139 刻身の誓い
4の日の早朝
俺が鍛冶をしに小屋まで行くと、そこにはシルヴィアがすでにいた。栞を作るのを見せると約束していたのだが、随分と早くに来ていたようだ。
「おはよう、シルヴィア!」
『お、おはようございます…。』
「うん!ほら、入って入って〜」
『お邪魔します…』
「は〜い」
小屋の鍵を開けシルヴィアを中に入れると、俺はすぐ炉に火を灯した。そしてシーラがくれた貝殻入りの椅子をぽんぽんと叩き、シルヴィアをそこに座らせた。
「こんな感じのデザインでいいか?」
紙に書いたデザインをシルヴィアに見せると、シルヴィアの芸素がふわっと広がった。デザインを気に入ってくれたようだ。
『すごく………綺麗です!!』
「あ、ほんと?!よかった!じゃあこれで作っちゃうな!」
『ええ!お願いします!』
銀の一枚板に金の金属で蔦を連想させる華やかなデザインを重ね、左下の方にその蔦から出た紫の花を一つだけ付ける。
金色を使うことは天使の血筋にしか許されていない(金色の芸石や貝は大丈夫だけど)し、紫の芸石を付けることでこれがシルヴィアの持ち物だというのは一目でわかるだろう。
シルヴィアは剣の練習をすることなく、ずっと俺の作業を見ていた。
俺も親父の鍛治をこうやってずっと見てたなぁ…なんてことを思い出した。
・・・
「ほい、完成!!」
作り終わったばっかの栞を作業場の机に置くとシルヴィアは目を輝かせてすぐに近寄ってきた。
『うわぁ…すごいです…!!』
「あ、まだ熱いから触っちゃダメだよ。」
『あ、ごめんなさい。……けど、使える日がとても楽しみです!』
おぉ〜!!喜んでもらえてよかった〜!!
やっぱ最初にデザインを見せといてよかったな
「よし!じゃあ俺はもう1つ栞作るから、シルヴィアは剣の練習に戻ってな」
『……もう一つ作るのですか?』
「おう!セシルにも作ろうと思って。この前はすげぇ助かったからな!」
『あ、そうですか………』
「セシルにもデザイン見せとけばよかったなぁ……」
その後、俺はセシルの分の栞も作ったがシルヴィアはその作業も見ていた。そしてセシルの分を作り終わった時にはもうシルヴィアの栞は熱くなかったので、シルヴィアにはそのまま栞を持って帰ってもらった。
また授業でと挨拶を交わし、俺らは各自の寮に戻っていった。
・・・・・・
放課後、俺は武芸研究会へ行った。久しぶりに身体を動かしたいと思ったのもそうだが、コルネリウスに頼みたいことがあったのだ。
「コル、ちょっといいか?」
『アグニ?どうしたの?』
コルネリウスが休憩を取ったタイミングで俺は演習場の端へ連れていった。
「カミーユ、いただろ?あいつの家が…どうやら燃えたらしいんだ。」
『えっ………!!』
目を見開くコルネリウスに一度しっかり頷き、俺は説明を続けた。
「焼け跡からは焼死体が複数見つかった。……それがカミーユかはわからないけど。」
『………先週のことと関係があると思う?』
先週のことというのは、俺に罪を被せようとして逆に退学になったことの話だろう。
「もしかしたらタイミングが一緒だっただけで全く関係がないかもしれない。けど、もしかしたら……関係があるのもしれない。」
『……ところで、アグニはどうやってそのことを知ったの?僕の耳には入ってないんだけど。』
「あぁ、それはカミーユの話をシリウスにしたら、シリウスがカミーユの家を探しに行くっていって………」
…………まて。
なんでシリウスはカミーユの家を探した?
カミーユの家が燃えたと俺に伝えたのはシリウスだ。そしてその時、シリウスは確かに俺に言った。
まぁまぁ大きな商家だったよ、と。
………どうして大きい商家だと気づいた?
シリウスは……燃える前からその場にいたのか?
カミーユの家が燃えている最中にたどり着いたとか、焼け跡から商家の大きさを判断したとか、ほかにも理由は考えられるけれども……もう一つ、考えたくない可能性が見え隠れする。
『…………ブガランの手のものだよ、きっと。大丈夫さ!父様にもこのことを聞いてみるよ。きっと何かわかるはずだから。』
黙ってしまった俺を気遣ってか、コルネリウスは励ますようにいった。
「………あぁ、頼む。」
『うん!わかった!』
・・・・・・
5の日のお話し合いの時間は第1学院の同級生みんなでこの3週間の学院間交流会の労を労った。談話室には豪華な食事が並び、軽い立食パーティー状態だ。
そしてとんでもない話を聞いてしまった。
『明日の前夜祭って感じだね!』
「……………明日?」
コルネリウスの謎発言に俺の頭に疑問符が浮かぶ。けれど俺の様子を見ていた周りの生徒たちは、はっとしたような表情になり俺に急いで説明を始めた。
「アグニ!明日は交流会終了のパーティーだぞ?!」
「ちょっと!?今まで知らなかったの?!!」
『アグニ!明日また交流会前のパーティーと同じ場所で同じ時間にパーティーあるからね?!』
「まっ………まじで?!!またあるの?!!!」
驚きだ。全然知らなかった。というかまたあるのか。
俺は急いでセシルの方を向くと、セシルはコクンと頷いて言った。
「この前と…同じ装飾を付けて…同じ時間に迎えに来てくれたら…大丈夫。」
「ぬぁ〜!!!あっぶね〜!!さんきゅーセシル!」
大体こういうパーティーの場ではペアで入場することが多い。セシルにペアがいなくてよかった!!!
『けどそっか。去年と同じ流れだから僕たちは知ってたけど、アグニは知らないもんね。』
「あぁ、うっかりしてたな…。」
コルネリウスとカールが申し訳なさそうな顔をしていたので俺は急いで首を横に振った。
「いやいや、今日知れて良かったよ。1人だけ不参加になるところだったし。ありがとな!」
というかシーラとシリウスにも教えてもらってない。もしかしたら今日も家に帰ったらこの前と同じようにパックやらマッサージやらを受けさせられるのか…?
少しだけめんどくさく思って、俺は家に帰るのが嫌になった。けど今日はカールも一緒に帰る予定なのだ。
そして放課後、俺はセシルとカールと3人で馬車に乗り、セシルの家を経由してから別邸に帰った。
一通り挨拶を終え、シリウスとシーラの向かいに俺とカールという形で4人で座り、やっと紅茶に口を付けたところだった。
『それで?何か答え合わせがしたくてここに来たんだろう?カール?』
シリウスの言葉で、カールは綺麗に姿勢を正した。
「まず、洗礼式で…天使の血筋は記憶を封じられているとアグニから聞きました。もしそれが本当ならば、天使の血筋は今我々が知る歴史とは別の記憶を継承しているからだと判断できます。ならば……神話・創世記のどこが嘘なのか、どこからが本当なのか、それを知りたいと思いました。」
シリウスはにこっと笑った。
『みんなの知る神話には誤りがある。……そう言いたいんだね?』
「はい。ですのでシリウス様の知っている本当の神話を伺いたいのです。」
シリウスは綺麗な笑顔を見せていた。
そのままテーブル越しにカールへ顔を近づけ………
急に笑顔が途切れた。
いつも笑顔のシリウスでは考えられないほどの無表情で、あまりにも恐ろしかった。
『 君 自分が何を言ってるか わかってるかい? 』
「っ!!!!!」
カールが一瞬ではっとしたように焦った顔をした。汗が出て、震え始めている。
シリウスは一切表情を変えることなく、低い声でカールに告げた。
『今の君の発言は、現存する帝国への冒涜だよ。わかるよね?この世界の根本にある神話を「ニセモノ」だと言ったのだから。』
「えっ……ちょっ!!!ちょっと待てよ!なんで急にそんなこと言うんだよ?!」
カールはシリウスが言ってたことを反復しただけだ。それならシリウスにも冒涜罪がかけられるはずだ。
しかしシリウスは幼児に向けるような笑顔で言った。
『カール、君がこんなにも間抜けだとは思わなかったよ。ねぇ、僕のポケットには何があると思う?』
「えっ………」
『セシル・ハーローが開発した動画記録用蓄芸石だ。』
「っ!!!!!!!」
こいつ……きったねぇ!!!!!!!
カールが言った発言を記録していたのだ。それを証拠として、カールに冒涜罪や不敬罪をかけることができる。
そしてそれらの罪は 死に値する。
『先程の君の発言を……取り消すかい?』
「………………っ!!!!!」
優しい笑顔のシリウスに対し、カールは何かを言おうと必死に考えている。
そして、意を決した様子でカールは言って退けた。
「発言は……撤回しません。」
『……あーあ、残念だよ。君がここまで馬鹿だとは思わなかったな。』
そう言ってシリウスは席を立ち応接間を出ようとしたが・・・
「僕はずっと疑問に思っていました!!!!」
カールが大声でシリウスの背中に語りかける。
「…僕は、ずっと疑問に思っていました。今の世界の姿に。」
カールの言葉でシリウスはゆっくりと正面に向き直った。それが合図であるかのように、カールは大きな声で演説を始めた。
「天使の血筋には……莫大な芸素量がある。天空人の子孫である。それはわかります。けれども、伯爵位以上の身分を無条件に与える必要は果たしてあるのか? 天使の血筋の名を全て覚えている人はこの社交界では珍しくありません。僕も当然覚えています。覚えることが義務のようになっている。 一方で、それほどまでに天使の血筋の存在を周知させなければならないことに疑問を感じていました。天使の血筋の起こした行動はすぐに話題となり、帝国中に知れ渡ります。天使の血筋には異常なほど貴族や帝国民の目が向けられているのです!!!」
カールは真っ直ぐにシリウスを見て、告げた。
「僕は……そうまでして帝国が天使の血筋を見張る理由が知りたい!!!」
カールはずっと違和感を持っていたのだ。この世界の歪み方に。
シリウスの存在はその答えを知るチャンスでもある。きっと今を逃せば一生ない。ずっと心に濁りを抱えたまま、年老いて朽ちていく。
そんな生き方はしたくないと、カールは言ったのだ。
シリウスはじっとカールを見ていたが、ふっと緩く笑った。
『君のその探求心や野心を……天空人は持っていなかった。それこそが天使の血筋にはない最大の武器だ。君は…とても人間らしいね。』
「………? は、はい…ありがとうございます…?」
『君の意思は伝わった。次は覚悟を示してもらおう。』
そういうとシリウスはカールに向かって手を差し出した。
『私と、刻身の誓いを交わせるかい?』
「っ……な?!!!」
「ん?刻身の誓い?なんだそれ?」
初めて聞く言葉だ。誓いって……なんだ?
俺の質問を聞いてシリウスは説明を始めた。
『それは身に刻む契約。これから先、カールが私の命令に違反したと判断した場合、私は直接手を下すことなく、カールを誅することができる。』
刻身の誓いの大まかな内容はこうだ。
シリウスはいつでもカールを監視できる。居場所を知ることもできる。そしてカールがシリウスの命令に違反した場合、シリウスはカールを合法的に、そして秘密裏に殺すことができる。
つまりこの誓いによってシリウスはカールを完全支配下に置くのだ。
一方、カールもシリウスに心で意思を伝えることができる。そしてシリウスの同意のもとであれば、カールがシリウスの力を借りて芸を出すこともできる。
簡単にいうとシリウスの守護が付くということだ。
「それは創世記と同じ年代の書物にしか書かれていない誓いです……!!そんな太古の芸を……あなた様はできるというのですか?!!」
カールは目を見開き、畏れたようにシリウスを見ていた。けれどもシリウスは花が咲くような美しい笑顔で断言した。
『僕にね、できないことってないんだよ。』
カールはしばらく悩みこむようにじっと下を向いて黙っていた。そして俺の方を向いて、1つ質問した。
「アグニ、お前は……シリウス様を信じているか?」
カールにとって、これはとてもリスクのある賭けだ。誓いを結んだ瞬間にシリウスがカールを殺すことだってあり得る。けれどもシリウスはそんなことはしないと信じられれば、シリウスの守護を持っていられる。今後、命の危険は限りなく低くなるだろう。
「ああ。シリウスは…なんていったからいいかな…不必要なことはしない人だよ」
俺自身は、シリウスを信じられる。こいつは俺を大事にしている。俺に害があることはしない。
けれどもカールにその保証はない。それにまだ数回しかカールはシリウスに会ったことがないし……
「…………わかりました。刻身の誓いをします。」
「えっ…!!!?」
そんなすぐに決断できるような事ではないはずだ。いつ終わるかもしれない契約を…こんなに簡単に結んでいいのか?!
しかし俺の不安とは異なり、カールは爽やかな笑顔と堂々とした立ち姿でシリウスと向き合っていた。
そしてカールの決断を聞き、シリウスは妖艶に笑ってみせた。
『では、その身に契約を結ぼう。』