95 ガーデンパーティー
『ただいま〜アグニは?』
当たり前のように2階の窓から入ってくる金の瞳にため息をつき、片手を差し出した。
「今日はお友達の家に遊びに行ったわよ」
『えぇ?!!!!』
差し出した手に薄ピンクの花が乗り、どこかの海岸に行っていたことを知る。今の彼の興味の方向を考えるときっとブガラン公国。
「ブラウン子爵の息子さんが来たわよ。可愛くて面倒見も良さそう。それに頭の回転も良いわね。」
『えぇぇ〜?!同級生もきたの?!どうして僕のいない時に……』
「そんなの知らないわよ。勝手にいなくなってたのはあなたの方でしょ?」
『芸素とか飛ばしてくれればよかったじゃん…』
自分に非があるとわかってはいるけどちょっとは文句を言いたいって顔。だからこそ目も合わせずに文句を言う。
本当に、いつまでも子供みたいね。
「いなくてよかったわ。あなたのこと説明するの面倒くさいのよ。」
彼は目を逸らしたくなるくらい、綺麗に笑ってみせた。
『ひどいなぁ。説明はいつもシャルトがしてくれるでしょ?』
この屋敷には天使の血筋がアグニを含めて4人いる。
「帝都国の王」とさえ言われるシャルトの敷地に。
シャルトは穏やかに穏やかに、優しく言う。
『彼の存在を他言しないでくれるかな?』
天使の血筋が右と言ったら全てが右になる世界で、貴族の子息がその意味をわからないわけがない。
「……アグニと仲良くしてくれる子よ?可哀想なことはまだしたくないわ。」
彼はわざわざ私に目線を合わせて微笑んだ。
『シーラは優しい子だね。天使の血筋らしくない。とても素晴らしいことだよ。』
『君の言う通りだね。僕は会わなくて正解だったな。』
「………花が枯れちゃうわ。花瓶、持ってきて。」
『ははっ。わかりましたよ。』
わざとらしくキザな笑顔を見せた。気持ち悪……
あなたの子どもっぽさが何よりも明らかに血筋を示し、
追いつくことのできない差を感じさせるの。
・・・・・・
「うぅっわ……ここもでっけぇ〜………」
リシュアール伯爵家は公爵家から少し奥に行った所にあった。思ったより近いので今度遊びに行こうと思う。
蔦の装飾がされた大きな鉄の門があり、そこからリシュアール伯爵家の敷地を覗くことができる。門番にコルネリウスからもらった招待状を渡し、馬車でそのまま敷地の中へと入る。馬車の通る道の両脇には手入れが行き届いた青い芝生が広がり、奥に屋敷が見えた。屋敷は鉄紺色の屋根に薄黄色の壁で、なかなか大きかった。
「宮廷から近い場所ほど爵位が上がる。リシュアール家は侯爵位に近い伯爵位なんだ。この辺は侯爵位の家が並んでて、そんな中で伯爵家がこの規模の家を持ってるっていうのは相当凄いことなんだよ」
カールが説明してくれたことに納得した。確かに公爵家はリシュアール家よりも宮廷に近い場所に家を持つ。爵位順に宮廷から近かったのか。
え?待って?
別邸付き馬鹿デカ公爵家ってまじでやばくない?
宰相職ってそんなに儲かるの??
え、もしかして俺なんか怖いとこ住んでる??
馬車が止まり、自分の思想から抜け出した。女中さんの後に続いて歩いていくと屋敷の裏の庭へと案内された。
屋敷の裏の庭はとても大きかった。
バラをはじめ、たくさんの花々が溢れるように咲き誇り、香りが充満している。
そして5人ずつ座れる机が芝生の上に広がり、一つ一つの机の上にも花々が飾られていた。
テーブルクロスは薄いピンク、椅子は白。
晴れた天気の空色、芝生の緑、そして花々の鮮やかさを邪魔することなく華やかさを演出している。
『あ!カール!アグニ!』
遠くからコルネリウスの声が聞こえた。晴れた陽の下では一段と髪の色が明るく見える。もはや天使の血筋と色合いは変わらないだろう。瞳の色と同じ水色のディレクターズスーツを着ていた。
「おお〜コル!今日招待してくれてありがとうな!」
『いいや、こちらこそ来てくれてありがとう!』
「コル、招いてくれてありがとう。迷惑じゃなければ受け取ってくれ」
カールに続いて俺も持ってきた手土産を渡すと、コルネリウスはすぐに何を持ってきたか気づいたようだ。
『うわぁ!両方とも僕が大好きなやつだ。ありがとう2人とも!』
おお〜さすがカールのお父さん。
やっぱプロに相談してよかった!
するとコルネリウスの後ろから元気で張りのある声が聞こえた。
「コルネリウス、お友達かい?」
『あ、アグニ紹介するね。父上だよ。』
コルネリウスのお父さんだと紹介された人は明るい茶色の髪に緑の瞳をしていた。全身引き締まった体つきで一目で軍部にいることがわかる。力強い芸素を感じる。
強そうな人なのに俺にやわらかい笑顔を向けた。
「君がアグニだね?息子からよく話を聞くよ。とても世話になっているようだね。アトラス・リシュアールだ。」
俺は綺麗に礼をして自己紹介をした。
「第1学院2年次に編入しました、アグニです。こちらこそいつも息子さんに助けられてます。」
コルネリウスの父は優しい笑顔を浮かべたまま、次はカールに話しかけた。
「カール。久しぶりだな。毎年我が家のガーデンパーティーに参加してくれてありがとう。父上は元気かい?」
カールもきれいに腰を折って挨拶を返した。
「リシュアール伯爵、ご無沙汰しております。このパーティーは毎年とても楽しみにしてますので今年も招いてくださってとても嬉しいです。父も息災にしております。」
するとコルネリウスが俺らがあげた手土産をお父さんに見せた。
『父上、カールとアグニから紅茶とルームフレグランスを頂きました!』
伯爵はそれを見て、少し眉をあげて驚いた顔をした。
「アグニは今日ブラウン子爵とお会いしたのかな?」
「え?あ、はい。手土産を一緒に考えれくれました。」
「そうかそうか。ブラウン商会のこの袋は特定のお客にしか使わないものだね?アグニは彼に気に入られたようだな。」
え?そうなの?
紋章が大っきく描かれてるとは思ってたけど
カールと同じ袋だし気にしなかったな
するとカールがにやりと笑って伯爵に言った。
「ええ。アグニは魅力的ですから。」
伯爵はその言葉を聞いてヒュウと軽やかに口笛を吹いた。コルネリウスはにこにことしたまま俺に言った。
『アグニ、ガーデンパーティーが終わったらちょっと残ってくれないか?うちの屋敷に演習場があるからそこで少し練習しようよ。』
「あ?おう。いいけど今日剣持ってきてないや。」
「我が家ので良ければ貸そう。」
伯爵がそう言ってくれたのでありがたく借りることにした。するとコルネリウスの右側から綺麗な貴婦人が現れた。
「コルネリウスのお友達?初めましてよね?」
優しそうな笑顔で気品のあるご婦人が現れた。コルネリウスは明るい笑顔でその婦人に少し近寄った。
『母上!アグニ、僕のお母様だよ!』
その女性はコルネリウスに優しく微笑んだあと、俺を見て手を差し出した。
「コルネリウスの母のヴィスタリア・リシュアールです。いつも息子と仲良くしてくれてありがとう。」
「あ、はい!アグニと申します!こちらこそ息子さんにお世話になってます!」
するとまたすぐ後ろから2人の男性が現れた。
「父上母上どうしたのですか?あれ、コルネリウス?こちらは?」
「あ、カールか?!久しぶりだなぁ!君は?」
『兄さんたち!こんな急に大勢に話しかけられたらびっくりしちゃうでしょ!』
「ははっ悪い悪い!」
2人の男はコルネリウスの頭をこねくり回しながら俺を興味深そうに見てきた。コルネリウスは嬉しそうに、けどわざと嫌そうな顔をして手を払うと、俺にまた紹介してくれた。
『この2人は僕の兄。二人とも帝都の軍部に所属してるんだ。』
2人とも明るい茶色の髪で長男は茶色の瞳、次男は緑の瞳をしていた。一家の中ではコルネリウスが一番髪の色素が薄いようだ。けどみんなに似たような雰囲気があって一目で家族だってわかった。
「長男のリオンだ。今は帝都軍第2部隊の副隊長をしている。コルネリウスの同級生?」
「次男のフィリップだよ。僕は第7部隊に所属してるんだ。君は?」
今日何度目かわからない自己紹介をすると2人のお兄さんたちは元気良さそうに言った。
「可愛い弟の面倒をみてくれてありがとうな!」
「コルネリウス、ちゃんとみんなに優しくしてるか?アグニ、コルネリウスに泣かされたらいつでもチクりに来ていいからな!」
『ちょっと!そんなことするわけないだろ!人聞き悪いこと言うなよ!』
「ははっ!コルネリウスが心配なんだよ。な?」
「そうだ。お兄ちゃん達はいつも心配してるんだぞ~」
茶化す兄2人とまんざらでもない様子のコルネリウス、その様子を優しそうに見守る父と母。みんなが笑顔で互いを想いあっている。
理想的な家族像だった。
かつて俺もその温かさを感じたことがあった。
もう何十年も前だけど
悲しいくらいに、今も覚えている・・・
夫人が全員を嗜めるように優しく言った。
「ほら、そろそろコルネリウスにおもてなしをさせてあげなさい。ずっとお邪魔をしてちゃ申し訳ないわ。」
伯爵は夫人の腰に手を回して俺に言った。
「そうだな。邪魔をして悪かったな。あとで演習場で会おう。カールも楽しんでいってくれ」
兄2人は俺とカールと交互に握手しながらそのまま両親とともに去っていった。
コルネリウスは去っていく家族を穏やかな笑顔で見送りつつため息を吐いた。
『もう、本当に騒がしくて……急にごめんね』
「……あ、いや、全然!仲の良い家族なんだな。」
「リシュアール伯爵家は仲が良くて有名なんだよ。」
カールの言葉に納得する。みんながみんなを愛してた。とても良い家族だった。
『今日は兄さまたちも帰ってきてたからね。家族5人が集まると本当に騒がしくて困るよ。』
いいなぁ、その家族。
コルは…あんな幸せな家庭で育ったんだなぁ
もうずっと長い間、孤独で生きてきた。
だから、単純に…単純に、とてもとても羨ましかった。
・・・
ガーデンパーティーで出された食事はどれも色鮮やかで美味しくて、同級生とわいわい喋っているとすぐに時間は過ぎた。
陽がほんのわずかに傾き始めたところでガーデンパーティーはお開きになり、参加者にはお土産として今日のパーティ―で出された茶菓子の詰め合わせが配られた。とても美味しかったのできっとシリウスもシーラも喜ぶだろう。
『アグニ、演習場行こう!』
コルネリウスが早速声をかけてきて、俺は立ち上がってカールの方を見た。
「カールは?どうする?一緒に来る?」
「ん~今日はもう失礼するよ。少し家の仕事も手伝いたいし。」
『わかった。じゃあまた遊びに来てね!』
「ああ、もちろん。2人とも、また来週学院で!」
「おう!またな!」
それからコルネリウスに案内され屋敷の北側へ行くと学院の演習場とほとんど変わらない大きさの屋内演習場があった。さすが帝都軍総司令官の家だ。
俺とコルネリウスが着くとすでにコルネリウスのお父さんとお兄さん2人がいた。お兄さん2人が打ち合いをしていた。
ぱっと見た感じ、お兄さん2人とも強い。きちんと訓練を積み重ねた人達だとすぐにわかる動きだ。
「あぁ!!思い出した!」
俺の急な反応にコルネリウスが不思議そうに顔を覗き込んできた。
『何?どうしたの?思い出したって何が?』
「コルネリウスのお兄ちゃん、えっとフィリップさんの方、去年帝都の武芸大会に出てなかった?しかも決勝戦」
俺の言葉にコルネリウスは嬉しそうな顔をした。
『よく気が付いたね!そうフィリップ兄さまが出て、また優勝したんだ!本当に自慢のお兄様たちだよ』
「そっかぁ。良い兄弟だな……」
コルネリウスは向こうに大きく手を振った。
『父上!兄さまたち!来ましたよ~!』
3人が笑顔で手を振ってくれたので、俺とコルネリウスはそちらに急いで歩いていった。
フィリップさんの話は「35 軍部と武芸大会観戦」で書かれてます。覚えてますか?




