115 授業⑫
雷の月 9の週
今週は普通に授業だった。しかし思わぬことが起きた。
「アグニさん、本日の放課後に私の室へ来ていただけますか?」
3の日の礼法の授業後、先生から呼び止められた。
室というのは各教員が持つ自室のことだ。何か質問等がある場合は学生はその室へと行き教えを乞う。
「え?あ、はい。わかりました!」
「忘れないよう、お願いますね。」
先生は綺麗にお辞儀をして去っていった。
なんだろ?なんか手伝ってほしいのかな?
そして放課後、俺は先生の室へと行き、言われたのは…
「アグニさん、補習です。」
「え?ほ、補習…ですか?」
「えぇ。」
先生は渋い顔をして向かい合った俺に説明を始めた。
「アグニさん、あなたの授業態度は大変良いです。しかし……この前の期末試験では度々ミスしています。……わざとではないですよね?」
「え??ミス???」
先日行われた期末試験、礼法の授業は簡単な確認テストだった。天使の血筋への対応や挨拶の仕方とか。今のように、先生と個々に喋るテスト形式だった。
「本来、貴族の子女はまず最初に礼法を習います。なのでこの試験で間違う学生はいないと思ってしまいました……これは私の配慮不足です。けれど公にあなたを追試とするわけにもいきません。なぜなら今までこの授業で追試を取った学生はおりませんから。」
俺はどうやら追試らしい。
けどこの授業で追試だと、貴族社会では一生笑い者レベルらしい。なので先生は今後の俺の将来を考えて、追試ではなく補習ということにしてくれたとのことだった。
……なんだ俺、追試あるんじゃん………。
しかも今まで誰も追試がいなかった教科で。
おっと?なんだか目から水が……
「アグニさん、あなたは確か現宰相閣下の宮殿にお住まいでしたね?そして同じ敷地内にシーラ様もいらっしゃいますのよね?」
「え?あ、はい。公爵とは別の屋敷ですけどシーラとは同じ家住んでます。」
「はい!まずそこ!!」
「うえぇ??」
先生が俺の言葉にピシャリと待ったをかけた。
「まず、両方々は尊い血筋です。いくらお方々に親しくして頂いているとしても、人前では節度ある距離感を示さなければ、貴方自身が教養のない人と思われるだけではなく、相手方の品位も落としてしまいます。」
俺が無礼な振る舞いをしたら、公爵が俺を教育し損ねたことになるのか。
「……公爵にはお世話になってます。迷惑かけたくないです。先生、どうかご指導お願いいたします!」
俺が頭を下げると先生は大きく一度頷いてキリッとした顔で言った。
「わかりました。今日から3日間放課後は補習です。よろしいですね?」
「はい!!!!よろしくお願いします!!」
・・・
礼法の先生曰く、俺は天使の血筋相手の対応がダメらしい。フランクすぎるとのことだ。他の貴族と天使の血筋で対応がまるっきり同じなのはダメで、区別した接し方をしないといけないんだって。
今日はその対応の差を念入りに教えてもらい、室を後にした。そして……
「ぬあ〜コル〜〜〜!!!」
『うわぁ!アグニ!びっくりした~!僕の部屋に来るのはいいけどノックを覚えて!』
「あぁごめん。ぬぁ〜〜〜疲れる!だめだぁ〜!!」
俺は補習終わりにコルネリウスの寮へ遊びに行った。本当は武芸研究会にも行きたかったが、補習が終わった頃には研究会も終わっていた。
コルネリウスの寮は俺の寮から歩いて5分くらいのところにある。煉瓦造りで4階建ての可愛らしい家だ。俺の寮も煉瓦造りの4階建てだが、形は円柱だし煉瓦の色は赤茶だ。一方、コルネリウスの方は普通の屋敷っぽい外見で煉瓦の色は黄色っぽい。
コルネリウスは部屋の空いてるスペースでストレッチをしていた。今日コルネリウスは武芸研究会に行っていたはずなのでクールダウンも兼ねているのだろう。
『放課後、どうだったの?何があったの?』
俺は礼法の先生にさっき言われたことと、今週は武芸研究会に出れないことを伝えた。
「あ〜身体動かしたい!武術の練習もしなきゃだし!」
『そんな……いいじゃん、アグニは練習しなくても』
……なんだ?コルネリウスの芸素が変わった。
あ、あと声色も悲しそうな響きがあったかも?
何かあったのかな?
「なんだ?何かあったのか?コルネリウス。」
俺がコルネリウスに問うと、コルネリウスは少し寂しそうに笑いながら言った。
『………今日ね、バノガー先生にね言われたんだ。』
「ほぉ?なんて?」
俺が聞き返すとコルネリウスは弱々しく言った。
『僕、武芸の試験に成績を付けるとしたら3位なんだって。』
「ん?なんだそれ?」
武芸の試験類は順位付けされない。もちろん期末試験でもだ。ただ合否のみを言い渡される。それなのにバノガー先生は順位を生徒にわざわざ言ってしまったらしい。
『あ、バノガー先生は悪くないからね。いつもは2位だったんだって。シルヴィア様の次位で。けど今回はアグニがいて、3位になったって。』
「…………。」
『シルヴィア様が1位。けど、それも嘘。アグニ、本当は君が圧倒的に1位だ。』
「………そっか。」
天使の血筋であるシルヴィアが、武術でだけならまだしも芸で1位じゃないことはあり得ない。俺はきちんとシルヴィアより評価が低くなるように調整してた。けれど、コルネリウスにはバレてたらしい。
『君は、自分が思っている以上に秀でてる。そして…この学院に入ってからも明らかに成長してる。どんどんと力を付けてってる。』
「………。」
『どうして?どうしてそんなに強いの?どうやってそんなに強くなっていってるの?』
確かに、俺の成長スピードは他の生徒と比べると明らかに速い。皆のできないことがどんどんできるようになっていってる。みんなのできなくて当たり前が、俺のできて当たり前になっていく。もうそろそろコルネリウスやシルヴィア以外の生徒と武芸のレベルを合わせるのが大変になってきている。
たまに、恐怖を感じる
自分が意図せず周りから離れていくことが
どんどんと勝手に周りと差がつくことが
どうしようもなく こわい
『けどねアグニ。僕はアグニがいてくれてよかったよ』
「………え?」
コルネリウスが優しく微笑んだ。
『君がいてくれて、近くに、同じ位置に立つ同世代に、こんなに強い人がいて。ほんとによかった。』
『アグニが近くにいて、僕は恵まれてるなって思ってるよ。』
あぁ、よかった
俺は置いていかれてない。
どんどん離れていく俺を、追いかけてくれる人がいる。
あぁ 本当によかった
「コルネリウス、俺のライバルはお前だ。これからも、負けないからな。」
コルネリウスは驚いた顔をしていた。けれどすぐに、とても安心したように笑った。
『僕も、負けないからね。』
・・・
5の日のお話合いの話題は完全に学院混合交流会についてだった。
「学院混合交流会」……第1学院から第4学院までの生徒が他の学院と交流を深めることを目的とした行事だ。一週間ずつそれぞれの学院と交流し、合計で3週間行う。そして
実は2週間後、青香る週から交流会が始まるのだ!!
学院混合交流会は2年生と3年生しか参加しない。なので俺以外の皆も今年が初めての交流会となるのだ。
さぞかし皆楽しみにしているだろうと思っていたが……
「最初の1週間は私達がわざわざ第2学院に出向いて差し上げなければならないのでしょう?第2の生徒はどこまで礼儀を知らないのかしらね?」
「平民しかいない学院だもの。礼儀なんて必要ないのよ。私達の持つ寛大な心で、許してあげなければならないことが多そうね。」
「去年一つ上の先輩が、第2の生徒が挨拶でふらついたって言ってて、それ聞いた時は流石平民だと思ったな。」
「嘘だろ?そんなこともできないのか?俺たちの前でふらついた奴はもう護衛騎士にはなれないな!」
「俺たちが将来の雇い主になるかもしれないってことを理解できない程度の頭なのか?もしかして勉強したことないのでは?」
「あはは!さすがに貧民じゃないんだから!けどまぁ期待はしない方がいいだろ。」
「どうせ黒髪しかいないだろうし?」
「それは言えてる。なんだか部屋全体が暗くなりそうだな。」
「部屋に蓄芸石の光源をたくさん置いとかねばな。」
「蓄芸石なんて見たことないんじゃないか?この学院の中古品を第2に恵んであげたほうがいいのでは?」
「はははっ!!そうかもしれないなぁ!」
・・・・え? 嘘だろ?
みんな、意見がおかしい。
第2学院の生徒らをまじで「下」にみてる。
それに……やっぱ皆俺が公爵の庇護下にいるから直接言わないだけで、こんな風に一般市民のことを思ってるのか?こんな風に黒髪は卑下される存在なのか?
これは……俺が聞いちゃいけない話なのかもしれない。
向こうは俺が聞こえてるって思ってないのかな?
聞いてないふりをした方がいいか?
なんだか急に自分の居場所が無くなったように感じた。
『第1学院のライバル校だからね、第2は。』
隣で丁寧な仕草で紅茶を飲むコルネリウスが言った。
「え?そうなの?」
『うん。一応そんな感じ。だから余計第1学院の生徒は第2学院に対して当たりが強いんだよ。逆もそうだろうけど。』
そうなのか。
だからこんな発言をしてるのか……
「コルネリウスも?第2学院の生徒は嫌いなのか?」
俺が問うと、コルネリウスは首を横に振った。
『僕は軍部志望だ。将来のことを考えると、第2学院の生徒らには少しでも良い印象を持っといてもらいたい。将来仲良くしなきゃいけないのなら、今から仲良くしといた方がいいだろ?』
第2学院の生徒の多くは軍部志望だ。特にコルネリウスと同じ、帝都軍の志望者が多い。ならば確かに、コルネリウスは今から仲良くしておいた方が将来絶対に楽しいはずだ。
けれどもコルネリウスは茶器に目を移しながら静かに笑った。
『けどまぁ…生まれ持った環境の違いっていうのはあるからさ。こちらが妥協をしてあげないと可哀想だよね』
・・・
「ア……アグ……アグニ…アグニ。」
「……え? あ、ごめんセシル。……何?」
「アグニ、どうしたの……?大丈夫?」
「あ、うん。平気平気。ちょっと…考え事……」
俺はセシルと帰りの馬車に乗っていた。そういや、乗ってたなってことを今思い出した。さっきからコルネリウスの言葉が頭の中で繰り返されているのだ。
やっぱりコルネリウスもそっち側なのか
当たり前のように区別をしている。貴族と市民を。きっとそれがもう素で、日常で、この世界の真実で、現実なんだ。たぶんコルネリウスの意見は何も間違ってない。
ー身分の上の者が下の者を守ってあげるー
そう教え込まれた典型的な、「善良」な貴族なんだ。
「なぁ、セシル。セシルは…他の学院の事、どう思ってる?」
セシルは俺の問いに少し頭を悩ませているようだったが、その綺麗な緑の瞳が急に輝きを見せた。
「他の学院…第2と第3は……別に何も思ってない。けど…第4学院の生徒と……仲良くなりたい。」
「第4学院?あ、そっか。技術系の学院なんだもんな。」
第4学院は帝都技術部志望の学生が多い。そして学生研究も盛んだと言われている。技術発展研究会に属し、将来は帝都技術部で働きたいセシルからすると少しでもレベルの高い知識と意見が欲しいだろう。
「そう……だから……最終週が楽しみなの…!」
第4学院と交流するのは3週間目だ。目をきらきらさせて喋るセシルを見てなんだかとても安心してしまった。
「セシルはその……相手の身分とか、教養とか云々言わないんだな。」
セシルは考えながらゆっくりと喋り、考えを示した。
「この社会では……礼儀作法に疎いと…弾かれる。けど、彼らの社会では…そんなことはない。だからもしかしたら…彼らの社会の当たり前が…私達にはできてないかも…しれない…。けど彼らは…できてなくても怒らない…。だから私も、彼らに対して怒らない…。」
世界をシリウスと廻ってた時、国ごとに社会が違うことを知った。社会が違うということは別になんも不思議なことではないのだ。
入寮した時、寮母のカリナに言われた。
入寮したばっかの子女の中には、自分で靴を履けない子がいるって。1人でずっと生きてきた俺からするとそんな致命的なことはない。けど貴族の子女からすると、数年前まで天使の血筋も神話も知らなかった俺の方が致命的だろう。
これも社会の差だ。生きてきた世界の差。
ならばセシルの言う通り、互いに受け入れ合うのが1番の策なのかもしれない。
「それにね……私、少しでも……知識が欲しい。だから…少しでも仲良くなって……学びたい。」
セシルはキラキラした瞳でそう告げた。
「……あははっ!俺も!俺も仲良くなりたい!色んな人と喋りたい!よかった。セシルが俺と一緒の考えで。」
「うん。楽しみ…だね……!」
「ああ。本当に、楽しみだ!」
俺らはその後、セシルの家に着いたと馬車の扉が開かれるまで、全く気づかないほど熱中して交流会の話を続けたのだった。
・・・
「ただいま〜!」
『おかえり!!』
「シーラは?」
応接間に入ると窓際に座っていたシリウスが空を舞うようにこちらに大きく飛んできた。シーラとクルトの気配がないことには屋敷の中に入った時には気づいていたのでシリウスに居場所を聞いた。
『ドレス合わせだって。今本邸に行ってるよ。』
「ふーん。今度は何のパーティーがあんの?」
俺の言葉を聞いてシリウスが膝から崩れ落ちた。
『君、学院混合交流会の前に大きいパーティーあるの……もしかして知らなかった?』
「え?!またパーティーあるの?!!」
『何言ってるの?!!なんならこれからだよ!!夏は週1くらいでパーティー参加することになると思うよ?』
「まじで?!!!!」
『ちゃんとセシルに手紙出しておきなさい。一緒にいきましょうって。』
「後で書いとく。」
『今書きなさい。クルトが帰ってきた時にすぐ渡しにいかせなきゃ。』
「う……はぁい。」
俺は応接間でゆっくりしたい気持ちを抑えて、自室へ紙とペンを取りに向かったのだった。
なんかちょっとびっくりしたでしょうね。友達らが共通してそういう考えを持ってるって知ってしまって。その場では一生懸命に平静を装っていたことでしょう。
さぁそろそろ学院は夏休みに入ります!もう一踏ん張りだ!




