100 航海
『アグニおはよう!!』
「……………朝食これからだけど、一緒に食う?」
『負担じゃなければ一緒に頂こうかな!』
予想以上に早い時間にコルネリウスが来た。
濃紺の軽装備にコルネリウス愛用の剣。軽装備だといったが、もちろん何個も芸石が付いてるからその辺の重装備よりなんぼか防御力は高いだろう。愛剣にも様々な色の芸石が付いている。
そしてコルネリウスは手土産として1ダースの治癒の蓄芸石を持ってきた。
たぶんまじで本当に馬鹿みたいな値段のものだ。
それを……もう一度言おう。1ダース持ってきた。
俺はコルネリウスを連れて2階のダイニングへと向かいながら再度確認した。
「……お父さんは本当に許可してくれたんだな?」
『すんごい渋ってたけど、きちんと装備することを条件になんとか了承してもらったよ!』
「まぁこれだけ揃ってればまず間違いなく大丈夫だと思うよ。とりあえず紹介したい人いるから来てくれる?」
『えっ……!!』
コルネリウスが急に顔を赤らめた。
えっ なんで?
あ、シーラのことだと思ってる??
「ごめんシーラはまだ寝てる。今日一緒に船に乗る…俺の師匠な。」
『あ、そうなんだ……。けどアグニの師匠様かぁ。お会いするの楽しみだったんだ!どんな感じの方なの?』
「んあー………んー……飴と鞭の使い分けが抜群だな。たまにまじで殺したいって思うくらいの鞭がくるけど殺せないし腹立つよ。そんで…超えたいって思わせてくれる、とても強い人だよ。」
『………へぇ。すごい信頼してるんだね。』
「まぁ、もう何年も一緒にいるしな。」
俺らがダイニングへと入ると、案の定シリウスがした。ラベンダーの紅茶を飲んでいるのか、部屋中に花の匂いがする。
長机の短辺の位置、1番奥の席
窓から入る朝日を背後から浴びて、シリウスの髪は発光しているようだった。
「コルネリウス、紹介するな。彼はシリウス、俺の師匠だ。」
俺の紹介でコルネリウスは前を向くと、小さく息を吸い込むのが聞こえた。大きく目を見開いて、すぐに片膝をつき軍人の最敬礼の姿勢をとった。
『……て、天空の神々のお導きによるこの出会いに……感謝申し上げます。…お初にお目にかかります。帝都伯爵アトラス・リシュアールが子息、コルネリウス・リシュアールでございます。』
コルネリウスの芸素が痺れるように伝わってきた。緊張しているようだ。
シリウスは優雅に手を組みながらコルネリウスに呼びかけた。
『コルネリウス、君のことは聞いているよ。アグニと仲良くしてくれてありがとうね。シリウスだ。』
『は……はっ!!』
『今日は僕が監督者になって2人を連れて行く。』
『ありがとうございます。天使の血筋様にご指導頂けますこと、大変光栄です!』
『あぁ、僕のことは天使の血筋ではなくシリウスと呼んでくれるかい?』
『はっ!ありがとうございます。今後は直接お名前をお呼びいたします。』
『うん、よろしくね。』
シリウスはとても穏やかで、優しい喋り方をした。正直もっと適当な対応をするかと思ってたので、それはよかった。
けれど…たぶんわざとだろう。
さっきからずっと「顔をあげていい」とは言わない。本当なら一言目か、遅くても二言目でいう言葉なのに。もちろんコルネリウスは最敬礼をし続けている。
俺はコルネリウスの横でシリウスを睨んだ。俺が何を言いたいかわかったのだろう。シリウスはびっくりするくらい綺麗な笑顔で言った。
『あぁ……遅くなったね、頭を上げてもいいよ。』
『………はっ。ありがとうございます。』
シリウスの顔をみたコルネリウスは、しかしすぐにシリウスから目線を逸らし下を向いた。その様子をシリウスは面白そうに見ながらこちらに手招きした。
『ほら、一緒に朝食を食べよう。今日の話もしときたいからね』
『は、はい!!!』
「……うぃ〜っす。」
・・・
その後3人で朝食を食べ、船に持っていくものや船上での戦いはどうするか、どこまで行くかなどを決めて俺たちは屋敷を後にした。
ちなみにシーラはまだ起きてない。俺とシリウスは屋敷を出ていく前に一度シーラの部屋に入って声をかけたけど片手が上がっただけだった。コルネリウスがシーラに会えずに少しがっかりしていたが、まぁしょうがない。
帝都をずっと南に下ると海に面している。俺たちは馬車でそこまで行ってから船に乗る予定だ。沿岸に着き馬車から降りるとすぐに潮の香りが鼻を楽しませた。
『今日乗るのはあの船ね。』
「おお~へぇ~!」
フォード公国の民族衣装を着ているシリウスが数隻の船の中から一つを指さして答えた。俺がシュエリー公国に渡る際に乗った船とほとんど同じ大きさだった。ただこちらの方がより頑丈そうで装飾もされてて貴族用の船っぽい。そしてシュエリー公国に渡る船では、両端にオールを漕ぐ人たちが何人も座っていたが、この船にはその人たちはいなかった。
「え?これどうやって船進めるの?」
『ほんとは蓄芸石を使うんだけど今日は風の芸で!』
「まじで?!それはさすがに大変じゃないか?」
『僕がやるから大丈夫だよ。その代わり君たち2人には芸獣の相手をずっとしてもらうからね。』
「お、おう……」
『か、かしこまりました……。」
船の手前には2人の軍人が立っていた。海や沿岸部は軍部の管轄になっているので船を使う際にはあらかじめ申請が必要なのだ。シリウスは公爵の名前で数枚の書類にサインを書き、俺らは船に乗り込んだ。
『じゃあ、出航〜!!!!』
『「 お〜!!!! 」』
ビュウゥゥゥ~!
大きな帆に風があたり、船が歩みを始める。
『うわ~!!!本当に動いてる!!』
コルネリウスが甲板から身を乗り出して海を見ていた。
「おいコルネリウス落ちても知らないぞ。」
『あ、ねぇアグニ。もし海に落ちちゃったらどうすればいい?僕泳いだことがないんだけど…。』
「え?あ、そっか……」
帝国のほとんどの人間は泳ぎ方を学ばない。危険な海に行く機会など普通一生ないからだ。たぶん軍部の中でも泳げる人は少ないと思う。
『泳げないならとりあえず身体の力を抜いて浮いてなさい。その間にアグニが助けるから。』
シリウスが船尾の方から声をかけてきた。その言葉を聞いてコルネリウスは深く礼をした。
『はっ!かしこまりました!……え?アグニは泳げるの?』
「シリウスに教えてもらったんだよ。けど川とか湖では泳いだことあるけど、海はまだ泳いだことない。」
『アグニ、海は湖よりも断然泳ぎにくいから、もし泳げなかったら君も浮いてなさいね。』
「わかった!」
・・・
『陸が見えなくなっちゃった………』
「そうだな……なんか急に不安になるな……」
俺とコルネリウスは帝都があるはずの方向をじっと見ていた。まだ陽も高いし天気もいいし風も気持ちいい。なのに全方向無限に広がる青黒い海を見ていると、なんだかとても不安になった。
もしここで何か起きたらどうすればいい?
助けを求めても誰にも、何も届かない。
ここで船が壊れたらどうしよう。
芸獣が来て船を壊したら…まじで終わる…!
『怖いでしょ?だから皆、海に行こうとしないんだよ』
シリウスが後ろから声をかけてきた。もう船を進めてないようだ。シリウスは海を見ながら、ある一点を指さした。
『見える?あそこ。波が少しだけ変なの。』
俺とコルネリウスはシリウスの指さす方向に目を向けるが…何もわからない。俺は目を身体強化してより正確にその場所を見た。すると本当にわずかにその場所だけ波が異なり、海面が黒く見えていた。
「………違うって言われたら、まぁ違う…かな?」
『申し訳ございません。僕には…わかりません……』
シリウスは俺らの答えににっこりと笑って、その位置に鋭い風の芸を出した。
ビュウゥ・・・・ビシ!!!
「ギャオォォォォォ!!!!!!!」
海面から大きな雄たけびが聞こえた。
『いったよね?海は怖いところだって。』
今まで見えていなかった背びれが海面に上がった。背びれが黒色から濃い赤色に徐々に変わっている。
『森の中以上に注意深く観察して神経を張っておきなさい。小さな違和感も見逃してはいけないよ。』
シリウスは風の芸を調節して当てたようだ。殺すほどの威力ではなく、逆に猛烈に怒りまくっているような真っ赤な背びれがこちらに向かってきた。
『まぁ見逃してもいいけど、死ぬのは自分だからね』
船のすぐ手前まで来て、その芸獣の身体が全部真っ赤になっていることに気づいた。そして海の中から獰猛に光る赤い目玉がこちらを睨みつけている。
『さぁ、やっと今日の目的に辿り着いた。』
海面を大きく揺らし、その芸獣は体を空中に持ち上げた。口の中に鋭い牙が3列もあった。
『ほら、2人でそのお魚さんを片付けてみなさい。』
この芸獣のイメージは金目鯛です。口だけサメで……ってこのイメージの共有いるか??




