*8 未来をみる仕事
「いやぁ〜疲れたわ〜」
『アグニおかえりー!!!』
交流会前のパーティーを終え、応接間に行く。入ってすぐ、シリウスが俺を目掛けて飛んできた。たぶん1人で暇だったのだろう。
俺はシリウスの顔面を手で抑えて近寄らせないようにしながら辺りを見渡した。
「あれ?シーラは?俺より先に帰ったはずだけど。」
『顔痛い痛い!!シーラは相手の屋敷だよ。着るのも脱ぐのも向こうの屋敷でやるってさ。』
「あーなるへそ。つーかすげぇなシーラ!『貝』のドレス!!あれはもう大人気間違いなしだな!やっぱあの時大量に買っておけばよかったぁ〜」
『ふふっ。ちなみに僕は買ってあるよん。』
「はぁ?!ちょっ!!抜け駆けはずるいぞ!!」
『あーっはははははは!!!!』
シリウスは高笑いが止まらないようで暫く笑っていた。
コンコン・・・
「アグニ様、シリウス様。旦那様がいらっしゃいました。」
クルト以外で唯一この屋敷の世話をしてくれてる老齢の侍女が挨拶をしながら言った。
『シャノンが来るなんて珍しいね。どうぞ〜』
『やぁ。夜分に悪いね。』
侍女の後ろから入ってきたのはシャルト公爵だ。シャルト公爵も俺より前にパーティー会場から出ており、すでに動きやすい部屋着に着替えている。
まぁ俺にとっての正装みたいな服が公爵の部屋着なので、俺から見ると全然休まらなそうな装いだが。
「え、どしたんすか……?」
俺はビクビクしながら聞いた。今日色々と何回もミスっている。それらについて怒られるパターンの展開もあり得る。
しかし公爵は俺の方を向いてニッっと笑った。
『アグニ、今日はよく頑張ったな。ダンスも上手だった。』
「えっ!!!」
やだ嬉しい。公爵のアメは甘くて助かる。
『君はどうだったのさ?宰相さん。』
『相変わらずさ。各国王と話しつつ、部下と話しつつ・・近々動くであろう人間とは会話をしておいた。』
『ふーっ!さすが宰相!やっるねぇ~!』
俺は2人の会話を聞いていて少し気になることがあった
「なぁ。今さらなんだけど……宰相って、何やるの?」
『ん?私の仕事内容が何かってことかい?』
「あ、うんそう。『宰相』って具体的にどんな仕事してんのか気になって…」
シャノン大公がソファに座ったので俺も目の前のソファに座った。そしてシリウスは窓際に腰をかけると俺に聞いた。
『アグニに一つ問題です!今日、シーラが『貝』の存在を社交界で披露しました。今後、どうなると思いますか?』
急に湧き出した問題に少々驚きながらも俺は真剣に答えた。
「んーっと…貝は海で採れるから……海を持つ国の産業が1つ増えたよな。」
シリウスは驚いた顔をしながら嬉しそうに拍手をした。
『おお!やるじゃん!そうだね。海を持つ国と持たない国とで国益に差が出るね。国ごとに貧富の差が生じる可能性がある。じゃあ他には?』
「他…?」
『今君が言ってた話。貝はどこで採れる?』
「海だろ?」
『じゃあ貝を採る仕事には誰が任される?」
『んーっと漁師……じゃないな。国の収入源にしたいわけだし、芸獣の事を考えると軍部が管轄することになるのかな。』
シリウスは嬉しそうな顔をしながら足をぶらぶらさせている。公爵はシリウスと俺を見ながら黙って座っている。
『正解!じゃあ海沿いの国はいっそう軍部に力を入れるようになるよね。』
「あ、たしかにそうだな。」
シリウスが足をぶらぶらさせた勢いでぽんっと飛んで立ち上がり俺の隣に腰掛けた。
『軍部に力を入れること、それ自体は決して悪いことではない。けど…君もシド公国を覚えているだろ?軍部のみに力が入りすぎると国のバランスが崩れる。海での産業が増えたせいで、シド公国でのことが他の国にも起きる可能性が出てくる。』
ここでいうシド公国でのこととは、黒の一族に関する時のことだろう。シド公国は珍しく漁業の盛んな国な上に真向いの小島に別の民族が住んでいた。そのため軍の規模が大きかった。巨大となった軍部は内部の見通しが悪くなり、不正が横行するようになった。その結果、『黒の一族の殺処分』が起こりかねなかった。
「そうか……」
『他には何があると思う?』
「え、まだ他にあるのか??」
俺がシリウスの方を向くと、シリウスが大きく頷いた。そしてニコリと笑って教えてくれた。
『そうだねぇ~軍部に関連したことでいうと…海沿いの国は軍部に力を入れるようになる。するとその国全体が軍国主義になるよね?んでね、そうなると面白いことに、男女差別が生じる場合があるんだよ。』
「…は?なんで?男女差別??それってどっちが差別されるんだ?」
『女性が差別されるほう。』
「え?まじで?なんでそんなこと起こるんだ??」
初めて聞いた。性別で差を設けるなんて。
帝国では性別で差を設けていない。なぜならこの世で絶対の指標である天使の血筋に男女両性がいるからだ。そしてこの世界の最高神である天空王と皇帝は、姿はおろか性別すらも明かしていないからだ。
『みんな身体強化って習ってないし、芸ができる人も限られてるよね?つまり、芸ができない軍人同士では単純な力の差がそのまま才能の差になるんだよ。』
軍部に力を入れるというのはつまり、軍人の数を増やすということだ。しかし芸ができる人間や身体強化をマスターした人間は数が限られている。つまり武術だけで軍人となる人が増える。そうなると、生物的な差として持つ男性の身体的な強みが、女性よりも軍人になりやすいという形で社会に表れる。
『軍国主義は「軍人第一」の国家だからね。必然的に軍人としての数が多い男性の方が社会的立ち位置が高くなっちゃうんだ。』
「うわー…………なるほどなぁ〜…………」
まさか貝の存在1つで国家社会が変わり得るなんてこと、考えてもいなかった。俺が呆れと関心の入り混じった声を出すと、シリウスはニコッと笑った。
『だから今回のパーティーで、僕たちはオートヴィル公国を選んだんだ。』
「え?どういうこと?」
『シーラのパートナーは第2学院総長の母君にして、現オートヴィル公国軍総司令官を勤めあげている方だ。』
公爵が足を組んだまま、補足を入れる。ビシッとタキシードを着ていた格好良い女性だ。よく覚えている。
『彼女は実に優秀な軍人だ。オートヴィルの軍部の最高位が彼女であれば、今あの国の軍部が膨れ上がったとしても男女の差は生じにくいだろう。』
「…………そんなことまで考えてたんすね…………。」
『地味にまだ性別に差をつけちゃう国ってあるんだよ。その大体が戦争体験国で、未だにその考えを引きずっちゃう残念な国なんだよね。』
シリウスがやれやれとわざとらしく言う。たしかに、ここ帝都で男女の差が見られないのは帝都が戦地になったことがないからかもしれない。平和な世界なのに、未だに古い思想を引き継いでしまっている国があることが少し信じがたい。
シリウスがパンっと手を鳴らして再度こちらに聞いた。
『はい!じゃあ他は?』
「え、他??まだあるのか?!」
俺が驚いた顔をすると、シリウスは同じ表情を俺に返した。
『もちろんあるよ!例えば、「貝」は何なのかを突き止めないといけないよね。貝は動物なのか、植物なのか、芸獣から採れるのか、海辺にはいたけど海の中にはないのか、あれに危険性はないのか、生物の一部だとしたら、本体はどんななのか?それを飼育、もしくは栽培できる方法はないのか?』
確かに、貝についてはまだ俺でさえも「海辺で採れる綺麗な物。危険性はなさそう」ってくらいしか知識がない。帝国中で使用したいのなら、貝について徹底的に調査しなければならない。
公爵が腕をゆっくり組みながら言葉をつなげた。
『それらの調査は技術部の仕事になる。………貝を採る方法として、海岸の砂を一度全て集め、貝殻だけを除いて海に戻すようになるだろう。その際、海や陸に何かしらの影響はないのか、海の脅威が陸に上陸することはないのか、環境を変えてしまっても大丈夫なのか、とかだな。そして搬送技術も必要になるだろう?砂浜からの搬送に一番適する方法は何か?砂の上だから馬車はだめだ。では他は?………ここで新たな輸送技術の開発が必要となる。これも技術部の仕事だ。しかし開発には資金が必要だ。その資金調達は文部の仕事だ。』
『そもそも貝殻って海にしかないのか?イミタラッサにはないのかな?今のところ貝が見つかったことはないけど、再度調査が必要になる‥‥…とか、ね?』
シリウスがすっと立ち上がり公爵のソファの後ろに回った。
『こんなにもたくさん、考えなきゃいけない未来の話があるんだよ。今言ったこと全て、帝国で生じ得る今後の未来だ。』
公爵は不敵に微笑んで、言った。
『そしてこれら全てを考えるのが、宰相の仕事だ。』
公爵の黄と緑の入り混じった瞳は自信に溢れ、遥か遠くを見ているようだった。
『帝国に関する全ての情報を手に入れ、未来を予測する。どうだい?この仕事は面白そうだろう?』
「…………すんげぇ面白そう。」
『っはは! 君は素直だね。』
貝の存在一つでこんなにも考えなければいけないことが増える。だからシーラは公爵の下にいるのか。シーラほど影響力のある人がまず一番に相談すべきなのは公爵だもんな。
「シーラは公爵と相談して行動を決めているってことか?」
俺の質問に公爵は少し首を傾げ、シリウスはぷはっと笑った。
『ん?確かに今はシーラと私が相談し合って決めることもあるが…そもそも私に教育をしたのはシーラだぞ?』
「 え???? 」
後ろでケラケラ笑っているシリウスがソファに頬杖をついて言った。
『シャルトに宰相職の教育を施したのはシーラだよ。』
「……え、だって。え??いや、、、まじ??」
『あはははは!まじまじ!』
「けれどシーラに教育を施したのはシリウス、お前だろう?」
『ふふっ』
『貝についての調査はシリウスがすでに済ませている。だから貝に危険性がないことも、その存在がどこから来たものなのかも、私達はすでに知っている。』
公爵が平然とそんなことを言った。
「え?じゃあさっき言ってた技術部の調査は……?」
『私が貝のことを熟知していたらおかしいだろう。カモフラージュだよ。』
ちょっと待って。頭が追いつかない。
えーっとつまり、公爵に教育をしたのがシーラで、そのシーラに教育をしたのがシリウスで。もうすでに3人は、貝殻に危険性がないことを調べていたから今回シーラが社交界に貝殻を持ちだしたわけで。それで今後予測される帝国中の様々な動きを考え予測するのが宰相の仕事…………情報過多だ。
けど、そうか。今この3人がいる帝国は最強なんだ。
「………なにそれ。めちゃくちゃ格好いいじゃん。」
『お??宰相の仕事に興味持った?』
シリウスが楽しそうに俺に聞いた。
「そりゃあ持ったよ!こんな楽しそうな仕事ないじゃないかよ。」
『お~!じゃあ君も宰相の勉強をはじめよっか!』
「はぁ??いや何言ってんだ?宰相になれるのは1人だけだし、そもそも俺がなれるわけないし、今は公爵がいるだろ?」
『んーまぁね。けどさ、実際今後必要になるからさ。考え方の勉強だけでも始めとこうよ。』
「いいって、無理だよ。俺別に頭よくねぇし。3人がいるんだ。必要ないって」
俺の言葉を聞いていた公爵は、とても真剣な顔で告げた。
『この仕事は未来を拡げる仕事だ。自分自身の未来にすら制限をかけてしまうようなら、確かに向かないな。』
「…………。」
『アグニ、僕たち3人がいなくなったらどうするの?』
「………えっ。」
俺は急いで顔を上げて2人を見た。なんだか急に遠くへ行ってしまいそうに思えたからだ。
しかしシリウスは鼻と目を手で変に固定し、変顔をしていた。
「てめぇ冗談かよ!!あはは!!ふざけんなよ!!!」
『あはははは!変顔を見せる機会を君と出会ってからずっと待ってたんだ!やっと叶った!ははは!』
「まじちょっと顔キモかったぞ!ぎゃははは!!!」
『ふむ………。君たちの精神年齢は近いのだな。』
俺とシリウスが爆笑している間に宰相は席から立って応接間の扉を開けた。
『アグニ。少しずつ知識をつけていこう。たまに私の部屋へ来なさい。』
「あ、はい!!………よろしくお願いします!!」
公爵は優雅で紳士的な笑みを見せて去っていった。まじで格好いい。
一方・・・
振り返ると、シリウスはまた別の変顔をしていた。
「ぎゃははははは!!!やめろよ顔溶けてんじゃねぇかよ!!幻想の芸使ってんのかよ!!あははは!!」
『これぞ新たな解名!「顔面崩壊」!!!』
「ぎゃはははは!!!ひぃ〜〜!!!ちょっ無理!!」
『あははははははははは!!!!』
・・・・・・
公爵の自室
通信のできる芸石を使用しており、そこにはシャノン大公の姿が映されていた。場所は違えど互いに同じ葡萄酒を飲み、この場を共にしている。
『昨日無事2人は帰ってきたよ。』
『よかったよかった。もう聞いたかもしれんが、今回はリノスペレンナに芸をしてもらったんだ。』
『残念。私も見たかったな。』
『私の信仰だ。そこは遠慮して頂きたい。』
『ははっ。相変わらずリノスペレンナに関するとシャノンは強いな。それほどまでに綺麗なのか?』
『あぁ……綺麗だとも。』
芸石に映るシャノン大公は一口葡萄酒を含んだ。それを見て公爵も葡萄酒を飲んだ。
『けどな、あの島へ上がってすぐ、シリウスがアグニに聞いたのだ。この樹に何か感じるか、と。』
『ほぉ。それでアグニはなんて答えたんだ?』
『「これといって感じるものはない」と言った。』
『……それはまた意外な答えだな。』
『あぁ。私も耳を疑った。あの樹を見て、何も感じない人なんていない。必ず皆「神秘的」「神々しい」「神聖な気が満ちている」「天空に最も近い厳かさがある」とか言うんだ。もちろんそれらは全て当てはまっている。私にとってもあの場は神聖だ。けれど…』
『シリウスがアグニに同意した、のだな?』
『………あぁ。同意し、この樹は普通のものだと言った。』
『…………そうか。』
『2人には何も感じないそうだ。つまり我々が感じるあの感動は、まがい物ってことだ。』
『………。』
公爵は何も言わなかった。ここで「そんなことない」なんて慰めはシャノン大公の求めるものではないからだ。
『私には違いがわからない。けど彼にはわかるんだ。それとな、宮廷に戻った後に私はアグニに言った。あれが、あの美しさがシリウスの凄さなんだと。そしたらな……ははっ。』
『なんだ?なんて答えたんだ?』
『「まぁ綺麗っすけど、あれ俺にもできますよ。」とさ。ははっ!もう…… なんて言ったらいいのかな。シリウスがアグニを近くに置く理由はこれなんだと、嫌というほどわかってしまった。』
『そうだな……。』
シャノン大公はくるくると杯を回す手を見ながら、溢れるように口を開いた。その声には切なさが滲み出ていた。
『私は…あの人に追いつけない。けれどアグニは追いつけるのだ。アグニだけが、この世で唯一シリウスのことを特別視していない。純粋に師として、人として、慕っている。』
『…………。』
『私には…それはできない。あの景色を見せられて……もう何も知らなかった頃には戻れない……!!』
シャノン大公は両手で顔を覆うようにして前に伏した。
公爵はそれを黙って見ていた。そしてその顔にも憂いがあった。
『私も同じだ。同じ屋敷にいても、何年も共にしても、いつまでたってもシリウスは「別次元の存在」として自ら一線を引いてしまう。 怖いのだ。 深くまで知ってしまうことが。』
『…………お前も、そうなのか……?』
『あぁ、 一緒だよ私たちは。 結局、自らに制限をかけてしまうのだ。けれどな、きっとそれが「人間」なんだよ。』
シャノン わかるよ、悲しいほどに
我々は よく似ている。
着飾り、理解があるよう振る舞い、離れていかないよう必死に平常を装う。
けれどそんなもの、きっとあの人には伝わっている。
だからこそ素で自分を慕うアグニを、自分に最も近い存在であるアグニをあれほどまでに大切にしているのだ。
我々はただ、嫌われないよう努めることしかできないというのに……
シリウスの横に立てるのは自分ではない。
きっと本当の意味で隣り合うことは
一生できないのだ。
静まった部屋
同じ杯と孤独を持つ2人の天使の血筋は
ただただ静かに今日の夜に身を任せたのだった。
宰相の仕事と、シャルト公爵とシャノン大公との会話についての閑話でした。
一つ前の閑話で、シャノンの信仰対象がシリウスであることがわかりました。けれど、結局それを持っているが故に、シャノンはアグニにはなれない。そしてその事を自分でわかってしまった話です。
みんなが違う方向を向いている。
みんなそれぞれ求めるものが違う。
失いたくない。だから望まないようにした。
けれど自分が心から望むものを持てた人もいた。
この2話連続の閑話で、そんな心のすれ違いを描いてみました。




