155 シド公国の夜会
昨日の夕食会は大変よかった。
シド国王、シド、シャノン大公、シリウス、俺、デボラの組み合わせだった。金4人と黒2人。
デボラは夕食会用の服をもってなかったのでシド家にある予備のドレスを貸してもらっていた。花のように広がる濃い紫のドレスだったが裾に近づくにつれ宝石の量が増え、足元なんかジャラジャラだった。デボラがひぃひぃ言って泣きそうになりながら歩いてた。
俺はセシルとお揃いで作ったタキシードを持ってきていたのでそれを着た。他の面々も高そうなスーツを着ていたのにシリウスだけはいつも通りのゆるっとしたシャツとズボンだった。
デボラはシドと同じ第2学院の生徒ということで質問攻めにあっていた。シド大公もシャノン大公も第1学院卒なので普通に興味があったのだろう。
デボラは大変そうだったが、そのおかげで俺はのんびりと夕食を食べることができてとてもとてもよかった!!
6の日の昼過ぎからデボラはパーティーの準備に入るとのこと(シド家の侍女が一緒に準備してくれるらしい)だったが、着替えるだけの俺は夜まで暇なのでシリウスと剣の練習をし、芝生の上でごろごろして過ごしていた。
「次の社交はー…コルネリウスんちか。」
『そうだね。1の日になったらすぐ帝都に向かうからね。馬車じゃ無理だから走るよ。』
「え?荷物は?デボラは?」
『馬車だよ。』
なかなかギリギリのスケジュールを組まれていたらしい。
「なんかさ、当たり前なんだけど、時間って着実に過ぎてくんだな。」
『そうだねぇ。着実に過ぎていくよ。』
「村にいる時はそのことをわかってなかった。周りに人がいるからこそ時は動くんだなぁ。」
空にはまだ昼の青さが残っていたけれども雲は橙色を帯びている。じきに夕方が来ることを予感させる、儚い美しさだった。
「なぁ、俺ってさ、カールとかコルネリウスとかよりどれくらい寿命が長いんだ?」
『僕は君じゃないからわからないよ。』
「そうだけど!!!………天空人っていつまでも外見が若いままだったんだろ?どうやって死ぬ時期を知ったのかな?」
前に読んだ本を思い出した。死期について書かれていた。
・・・・
「『人は歳を取ると、身体の機能が働かなくなったことに唐突に気づく。動かなくなってゆく。かつてできていたことができなくなる。かつて食べられたものが食べられなくなる。かつて覚えていたことが思い出せなくなる。
そしてぽろぽろと、錆びた剣の刃が落ちるように
同世代の知人が死んでいく。
その時やっと「あぁ、自分の死期も近いのだ」と知る。
我々はいつも、奪われてから気づくのだ。 』」
・・・・
人は歳をとることで寿命を悟る。この本が言いたいのはそういうことだろう。
ならば歳を取らない天空人はどうしたのだろう?
俺の疑問にシリウスは穏やかに答えた。
『 天空人は…死期を唐突に突きつけられていた。なぜか絶対にわかるんだ。それを見逃すことはない。』
「えっ…………」
俺がガバッと上半身を持ち上げて隣に寝転ぶシリウスを見る。しかしシリウスは変わらず空を眺めながら穏やかに言った。
『唐突に、あと100年で死ぬことを悟るんだ。』
「…………………………どうしてわかるんだ。」
『知らないよそんなの。けどねぇ、絶対わかるんだよ。』
シリウスは俺の質問にくすりと笑い説明を続けた。
『だからみんな自分の死期を悟ってから急いで「次の自分」を作ったんだ。』
「………………次の自分?」
『あぁ……子どもって言ったほうがいいのかな?自分の腹に命の素を溜めて溜めて、溜め終わったら腹を切って、取り出すの。』
「はっ?!!!」
『それで100年かけて一緒に過ごして「次の自分」に「自分」を譲るんだ。』
「ちょっちょっとまて………わからないわからない。」
『え?なんで?』
シリウスは俺の顔を不思議そうに見ていた。
「子どもって………腹から出せるのか?」
『え?そこから??』
「ま・じ・か !!!!!なにそれめちゃくちゃ痛そうだな?!」
『君は生物学の授業受けてないの?』
「受けたけどそんなこと教えてもらってねぇぞ?!」
『……………はぁ〜〜〜〜はは。君は面白いなぁ。』
シリウスは乾いた笑いをして、そのことについて教えてくれた。
・・・
空は紺色に変わり、冷たい風が吹いていた。
「ぶえっしゅ!!!! お〜少し寒いな。そろそろ戻るか。」
『そうだね。…………あれ? アグニ、パーティー…』
「ひゅっ………!!!」
やっばい。すっかり忘れてた!!!!!
もうすでに空は暗い!!
そしてホールは………明るい!!!!!
屋敷の隣にあるホールはすでに明るい。窓の中に人影も見える。もうパーティーは始まっている。
「ぬぁぁぁぁぁ!!!シリウスの馬鹿ぁ!!!!」
俺はシリウスを置いてダッシュで部屋へと戻った。
・・・
「デ、デボラっ!!!遅れてすまん!!!」
デボラとはホールで合流した。本当なら一緒に行くのが望ましいがそうするとデボラも遅れて参加することになってしまうからだ。
「ちょっとアグニ〜?!あんた何やってんのよ!!あんたが招待されてるのよ?!私1人でここにいたら、呼ばれてない平民の部外者がなぜか混ざってるみたいになるじゃない!!」
「いやほんとごめん!!気がついたら……」
「気がつくのが遅いのよ!!!」
パーティーにはほとんど人が揃っていた。だから逆にこそっと入るのは簡単だったが、会場で1人で立ってなきゃいけなかったデボラには申し訳ないことをしたと思う。
「まったく………ほら、シド公主様とシド様にご挨拶しにいくんでしょ?」
デボラが俺の腕に手を回し、俺らはその2人がいる場へと向かった。そして頭を下げて待機、「顔上げてよい」云々があって漸く挨拶だ。
「シド大公陛下とシド様にご挨拶申し上げます。この素晴らしい夜会に我々をお誘いくださり、誠にありがとうございます。」
『アグニにデボラ!昨日ぶりだな。参加してくれてありがとう。是非楽しんでいってくれ。明日の狩りも楽しみにしているよ。』
「はい、ありがとうございます。」
シドとシド国王は全てのゲストと会話しなきゃいけないから忙しい。俺らは互いに必要最低限な会話をして早々にパーティーを楽しむことにした。
「んじゃ〜メシ置いてあるとこいくか!」
「こんな高いドレス、万が一にも汚したくないけど……もちろん食べるわ。」
「よし!行こうぜ!……あれ?」
パーティー会場の入り口に知っている芸素が立っている。シルヴィアだった。
「アグニ?どうしたの?」
「え?あ、ああ。向こうにシルヴィアがいるから挨拶しとこうかなって思って。」
「えっ。…………また天使の血筋に挨拶するの…?」
デボラが少しめんどくさそうに、少し怯えて、だいぶ嫌がりながら俺に聞いた。その様子がおかしくて俺は思わず吹き出した。
「ははっ!!同級生だしな。挨拶しない方が逆に失礼になるからさ、一緒に行こうよ。」
「うぅ………」
デボラは心臓部分を抑えながらも俺らは一緒にシルヴィアの方へと向かった。
シルヴィアと一定距離になった時、黒いタキシードの若い男2人が俺の前に立ちはだかった。
「え?」
「こちらには天使の血筋がおられます。」
え?知ってるが?
「………はい。」
『別の道をお通りいただきますよう。』
「え?」
あれ?俺こいつらの芸素知ってるぞ?
いつもシルヴィアの近くにいるよな?
え?なのに俺が同級生なこと知らないのか?
「シルヴィアに挨拶したいんすけど……」
俺がそういうと、男は一瞬顔を歪めてからすぐ無表情に戻り、告げた。
「天使の血筋様にあなたが直接挨拶なさる必要はありません。お引き取りください。」
「はい?」
その男達は俺を敵視しているようだった。
「シルヴィアと話しちゃいけないんすか?」
『ええ。貴族社会への理解をもう少し深められた方がよろしいようですね』
「ア、アグニ…ちょっと…もういこうよ……!」
隣にいるデボラがビビりまくって俺の腕を引っ張る。
だがしかぁぁぁし!!俺はちょっと苛立っている!!
「俺から話しかけたらだめなんすね?」
「……………ふはっ! お引き取りを。」
男は俺のことを鼻で笑った。素晴らしい態度だったので俺は遠慮なく自分の芸素を広げた。
『あっ……アグニさん、いらしてたのですね。』
するとすぐにシルヴィアが俺の方を向き、話しかけてきた。たぶんまだ自分では気づいてないと思うが、シルヴィアは結構きちんと芸素を読み取れている。俺はそのシルヴィアの能力に賭けたのだ。
「あらら~話しかけられちゃったねぇ?」
俺がその男2人に笑顔で言うと………ちょっとびっくりするくらい怖い顔をして、シルヴィアの後ろに戻っていった。
噂のシルヴィアさんはデボラを見てなぜか一瞬固まり、すぐにまた動き出した。
「久しぶりだな、シルヴィア!元気だったか?」
『はい。…………面を上げてください。』
俺の隣で頭を下げていたデボラが顔を上げ挨拶をした。
「天空の方々のお導きによりこの良き夜に出会えましたこと感謝申し上げます。初めてご挨拶いたします、第2学院第3学年のデボラと申します。」
『交流会の時……。アグニさんは………どうして彼女と一緒にいらっしゃるのですか』
「ん?ああ、デボラとは交流会で友達になってな。ほら、デボラはシドの後輩だし、狩りもできるからさ。」
『………………それだけですか?』
「え?う、うん。………え?あとはほら、デボラが護衛騎士志望だからこういう貴族が集まる場で能力を示せたら将来的に良いだろうし的な。」
それだけですかって……シルヴィアには俺が無理を言ってデボラを連れてきたみたいに見えたんじゃないかと思って、「互いに利があってこの場にいますよ」ってことを伝えようとした。するとシルヴィアがつぶやくように言った。
『………婚約されたわけではないのですね。』
「え?うん、してないけど……」
あ、この間セシルが婚約したからかな
だから俺と別の人と婚約したと思ったんかな?
デボラが隣で俺とシルヴィアの顔をずっと交互に見ている。ちょっと落ち着きがない。
そしてデボラは唐突にふらついた。
「おおぉ…どうした?大丈夫か?」
ふらついたデボラの腕を掴んで様子を聞く。
「あ、……慣れない場で少し疲れたようです。あの〜休めば平気です。」
「え?じゃあ休みにいく?」
「いや!1人で平気!!シルヴィア様、御前を失礼してもよろしいでしょうか?」
『はい…どうかお気をつけて。必要なら私の休憩室をお貸ししましょう。』
高位貴族にはそれぞれの休憩室が与えられる。天使の血筋は言わずもがなだ。しかしデボラはその提案を丁寧に断ってから騎士のように素早く頭を下げ、颯爽と去っていった。
「デボラ、大丈夫か??」
『…………心配ですが、せっかくですからパーティーを楽しみましょう。』
デボラの芸素を探ったが、特に変わった様子はない。まぁたぶん放っておいても大丈夫だろう。
「………だな!じゃあ、ご一緒してよろしい?」
『………もちろんです。』




