17 氷の溶けた町
ちくしょう やっぱまだ弱いなぁ俺。
どうやら意外と身体の芸素を使ったらしい。
倦怠感がえぐい。けど幸い倒れるほどじゃない。
シリウスの方を確認するとヨハンネの傷はすっかりふさがっていて、シリウスにもたれかかるようにして上半身を起こし、こちらを見ていた。
「大丈夫だったか。ごめん、助けるの遅くて」
謝罪すると、ヨハンネは俺の方をじっと見て、そしてぽろぽろと涙を流してた。
「……どうして謝るんですか。あなたは助けてくれたのに。私、さっきあなたに死んでもいいとか言ってたのに……。結局、いざ死ぬとなると助けを求めたのに…どうしてあなたが謝るの…?」
「ああ、そうだ。君は助けてって言った。だから俺は助けようと思った。なのにケガを負わせてしまった。だから謝ってるんだ」
「謝らないで。お願い、謝らないで。みんな謝って死んでいったの。もう……いらない…」
彼女の現実は、とても厳しかったんだろうな
謝罪が死に聞こえてしまうほど
そんなことを思っていると、シリウスがヨハンネの顔を覗き込みながら聞く。
『君のいたかった世界は消えたよ。どうする?』
その言葉を聞き、ヨハンネはうつむく。そりゃそうだ。彼女にはもういたい世界なんてない。
『もう、夢の世界はない。全て現実だ。けどほら……前を向いてみなさい』
『この町に時が戻ってきたよ』
「・・・え?」
シリウスの目線の先を追って、ヨハンネと俺は視線を前の広場、街に戻す。
時が動く瞬間とは これほどまでに美しいのか
真っ白の雪や氷で覆われた不可侵の世界にはもう芸獣の芸素は覆われておらず、「炎獄」で飛び散った炎の熱で溶け始め、色が溢れ、輝いていた。
溶け始めた氷は青々とした草木の緑や花々
街の道や家をキラキラと光らせ
風が流れる水や葉を躍らせ
呼吸を忘れるほど美しかった。
『見えるかい?これが、君の現実なんだよ』
ヨハンネは瞬きをすることも、言葉を発することもなく
ただただ、この突きつけられた現実を見ていた。
そしてゆっくりと立ち上がり、その景色の中を歩いた。
『…まだこの世界も捨てたもんじゃないだろう?』
ヨハンネはシリウスの方を向き、大粒の涙を流した。
「どうして……こんなに美しいのよ……」
ヨハンネは地面に座り込み、嗚咽を漏らす。
しかし、シリウスは鋭い声色で告げた。
『けど、君の家族は帰って来ないよ。君が一人なのは変わらない。彼らを見てごらん。彼らは確かにあの氷の…夢のような世界で生きていたかもしれない。けれど夢から醒めて、現実が戻った今、彼らに与えられたのはただの死だ。もうどの死体とも変わらない』
シリウスに言われて白く凍っていた人間らを見る。
氷が解け、地面に転がる死体になっていた。
糸の切れた人形のようで、おぞましさこそあれど美しさなど欠片も無かった。
ヨハンネがごくりと喉を鳴らす。
きっと戸惑っている。
俺がヨハンネでもきっと戸惑うだろう。
「なあ、ヨハンネ。きっと大変だし、辛いよ。けどさ…君がもう一度この町を立て直してくれよ。ヨハンネと同じように、居場所がなくなっている人はいっぱいいると思う。だから君が誰かの居場所になってくれ。そしたらきっとその場所が君の居場所にもなると思うんだ。」
「立て直す…?」
「そう。時間はかかるかもしれない。けどもう一度、もう一度だけ。この町に人が帰ってくるようにさ。君の大好きな家族と一緒にいた大好きな時間を、もう一度ここから始めるんだ」
『いや…そんなに時間はかからないかもよ。ほら』
シリウスの指を指した方を見ると、数人がこちらを見て驚いた顔をしていた。そのうちの一人のおばさんがこちらに走り出した。
「ヨハンネ!ヨハンネよね!?ああ!!ヨハンネ!無事だったのね!!」
「マーヤさん?!あぁ、マーヤさん!!!……うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
マーヤと言われたおばさんの方へヨハンネも走っていき、二人が抱き合った。
「ヨハンネ!よかった、よかった!!あぁ、生きてた!!あなたの家族が亡くなったって聞いて…急いで行ったのよ!なのにあなたはいなくて…!!あなただけでも、生きていてよかった…!」
「マーヤさん!…ずっと辛かったし、みんな死んじゃったよぉうぇぇぇん!!」
後ろの方にいた他の数人も駆け寄り、ヨハンネに話しかけていく。どうやらこの町の住人だったようだ。
暫くして、ヨハンネが俺とシリウスに向き直った。
他の人らはヨハンネしか見えていなかったのだろう。
こちらを見て、息を詰め、大急ぎで頭を下げたままの姿勢をとった。
その様子を横目にシリウスはヨハンネに話しかける。
『ヨハンネ。君はこれからどうする?』
「…はい。私は、この町をまた前みたいにしたいです。みんなが明るく楽しく暮らせる町にしたいです。だから、私が立て直します。…必ず立て直して見せます。」
『もう、死なないのかい?』
「……死ぬのは立て直してから、また決めることにします。」
『そう…いいと思うよ。それじゃあヨハンネ、約束ね。3回絶望するまで死んじゃだめだ。君の1度目は家族の死。あと2回ある。次何かに絶望しても、死ぬのは我慢しなさい。そして3回絶望したら一度僕を探しにおいで。まぁ、けどきっと君の短い人生で3回も絶望することなんてない。ましてや家族の死以上のものはね。つまり君はいつまでたっても絶望できなくて、死ねないのさ』
シリウスはいたずらっ子のような笑顔を作った。
それに対しヨハンネも笑った。
『あぁ、他の者も、顔を上げていいから聞きなさい。いいか?私-シリウスと、彼-アグニがヨハンネをこの町の町長に任命する。わかったね?』
「「「は、はい!!!!」」」
おおう。なんか気合凄いな。
なんで今宣言したんだろ…
けど、 この町はもう大丈夫だ。
ヨハンネ、大丈夫だよ。
君の家族もきっとずっと一緒だ
そうして俺とシリウスはこの町を後にした。
・・・・・・
去った後の町では
「…ねえ…も、もしかして…あの方…」
「間違いねぇ、シリウスって仰ってたぞ!シの字から始まる名前なんて、一つしかねぇ。」
「それに…あんな神々しい髪色と瞳…お目にかかれる日がくるなんて……」
「ああ、あれは間違いなく・・・ 」
『 天使の血筋 』
「…やっぱ…そうだよね…私結構ひどい言葉使いしちゃった…」
「ええ!ちょっとヨハンネ!!もし何か言われたら不敬罪で一発極刑だぞ!!」
「なんならあの場で殺されても文句言えないわよ!」
「…だよね…ああ~。いよいよほんとに死ねなくなったな、私。ははっ」
「あんなにお綺麗な方がこの世に存在するのね・・・」
「今はまだ実感がないわね・・・神の子孫にお会いしたなんて」
「そうね・・・きっと私たちはすべての運を使い切ったわね」
「もう一人の方も『天使の血筋』様と同じ色の瞳だったわよ?」
「けど髪の色は真っ黒だったぞ?」
「そうよねぇ~?けど『天使の血筋』様と…とても雰囲気が似てらした……」
「うん…って!そんなこと言ったら不敬罪不敬罪!」
「あわわわわわ……なんでも無いです…!」
「けど、本当にどなたなんだろう…?」
「正反対のようで……とても似てて……」
「うん…。アグニ様…またお会いできるかしら…」