159 リシュアール家・催し物
『僕には2つ年上の従兄がいたんだ。その子はペールシュベルト侯爵家の一人息子だった。』
コルネリウスは人気の少ない道を選んで通った。あまり周りの人に聞かれたくないのだろう。
そしてコルネリウスは笑顔をキープして喋っていた。これならば端から見れば暗い話をしているのではなく、雑談をしているように見えるはずだ。
『昔はたまに遊んだりしたんだ。元々当時から無茶をする子だったけど…その子が8歳の時に木から落ちて亡くなった。』
「え?木……から落ちただけで死ぬのか?」
俺の疑問にコルネリウスはふっと息が漏れるように笑った。
『人ってそんなのでも死ぬんだよ。まぁその子は特に打ち所が悪かったんだ。首が折れて、そのまま……』
「そうなのかぁ……」
『おば様はたった一人の息子を亡くしてからリシュアール家の…つまり僕ら兄弟の健康をとても気遣われるようになってね。特に僕とその子は年齢も近かったからさ、僕に死んだ実の息子の面影を重ねてるんだと思うよ。』
2歳差ってことは当時コルネリウスは6歳。今から10年も前だ。古い記憶であまり覚えていないのか、コルネリウスの芸素からは悲しみが感じられなかった。
・・・
「おお、2人ともやっときたか!」
『遅くなり申し訳ございません。』
「申し訳ございません。」
コルネリウスの父、アトラス・リシュアール伯爵は軍の総司令官の礼服を着ていた。階級が高いからか、めちゃくちゃ豪華だ。
「ふむ。アグニに紹介しようと思ってな。コルネリウスは以前一度挨拶をしたことがあるな?」
伯爵はそう言って後ろにいた2人の軍人を紹介した。
「まずこちらは帝都軍芸術指導教官であるポーラ・ヴォナパルト大尉だ。」
そう言われて前に出てきたのは40歳ほどの女性だった。綺麗な黒髪を後ろで一つに束ねており、目の青色とお揃いのピアスをしている。軍服は赤地で伯爵より装飾が少ない。
そしてその女性はなぜか驚いた様子だった。
「あ…………あ、失礼しました。ポーラ・ヴォナパルトと申します。シド公国ヴォナパルト辺境伯の…妹でございます。」
「あどうも。アグニと申します。」
「はい………存じております………」
「え?」
その場のみんなが「なぜ?」という様子でポーラを見た。ポーラはみんなの目線に気づき、すぐはっとした様子で俺に頭を下げた。
「あ、あ、あの……先週のシド公国の狩りの場に…私は辺境伯である姉の護衛としておりまして、そこであなた様を拝見しました……!」
「あなた様」「拝見」・・・向こうが辺境伯の家系ならば、平民である俺にこの言葉使いはおかしい。それに頭を下げるのはもっとおかしい。
けどまぁつまり先週会ってたってことね!
俺も頭を下げて謝った。
「あ、そうだったんですね。すいません気が付かなくて……」
「いえいえ構いません!アグニ…様と、ご挨拶できて光栄です。」
アグニ……様?!! いよいよ変だ。
なぜ貴族が俺に対して「様」?!
この異常事態に伯爵も驚いた様子で尋ねた。
「ポーラ殿、どうした。その狩りの場で何かあったのかい?」
しかしポーラは首をぶんぶん振って否定した。
「いえ!何も問題ございません!」
「????」
人に言う気はないらしい。ちょっともうよくわからない。
「おいおいおい、なんだどうしたんだポーラ?」
ポーラの左側に立っていたもう一人の軍人、同じ軍服の男が急に喋り出した。短めの茶色の髪に茶の瞳。年齢は少しポーラより若そうだ。全身がよく鍛えられているってことは……
「こちらが帝都軍武術指導教官のグリッド大尉だ。」
伯爵の紹介を受けて改めて目を合わせ、挨拶をする。
「アグニです。よろしくお願いします。」
「グリッドだ。俺たちは帝都軍入隊直後の新兵の指導を行っている。お前、ポーラに何かしたのか?」
攻撃的な芸素がグリッドから溢れ出た。俺のことを敵視している。しかしグリッドが何か行動するよりも先にポーラが一歩前に出て、俺とグリッドの間に立った。
「いいえ!グリッド、やめなさい。それにあなたには関係のないことです。」
「関係ない?関係なくないだろう!同じ指導教官の態度が変なんだぞ?!」
ポーラはまず急いで伯爵に謝罪し、そして俺にも謝罪した。しかしグリッドはその様子が気に喰わなかったらしい。
「アグニと言ったな?どんな手を使ったかしらんがこいつは貴族であり指導教官だ。お前が軍に入隊するなら上司にあたる。変な態度を取るんじゃねぇ!」
「え?……え??」
俺?!俺が悪いの?! 俺も知らんし!!
このよんどころない状態を治めたのはコルネリウスだった。コルネリウスは笑顔で自分の父である伯爵に新しい提案をした。
『どうやら何か誤解があるようですね。誤解を解くためにはまずお互いのことを知ることが重要です。なのでせっかくですから、明日の催しにアグニを参加させるのはいかがでしょうか?』
「ん?……なるほど、良いかもしれないな。」
「え?なに?」
伯爵は俺に向き合い、説明を始めた。
「我が家の社交は軍部の人間が多く参加するため催し物として芸獣との試合を見せるのだ。帝都内に森はないから狩りもできんしな。」
帝都内に森はあるけどな。公爵の私有地だけど。
けど、なるほどね。そういう工夫もできるのか。
夜会の次の日に行う狩りの代わりに、芸獣との試合を見せるらしい。
「え、それで……俺も参加するんですか?」
『せっかくだしアグニも出ようよ!僕も出るんだ!』
「アグニも参加するといい。グリッド、急だが枠を一人分増やせるか?」
どうやら明日の催しはグリッドが指揮をとっているらしい。グリッドは先ほど俺に見せた態度とは打って変わって、綺麗に礼を返した。
「はっ。問題ありません。」
「そうか。では、頼むぞ。」
こうして、よくわからない催し物に俺も参加することが決定した。
・・・・・・
次の日、場所は軍部からほど近い演習場。
この演習場は軍部の他に技術部も使う。広い空間や屋外での実験の際に必要なのだ。あとたまに第2学院の練習でも使うらしい。
演習場の両脇に観客先が設けられている。この場は貴族的な優雅さと武芸大会のようなお祭り感が合わさり、なんだが独特な空気感だった。
『わ~楽しみ~』
民族衣装着用済みのシリウスは吞気に麦の発泡酒を飲みながら客席に座っていた。俺が参加することを知って見たい見たいと駄々をこねたので連れてきた。
そしてなぜかシリウスの後ろに護衛のように立つカールがいた。
「なんでカールはいるんだ?」
「俺もアグニが参加するって聞いてな。今までこの催しを見たことはなかったし、まぁせっかくの機会だと思って。」
「で?なんでシリウスと一緒?」
「………シリウス様が………発泡酒を買ってこいと……言っているように感じられて……」
『せいか~い!』
「おいシリウス!!カールをパシリに使うな!」
カールの言った「言っているに感じられて」というのは、刻身の誓いによって可能となった意思疎通のことだろう。あの芸は互いの意思をある程度なら読ませ合うことができる。もちろん、こんな使い方をするためではなく、本来は命令を遂行させるためにだ。
『いやぁ、カールと誓いを結んでよかったよ。なんでも買ってくれる。ほれ、カールも飲んでいいよ。』
「え、あ、いや……じゃあ、少しだけ…。」
「ヒモになろうとすな!!!」
カールにシリウスを信じていいと言ってしまったことに若干罪悪感を覚える。
けど結局カールはシリウスの隣に座って一緒に酒を飲み始めた。意外と仲良くなってる。
「いいかアグニ。先に伝えておくが今日もちゃんと序列を意識して勝つんだぞ!」
カールが酒をかかげながら俺に注意する。まだ酔ってないよね?
「序列?なんのだ?」
「いいか?この中で一番強いのは現総司令官であるコルネリウスの父、リシュアール伯爵だ。けれど彼は今日戦う側で参加していない。運営の補助に回られるそうだ。そんで次!次に強いのは各隊の隊長!!つまりコルネリウスの兄であるリオン殿だ!そんで~次!次が副隊長格のフィリップ殿!そんで次!次が武術指導教官と芸術指導教官!!だからお前は~……その人達よりも弱くなきゃだめだ!」
なるほど。確かに軍部にすらいない奴が隊長とかよりも早く芸獣を倒したら不自然だな。そのアドバイスはありがたく頂戴しておこう。
しかしそれ以上に気になるのは……カールの酔いが早いことだ。
「………シリウス、カールに何飲ませた?」
『家出る前にシーラからもらったコレ。混ぜたの。』
そう言ってシリウスが見せてくれたのは、血みどろのラベルが特徴の度数が馬鹿高い酒だった。
「????!!!!! なんで混ぜた?!」
『さっきからずっと混ぜてるよ~ん』
シリウスの顔も若干赤い。酔った様子を今まで一度も見せたことのないのに珍しいなと思ったら、こういうことか!!!
「「「 出場者の方は至急集合してください 」」」
全体にアナウンスがなった。
「あーもー!!!!!ちゃんとカールの面倒見るんだぞ!!」
『え~~~???』
「見ろよ!!!」
『え~~~~???』
俺は2人を見捨てることにした。
・・・
第1部はまず指導教官2人による芸獣との対戦だ。
芸術指導教官の獲物はトリ型の芸獣だった。中型の大きさだ。ポーラは空を飛ぶトリを見事に雷の芸で撃ち落として見せた。その様子は鮮やかで、さすがのレベルの高さを感じた。
武術指導教官はクマ型の芸獣。大型に近いサイズだ。クマは力が強いため一撃でもやられると致命傷に繋がりやすい。それなのに意外と俊敏なのもネックだ。しかしグリッドは楽しそうに槍で応戦し、見事に退治してみせた。
続いて、第2部。新兵や軍部志望の学生らの番だ。近くにはポーラとグリッド両指導教官が付いており、必要があれば戦闘の補佐をしてくれる。
数名の新兵や軍部志望の学生が続き、コルネリウスの番になった。
コルネリウスの獲物は中型のバッタ。第2部ではみんな小型の芸獣と戦っており、コルネリウスのみ中型の芸獣と戦う。
客席のみんなも学生vs中型芸獣の図に驚き、前のめりになって見ていた。しかしそんな周りのプレッシャーをものともせず、コルネリウスは笑顔のまま退治した。必要最低限、とても的確な斬撃で見事に仕留めたのだ。
客席も沸いた。美しい勝ち方だった。
コル……強くなってる!!
俺と戦った時より、強い!!!!
今はもう確実に、コルネリウスの方が俺より武術に長けている。以前授業で戦った時だって、俺は目に身体強化をかけた状態で互角だった。
しかも俺はこの間シリウスに、武術のレベルが落ちてると言われた。一方のコルネリウスは強くなってる。
……油断してたな。俺もまじで練習しよう。
遅れたくない。コルに負けたくない!!
『さぁアグニ。次、頑張ってね。』
演習場から戻ってきたコルネリウスは余裕の笑みを見せて俺を応援した。
「ははっ!ちゃんと見てろよ?」
芸獣との対戦回数は俺の方が上だ。
ぜってぇ一発で仕留めてやる!!!
俺の獲物として出てきたのは小型のクモの芸獣だった。
小型か……けどクモか。
少しは期待されてるのかな?
クモで気を付けるべきは、俊敏性と飛躍力だ。
一瞬で距離を詰め、攻撃し、一瞬で離れる。そんな攻撃方法を繰り返すのがクモの特徴だ。そしてピンチに追い込まれたら口から粘り気のある糸を出すのも厄介なポイント。しかもこのタイプのクモは糸に毒性があり、身体にかかると大変なことになる。
つまり、小型でもなかなか手強い。これを俺の対戦相手に当てたってことは俺ならどうにかできるって思われてるってことだから、高く評価してくれていることになる。
俊敏ゆえに剣での打ち合いはできない。本来ならば芸で戦うのが良いだろう。けれどコルネリウスは武術のみで勝っていた。俺も芸じゃなく武術だけで勝ちたい。そう思い、攻撃方法を考える。
賭けっちゃあ賭けだけど……やってみるか。
「それでは……芸獣、放て!!」
芸術指導教官がクモを放つよう合図した。俺はクモが放たれたらすぐにクモの射程圏内まで入り、周りをぐるぐると回った。
「あ?なにやってんだあいつ?!」
「おいおいあぶねぇぞ!大丈夫かよ?!」
客席から煽りの声が聞こえる。けど、大丈夫。自分の射程圏内にウロチョロされたクモは俺に対し攻撃的になる。タイミングが合えばすぐに俺と距離を詰め、攻撃してくるだろう。
そんで、俺は意図的に油断を見せる。
「あ~っと!」
両膝と左手を地面について倒れたふりをする。
「ばっ!!!なにやってんだ!!!!」
「やめろ!早く立て!!!」
客席からいろんな人の声が聞こえる。武術指導教官であるグリッドも槍を持って俺に加勢しようとしてきた。
けれどそれよりも早くクモが動いた。
シュバ・・・!!!!!
「「「 ああああああ!!!! 」」」
クモが腕と口を開いた状態で俺に向かって飛んでくる。周りは俺がやられると悟り悲鳴を上げた。しかし・・・
ガシュッ!!!!!!!
「「「 ………ええ?!!!! 」」」
客先から驚きの声が上がった。
攻撃中、たいていの動物は防御が疎かになる。このクモもそうだ。距離を詰めてきた時、クモは自身の胴体を防御していなかった。せっかく8つも腕があるのにもったいない。それにピンチの時ではなかったから粘性の糸も出さなかった。
おかげで超簡単にクモを真っ二つに斬れた。
俺の両脇に落ちた2つの身体は、しばらくもがくように動いていたが次第に動きは鈍くなり、完全に止まった。
よし、一撃~!!!!! どうだコル!!
俺はコルネリウスの方を振り返ろうとしたが、すぐに別の人間が声をかけてきた。
「おいおいおいおい!!!お前……学生のレベルじゃねえぞ!」
グリッドはそう言って槍を構えたまま俺に近づいた。
「……え?なんで…???」




