109 皆で勉強会
6の日の午前中に俺はセシルの家まで行ってそのまま共通教会へと向かった。
「お、カール!早いな!」
教会の中の待ち合わせ場所に行くとすでにカールが待っていた。付き添いの男性も一緒にいる。不特定多数、身分を問わずに入れる教会の中で貴族の御子息が付き添いを置かずに1人ってのは危険なのだろう。
まぁ俺もセシルも護衛や付き人はいないけどね。ハーロー男爵は意外と俺を信用してくれてるらしい。
「おはようアグニ。あとはバルバラだけだな。セシルもおはよう。」
「……おはよう、カール。」
カールの後ろの付き人は静かにカールの後ろで腰を折って会釈した。けれども決して会話には入ってこない。すごい徹底されている。
護衛の仕事ってこんな感じなのか。
俺がこの仕事をするとしたら………
うん。黙ってられるかがポイントだな。
すぐ喋り始めちゃいそうだ。
「聞いてないだろアグニ。」
「えぇ!!??ごめん何?!」
カールが腕を組んで睨んでる。やばい全然聞いてなかった。セシルが少し楽しそうな顔をしながら俺に説明してくれた。
「馬車を使わないで大図書館の方に行くかを……聞いてた。4人いるから…馬車で移動しないかって…」
「え、あ、そっか。じゃあ今日は馬車で向こうまで行こうか。」
「わかった。……馬車で待っていてくれ。」
カールが自分の後ろにいる付き人に小声で告げた。その人は聞きやすい声で「かしこまりました。」とだけ告げてその場にい続けた。バルバラが来て俺たちが移動するまでは離れないのだろう。
「あら、私が1番最後?」
すぐにバルバラが来た。バルバラの後ろにも女性の付き人がいた。やはりみんな貴族のお家柄なんだな。
「おうバルバラ!おはよう!」
「おはようアグニ。…もういいわよ。ご苦労様。」
バルバラが後ろの女性に声をかけると、その女性も少し離れたところで待機した。
「じゃあ行こうか。」
カールの声かけで俺たちは講堂へと向かっていった。
・・・
講堂はやはり驚くほど大きくて荘厳だった。
そして人も多かった。
みんなが膝をつき、両手を組み、頭を下げて祈っていた
輝くほど美しい、中央の空いた祭壇に向かって
この前は気づかなかったけど……この教会は常に、どの時間でも祭壇に陽の光が降り注ぐようになっている。それが暗い講堂の中で唯一光り輝く存在として祭壇を神々しくみせている。
3人ともごく自然に当たり前のように祈りの姿勢を取り黙ってしまった。俺も見様見真似で同じ格好をする。
どうしよう。何祈ろうかな。
みんな何祈ってるんだろう。
そもそも祈っただけで願いを叶えてくれるのかな
「アグニ、そろそろ行くぞ。」
気がついたら3人とも俺が祈り終わるのを立って待っていた。俺は急いで立ち上がって3人へ駆け寄った。
「わりぃ、待たせた。」
「いいのよ。少し座ってもいい?反対側も見たいの。」
バルバラがそう言って祭壇と反対側にある巨大なステンドグラスを指さした。この前見た藝をしてる天空人の絵だ。
「私も…見たい。」
セシルもバルバラと一緒に見ていたいというので結局俺たちは木の椅子に座ってそれを眺めた。
先週も思ったけど、これは本当に美しい。男性とも女性ともとれる外見で、慈しむような愉しむような表情は見事だ。
天空人は男女の差がほとんどなかったらしい。
なぜなら天空人は基本誰とも交わらずに、男女問わず自分だけの子を産むからだ。自分の力や知識、過去の記憶全てを継承させるために。他と混じってしまうと継承できる量が減ってしまう。それが現在の天使の血筋で生じてる「記憶を見れない問題」なのだ。
天空人はある意味、自分自身の分身体ともいえる子を再度創り出すことで死と生を繋いでいた……つまり不死身であり続けた、とのことらしい。
「だから話は戻るけど、この絵の天空人は男性でも女性でもないのよ」
バルバラがステンドグラスを見ながら俺に説明してくれた。初めて聞いた内容に驚きつつも俺は頷いた。カールがそれに付け加えるように説明を重ねた。
「だから天空人の血を引いてる天使の血筋も中性的な外見の方が多いんだ」
確かにシリウスとか最初男か女かわかんなかったもんな。公爵は顎髭を生やしてるからわかるけど。でもシーラは?天使の血筋は性別を表す特徴が現れにくいはずなのに……あのダイナマイトボディは何??
「……じゃあ天使の血筋で性別の特徴が現れるのってなんでなんだろう?」
俺は暗にシーラのことを聞いてみた。カールは俺が何を聞きたいのかわかったらしいが、その答えは知らなかったようだ。
「うーん…自分が女性であるということを深く認識する、もしくは女性でありたいととても強く思っていたらありえる…かもしれない?」
「??……それは例えばどんな時だ?」
「そんなんわかるわけないだろ!…けど間違っても本人にそんな質問するなよ?」
カールが凶暴な顔つきで俺に忠告する。俺がシーラに「なんでそんなおっぱい大きいの?」って聞くと思ってるのかコイツは?!
「さすがにしねぇよ!!!」
カールが疑うような目で俺を見た。ひどい!!!
・・・
「誰かここの数学の問題解き終わった人いないか?」
「歴史の教科書持ってきてる人どなたでしたっけ?借りてもいいかしら?」
「生物ってどこまでやればいいんだろう……」
『アグニ、寝ないでよ。僕まで眠くなる。』
「うぉっ!あぶね。……歴史って催眠の芸がかかってんじゃねぇか?」
「セシル、申し訳ないんだけどここの仕組みもう一度教えてくれないかしら?」
「うんいいよ……ここはね…」
先週と同じようにみんなで一室を借りて勉強をしていると、向かいの共通教会のチャイムが聞こえた。
カールが読んでいた本を一旦閉じて皆に声をかけた。
「時間だ。どうする?もう少し勉強するか?」
コルネリウスが大きく伸びをしながら言う。
『んん〜まだ続けてもいいけど…そろそろ集中しづらくなってきたな。アグニはさっきから全然集中してないようだし。』
「歴史以外は大丈夫だ。カールはさっきから全然勉強してないけど、ほんとに大丈夫なのか?」
俺の質問に、近くに座っていたパシフィオが忌々しい顔で答えた。
「カールはいつも学年トップだ。座学は完璧なんだよコイツは。」
「お褒めの言葉として受け取っとくよ。さて…で、皆どうする?」
「あ、あの!」
1人の男の学生が立ち上がった。文学研究会に所属している子でハンスという名前だったはずだ。その男の子は少し緊張した様子で皆を見た。
「よかったらなんだけど…僕の家が持ってるレストランに来ない?みんなで夕食でもどうかな……?」
俺は感嘆のため息を吐いて言った。
「ハンスの家はレストラン経営してたのか〜!!」
するとハンスは手と首を横に振って否定した。
「あ、ううん!本業は農作物の輸出入なんだ。レストランはその事業の派生って感じ…かな。」
「ほぉ〜〜〜〜!!!」
カールがハンスの方に体を向けて話しかけた。
「そういえば俺も行ったことなかったな。急だが今日招かれてもいいか?」
「も、もちろん!」
ハンスが嬉しそうに笑った。
結局みんな行くことになり、俺たちは各々の馬車で指定された場所へと向かった。俺は帰りは歩いて帰るつもりで馬車がなかったのでコルネリウスの馬車に乗せてもらった。
・・・
レストランは2等地の場所に立っていた。つまり言い方は悪いが、1等地に居を構えるカールやセシルのお店と比べると格下だ。けれどどんなにお金を出したとしても、1等地の土地が空くことはない。代々その土地や店を継ぐ者がいるからだ。なので2等地に新しくレストランを建てられただけでも相当凄いはずだ。
そして食事はどれも美味しかった!!!
最初のサラダからすでに美味しかった。その後、ジャガイモのスープや宝石箱のように鮮やかなテリーヌ(人生で初めて食べた)…あ、あと魚料理も出た。それも海で獲れる魚!これはなかなか珍しいのだ。もちろん肉料理も出て、それがピリッとするスパイスなのに辛くなくて驚いてしまった。
つまり何がいいたいかというと、俺からすると相当美味しくてレベルも高かった。
俺はもちろん完食した。けれど皆はそうじゃなかった。このお皿は残すが次の皿は完食する…というように、それぞれ食べ方が異なっていた。
そしてそれをハンスと部屋付きの接客員が注視していた。
「今日は皆来てくれてありがとう。今日来てくれたお礼に、もしよければお土産をどうぞ。果実のゼリーの詰め合わせです。」
みんなの食事が終わり一息ついたタイミングでちょうどよくハンスが声を出した。部屋の中にシェフが2人入ってきて、それぞれがお土産をみんなに配り始めた。
「ハンス、めちゃくちゃ美味しかったぞ!あと3周くらい食べれそうだ!!!」
「あ、ありがとう…!そう言ってもらえると嬉しいよ。」
「「 ありがとうございます! 」」
ハンスと後ろのシェフ2人が同時にお礼を言った。
『ハンス、ごちそうさま。美味しかったよ。』
「えぇ、とても美味しかったわ。私は特に魚料理が。」
「俺も魚料理が好きだったな。ハンス、ありがとう。」
それぞれの生徒がハンスに礼を言いつつ、軽く感想を伝えた。それを一言一句聞き漏らすまいとシェフ2人が耳を傾けていた。
その後、各自そこで解散ということになった。
俺は食べたものを消化するためにも断固として歩いて帰った。




