150 社交の準備②
出した手紙の返事は翌日の昼に来た。
バルバラは父親か親戚筋の男性をパートナーにするつもりだったらしく、俺と一緒で大丈夫とのことだった。しかしデボラから来た返事は……
「む、無理だって!!!」
「ほんと?ちょっと見せてちょうだい。」
俺が持っていた手紙をシーラは取って読み、そして笑いながら返してきた。
「自分は社交界に出る身分じゃないって色々な言い方で書いてあるわね。たぶん手紙の返答だけでも相当気を使ったんじゃないかしら?字は綺麗に書こうとして固くなっちゃってるし、この封筒も平民の日用品じゃないわ。わざわざ買ってきたんでしょう。」
「こ、こまる………!!!!」
たぶん他の女子はもうパートナーが決まっている。前にバルバラはお父さんとパーティーに出ることが多い(現クレルモン男爵である父君と次代クレルモン男爵であるバルバラで挨拶回りするため)と聞いていたから誘ったけど、他はたぶん無理だ。だからデボラに頼んだのに…!
俺の考えをもちろん理解しているであろうシーラはにやりと妖艶に笑った。
「アグニ、今すぐそのデボラって子に『公爵邸に来てほしい』って手紙を書きなさい。すぐクルトに持っていってもらって。」
「え?なんで?ここに呼ぶのか?」
「ええ。こんだけ貴族を畏れてる子なら飛んでくるはずよ。そうしたら私が説得にまわってあげる。」
「おお!!!」
なるほど…!!シーラを使えばいいのか!
「……わかった。頼む!!」
「ええ。ところで、昨日の夜はどこに行ってたの?」
「ぶふーーーー!!!!!!!」
口に含んだばっかの紅茶を盛大に撒き散らかした。昨日俺が外に出たこと、バレてたらしい。
「な、なんでわかったの?!!」
「わかるわよ。部屋入ってすぐに窓ガチャガチャさせたじゃない。」
そ、そっか……
シーラが寝た後に行けばよかったな……
「それで?どこに行ってたのよ?」
昨日俺はカミーユの家の跡に行った。そしてその跡の近くに住んでいるおばさんから、火事のあった日に天使の血筋が現場にいたことを教えてもらった。
…………………まず間違いなくシリウスだろう。
シリウスに理由を問い詰めたい。だって俺のことをずっと騙してたってことだろ?俺に『ブガランがやった』って言ったのは、嘘だったってことだろ?
どうして……そんなことをした。
なんで嘘をついた。
なぜ殺した。
けどこれを問い詰めても答えてくれるわけがない。
俺は全ての証拠を押さえた上でシリウスに意見を提示し、答えを得るつもりだ。「シリウス」という一人の人間に執着して、考えて考えて考えて、そしてやっと人のことを理解できるのだと思う。
今シリウスは森の家にいるから朝から会っていない。そのことに少しほっとしている。
「………ごめん、シーラ。それはまた今度ね。」
俺はへらっと笑ってシーラの質問をかわすことにした。
・・・・・・
そしてデボラは秒で公爵邸に来た。
服がなかったのだろうが、第2学院で支給される礼服を着ている(第2と第4学院は学院から一部制服の支給がある)。そして関節を持っていないかのような歩き方をしている。芸素からもド緊張がにじみ出ているし、口角も引きつっている。なんかすごい心臓に悪そうなことをしてしまったなと今更ながら申し訳ない気持ちになった。
応接間でクルトにお茶を入れてもらい、まずは俺とデボラだけで話し合うことになった。
パタン・・・
「アグニ………勘弁してよ……!!!!!」
クルトがいなくなった瞬間にデボラが声を震わせながら言った。
「なぁ、頼むよ!狩りもするらしいんだよ。頼めるのなんてデボラしかいないんだって!」
「私平民なの!!社交界に出られる身分じゃないのよ!!それにシド公国が主催のなんて……無理に決まってるでしょ?!」
「なんでだよ!シドは第2学院の生徒なんだから後輩のデボラが参加するのは何も不自然じゃないだろ?!」
「だ・か・ら!!!わたしは平民なの!!!!」
コンコンコン……
ノックの音が聞こえた瞬間にデボラは起立し直立不動になった。
「アグニ、どう?口説き落とせてる?」
「はっ……!!!!!!!!!!」
デボラの芸素がシーラを見た瞬間、爆発的に広がった。
「口説いてはないけど、説得もできてない。」
「あらあら……大人びた華やかな子ね、第2学院の3年だったかしら?」
「あ、はい、あ、えっ、あ、て、天使の血筋様……!」
デボラはめちゃくちゃ困惑した様子でとりあえず頭を下げた。たぶんシド以外の天使の血筋に話しかけられたのは初めてだったのだろう。
デボラの様子を見たシーラは俺の座っているソファの後ろに立ってにこやかに言った。
「やり直し。もう一度きちんと挨拶をしてみなさい。」
挨拶のやり直しなんて聞いたことはない。あ、学院の礼法の授業で俺がやり直しさせられたわ。けどまぁ普通やり直すことなんてない。
デボラは今度はぴしっと敬礼をしてシーラに発言した。
「大変失礼いたしました!初めてお会いいたします、天使の血筋様。この良き日に出会えたこと、天空の神々に感謝申しあげます。第2学院第3学年のデボラと申します!」
「うん、合格。」
二度目の挨拶を聞き終えてシーラは俺の隣に座った。シーラの許可でデボラも再度腰を掛けた。
「デボラ、アグニとパーティーに行きたくないんですってね?」
「い、いえ……そんなことは……」
お?!デボラがすでに弱気だ!!!
「あなたは……護衛騎士志望?」
「はい!!」
「そう、ならなおさら行くべきよ。シド公国のパーティーに良家のお嬢様たちも来るわ。狩りでのあなたの活躍を見たら絶対にスカウトするわよ。」
パーティー中に狩りがあると言ったが、女性の参加は任意だ。参加する女性は少ないだろう。そんな中でデボラが格好良く狩りをして夜会で華のある振る舞いを見せれば、自分の護衛騎士にしたいと言い出す貴族たちが次々と現れるはずだ。
「……けれど……身分が……」
デボラが遠慮がちに呟いた。また夜会に参加できる身分じゃないと言っている。しかしシーラはくすくすと笑いながらいった。
「アグニだってまだ爵位はないわ。アグニ、シドは優しい子よね?貴族の家系でない人間を疎むような人?」
「え?シドだろ?あいつはそういうのしないと思うぞ」
シドは黒の一族と呼ばれた元非帝国民も平等に扱っている。レイとレベッカにも、もちろん俺にも優しい。デボラを連れて行くことで、喜ぶことはあれど非難はしないだろう。
「…………わかりました。パートナー、お受けします。」
「っお!!!!」
よかった!あ~よかった!!
デボラの言葉でシーラはニコリと笑ってから席を立った。
「クルトを呼んでくるわ。日程の確認をしなさい。あとアグニ、ハーロー洋服店に今から行ってデボラのドレスを注文してきなさい。」
「え、そ、そんな!!!ドレスは自分で買います…!」
デボラが困ったような顔でそう言ったが、シーラはすぐに否定した。
「だめよ!アグニ、あなたの都合に付き合わせるんだからあなたが払うのよ!」
「あ~確かにそうだな。わかった!」
「え、いいっていいって!!自分で買ってくるから…」
「大丈夫!俺バイトしてるし!ドレス一着くらいいけるから!」
「え、バイト? って、えぇ…でも……」
「迷惑料として受け取ってくれ。な?」
シーラが腕を組んで俺とデボラの会話を見ている。この状況ならデボラは断れない。
「う……わかった。アグニ、ありがとう。」
「おう!」
・・・
「昼飯ごちそうになっちゃって悪いな!」
「ドレス買ってくれたんだからこんくらいお金出させて……」
俺とデボラとクルトでハーロー洋服店へ行った。俺の代わりにクルトがドレスのデザインをお店の人と相談してくれた(シーラは俺のセンスを信用できないらしく、クルトが派遣された)のだ。
デボラが狩りの時に着る上着も一つ購入することになったが、それは男爵がプレゼントしてくれた。
ドレスは紺色で襟がついている。腰とか、全体的にきゅっとタイトな感じだが、膝辺りからぶわっとドレスが広がっている。デボラは大人っぽいしシーラと似た色気があるからタイトなドレスの方が似合うのだとお店の人が言っていた。両腕に布がないから俺が「なんだか寒そうだな」って言ったらクルトに「黙ってましょうか」って言われた。
そして俺もデボラのドレスに合わせて、黒のタキシードを購入した。思ったよりもお金がかかってしまったが、恐ろしいことにまだ社交界は始まっていない。これからの出費を考えると本当に恐怖だ。
・・・・・・
4週目1の日にまた帝都を出発してシャノンシシリー公国に向かう。それまでの4日間、森の家に行ってルシウスに解名を教えたり、シリウスから解名を教わったり…
あぁ、あとデボラとダンスの練習をしたり、注文したドレスをもらってきたり…
カールが会いにきたり、コルネリウスと武芸の練習をしたり、公爵のパーティーの手伝いをしたり、あとシーラのお酒の相手もした。
そして・・・
「こんばんは。」
「…………こんなとこになんのようだ?兄ちゃん」
真夜中、シーラが眠りについたころに俺は帝都の北西部、最も治安が悪いと言われるところに行った。ここ数日、夜はずっと出歩いていた。
治安が悪いとはいうが別に死体が転がっているような場所ではない。目つきの悪い人がしたり、異臭がする程度だ。まぁたまに人が帰ってこなくなったりするらしいが。
どうして俺がここに来たかというと、もちろん人探しのためだ。
「…………お前が、ラウルか?」
俺の言葉を聞いて前にいる男性は器用に片眉を上げた。もう片方の眉には頬まで伸びる大きな傷跡が入っている。
「兄ちゃん………外の人間はどうした?」
「ごめん、なかなか中に入れてもらえないから気絶してもらった。」
この一階建てのボロ家の前には何人か怖い顔の男の人が立っていた。けれど幸いなことに普通に解名の色鷹が効いたのでそのまま放置している。
「…………殺さなかったのかい?」
「殺さないよ。不必要だもん。」
「ははっっ!!!!!」
外見的には50歳程度。焼けた肌に丸坊主で筋肉がよく付いている。芸石は首と耳に一つずつ、手首と指輪に複数。芸素量は……俺よりは全然少ない。
…………何かあっても、勝てる。
「兄ちゃん甘いなぁ。」
「………なに?」
「だめよ、そういうのは。きちんと殺してこの場に死体を持ってこないと。外に放っておけば異常が外部にもろわかりだ。そうなるとすぐ囲まれるぞ。こうやってな」
「っ……!!!!」
そう言われて周りの芸素を探ると……家の四方にそれぞれ一人ずつ、屋根に2人、前の道に3人、攻撃的な芸素を感じた。けれど・・・
「……この家の周りにいる人間は、みんな芸ができないな?」
全員、芸素量が極端に少ない。だから俺も囲まれてることに気づかなかったんだ。つまり芸ができない人達なのだろう。芸のできない人ならば…何人がかりだろうと俺は勝てる。
「っは!! それがどうした?」
「芸ができないなら脅威ではない。」
はっきりと告げた言葉にラウルは笑顔を見せた。
「……バカだなぁ兄ちゃん。」
シュッ……!!
「っ!!!!!」
キィィィン!!!!!
屋根が開く仕組みだったのか、剣をこちらに突き出した状態で上から男が降ってきた。瞬間的な行動に俺は自分の剣を抜刀するのに精いっぱいだった。そして剣の当たる音が引き金となったのか、四方から人が現れて俺に攻撃を始めた。
狭い室内で俺が持っているのは長剣、男達は短剣。
武だけじゃ不利だ!!!
解名を・・・!!!
ズブシャアァァァ!!!!!
「うっ!!!!うぅぅぅううう…!!!!」
一人の男が俺の右頬を剣で裂いた。口から血とよだれが飛び、体中の血が口に回るのを感じる。
今自分が興奮状態だからあまり痛みは感じてないが、数秒すれば激痛になるはずだ。その前に治癒を…!!
「ギ、ギ ふぉ・・・」
頬が避けたせいで上手く喋れない!!
………そうか!!!これが狙いか!
さっきから男達が剣を向ける位置が高いなと思っていた。だから俺の首を狙っているのかと思ったが、目的は口だったのか!!!これで解名を口にするのに時間がかかる。
喋れない間、男達の攻撃はやむこともなく、俺の口からはずっと血が流れ出ていた。
「芸ができる奴は何かあったら芸をすればいいと、油断する。お前みたいな人間を何百人と見てきてんだよこっちは。言っとくが、ただの芸なら俺もできるからな?」
「っ…はは。 ほぉー か よ。」
「…………あぁん?」
舐めてもらっちゃあ困るなぁ
この程度の事に対応できないような緩い育て方はされてないんだよ。なぁ、師匠。
デボラのドレスはマーメイドラインってタイプのを想像してます。けれどこの世界にマーメイドは存在しませんので、そのままアグニの言葉で書きました。
ラウルは『136 君が払った代償』のシリウスの言葉に一文だけ出てきてます。その人です。




