126 第2学院:2日目
「お!アグニおはよう!」
「よ〜っすアグニ!今日もよろしくな!」
『アグニ、コルネリウス、おはよう!』
次の日の朝、先輩たちが結構声をかけてきてくれた。
昨日洞穴の会にいなかった人まで声をかけてくれる。俺とコルネリウスに対してはだいぶ交友的な態度になってくれた。
「先輩方、おはようございま〜す!」
『おはようございます。』
俺とコルネリウスは片っ端から挨拶を返した。その様子を不思議そうにみる第1学院の生徒と、嫌そうな顔をして見るオズムンドの姿が視界に入る。
「…どうやって取り入ったんですか??」
どうやら第2の生徒全員に昨日のことが共有されていたわけではないらしい。
「………シドが去年までいた『会』だよ。」
俺は小声でオズムンドに伝えたが、「一体何を言ってんだ?」みたいな顔で、嫌悪感を隠さず言われた。
「あーなるほどね。自分はシド様と親しいという嘘を言い散らかして周りから評価を得たんですか。やっぱり姑息な人っているもんなんですね。」
すんげぇ誤解のされ方だな、おい。
というかあの『会』の存在を知らないのか?
……シドは伝えてないのかな?
わざわざ伝えてないのなら何か理由があるのかもしれない。まぁ学院内でお酒飲む会なわけだから広めちゃまずいのはわかるけど。
「オズムンド、そんなことはしてないよ。……じゃあ、また授業で。」
とりあえずきちんと否定してから俺はとっととオズムンドから離れた。めんどい人間は早く離れるのが吉だ。
・・・
朝食後、授業が始まった。第1学院と違う点は「兵法」の授業があるところだ。軍部の指揮官になった時に必要だから学生のうちに習うらしい。あとはいくつかの事例を踏まえて兵法の歴史を学んだ。一から習う授業なので結構面白い。
そして再び、武術の授業。今日は第2学院がやっている練習を一緒にやる。
「よ~し!じゃあとりあえず演習場を10週!その後各自のペアでメニュー通りの筋トレ!それを5回繰り返したら休憩だ!」
先生の指示を聞き、俺たちは演習場を走り始めた。第1と比べて、圧倒的に基礎トレーニングのメニューが多い。体力や筋力を作る上で絶対に必要なのだが・・・
「しんどい……」
「う、うう…吐きそう…」
「くらくらしてくた……」
第1学院の生徒はほとんど音を上げた。3回目くらいで皆ダウンした。俺は……シリウスさんの無茶ぶり長距離移動で鍛えられてるんでね、余裕ですよ。
けど俺は疲れたくないので、バレないように風の芸と身体強化を使った。バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ。
第2の生徒は全員5回分をやりきった。それに終わった後でも皆キャッキャッと楽しそうにしていた。随分と体力に余裕がありそうだ。
第1の生徒で5回をやりきったのは俺とコルネリウスとシルヴィアしかいなかった。パシフィオが4回目までいったが諦めた。
「よぉ~し、休め!!第1の生徒は随分と生ぬるい環境で練習してんだなぁ。」
先生が声を張り上げ全員に聞こえるように言った。第2の生徒もこちらを見てあざ笑っていたが、体力がないのは事実なので言い返せない。あ、ちなみにエベル王子はおててが痛いので見学です。
「休めたか?じゃあまた練習に戻るぞ~。第1と第2の生徒でペアを組んで剣の打ち合い練習だ。くじ引きしてくれ!」
俺らは順次くじ引きをしていき、同じ数字のペアを探した。
「あなた6番?」
俺に声をかけてきたのは豊かな黒髪に黒目の女性。美人だ。全身をきちんと鍛えていることはわかるが、それにしてはお胸が邪魔そうだ。雰囲気がシーラに似ている。
「そうっす。アグニです!」
その女性は髪の毛を後ろで一つに結びながら笑顔を見せた。
「デボラよ。第3学年。帝都の北東部出身。お貴族サマには悪いけど、私ただの平民だから。」
「俺も貴族じゃないよ。今お世話になってる家が貴族なだけ。」
デボラという名の女性は驚いた顔をしたがすぐにニヤッと笑った。
「そう!じゃあ黒髪同士、仲良くしましょっ!」
・・・
「やめ!各自休憩を取れ!」
先生の声が聞こえ、俺はデボラとの打ち合いを止めた。デボラは汗を手で仰ぎながら俺に言った。
「本当に強いのね~。昨日の試合はリカルドが忖度しているのかと思ってたけど、そうじゃなかったのね。」
「デボラも結構強いな!正直驚いたよ。いい打ち合いができた!」
俺の言葉を聞き、デボラは「ふーん。」と少し嬉しそうな顔をした。
「あなた変わってるわね。第1学院の生徒は誰でも第2の生徒を見下すと思ってたわ。」
「あははっ!そんなことしないよ。というかさっきも言ったけど俺平民だしな。」
「そう、それよ!あなた以外に平民の子って第1学院にいるの?」
「いや~いないかな。他の学年はわからないけど。」
「…学院内で嫌なこととかされないわけ?」
「ん~ないかな。たまに皆との意見の差に悩んだりもするけど、皆優しいよ。」
「……アグニ、世話をしてくれてる貴族がいるって言ってたわよね?その人ってどれくらいの身分の人なのよ?学院の皆が知ってるような貴族だったりするの?」
俺の保護者、天使の血筋で宰相職の公爵位なんだよな。もう結構知られてると思ってたけど……まぁこんなこと一部の貴族しか興味ないか!
「休憩終了だ!もう一度打ち合いを始めろ!」
俺が保護者の事を説明をしようと思った時に練習が再開してしまった。デボラはにこっと笑って俺に聞いた。
「せっかくだから私の友達も紹介したいわ。今日、一緒に夕食は?」
夕食会場は昨日と変わらず一緒なので、ただ食べる位置が変わるだけだろう。何も問題がない。
「もちろん!ご一緒します!」
・・・・・・
授業が終わり、夕方になった。学生たちは汗と泥まみれの身体を洗ってから夕食会場へと向かう。
「アグニ!こっちこっち!」
遠くでデボラが手招きをしているのが見え、俺は自分のトレーを持ってそちらへ向かった。
「紹介するわね。第1学院2年生のアグニよ。」
「「「初めまして~」」」
デボラの紹介で数名の女子がペコっと頭を下げて挨拶をしてくれた。俺はトレーを置きながら同じように頭を下げた。
「初めまして、アグニです!よろしくっす。」
「へぇ~アグニって…苗字は?」
一人の女子が不思議そうに聞いてきたので俺は横に首を振った。
「俺、貴族じゃないから苗字ないよ。」
「そうなんだ~!第1にも貴族じゃない人っていたんだね~」
デボラがニヤッと笑って他の女子たちに小声で言った。
「同じ学年にはアグニしかいないそうよ。」
「えええ~!うっそ。それ形見狭くない?」
「いや、全然平気っすよ。というか第2学院って女子生徒少ないんすね」
会場内を見渡すと第2の生徒はほとんどが男子だ。女子は多く見積もって3割程度だろう。そのことを告げると、デボラはため息交じりに文句を口にした。
「そうなのよね~やっぱどうしても体力差と体格差って出ちゃうから…練習しんどいわよ。」
「今日も一緒のメニューやってたもんなぁ。すげぇよ!」
「あらありがと。けどアグニも、第1の生徒がほとんどギブアップしてる中できちんとやりきってたじゃない。」
「あ~あははは……」
本当は芸で誤魔化してたんだけど…今更言えない。
「皆さんもやっぱ軍部志望っすか?」
俺の質問にデボラの隣に座ってた女子が答えてくれた。
「いいえ。女子生徒は護衛騎士志望が多いの。」
護衛騎士というのは貴族の家に住み込みで働く騎士の事を指す。あとは教会や裕福なお店でも働いてたりする。
「へぇ!護衛騎士か。……護衛騎士ってどうやってなるの?」
「推薦の場合が多いわね。あとは直接雇ってもらえるかを聞きに行ったり。」
「だから学院での態度だったり成績だったりが重要になるのよ。あとはパーティーでコネを見つけたりしないとね。」
「そうか…意外と大変なんすね。」
俺の言葉に女子たちは同時にため息を吐いた。
「本当よ、超大変。正直軍部に行くほうが楽よ。」
「教養も見られるからね、護衛騎士は。」
「それに…言っちゃ悪いけど、第1学院の生徒みたいな貴族の下で我慢して働ける気がしないわ。」
「「「 ほんとそれ! 」」」
確かに、聞いてるだけですでに大変そうだ。
「けどやっぱ給料は全然良いし、仕事自体は楽なのよね~。」
「「「 そうなのよね~ 」」」
なるほど、やっぱ一長一短なんだな。俺が黙って今の会話を聞いていると女子生徒らは「しまった!」という顔になった。
「やだごめん!アグニは貴族の家に住んでるのよね?私達の会話、広めたりしないでよ?!」
「ほんと!少しでも評価下げたくないから!……というか、アグニは今なんて方の家にいるの?そんなに貴族の名前知らないから聞いてもわからないかもしれないけど…。」
「あ、シャルト公爵って人んちにいます。」
「「「 ………………………は?? 」」」
「えっ……なにそれ。どういう冗談?」
女子生徒らの顔がこわばっている。半分恐怖、半分焦りの顔だ。
「あ、その人今は帝国の宰相してるらしくて。ここから東側にずっと行ったとこに…」
「そんなこと知ってるわよ!!!!!!」
デボラがバン!と机をたたきながら立ち上がった。辺りに座ってた人が一瞬何事かとこちらを見てきたが、すぐに元通りの喧騒に戻った。
「え、え、え、ちょっと待って。それってどれくらい本当の話?」
「え、さすがに嘘でしょ?だって……接点ないわよね?」
「アグニ、本当のこと教えてちょうだい。それとも言っちゃだめって言われてるの?」
「いやだから、シャルト公爵って人です。天使の血筋なんで苗字はないんすけど、代々『シャルト家』を継いでる、本当の貴族っすよ。」
「「「 そんなこと知ってるわ!!! 」」」
女子らの顔が怖い。今は半分恐怖、半分混乱の顔に代わった。
というか……
あの屋敷に護衛騎士っているのかな?
俺見たことないな…
と思っていたら、デボラが頭を横に振りながら大きく後ろの背もたれに寄り掛かった。
「公爵位、宰相職の天使の血筋。帝都一大きな屋敷に住んでいるにもかかわらず、護衛騎士の選定は全て秘密裏に行われる。あの巨大な敷地には帝都軍を超える大規模な軍隊がいるのでは、なんて噂されてる。歴史上、過去に一度も身の危険が起きたことがない鉄壁の守り。……護衛騎士を目指す人間ならそれくらいのこと当然知ってるわ。」
え、そんなんなの?????
ちょっと待って。え、軍隊がいる?!
ぶっちゃけ軍隊がいても気づかないほどに公爵邸の敷地面積は広い。けど公爵邸内でそんな大勢の芸素群を感じたことがない。
「それ、ただの噂じゃないのか?軍隊なんて見たことないぞ。」
「アグニはただの居候でしょ?なら自分の護衛の情報なんて伝えないわよ。危険だもの。」
一刀両断。けど確かにそうかもしれない。
女子生徒の1人が頬杖をついて残念そうな顔をした。
「あ〜あ。アグニに私達を屋敷の護衛騎士に推薦してもらおうかなと思ったのに…。宰相の家とか無理中の無理じゃない。驚き過ぎて悲しくもないわ。」
「え、ごめん……一応公爵に護衛騎士取るつもりがあるか、聞いてみようか?」
「「「「 聞かなくていい!!! 」」」」
「あっ、そっすか………。」
何やら少し失望させてしまったようだけど、先輩たちは俺の保護者の事を聞いてからも態度を変えることはなく、俺に気安く話しかけてくれた。そのことに少しだけ安心して、嬉しかった。
「いやぁ~本当に手が早いんですね。驚きを超して賞賛に値しますよ。娼夫とかできるんじゃないですか?」
娼夫…俺意味知ってるぞ。以前、売女の意味がわからないで困ったからな。そこから積極的に語彙を増やしてるんだ。
「ちょっと!!!私達にもアグニにも失礼すぎるわ!撤回しなさい!」
デボラが正面切ってオズムンドに言い放った。確かによく考えるとデボラ達のことも侮辱した発言だ。周りの生徒が「どうした?どうした?」と集まり始めた。その空気にオズムンドは少し気まずい顔をして、すぐにいなくなってしまった。
「………本当に男子っていつまでも下らないくらい幼いわよね。アグニ、あなたも言い返しなさいよ!」
デボラが俺に怒り始めた。けど…
「俺は娼夫じゃないし、俺の周りの人も違うって知ってるし…だから別にいいかなって…」
「はぁ?!!!」
やだどうしよう。デボラが怖い。
けれどデボラは徐々に笑い始め、最後は大きく笑いだした。
「そんな考え方もあるのね!へぇ~なんだか不思議。アグニのそういう性格がきっと第1でも上手くやっていける秘訣なのね。」
優しく喋るデボラの声に安心していたら、遠くの方で第1の男子らに呼ばれた。俺はデボラ達と別れてそちらに向かった。するとすぐにカールとパシフィオが俺に肩を組んできた。
「おいおいおいおい!アグニこら!お前抜け駆けは許さんぞ!」
「本当だぞアグニ!お前いつの間に仲良くなってんだ?!!」
周りを囲む男子らは皆、年ごろの男子生徒らしい反応をしている。少なくともオズムンドみたいに曲がってはいない。
「いいか?相手を対等に見て、第1の生徒と同じように接すれば友達は増えるから。」
第2学院で友達が増えないのは第1側の態度も原因だ。けれど面白い事に、その原因を当事者たちは理解していない。結構はっきりと意見を言ったつもりだったが、それでも皆よくわからないという顔をした。
「ん?? 俺たち十分普通に接してるよな?」
「あぁ。同じ場所で昼食も夕食も共にしてやってるじゃないか。」
「ある程度の身分の差は考えて接さないとだし…」
つまり、わかってないんだなぁ。
そっかぁ……
まだまだ先は長そうだ……
「………俺はどんどん友達増やしていくからな。」
「おおおおいずるいぞアグニ!」
「なんでだよどういうことだよ!」
「知らん!自分らで考えたまえ!」
「「「 おいアグニ~!!! 」」」
俺は皆の反応を面白がりつつ、寮の部屋へと戻っていった。
2日目終了です。




