158 リシュアール家で社交
後ろから首をわしづかみされているフィリップは無抵抗な猫のようだった。
「はっ・・くっ・・グホ・・」
「って、おおおおい!?首絞まってんじゃねぇか?!こらこら力緩めろ!!!」
シリウスの腕の筋がもの凄い浮き出てる。がっつり首を絞めてるのだ。
『え?別に身体強化してないよ?』
「自分の腕見ろよ!バッキバキじゃねぇかよ!離せ!」
俺が無理やりシリウスの手を離すとフィリップは数回せき込んでからすぐにシリウスと距離を開けた。
「ゴホゲホ!!……あ、ありがとうございました……」
『え??……あ、試合に対してか。首絞められて嬉しいのかと思っちゃった。』
「んなことあるわけねぇだろ?!何急に天然出してんだよ!フィリップさん大丈夫すか?!」
俺がフィリップに近づき首を見るとシリウスの手の跡が赤く残っている。俺はすぐに治癒をした。
「アグニ殿、どうもありがとう……」
「いえいえ全然!」
シリウスは張り付けたような綺麗な笑顔でフィリップに言った。
『な~んか…がっかりだな~。こんなレベルでも帝都軍の副隊長になれちゃうんだねぇ。』
リオンとフィリップがピクリと反応を示す。
『帝都軍も落ちたものだ。前はもう少しましだった。』
リオンとフィリップは若干攻撃的な芸素を纏った。けれどもちろん反論はしない。実際のところシリウスに何もダメージを与えられていないわけだし。
「…………私は…どのように戦えばよろしかったのでしょうか?」
フィリップが頭を下げながら教えを乞う。その様子すらもつまらなそうに見ていたシリウスは俺に話を振ってきた。
『アグニ、さっきの状況で、君が彼程度の能力しかなくて、水の類と武術だけを使うとしたら、君はどうやって対処した?』
「え~俺に話振るなよ~」
めんどくせ。なんで俺に火の粉を被せるんだ。
「ん~……シリウスは頭上には水鏡を出してなかったから、上から攻撃するんじゃないか?」
俺の意見を聞いてフィリップはすぐに反論した。
「う、上が開いていたことは知ってる!!けれどあの高さを超える術がない!」
身体強化ができれば一発だが、建物2階ほどの高さがある水鏡だと普通は飛び越えられない。
「え~そしたら剣を水鏡にぶっ刺しながらよじ登るとか?」
「け、剣が刺さらなかったらどうする…?」
「そしたら……あいつを盾の中から出せばいいんだよ。」
「だからそれをどうやってやる?!」
「内部に大量の水を投げ入れる。芸でな。」
「っ!!!!」
シリウスはコップの中にいるのと同じ状況だった。上から水を注いで満杯にしてしまえば、中にいる人間は溺れるだろう。そうなったらシリウスは盾の中から出てくるか、水鏡を一面だけを消すだろう。そこを攻撃すればいい。
「水の…芸で……」
「水の芸を塊で出すくらいできるだろ?それを繰り返せばいんじゃね?」
シリウスは基礎を重要視している。そして意地が悪い。
フィリップが解名を出せることを知ってるのに、工夫を凝らせば芸で対応できる防御をしたのだ。もちろんこれはただの第一段階で、シリウスを盾の中から出せても第二、第三と試練は続くだろうが。
「「 っ……… 」」
リオンもフィリップも驚いた顔をして黙ってしまった。シリウスと戦ってないとこういった発想勝負の戦い方をする場面もないだろうから、まぁ仕方がない。
『そんな発想なかった……凄いなアグニ!!!』
コルネリウスが興奮した様子で俺に言った。本当に素直でいい子だ。
『君は君だけができる戦い方をしなかった。基礎的で単純…周りの目を意識した美しい戦いだけをし、頭を使わなかった。実につまらない。実践の無い軍部だから、こんな戦いしかできない人間が副隊長になってしまったのだろうね。』
シリウスは笑顔のまままっすぐにフィリップに告げた。
『今より強くなりたければ、頭を使いなさい。』
フィリップは軍の若手の中じゃ相当の実力者だ。帝都軍の武芸大会に2度も優勝するほどの。
だからこそ、もったいない。
自分の得意とする戦い方を身に着けるべきなのだ。
シリウスにしては優しいな。
こんなちゃんとアドバイスするなんて
フィリップは直角まで頭を下げた。ここまで貴族が頭を下げるのはとても珍しい。
「お願いしますシノナ様。もう一度、ご指導ください!!」
フィリップを見て、コルネリウスとリオンはすぐにフィリップの前に出てきた。
『次は僕をお願いします!!!!』
「私は半殺しでも構わないのでまず私に指導を・・・」
『え~めんどくさいやだよ~』
「『「 お願いします!!!!! 」』」
『え~これだから軍人は嫌なんだよ~!!!』
シリウスは嫌がりつつも、それぞれ一回ずつ練習試合の相手をしてあげたのだった。もちろん、時間はそれほどかからなかった。
・・・・・・
「よぉ!カール!久しぶりだな!!」
「アグニも。元気そうでなによりだ。きちんと社交をしてるか?」
「んあ〜…まぁ必要最低限は。」
「そうか、それなら十分だ。」
次の日、お昼の時間にカールが別邸に遊びにきた。シーラはまだ寝てるし、シリウスは森の家にいるからこの場には俺しかいない。またいつも通りお土産をもってきてくれた。シーラには花束を、そして俺には焼き菓子だ。
俺はクルトに紅茶の準備してもらって、カールを応接室に通した。
「それで?話ってなんだよ?」
「あぁ、うん。カールがシリウスと刻身の誓いをした時にさ、シリウスと俺とシーラで妖精の森に行くって言っただろ?その感想と相談をしようかと思って。」
カールが綺麗な仕草で紅茶を口に含んだ。
「ああそうだったな。どうだ?何かわかったか?」
「うん………天空の国の遺跡に、剣の跡や爆撃による跡がついてた。」
「ぐっ!!! ゴホゴホッ!!!!」
カールが紅茶でむせた。すぐにポケットからハンカチを出し、口を抑えて「失礼。」と言った。ハンカチとはこういう時に使うものだったのかと今学んだ。
俺は妖精の森で見たものをそのままカールに説明した。カールは説明を聞き終えると考え込むように呟いた。
「天空の国は……地に落とされた……か?」
「……ああ。」
「この場合………天空人が戦争に負けたということになる。今の帝国には天空の国を滅ぼせるほどの技術力や戦闘力はない。二千年も前なら尚更だ。」
「つまり…天空人同士の戦争ってことか?」
「その可能性はある。そして勝った側の天空人の長が現在の天空王としてこの世に君臨している………とか。」
そもそも帝国人は空を飛ぶことすらできない。空に浮いた国に砲撃を加える技術も、空まで移動する方法もない。
ゆえに今カールが言ったように、天空人同士での戦争の方が理屈が合いやすい。
「ならやっぱ……天空には今も天空王がいるのか?」
地に堕とされた天空人。そして子孫の天使達。
天を未だ支配する天空人。不変の神々ら。
全てがただの可能性だ。なんの根拠もない。けれど、この2極化した天空人の構図に不自然な点もない。
「………シリウスに答えを聞くのはもう少し待とう。俺らはまだ推論の域から出ていない。もう少しちゃんと確証を持ってから聞こう。」
「あぁ、わかった。」
・・・・・・
カールと別れ、俺は馬車でバルバラを迎えに行った。今日はパートナーとして一緒にリシュアール家の夜会に参加する。カールも参加するので、また後で会うだろう。
バルバラは自身の赤い髪色に合わせて臙脂色のドレスを身につけている。俺もバルバラに合わせたガーネットのスーツを公爵が新調してくれた。
「さ!アグニ、行くわよっ!」
「おう!」
気合満点のバルバラとまずは主催者に挨拶しに行った。今日の場合はリシュアール伯爵、コルのお父さんだ。挨拶を済ませた後、昨日会ったお兄さん達にも再度挨拶をし(俺を見た瞬間「先輩!」と2人は呼んだ)、今はコルネリウスを探して歩いている。
「あら、カールじゃない?」
「あ、ほんとだ。よぉカール!どした?」
カールは難しそうな顔をして庭を見ていた。リシュアール家の庭は蓄芸石をふんだんに使っていて夜の星々のように輝いている。綺麗だと喜ぶ顔はすれども、そんな難しい顔で見るようなものではない。
「……あぁバルバラ、アグニ。良い夜だな。少し考え事をしていたんだ。」
「なに考えてたんだ?」
俺がそう聞くとカールは緩く笑った。
「………お前はもう今日の会話を忘れたのか?」
どうやら今日の昼に話した天空の国云々について考えていたらしい。
「そんなこといくら考えたってわかんないんだし、せっかくのパーティーなんだから楽しまなきゃもったいないぞ?」
「お前の気楽さはある意味貴族的だな…。」
『みんな!来てくれてありがとう!』
後ろからコルネリウスの声がし、俺ら3人は振り返った。白地に水色を組み合わせた衣装に銀の刺繍やアクセサリーを付けている。これぞ貴公子の真骨頂!といった姿だ。
「コルネリウス、こんな素敵な夜会に招待してくれてありがとう。」
バルバラが丁寧に頭を下げてカーテシーをした。コルネリウスはそれに対し、美しい所作で礼を返した。
『こちらこそ、来てくれてありがとうバルバラ。とても素敵なドレスだね。アグニと色を合わせたんだ?』
「あ、ありがとう…!そうなの…!」
「コルネリウス、今年も招待してくれてありがとう。良い夜会だな。」
『カールもありがとう。お母様が毎年力を入れて準備しているからね、そう言ってくれると僕も嬉しいよ。……それで、今日の話って何?』
コルネリウスが俺とカールを交互に見ながら解答を求めた。けれど妖精の森の話だし、そうなると俺が天使の血筋であることも話さなきゃだし、およそじゃないが今伝えられることではない。
「少しブラウン商会の話をしたんだ。その事だよ。」
カールは表情を変えず、そう返した。
『ふーん………そっか!そういえばアグニ、お父様がアグニを探してたんだ。軍部の人を紹介したいって。』
今日のパーティーはリシュアール伯爵の主催、つまり帝都軍総司令官様が主催するパーティーだ。兄2人も軍部に所属しているし、必然的に軍部関係者がとても多い。
「おおそうか!バルバラ、少し離れてもいい?」
「もちろんよ。向こうに第1の生徒が大勢いるからそちらに行ってるわね。」
「了解!それじゃあ行ってくる!またなカール!」
「ああ、また。」
俺とコルネリウスは喋りながらリシュアール伯爵のところへ向かった。
「コルネリウス!」
横から女性が声をかけてきた。知らない人だ。顔に皺が入っていてお年を召していることはわかるが、身綺麗で優しそうな人だ。
コルネリウスはすぐにその人に明るい笑顔を見せて近づいた。
『おば様!わぁ、お久しぶりです!会えてよかった!』
「久しぶりねぇ!体調はどう?怪我はしていない?学院はどうかしら?」
『あははっ元気に過ごしてますよ。あ、そうだ!こちらはアグニ、僕の学院の友人です。アグニ、こちらはエティナ・ペールシュベルト侯爵夫人。僕のお父様の姉上だよ!』
その女性は俺をじっと見てから一度にこりと笑い、すぐコルネリウスに視線を戻した。
「コルネリウス、あなたは本当に良い子ね。みんなに平等で優しくて……」
そう言って女性はコルネリウスの髪を撫でた。コルネリウスは笑顔のまま問い返した。
『おば様はお元気ですか?お体の調子は?』
「ええ、大丈夫よ。……今日の主役を私だけが独占していたらまずいわね。コルネリウス、また我が家に来てちょうだいね。いつでも大歓迎よ。」
『ありがとう、おば様。秋になったらまた伺いますね!』
「まぁ!そしたらあなたの大好きなものをた〜っくさん用意して待ってるわね!………あぁ、あなたみたいな子が我が家にいたら……」
『………おば様、今度伺う時は屋敷に泊まっていってもいいですか?』
「まぁまぁ!もちろんよ!いくらでも泊まっていってちょうだい!」
『ありがとうございます!』
その後、伯母だという女性はとても名残惜しそうにコルネリウスから離れていった。その女性を見送った後、コルネリウスは申し訳なさそうな顔をして俺に言った。
『ごめん、おば様は喋り始めると止まらないんだ。行こうか。』
「おう。………なんか随分と大切にされてるんだな。」
『そうだね、ペールシュベルト侯爵夫妻にはとてもよくして頂いてるよ。』
あの女性はコルネリウスをとても大事にしている様子だった。だからなのか、俺を見る目線がとても鋭かった。
みんなに平等で優しくて、か。
俺を友人と言ったコルネリウスが優しいってか。
あの女性の目線は俺の髪に向かっていた。
そして結局、彼女は俺に声をかけることはなかった。これはわかりやすい「拒絶」だ。
「コルはあの人んちにはよく行くのか?」
『たまにね。けど秋には毎年行ってるよ。……おばさまの子の命日が秋だからね。』
「命日?」
コルネリウスは愁いのある笑顔をしてみせた。
『ちょっと…遠回りしようか。』