1 出会い
カーン カーン カーン
耳のすぐ近くで聞こえているのに
遠い場所から聞こえてくるような
この感覚が好きで鉄を打つのをやめられない。
カーン カーン カーン
『‥‥様』
カーン カーン カーン
『ア…様』
カーン カーン カーン
『アグニ様』
「うわぁ!びっくりした!すいません聞こえてなくて……なんでしょうか?」
やべ。
思いっきりビクついちゃった……
俺の後ろに物腰柔らかそうで気品あるおじいさんが立っていた。最近よく家に手紙を持ってきてくれる人だ。
『作業を止めてしまい大変申し訳ございません。アグニ様、大公様からの外遊許可書でございます』
「あ!許可下りたんですね!よかった!村から遠く離れるの初めてなんです!」
『そうでございましたね、おめでとうございます。大公様から「準備に必要な物があれば仰るように」とのことでございます。何かご入用の物はございますか。』
「あー…いえ!この家にあるもので十分です。ありがとうございます!」
『そうでございますか。もし何かあればいつでも村の者に仰ってくださりませ』
「はい!いつもありがとうございます。あ、でも明日にはこの村を出ようと思ってます。」
『随分と早急ですね。何か……問題でも?』
心配そうに、それでいて鋭い目で問われた。
「いえ全然!ただ……とても楽しみにしてたんです。だからすぐにでも行きたくて。」
『……そうでございますか。それはようございました。』
おじいさんはそう言って、じっと俺の顔を見ていた。
なんだろう……?
いつもこんなに会話しないからなぁ。
他に何か伝えたい事あるのかな?
「どうしましたか?」
俺がそう聞くと、おじいさんはすっと姿勢を正して綺麗な角度でお辞儀をした。
『………失礼しました。あなた様の金の瞳に思わず見入ってしまっておりました。』
そんなこと言われると照れるなぁ!!
けど確かに、
この村に俺と同じ目の人はいなかったか。
村の人とはあまり話したことがないが、見る限りではこの村に俺のような真っ黒な髪も、金の目もいなかった。みんな茶色の髪で茶色の目。きっと俺のこの色は異質に映るのだろう。
「あ、ありがとうございます。初めていわれました。」
『………そうでございましたか。けれど、村の皆も心の中ではそうお考えですよ。ではアグニ様、再びお会いできる日を楽しみにお待ちしております。どうぞお気をつけていってらっしゃいませ。』
「はい!ありがとうございます!!」
・
・
・
俺はスリーター公国内の小さな村に住んでいる。
家は小さいけど一人暮らしには十分な大きさだ。
その家を 明日出る。
生まれてから16年、一度も村から遠く離れたことはない。
俺の家系はスリーター公国を治める大公家に代々剣を献上する鍛冶師だ。この度、大公様に初孫が誕生するらしく、祝いの剣を作って欲しいと頼まれたのだ。
そして俺は剣の材料を集めたいという名目で、村から出る許可を申請していた。
そして……
「やっと通った~!!!!」
実は今までも色んな名目でずっと申請は出していたけれど全然聞いてくれなくてそろそろ泣きそうだった。初めて許可が下りたのだ!
俺は家の中を小躍りしながら必要そうな荷物をかき集め、夜もウキウキしながらベッドへと入った。
・・・
「よ~し、じゃあ行くか!父さん、行ってきます!」
随分前に死んだ父さんの姿絵に挨拶し、俺はいつもとは違う足取りでこの家を出た。出発の朝にふさわしい綺麗な青空だった。
旅でまず最初に行くとしたら……
「川かな!!」
よく知らないけど川とか見てみたいな!
よく知らないけど!
しばらく歩いてると森があった。俺はあまり森にも入ったことはないので、勉強がてら森の中に入っていった。暫くすると少し開けた場所に出て、目の前に川が現れた。
「えええ?こんな大きな川が近くにあったんだ!というかこの量の水がずっと流れてるのか?!なんかもったいないなあ~……。もうちょっと近くでちゃんと見ようっと。」
そんなことを独り言ちながら俺は鼻歌交じりに進んでいった。
たぶん僕はちょっとアホ……いや、世間知らずで。
まぁ初めての外の世界で舞い上がってたのも確かだ。
特に理由なんてないが、川に入ってみたんだ。
川の中が滑るなんて、そんな発想はなかった。そして気づいたのだが、そもそも俺は水の中で泳げないらしい。まぁ「泳ぐ」行為をしたことは今までになかった。
「あ…これは…たぶんまずい……」
世間知らずな俺でもわかる。
これはまずい。
なぜか川の先が無い。たぶんだけど、直角に水が落ちていってる。この調子なら俺も水とともにどこかしらへ落ちるのだろう。
家の屋根から落ちただけで怪我をして暫く動けなかったのに……
もしやこれが本で見た「滝」?!
そうだとして、もし落ちたら……
たぶんやばい!!!
「誰かあああ!!!助けて〜~!!!うわあああ!!!誰かあああ!!」
俺は川に流されながら叫んだ。
周りに人がいないことなんてわかってたけど、叫ぶしかできなかったんだ。しかしもちろん誰かが助けてくれるわけもなく、俺は滝から落ちていった。そして残念ながら、結構な高さがあった。
ああ、もうこれは死んだ……
外の世界に1人で出て、その数時間後に死ぬのか。悪運が強いのか、俺が弱いのか。
あ、でも・・・
落ちながら目の前に見える、離れていく空がとても青くて美しかった。
こんな時なのに俺はいつもとは違う景色の見え方に心を奪われていた。
そして
そんな空なんてどうでもよくなるくらい
空から降りてきたその人物は
今まで見てきた何よりも美しかった。