123 第2学院
お待たせしました!第2学院です!
ザッ ザッ ザッ ・・・・・・
『おはようございます。』
「お〜おはよう。」
やはり薄明の中のシルヴィアの髪は少しだけ紫色に見える。
今日はいつもの練習用の剣ではなく、白銀の刀身に金で装飾された実剣を持っていた。今日から第2学院に行くので、やはり気合が入ってるのかもしれない。
『どうかしましたか?』
「…………え??」
『なんだか、いつもよりお疲れのように見えますが』
シルヴィアは無機質な言葉使いで問うてきた。けれど漂う芸素は優しく、ただ純粋に心配してくれているのだと伝わった。
昨日の夜、
シリウスから天使の血筋が記憶を封じられていることを聞いた。
何の記憶を封じるためなのか、俺がいつも視る夢はなんなのか、誰が封じているのか、まだ何もわからない。
「………シルヴィアさぁ、洗礼式ってやつ、受けた?」
俺の質問に少し怪訝そうな顔をしたがすぐに首が縦に振られる。
『えぇ、もちろんです。』
「だよな~………そん時の記憶ってある?」
『生まれてすぐのことですよ?覚えていません。』
「だよな~………」
カールに洗礼式のこと調べてもらおう。
何かヒントを見つけてくれるかもしれない
『一体何の確認ですか?』
「え?いや、別に……まぁちょっと気になったというか…」
シルヴィアが暫く俺のことを不信な目で見ていた。その目にいたたまれなくなった俺は急いで話題を変えた。
「あ、そういえばさ!シルヴィアって第2学院の中に入ったことあるのか?」
『いいえ、ありません。』
「そっか!……あ~じゃあ俺もそろそろ行くわ!」
『えっ…』
「え??」
シルヴィアは少し驚いているようだった。けど何に驚いているのか皆目見当もつかない。
え?なんだろ…??
ん?もしかして………
「………鍛冶しに行くけど、一緒に行く?」
『……そうですね。せっかくなので行こうと思います』
どうやら鍛冶を見たかったようだ。なら素直にそう言ってくれるとわかりやすくて助かるんだが。
「おっけ!じゃ、行こっか!」
『はい。』
俺はまたシルヴィアを伴って、鍛冶場へ向かったのだった。
・・・・・・
第1学院の生徒は昼の少し前に第2学院へと向かった。
数名ずつ馬車に乗って移動する。その際、帝都軍の一部が護衛として並走した。ここで国軍が使われることに俺は驚いたが時期的にも馬車の台数的にも貴族の子女が乗ってるとわかるものなので、帝国は最大限注意を払うらしい。
そして帝都の南西部にある第2学院へと着いた。
第2学院の外装は予想以上に恰好よかった。要塞のように高い壁が立っているが学院全体が円形のため曲線が多く、そこまで無骨さはない。正面の門には大きく紋章が入っており、門の中の敷地内にはいくつか塔も見える。
「おお~!!すっげぇ~!!かっけぇじゃん!」
俺が馬車のガラスにへばりついて第2学院を見ていると、同じ馬車に乗っていたパシフィオが明らかに敵対心をむき出しにして答えた。
「っは!!武芸しか習わないくせに随分と見た目に拘るんだなぁ。ブライドが高そうだ。」
『ふーん、意外とちゃんとした建物なんだね。あまり女性は好まなそうだけど。』
コルネリウスまでもが敵対心を剥き出しにしている。俺が思っている以上に第1の生徒にとって第2は脅威なのかもしれない。
けれども実際、馬車から降りて他の皆の顔を見ると、女子生徒は少し怖がっている様子があった。使われているレンガが灰色っぽくて、全体的に薄暗い雰囲気だからかもしれない。しかし男子生徒の中には、数名ほど芸素が出まくっている奴らがいる。そいつらは俺と同じようにこの学院を格好いいと思っているのだろう。
『第1学院の生徒の皆さん、ようこそ!』
以前パーティ―で見た第2学院の総長がキラキラの笑顔で言った。この男子生徒のお母さんがこの間のパーティ―でシーラのパートナーをした、オートヴィル公国軍総司令官のはずだ。
黒に近い茶色の髪にターコイズブルーの瞳の青年は綺麗に敬礼をして言葉を発した。
『今年度の第2学院の総長をしております、リカルド・マクニールです!さぁ皆さん、昼食会場へご案内します。そこに第2学院の生徒も揃っておりますので、ご一緒していただければと思います。』
実に爽やかで非の打ちどころのない青年だ。リシュアール家の三男坊に似ている。隣に立つその三男坊に目を向けると、めっちゃ外向き用のキラキラ笑顔を発動していた。キラキラ対決をするつもりらしい。
俺らはそのリカルドという青年の後ろをついて歩き、校舎内へと入った。
第2学院の校舎も予想以上に綺麗だった。第1学院の廊下には濃赤のカーペットがひかれているが、第2の廊下には濃緑のカーペットがひかれている。装飾や華美さはないが、廊下には街灯と同じような蓄芸石の灯りがあり、学院が裕福であることが伺える。
第2の食堂に着いた。ここも別に悪くない。
第1と比べると華美ではないが、その分広い。第1の生徒が少しずつ焦燥感のようなものを出し始めた。思った以上に第1との差がないことに驚いているようだ。
第2学院の生徒らは俺たちが入ってくるタイミングで全員、席を立って出迎えてくれた。けれども生徒らの顔を見れば決して歓迎しているわけではないとわかる。
小ばかにした顔、無関心そうな顔、明らかな敵視・・・
やはり学院間の生徒同士の溝は深そうだ。
俺たちは第2学院の生徒がところどころに開けているスペースに数名ずつ座っていくらしい。つまり第1と第2の生徒がごちゃ混ぜに長テーブルに座って昼食を取る形だ。
もちろんシルヴィアには別のテーブルがある。
現在、第2学院にシドが通っているように、ごく稀に天使の血筋も第2学院へ通う。そのため第1と同じように第2にも天使の血筋用のテーブルが設けられている。
『シルヴィア様、ご着席の前に挨拶を…』
『えぇ、わかりました。………皆さん、顔を上げてください。』
リカルドがシルヴィアに挨拶をお願いし、全体の前に立った時にはすでに第2の生徒は全員頭を下げていた。もちろん第1の生徒も(俺は若干遅れちゃったけど)頭を下げている。シルヴィアの許しが出て、全員がシルヴィアの方を向く。
『今年度第1学院総長、シルヴィア公国王女、シルヴィアです。まず第2学院の先生方ならびに生徒の皆さんが今年も我々を受け入れてくださったことに感謝を。第1学院と第2学院の交流が図れることを祈ります。』
『ありがとうございますシルヴィア様。…さきほど自己紹介をしましたが、第2学院の総長役のリカルド・マクニールです!せっかくの機会なので第1学院、第2学院ともに成長できるよう頑張りましょう!…では、昼食にしましょう!』
昼食はすでに準備されていた。今日はテーブルに置かれているが明日からは各自トレーで昼食を運び、好きな位置で食べていいらしい。第1では学年ごとに使うテーブルは異なるが基本的には各自が昼食を運ぶので特に問題はない。
ど、どうしよう……めっちゃ静か!!!!!
誰も喋らないでめちゃくちゃ静かだった。食器のカチャと鳴る音しか聞こえない。けど第1の生徒は小さい頃から食事の訓練をされているから食器を鳴らすことはない。つまり本当に第2の生徒しか音を出していない。
え、え、えっ…この関係性は修復可能なのか?!
今週ずっとこんなに気まずい雰囲気?!
社交界では身分の低い者が高い者に話しかけてはいけない。けれどここは学院だし、天使の血筋であるシルヴィアは無条件に伯爵位だが、その他の生徒で今現在爵位を持っている生徒はいない。つまり実際のところ皆の身分は一緒だ。第2の生徒から話しかけても何も問題はない。けれども第1の生徒は「なぜこちらから歩み寄らねばならない」と思っているし、第2の生徒は「下手に貴族に話しかけたらめんどいことになる」と思っているのだろう。
俺はどうしたもんかと思いながらも昼食に口を付けた。
「…っ!!おお!上手い!!これフォード公国のスパイス煮みたいだ!…あっ。」
すんげぇ皆に見られてる。やっべぇ。
四方八方からの目線にとりあえずヘラァ~っと笑って、俺は前の席に座る第2の生徒らに話しかけることにした。
「なぁなぁ、この料理ってなんて名前?スパイス煮だよな?」
急に話かけられたことに驚いたようだったが、第2の生徒は互いに顔を見合わせるとコクンと頷いて言った。
「え、えぇそうです。スパイス煮が元となった料理で、ここでは『カリー』って呼ばれてます。』
「へ~カリーって言うんだ!これ俺初めて食べたけど上手いな!第1の食堂でも出してほしい。」
「そ、そうですか…ありがとうございます…?」
『そうか!それはよかった!!』
急に俺と、隣の席の第2の生徒の間に入ってきたのは第2学院の総長、リカルドだった。リカルドは隣の席の第2の生徒に少しずれるよう頼みながらトレーごと俺の隣に移ってきた。
『ところで君、勇気あるなぁ!誰が一番最初に口を開くかドキドキしながら楽しんでたんだけど、君だったね』
『……見ているだけですか?どうしてあなた自身が最初に声を発さなかったのですか?』
俺の反対側に座るコルネリウスが綺麗な笑顔でリカルドに聞いた。笑顔とは裏腹になかなか厳しい質問をしている。しかしリカルドは軽く笑って言った。
『今僕はシルヴィア様のお食事の毒見をしていたんだ。ほら、まだ食事に手をつけてないだろう?その後に自分の分の食事を取ってきたところで、君の喋り声が聞こえた。』
確かにリカルドはまだ食事に手を付けていなかった。遠くの席に座るシルヴィアへ食事を持っていき、自分自身で毒見役をし、その後に自分用の食事を持ってきたのだろう。
『ところで君、名前は?』
「アグニです。2年生です。よろしくお願いします!」
『アグニか。よろしくな!君は……コルネリウス・リシュアール君、かな?』
『よくご存じですね。マクニール辺境伯はこの前のパーティーお見掛けしましたよ。シーラ様のパートナーをされていましたね?』
『あぁ!私の母上がシーラ様の付き添いをされたんだ!パーティ―の前には我が屋敷に足を運んでいただいて、その際にご挨拶もした!こんな名誉なことはない!』
周りに座る第2の生徒が羨ましそうにリカルドを見ていた。コルネリウスも輝かんばかりの笑顔で対抗する。
『そうですか。僕もシーラ様にダンスのお相手をして頂いた時は心の底から天空の神々に感謝いたしました。』
『何!ダンスのお相手を?!それはとても羨ましい!』
『ふふん。』
第2の生徒がコルネリウスを見る目が変わり、全力で羨ましそうな顔をしている。そしてコルネリウスはわかりやすいくらいに上機嫌になった。
『アグニはあのパーティ―で誰かと挨拶をしたかい?』
ここで「シャルト公爵と」とか答えるとちょっと話の雰囲気がズレる気がする。そういえばシドに誰か紹介されたな……
「あ、えっと。シド……様にオズムンド・バルリアスさんを紹介されました。確かこの学院の2年生のはずですけど…。」
俺が周囲を見渡しながらオズムンドを探すと、リカルドがぱっと顔を明るくして大声を出した。
『シド様とオズムンドと知り合いか!そうならそうと早く言ってくれればよかったのに!ほら!オズムンド!こっちこい!!』
オズムンドは同じ長机の一番端に座っていた。リカルドに呼ばれたオズムンドはとてもめんどくさそうな顔をして、渋々といった具合にトレーを持ってこちらに歩いてきた。




