*9 全然違う
明けまして〜おでめとうございま〜す!
新年最初の更新はデボラ視点の閑話です。
初めて参加する社交パーティー
しかも天使の血筋の。
しかも第2学院の先輩の。
しかも私は貴族ですらない黒髪・・・
アグニに誘われてなかったら絶対に参加できていない。
交流会で第2学院に来た時から思ってたけど、アグニは驚くほど曲がっていない。世界にあるたくさんの「どうして」に、少年少女と同じように疑問を抱く。かつて私も黒髪への扱いが悪いことに憤りを感じる時期があった。流石に今はもう無理だってわかってるけど。アグニは未だに、私の「かつての」段階にいる。
そんな子どものような明るさを持っているのにたまに老人のような穏やかさを見せる。その上で並外れた能力を持っている。その存在が興味深いのか、アグニの周りには正統派貴族が多くいた。しかもその貴族たちは皆、アグニの前では気張らずに会話していた。
天使の血筋も普通の貴族も、アグニの前だと私と同じ1人の人間に見えた。それがとても不思議だった。
けどたぶん、これがアグニの力なのだろう。
・・・・・・
「シリウス様、わざわざ部屋まで送って頂きありがとうございます…。お手数をおかけしてしまい誠に申し訳ありません…!」
シド家の廊下、シリウス様が水曲という解名で私を部屋まで送ってくださっていた。今、私とシリウス様は他人からは透明に見えているらしい。
あまり声が大きくなりすぎないよう小声で簡潔に礼を申し上げるとシリウス様はにこりと微笑まれた。
『全然大丈夫だよ。』
笑顔に安堵しながらも、この際だからと気になっていることを聞いてみた。
「………シリウス様は天使の血筋なのに私のような黒髪にも親切でいらっしゃいます。色への偏見は……ないのですか?」
最初にシリウス様とお会いした時はとても驚いた。中性的で、これほどまでに美しい方は見たことがなかった。今思うと天使の血筋の中でも特異的に明るい髪色だった。
そんなシリウス様は初めて私に会った日、『アグニと同じように接していいよ』と仰った。その後も私が緊張しないようにと武術の稽古を付けてくださったり、たかが私に驚くほど気遣いをして下さった。天使の血筋がそんな風に私に接してくれるなんて、思ってもみなかった。
シリウス様は少し恥ずかしそうに微笑えまれ、仰った。
『君は少しシーラと雰囲気が似てるからね。』
「えぇ?!シーラ様と?!そんな……!」
『それに僕、黒髪は好きだよ。アグニが黒髪だからね。』
つまりアグニと出会う前までは黒髪がお好きではなかったということ…。
「………アグニと出会ったのはいつ頃なのですか?」
『ん~っと、旅を一緒にし始めたのは2年前の春かな?』
「そうなのですね……。」
シリウス様は昔を懐かしむかのように穏やかに笑われた。
『けど昔はねぇ、どちらかというと黒髪よりも同族じゃないのに同じ色を持ってる人の方が許せなかったな。』
きっとリシュアール伯爵家の貴公子ことコルネリウス様のような、稀に存在する「金の髪色なのに天使の血筋ではない方」のことを指していらっしゃるのだろう。
「……許せない、とは?そのような方を見た場合、何かされていたのですか?」
私の質問にシリウス様は少し恥ずかしそうに笑った。
『んー返してもらってたよ。もうそんな感情の昂ぶりはないし、落ち着いたけどね。』
返してもらった?
・・・・・・どうやって?
頭についている髪の毛をどうやって返してもらっていたのか?
恐ろしい考えが脳裏を横切る。足がすくむ。けれども私のそんな様子を気にせず、シリウス様は仰った。
『これが「大人になった」ってことなのかな~……… なりたくもなかったなぁ。 』
今の一言は、シリウス様が初めて私に言った本音だった。
どういうことかわからなかった。しかしおよそではないが意味を聞き返せるような雰囲気ではない。どうしようかと思っていたら、シリウス様がくるっと振り返られて驚くほど可愛らしい笑顔をお見せになった。
『けどねけどね、アグニのおかげで髪色なんて重要じゃないって知ったんだ。』
「………え、」
そしてすぐにシリウス様は驚くほど冷たくて、洗練された笑みをお見せになった。一瞬前までとガラッと雰囲気が変わり、思わずたじろぐ。
『君はアグニが黒髪だし、自分と同じだと少なからず親近感を持ってるだろう?』
「え、まぁ…はい……。」
『 違うよ。君とアグニじゃあ、全然違う。』
いつの間にか部屋についていた。もしこれがホテルなら一泊で私の全財産が消えてしまいそうなほど豪華で巨大な部屋だった。まさかこんな部屋に寝泊まりできるとは思ってなかった。
シリウス様は部屋のドアを軽く片手で開けられ(私は両手で踏ん張って開けるくらいの重さ。普通の貴族の場合は護衛騎士が開ける)、もう片方の手で『どうぞ』と私に合図した。私はシリウス様を待たせないようにとすぐに部屋の中に入ったが、シリウス様は部屋の中まで入ってこられなかった。
それはまるで先程の会話で引かれた一線が間にあるようだった。
シリウス様は扉を閉められながら仰った。
『けど君は常識的だからね。これからもアグニに必要な一般常識を僕の代わりに教えてあげてね。』
「は、はい…………あ、あの、送っていただきありがとうございました!」
扉の隙間から見えたシリウス様のお顔はやはり驚くほど美しくて、自分が今の今まであの方と会話していたということが実感できなかった。
部屋に入りドレスを脱ぎ、私服に着替えて考える。
「アグニと私じゃあ全然違う………」
あれは何を指しての言葉なのか。髪の色ではない。能力?社交性?貴族との接点?宰相閣下が後見人ってこと?学院?
いや違う。あれはもっと別のことについて言っているようだった。
図に乗るなということだろう。アグニが自分と同じだと思うな。アグニが貴族にも平民にも同じ態度だからといって思い上がるな。勘違いするな。そう言われたように思えた。
「別に何も勘違いしてないけどなぁ……」
シリウス様の意味はわからなかったが、明日も早い。狩りがある。
私はとりあえず筋トレをすることにした。
・・・・・・
入念な準備の下、狩りの社交は開催された。参加者は100名程度。見学者も含めると相当な数になる。
本当にアグニには感謝しかない。この一日で帝都子爵家、シド公国辺境伯、帝都男爵家、シャノンシシリー公国辺境子爵様に将来のことを問われた。まだ学年が3年なので卒業まであと1年ある。けれども護衛騎士試験の推薦状を渡してくださった。この推薦状のある無しで採用のされやすさが全然違う。
「アグニ!どうしよう…!!!こんな声かけられるなんて思わなかったんだけど!!」
「ほら〜来てよかっただろ?」
狩りの場でシド大公閣下にも直接お声をかけて頂いた。こんな名誉なこと、きっと一生ない。
「本当に来てよかったわ!!ありがとう!!」
これも全てアグニと出会い仲良くならなければあり得なかった。本当にアグニには一生頭が上がらない。
そんなことを思っていたら、遠くからシルヴィア様がお見えになった。
「あ、シルヴィア様だわ!お戻りになられたようね。」
私の言葉でアグニもそちらを見た。その瞳は優しくて、シルヴィア様と仲が良いんだとすぐにわかる笑顔だった。
「………ねぇアグニ。シルヴィア様とは親しいの?」
昨日のパーティーでは驚いた。まさかまさかだけど……本当にまさかまさかなのかもしれない。
天使の血筋が一クラスメイトの一婚約者を気にする?しかも平民で自分の家門と関わりがないのに?しかも私が婚約者じゃないって知った時、安心してらした。
「まぁ普通に会話するよ。」
「え、それだけ?もっと…なんかさ、ん〜席は?隣?」
「クラスの?違うよ。」
「じゃあ食事とかは?一緒に食べたりしないの?」
「向こうは天使の血筋の席座ってるし、俺はコルとかと一緒に食うよ。」
「うーーーーーん…………。」
あれ?これは本当にどっち?アグニは気がないの?え?じゃあシルヴィア様だけ?!そんなこと…あるわけない、よね?
それに……これは私でも知ってる。
天使の血筋は「芸無し」としか結婚できない。
芸を使えない人としか結婚しない。
かつて芸ができる人と結婚した天使の血筋がいたらしいけど、子を成せなかった。そこから天使の血筋と「芸石持ち」の結婚は認められていない。つまりもし、万が一シルヴィア様がアグニのことを想っていたとしても………結ばれることはない。もちろんシルヴィア様もそのことをご存じだろうに……
「あれ?……………あ。」
「え?なに? ……あっ!!」
アグニの目線を追って湖の方を見ると……シリウス様がいらっしゃった。
シリウス様だと理解はできたけれども…それでも一瞬、別の存在に見えた。
会ったこともないし、見たこともない。
けれども私は、天空人だと思った。
そして、あの方にしか見ることのできない椅子があるかのように、シリウス様はキラリと輝く水上で座る姿勢をされた。
空気が浄化されるような、美しい音色が響き渡る。
その景色は、あまりにも現実離れしていた。
もし光に姿があったなら きっとあの方の様だろう。
本気でそう思った。
これが、天空の血を引くということなのか。
「あのやろう……やりやがったな…」
隣から聞こえた言葉が数秒遅れて耳に届き、そちらを見る。
そして心臓が止まるかと思うほど驚いた。
アグニの瞳は、輝いていた。
急いでシリウス様の方を向く。笛を引き終えたシリウス様の瞳、その色と同じ金の色をアグニも持っている。
「っ……!!!!!!!!!」
私はすぐにシルヴィア様、シド大公閣下、シド様、シャノンシシリー大公閣下等その場にいる天使の血筋の方々を見た。しかしアグニ以外誰の瞳も輝いていない!シリウス様と同じ光を持っていない!!!!!
最も明るい、金色の瞳。
シリウス様とアグニしか持っていない色。
シリウス様がアグニに天使のような笑顔を向けられた。狩りの参加者は誰に向けて笑顔を見せられたのかを知りたがり、シリウス様の視線の先を追い求め、アグニの方を見た。
そして 周りの人々も気づいた。
全員があまりの驚きに目を見張り、息を飲み、どういうことかを必死で考えていた。
私はその風景を見て、ふと悟った。
ーあぁ、全然違う。ー
シリウス様が仰っていたのはこのことだったのか、と。今まで何度もアグニとは目を見て会話してきた。なのに、今の今まで瞳の色を全く意識していなかった。
ーアグニは、天使の血筋だったのかー
黒髪なんて関係ない。瞳の色こそがアグニが持つ唯一無二の、そして絶対的な証拠になるだろう。けれど今までこの世界では瞳の色に価値はなかった。美しいとか、その人に似合っているだとか、その程度。
つまりアグニの存在で、この世界の価値観が根底からひっくり返る。
そんな責任を……アグニは気づかずに背負っている。
「なによ……全然違うじゃない……」
口から零れるように出た言葉にアグニは不思議そうにしながらも、困ったように笑った。
「今のあれ、誰だか知らないふりしてね。」
今はもう皆、アグニのことしか見ていない。
けれども当人はそんなことに気づきもせず、ただシリウス様の消えた光の方を穏やかな表情でずっと見ていた。
シリウスの行動で、アグニとデボラは真逆の考えを得たようです。というかアグニだけ別の考えになったんですね。




