいたならば君はあの家に帰っていたはずだよ。』
「………そりゃまあ……父さんと一緒にいるよ。」
『そうだろう?』
公爵は再び書類に目を向けながら告げた。
『私が欲しいのは根無し草だ。立派に根を張った木はいらない。守りたいものを持つ人間にこの屋敷で働くのは向かない。』
「……たしかに俺は根無し草だよ。けど俺には守りたい人はいるよ?」
俺の言葉を聞いた公爵は、無表情で告げた。
『知っている。だから君はここで働けないのだ。』
・・・・・・
『あれれ~??な~んかふくれっ面の子がいるな~?』
別邸に戻り暫く考え込んでいたらシリウスがやってきた。俺の頬をぶすぶすと突いてくる。なんだかノリに付き合える気分じゃなくて俺はシリウスの手をはたいた。
『いった~い! なんで?!!』
「………なぁ、シリウスって働いたことあるか?」
『へ?』
シリウスが半笑いで俺のことを見ている。またこの子は急にどうしたんだろうと思っている時の顔だ。
「公爵がさっき、この屋敷は守りたいものが無い人間が働いてるって言ってた。それで、俺は守りたいものがあるって言ったら、だから君は働けないんだって。」
『うん、それで?』
「俺は……スリーター公国で鍛治師をしていた。対価として家や食糧、材料、お金も貰ってた。俺は鍛治師としての誇りと自分の生活を守るために働いてた。そんでさ、考えたんだけど、働くって守るものがあるからするんじゃねぇの?」
働いたら、対価をもらう。
そしてその対価を、自分の何かを守るために還元する。
「何か」な当てはまるのは家族、家、土地、生活、自分自身、それと貯金なんかもある。
人は何かを守るために働くんじゃないか?
ならばこの公爵家で働く人たちに何も守るものがないというのは矛盾している。
俺は自分の考えをシリウスにぶつけると、シリウスはわざとらしく満面の笑顔を見せた。
『うわ〜!たくさん考えたね〜偉い偉い!』
「茶化すなよ!なぁ、俺の理論って変か?」
『そうだねぇ、変ではない。むしろ正解だと思うよ。』
「じゃあ…!」
『けどね、それは君の答えでありこの世の理想的な解答例ではあるけれども万人の正解ではないんだよ。』
シリウスは笑顔のままそう俺に告げた。
ちょっとシリウスとの会話続きます。




